第39話 名付け
「んぬぬぬぬぅ……」
昼下がりの自室で、僕は紙の束と睨めっこしていた。
紙の束は公文書とか書類とか、そういう類のものじゃない。
午前中のうちに、決裁作業は終わらせている。
机に積まれた紙の束は、僕の拙い文字が書き殴られたメモ書きたち。
昨夜、夕食を摂り終えた後から寝るまでの間に、僕が思いつく限り書き出した精霊さんたちの名前候補だ。
一夜明け、改めて見返してみる。
うーん、どれもしっくりこない……。
「名前でございますか」
机の上に紙を広げて見比べていると、サイラスさんが手元を覗き込み、訊ねてくる。
「うん。まだだれもきまってないんだ」
ちなみに名前のアイデアはこの世界の文字で書いている。
ひらがなとか漢字で書くと、印象が変わりそうだからね。
それに文字の勉強にもなるし。
「精霊様のお話では、六体の精霊に名付けをするのがよい、ということでございましたね」
「そうだね。もふもふさんはたくさんいるけど、なまえをつけていいのは、おおきなこだけみたい」
セルワーレさんと別れる前の会話を思い返す。
どうやら、僕の周りにいる毛玉さんたちは精霊の中でもまだ格が低く、存在が確立きっていない状態らしい。
そんな状態で名前をつけてしまうと、存在が揺らぐとかなんとか。
だから、名前をつけてあげるなら、ちゃんと個としての存在をこの世界に刻めてから――具体的には子猫さんや豆柴さんたちだけにしてあげたほうがいい、とのこと。
僕の目や手からすれば、毛玉さんたちもこの世界にしっかりと存在しているんだけどなぁ。
でもまあ、一人決めるのにこんなに悩んでいるんだ。
全員分決めるとなったらとんでもない時間がかかってしまう。
「よろしければ、私もいくつか考え――」
「あっ」
サイラスさんが何事か言いかけたその時。
机の上をふわふわと漂っていた豆柴さんや子猫さんたちが一斉にサイラスさんの方へと飛んでいく。
「な、なんでしょう、ものすごい悪寒が……」
後ろからはみんなの顔が見えないけど、いつももふもふの毛並みが逆立っているのがわかる。
「だいじょうぶ、みんなのなまえは、ぼくがちゃんとかんがえるよ」
「……ふぅ」
子猫さんたちが僕を振り返り、嬉しそうに尻尾を揺らして戻ってくる。
サイラスさんはそっと胸を撫で下ろしていた。
うーん、みんなにそこまで思ってくれているのは嬉しいけど、それはそれでプレッシャーというか。
世の飼い主さんとか、どうやって名前を考えていたんだろう。
「私も何か助言ぐらいできれば良いのですが、生憎とこれまで魔術一筋で生きてまいりましたので、そういった機会に縁遠く……」
「せるわーれさんのなまえのゆらい、きけたらいいんだけど」
流石に本人に直接聞くのは気が引ける。
そもそも、名付けたのが妖精族の人だから、セルワーレさん自身が知っているのかも怪しいけど。
メモ書きと睨めっこしていると、サイラスさんがポンと手を叩いた。
顔を上げた僕に、指をピンと立てる。
「そうです、シリル王子。身近にいらっしゃるではありませんか。名付けの経験がおありの方が」
「えっ? ……あ!」
◆ ◆ ◆
「シリルの名前の由来……? どうしたの、突然」
エイダさんは部屋で書き物をしていた。
部屋を訪ねて早々に訊ねると、エイダさんは不思議そうに首を傾げてくる。
「ええっとね、なんとなく、きになって……」
精霊さんに名前をつけてあげたい、と正直に伝えるわけにはいかない。
けど確かに、なんの脈絡もなく自分の名前がどうやって決まったかを聞くのは不自然だよね。
答えになっていない答えを口にすると、エイダさんはこちらに向かってくる。
そうして部屋の中央に置かれたソファに並んで座った。
メイドさんが簡単なティーセットを持ってきてくれる。
エイダさんのティーカップには湯気の立ち上る紅茶を、僕のティーカップには飲んでも火傷しないように、冷まされてある紅茶が注がれた。
エイダさんはティーカップを傾けながら、懐かしむように切り出す。
「シリル、あなたの名前はあの人と……あなたのお父様と一緒に考えたのよ?」
「父さまと……?」
意外だった。
てっきり僕の名前はエイダさんが一人で考えたものと思っていたのに。
だって僕の父親であるルーティスさんとは、結局二回しか会っていない。
それも二度目に至っては、王宮を追放されたんだ。
避けている、どころか僕のことを嫌っていないとおかしい話だ。
……何もしていないのに嫌われているのは、少し悲しくはあるけど、落ち込んでいても仕方ない。
エイダさん自身も思うところはあるのか、一瞬だけ複雑な面持ちになる。
でもすぐに、さっきまでの表情に戻った。
「わたくしもあの人も、同じ王宮で過ごしていたわ。けれどそう頻繁に会える機会もなくてね。手紙でお互いにやりとりしていたの。あなたの名前が決まるまで、何十回もやり取りをしたわね」
「そうなんだ……」
何十回も……なんだかむず痒い。
……けど、嬉しい。
「あなたの名前、『シリル』は、古代語で『ふさわしい』という意味があるの」
「ふさわしい……」
「周りに何を言われても、あなたはわたくしたちの間に生まれるに『ふさわしい』子、そういう意味よ。わたくしは、少し傲慢じゃないかしらと言ったのだけれど、あの人はそんなことはないと譲らなくて」
エイダさんはティーカップをソーサーの上に戻して、僕の頭に手を伸ばしてきた。
穏やかな表情で僕の髪を撫で付けてくる。
くすぐったいけど、されるがままに撫でられる。
正直、名前の由来自体はそんなにピンとはこなかった。
けどわかったこともある。
名前は、名前の意味以上に、一生懸命考えてくれた時間やそういう人がいることが大事なんだってことが。
それなら任せてほしい。
僕はネーミングセンスに自信はないけど、精霊さんたちのためならいくらでも頑張って名前を考えて抜いてみせる!
◆ ◆ ◆
そして四日後の夜。
六人分の名前を考え抜いた僕は、精霊さんたちをベッドの上に呼び寄せた。
一人ずつ名付けてあげてもよかったけど、みんな僕がこの世界に生まれてからずっと傍にいてくれた子たちだ。
名前も一緒に付けてあげたかった。
僕は両足を八の字に伸ばして、その間に精霊さんたちを招き入れる。
六人ともなると三歳児の足の間ではぎゅうぎゅうで、みんなおしくらまんじゅう状態で僕を見上げている。
か、かわいい……。
そんな精霊さんたちを撫でながら、僕は一枚ずつ、名前を記した紙を差し出す。
「きにいってくれると、いいんだけど……」
小兎さんは鼻をふんふんと動かし、豆柴さんは手で紙を押さえ、カワウソさんはお腹の上に乗せ、子猫さんは顔を擦り付け、小鳥さんは嘴でツンツンとつつき、小狐さんは両手でパシパシと叩く。
みんなが静かに名前を吟味する中、僕は改めてみんなの名前を口にしようとして――。
「な、なに!?」
突然、みんなの体から一斉に光が溢れ始めた。




