第41話 良い人
精霊は成長する。
だけど、人間のように一年や二年といった短期間で成長するものではない。
それこそ人では想像も及ばない歳月この世界に留まり続けることで、精霊は自らの存在と格を培っていく――。
ということを、サイラスさんから説明された。
だからって、僕が精霊を成長させたに違いないと言われても、僕は否定するしかない。
だって本当に何もしていないんだから。
そんな出口の見えないやり取りを数度繰り返した後、精霊のことは同じ精霊に聞くのが一番だろうということで、僕たちは再びセルワーレさんに会いにいくことになった。
本当は三日後のお休みに行く予定だったけど、思いがけず早まったのはラッキーだ。
決裁作業は残っているけど、急務だからしょうがないしょうがない。
遅めの朝食を摂ってから、馬車に乗り込み森林へと向かう。
車内にはサイラスさんと六人の精霊さんたち。
そして――。
「夜勤明けにそのまま来てもらってすまないね、コーディ殿」
「い、いえいえ、とんでもございません!」
サイラスさんの隣に座る甲冑を纏った兵士さんが、ぶんぶんと頭を振る。
二十代前半の、ボサボサの茶髪が特徴的な素朴な青年だ。
この兵士さんは、昨夜、僕が精霊さんたちにベッドへ押し倒されているところを見た見回りの兵士さんだ。
あの騒ぎの後、サイラスさんがすっ飛んできて、部屋に誰も近づかないようにしたから、精霊さんの姿を直で見たのはこの兵士さんだけということになる。
精霊さんたちのことが屋敷で騒ぎになっていないあたり、サイラスさんが彼に箝口令を敷いたんだろう。
僕が《精霊眼保持者》であることは、サイラスさんとだけの秘密。
そんな僕の傍に精霊さんがたくさんいたら怪しまれる――という、至極当然の判断だった。
ちなみに部屋から馬車までの移動中は、精霊さんたちには大きな木籠に入ってもらった。
上から布を被せて、人目につかないように。
……かなり申し訳なかった。
そんな精霊さんたちも、馬車の中では自由にしてもらっている。
窓にはカーテンを広げているから周りの目は気にならない。
馬車の外には毛玉さんたちもついてきているから、その様子が見れないのは寂しいけど。
さっきからがちんごちんになって座席に座っている兵士のコーディさんは、精霊さんたちと僕をおずおずと窺っている。
そんなに肩肘を張っていたら疲れそう……。
それにしても、どうしてサイラスさんはコーディさんを連れてきたんだろう。
「では、俺はここでお待ちしています!」
前に来た時のように、森の手前で馬車を降りる。
コーディさんは馬車に残り、僕たちを見送った。
六人の精霊さんたちが入った木籠を両手で抱えるサイラスさんと共に、森の中へと入っていく。
「この辺りなら、問題ないでしょう」
人気がなくなった森の中。サイラスさんが木籠をそっと地面に置くと、中から精霊さんたちが飛び出す。
そうしてみんなと一緒に地底湖のある洞窟へ向かいながら、僕は気になっていたことを訊ねる。
「ねえ、さいらす。どうしてこーでぃをつれてきたの?」
「……いくつか理由はございますが、一番大きなところは、彼を目の届く場所に留めておきたかったからです」
「うぅん?」
僕が眉を寄せると、サイラスさんは前を向いたまま続ける。
「私たちが森に向かっている間、コーディ殿を町に残せば、精霊様の噂が広まりかねませんから」
「こーでぃがいいふらすとおもってるの?」
「まだ信じる根拠がない、というのが正直なところです。昨夜、色々な言葉を尽くして彼を口止めしましたが、結局のところ話すか話さないかは彼次第ですので」
「だいじょうぶだとおもうけどなぁ」
僕が何気なく言うと、サイラスさんはピタッと立ち止まった。
そうして何かを期待する様子で振り返ってくる。
「シリル王子は、何か根拠がおありなのですか?」
「えっ?」
改まって訊かれると答えに困るなぁ。
なんとなく、と言ってもサイラスさんは納得してくれないだろうし。
まあでも、僕も適当を言っているわけじゃない。
昨夜、屋敷を見回っていた兵士さんはコーディさん以外にもたくさんいたはず。
そんな中、僕の部屋の異変に気付き、真っ先に飛び込んできたのは他でもない彼だ。
実際は何の脅威も問題もなかったわけだけど、もしかしたら危険な目にあう可能性だってあり得た。
なのに彼は逃げることなく駆けつけてくれたんだ。
「こーでぃは、いいひとだよ」
「……シリル王子がそう仰るのでしたら」
僕がにへへと笑うと、サイラスさんは小さく息を吐き出した。
◆ ◆ ◆
「ふぅむ、実に興味深い話だねぇ」
地底湖へ辿り着いて早々に、僕たちは精霊さんたちについてセルワーレさんに話した。
もちろん、もふりながら。
喉元を撫でていると、セルワーレさんの声に合わせてぶるると震える感触が手のひらに伝わってくる。
「精霊様の見解はいかがでしょうか」
サイラスさんが緊張した様子で訊ねる。
セルワーレさんはしばらく精霊さんたちを見つめ、こくりと頷いた。
「朽ちるはずだった儂の肉体が、シリルの力で蘇ったんだ。力の弱い精霊たちがシリルから与えられる力で成長しても不思議ではないね」
「やはり……!」
サイラスさんが目を見開き、僕を見つめてくる。
な、何その目。
僕は嘘ついてないよッ!
「恐らく、名前を授けられたことで自らの殻を破ることができたんだろうね。前にも話したけれど、名前は精霊にとってとても大切なものだから。それにしても、コムギにハヤテにミナモ、ユキにグレンにクロヒメか……。いい名前だ」
「ワン!」「チュン!」「キュ!」「キュー!」「コン!」「ニャァ!」
「んふふ、そうだねぇ……」
精霊さんたちがセルワーレさんに向けて自慢げに声をあげている。
はぁ……もふもふともふもふがお話ししてる姿、なんて尊いんだ。
こんな状況だと、僕の存在は邪魔でしかない。
そう思ってそっとセルワーレさんを撫でる手を離すと、ぐいとセルワーレさんがこちらを覗き込んできた。
「もうやめるのかな?」
「えっ?」
「……まだ来たばかりだと思うがね」
僕は思わずセルワーレさんの顔を見る。
するとセルワーレさんは僕の視線から逃れるように、ふいと正面へ向き直った。
これは、もしかして……。
勘違いを恐れつつも、さわさわと、セルワーレさんの毛並みを触れる。
「ふぅむぅ……」
心地良さそうな吐息が漏れる。
!
こ、こちらこそまだまだご奉仕させていただきます……!
「ワンワンワン!」「チュンチュンチュン!」「キュキュキュキュ!」「キューキュー!」「コンコンコン!」「ンンニャァァァッッ!」
などとやっていると、精霊さんたちが口々に抗議の声を上げ始める。
「ぼ、ぼくはなんてかほうものなんだ……」
体の前をセルワーレさん、後ろを精霊さんたちに挟まれて、僕は天にも昇る心地になる。
「あの、シリル王子、精霊様、まだお伺いしたいことが……ああ、もう聞こえていらっしゃらない……」
もふもふさんたちの合間から、サイラスさんの力ない声が聞こえた気がした。




