第38話 契約
「撫でるだけで、精霊に力を……ッ!?」
「……?」
戸惑うサイラスさんと僕へ、セルワーレさんが見解を口にする。
「もちろん、ただ撫でるだけではそうはならないだろう。君が儂を撫でても、力が移ることはない。……試しにやってみるかい?」
「とと、とんでもございませんっ」
ぶんぶんと首を振るサイラスさん。
「もったいない……」
僕がつい思ったことを口にすると、セルワーレさんは愉快そうに笑った。
「しかしそれが普通の人の反応だとも。もし儂ら精霊を撫でたとしても、そこには必ず畏怖が付き纏う。……しかし、君はそうではないだろう。シリル、君は儂やその子たちを撫でる時、何を考えている」
「かんがえてること……?」
そんなこと言われても。
もふもふさんをもふる時に考えていることなんて決まってる。
「『かわいい』と『きもちいい?』と『ありがとう』……?」
「なっ」
サイラスさんが唖然としていた。
今日はあの顔をよくしてるなぁ。
それにしても、セルワーレさんは一つ勘違いしている。
「ぼくもせいれいさんたちをなでるとき、いふ? してるよ」
「うむぅ?」
「もふらせていただいて、ほんとうにいいんですかー! って」
「ふははっ、それは畏怖とはまた別のものだよ」
笑われた。
……しゃ、釈然としない。
セルワーレさんは大口を開いて一頻り笑うと、不意に遠くを見るような眼差しで語り出す。
「対等な隣人として扱い、慈愛と奉仕に満ちたその心根が、契約を超えた繋がりを精霊との間に生み出しているのだろうね。君は精霊を愛し、精霊は君を愛している。そのことが君の周りにいる子たちからも伝わってくるよ」
「な、なんだかてれる……」
皆んなが僕のことを好きでいてくれてるなら嬉しい。
僕はもちろん、みんなのこと大好きだけど!
「恐れながら、一つよろしいでしょうか」
おずおずと、サイラスさんがセルワーレさんへ手を上げた。
セルワーレさんが視線で先を促すと、「では」と喉を鳴らして切り出す。
「精霊様がシリル王子のお力で存在を取り戻されたということは、精霊様とシリル王子の間には契約を超えた繋がりが結ばれた……という認識で構わないのでしょうか」
「その通り」
「で、では」
サイラスさんは前のめりになる。
「シリル王子の守護精霊となっていただくことは、可能なのでしょうか」
「さいらす……?」
どうしてそんな話に?
不思議に思っていると、セルワーレさんは小さく息を吐き出した。
「儂を救ってくれたシリルの力になりたいのは山々。でもね、そういうわけにもいかない。再三言ったように、儂には契約が残っている。人や場所を守護する繋がりを保つには、契約という厳格で強固なものが必要になる。儂は確かにシリルと繋がったが、それは触れ合っている間だけなのだよ」
「そ、そうですか……」
「しかし契約というなら、儂のような老体に拘る理由もない」
「と、申されますと?」
セルワーレさんは僕の周りを見て、眩しげに告げる。
「シリル、君の周りに揺蕩う精霊たちは皆、君との契約を望んでいるようだ」
◆ ◆ ◆
「せいれいさんが、ぼくとけいやくを……?」
「正確には、君に名をつけてもらいたがっているようだね」
「名前ッ!」
セルワーレさんの補足に、サイラスさんが驚く。
「どういうこと?」
「シリル王子。精霊との契約において最も一般的な手法は、精霊に名を与えるというものなのです。所定の魔法陣を刻み、精霊と契約内容を共有し、最後に名づける。この儀式をもって契約が為されます」
……名前。
そっか、だからセルワーレさんにも名前があるんだ。
昔、妖精族の人から与えられた名前が。
「儂ら精霊は何もない自然から生まれ出でたもの。この世に生まれたものは、等しく誰かに名を呼ばれたいと欲するものだよ。人と精霊の契約によって精霊が得る最大のものは、力そのものではなく、名前かもしれないね」
そう語るセルワーレさんは、また遠い目をしていた。
たぶん、その瞳にはセルワーレさんの大好きな人が映っているんだろう。
「私の目に、その精霊たちは見えませんが……しかしシリル王子、でしたらせっかくの機会です。その精霊たちと契約を結ばれませんか?」
「えっ?」
「幸い、契約の魔法陣は私が用意できますので」
「それがいい。君の周りにいる六体の精霊の格は、契約に耐えうるだろう」
六体の精霊って、小鳥さんや子猫さんたちのことかな。
契約……契約かぁ。
「……むっ、どうかしたかな?」
「ううん、なんでもない」
じっとセルワーレさんを見つめていると、不思議がられた。
首を振って誤魔化しながら、僕はセルワーレさんが石みたいになっていた姿を思い返す。
セルワーレさんは、妖精族の人と契約をして、その契約を守り続けてあんな姿になっていた。
あんな姿になるまで、契約を守り続けていたんだ。
僕は、もふもふさんたちは自由でいてほしいし、元気でいてほしい。
もちろん傍にいてくれたり、もふらせてくれたら嬉しいけど……僕に縛られたり、僕のために傷ついたりはしてほしくないんだ。
だったら、僕とみんなの間に契約なんて必要ないと思う。
「……ねえ、けいやくをしないで、なまえをつけるだけじゃ、だめかな?」
「シリル王子……?」
僕はおずおずとセルワーレさんを見上げて訊ねる。
サイラスさんは不思議そうにしているけど、僕は精霊さんたちと契約したいとは思えない。
セルワーレさんの萌葱色の瞳が静かに僕を捉える。
そうしてふっと、優しい笑みを浮かべた。
「それがいい。そういう君だから、精霊と新しい繋がりが育まれているんだろうね。落ち着いたら、名前をつけてあげるといい。そうしたら彼らも喜ぶ」
「う、うん!」
◆ ◆ ◆
空がオレンジ色に染まり始めていたことに気づき、僕たちは慌てて森林の入り口へと戻った。
セルワーレさんのところへまた会いに行くと約束して。
そうして馬車へ乗り込み、領都オリーゴへの帰路に就きながら、僕はサイラスさんへ頭を下げる。
「ごめんね」
「と、突然どうされましたか!?」
「せいれいさんとのけいやく、やりたくないっていって」
僕の言葉にサイラスさんはふっと微笑むと、僕よりも深く頭を下げてきた。
「私の方こそ、舞い上がってしまい、不躾な真似をいたしました。確かに、精霊との契約は負荷のかかるもの。不用意に契約を交わしては、いずれ支障をきたしましょう」
「う、うん」
サイラスさんも僕の気持ちを汲んでくれたみたいだ。
それにしても――。
チラリと馬車内に目を向ける。
小鳥さんや子猫さん、カワウソさんや小兎さん、そして豆柴さんたちが心なしかいつもより楽しげに揺蕩っている。
そっか、みんな名前を呼ばれたがっていたんだ。
確かに僕も、人間さんとか三歳児さんとか呼ばれたくはない……か。
考えてみれば当たり前のことだった。
よぅし、帰ったらみんなの名前を考えるぞ!




