第40話 中級精霊
八の字に開いた僕の足の間から、六色の光の柱が立ち昇る。
その光はベッド上の天蓋を突き破り、天井をすり抜けていくように見える。
「わわっ、わっ」
足の間で固まっていた精霊さんたちのもふもふが、まるで洗剤の泡みたいに増していく。
そのもふもふに押される形で僕はさらに足を広げ、遂には限界を迎えて後ろに倒れてしまった。
仰向けにベッドに横になった僕の体に、六色の光がもふっ、とのしかかる。
いつもと違うその重みに違和感を抱いていると、徐々に光が収まっていった。
そして――。
「み、みんな……?」
そこにいた精霊さんたちは、また一回り、大きくなっていた。
「もしかして、またせいちょうしたの……?」
「チュン!」「コン!」「キュイ!」「ワン!」「キュイ!」「ニャァ!」
心なしか、大人っぽくなった鳴き声が返ってくる。
精霊さんたちが成長するのは、これで三度目。
一度目は小さな毛玉さんが大きくなって、キュートなあんよを伸ばした。
そして二度目は、みんながもふもふ動物の姿に変化して、鳴き声で僕と話してくれるようになった。
そして今、みんなの姿が一回り大きくなって、その見た目は子猫や豆柴、小兎から、〝豆〟と〝子〟がとれる姿へと変わっている。
「お、おおきぃ……」
三歳児の僕の体と同じ大きさの精霊さんたちにのしかかられて、全身がもふもふと温もりで包まれる。
わけもわからない状況だけど、この上なく幸せで、なんだか息が詰まりそう。
……というか、実際に息が詰まってる、くるし、くるしい!
身悶えつつも、精霊さんたちを突き飛ばせないでいると、部屋の外が慌ただしくなる。
扉が開かれ、燭台の灯りが差し込んできた。
「失礼いたします! 若様! 今の光は一体!」
僕のことを〝若様〟と呼ぶのは、元々このニール公領に勤めている人たち。
聞こえてきた甲冑音からして、見回りの兵士さんだろう。
なんとか精霊さんのもふもふから顔だけを出し、扉の方を見ると、予想通りそこには兵士さんがいた。
「あ、なんでもな――」
「!? なんですかその獣たちは!?」
……えっ、見えてるの?
◆ ◆ ◆
いつもなら朝ごはんの時間。
僕は自室で、疲れた様子のサイラスさんと向かい合っていた。
昨夜の騒ぎを色々と対応してくれていたらしい。
「それじゃあ、しょうかいするねっ」
ローテーブルを挟んで二脚配置されたソファ。
一方にはサイラスさんが一人で座っているけど、僕の方には精霊さんたちがぎゅうぎゅう詰めで座っている。
まずは、大人っぽくなった柴犬さんに膝の上へ来ていただく。
「この子はコムギ!」
元々黄色が主体の色味をした毛並みは、成長したことで深みを増している。
より名前に近い、小麦っぽい感じになったのは、偶然だけど嬉しい。
小麦のように豊かにのんびりと過ごしてほしい、という意味を込めている。
次に、ハヤブサみたいな立派な鳥さんになった元・小鳥さんをお招きする。
「この子はハヤテ!」
さらにもふもふになりながらも、流線美を感じさせるすらりとした毛並みの鳥さん。
緑色は毛並みに沿うようにグラデーションがあって、まるで高速で移動した時の景色の移り変わりのよう。
名前には何にも縛られず、自由に過ごしてほしい、という意味を込めている。
お次はカワウソさん。
「この子はミナモ!」
カワウソさんの変化は全体的に少ない。元のフォルムのまま、一回り大きくなった。
ただ他の子と同じように、水色の毛並みは色々な青みを帯びていて、深さで色の変わる水面みたい。
この間、川の水面をゆらゆらと楽しげに流れていた姿からとった。
さらに続くは兎さん。
「この子はユキ!」
小兎さんから立派な兎さんになった。
元々、白くて綺麗だった毛並みはさらにもふもふふわふわのキューティーフォルムに変化。
雪のような触り心地で本当にもふり甲斐がある。
六人の中で一番安直な名前になったけど、その姿からこれ以外の名前が思いつかなかった。
立派になったといえば小狐さん。
「この子はグレン!」
小狐さんも立派な狐さんへ姿を変えた。
赤かった毛並みは他の子同様に複雑な色味が増し、なんというか、本当に炎みたいなかっこいい色合いになっている。
他の五人の中でも、しゅっとした顔立ちがイケメンだなぁと思ったから、かっこいい名前にしたんだけど、正解だった。
そして最後は、子猫さん。
「この子はクロヒメ!」
子猫さんもまた、立派な猫さんになった。
手足や尻尾がさらに伸びて、体も大きくなっている。
ユキさんと同じように、黒い体もさらに真っ黒になっている気がする。
お姫様みたいに我儘ででもしっかり者だからクロヒメ!
「かわいいでしょ!」
「は、はぁ、いえ、その……」
六人を紹介し終えて僕は得意げに胸を張る。
みんなの名前を考えるのは大変だったけど、その分満足のいく名前を考えてあげられた気がする。
が、サイラスさんはなぜか微妙な表情を浮かべていた。
「へ、へんだったかな?」
「いえいえっ、そんなことは。とても良い名前だと思います!」
「で、でしょ〜」
サイラスさんの返事に安堵しつつ、にへらと表情を崩す。
そんな僕を見て固まるサイラスさんは、しかしすぐに居住まいを正して話し出す。
「どうして突然、シリル王子の周りに中級精霊が現れたのでしょう」
「どういうこと?」
「《精霊眼》を持たない私や見回りの兵士たちにも見えるということは、精霊の位階が中級以上であることを示すのです。ずっと傍にいたのならまだしも、突然屋敷に現れるなどということは……」
うん? なんだかサイラスさんは勘違いしているみたいだ。
「このこたちは、ずっとそばにいたよ?」
「ど、どういうことでしょう」
「このこがおっきくなったの、ちょうどさくやのことだからっ」
「……?」
困惑するサイラスさんへ、僕は精霊さんたちについて改めて説明する。
小さな毛玉さんが大きくなり、そして動物の姿となって、また今の姿へ成長したことを。
話を進めるにつれて、サイラスさんの目は大きく見開かれていく。
「小さな毛玉が大きく……そして個体としての姿を持ち、それがさらに成長……。まるで微精霊が下級精霊となり、そして今まさに中級精霊になったかのよう……」
ぶつぶつと呟くサイラスさん。
「――まさか、シリル王子は精霊を成長させることができるのですか……!?」
「どうしてそうなるの?」
だって僕、精霊さんたちを撫でているだけだし。
僕が赤ちゃんからこうして三歳児として成長したみたいに、精霊さんたちも大きくなってるだけでしょ……?




