第31話 孤児院
一通り町の中を見て回り、町民たちへの顔見せも済んだところで、僕たちは用意されていた馬車へと乗り込んだ。
僕の隣にはエイダさん、そして対面にサイラスさんとアドルフさんが乗っている。
ちなみに例によって車内は精霊さんたちでいっぱいで、エイダさんやアドルフさんはどこか苦しそうにしている。
サイラスさんも何か違和感を覚えているのか、不思議そうに空中を見つめていた。
そんな中、アドルフさんが改まって切り出してくる。
「シリル王子殿下。最後にご案内したい場所がございます」
「あんないしたいばしょ?」
「はい。私が運営する孤児院をお見せしたいのです」
「こじいん……?」
はて。代官としてこの領地を治めていたアドルフさんが運営する孤児院とは、一体どういうことなのか。
馬車は領主の屋敷がある町の中心部ではなくその真逆。
町を囲う市壁の方向へと向かっていく。
その道中に、アドルフさんが説明してくれた。
今回僕がルーティスさんから与えられたニール公領は、数十年前はオブライエン王国の領土ではなくて、ニール王が治める小国だったらしい。
そのニール王の末裔がアドルフさんの血筋で、ルーティスさんの代官として抜擢されたのも、民心を纏めやすいから――という事情があった。
「孤児院は私の父が始めたのです。この国から守護精霊がいなくなってより、国は荒れ、衣食住に困る孤児が増え、それを見かねた父が私財で。父が亡くなってからは私が引き継ぎました。今はルーティス国王陛下のご許可をいただき、領地の税からも運営費を上乗せしておりますが」
立派な話だ。
ルーティスさんが孤児院の運営費を出す許可を出したことも、少し誇らしい。
まあ、僕とエイダさんはルーティスさんの手で追放されたわけだけども……。
それにしても、守護精霊がいなくなって孤児が増えたって、僕が思っている以上に精霊さんはすごい存在なのかもしれない。
なんてことを考えていると。
馬車は市壁沿いに構える一軒の長屋の前で停まった。
「ふぅ……」
エイダさんが深く息を吐き出す。
「母さま、だいじょうぶ?」
「ええ、ごめんなさい。少し疲れてしまったみたいで」
精霊さんでぎゅうぎゅう状態の車内。
それだけでなく、今日半日間、歩き続けていたんだし、無理もない。
僕は思わず治癒魔術を使いそうになって、サイラスさんとの約束を思い出した。
「エイダ王妃陛下は馬車で休まれるのがよろしいでしょう」
アドルフさんが気遣うように声をかけてくれた。
「いいのかしら?」
「シリル王子でしたら大丈夫でしょう。私もここに残り、治癒魔術をおかけいたしましょう」
「さいらす、おねがい」
「ええ、お任せくださいませ」
というわけで。サイラスさんとエイダさんと別れ、僕とアドルフさん、そして護衛の都市兵数名で孤児院の中へと向かう。
すると中から人の良さそうなおばあちゃんが現れた。
「あら、アドルフ様」
「どうも、院長。こちら、この度ニール公領の新しい領主にならせられた、シリル王子殿下です」
「しりるです!」
「あらあらまあまあ、ご丁寧に」
院長、と呼ばれたおばあちゃんは、あたふたとしながら頭を下げてくる。
「シリル王子に孤児院をご案内しようと思いましてね。少しいいですかな」
「はい、それはもうご自由に。今子どもたちは裏庭で遊んでおります」
おばあちゃんの案内で長屋の裏手に回ると、そこには公園のような広場があった。
十数人の子どもたち――年の頃でいえば、僕と同じか、少し上。
そんな子どもたちが楽しげにかけっこしている。
あ、精霊さんたちも裏庭をのびのびと飛び回ってる。
やっぱりみんなにとってもあの車内は狭かったんだなぁ……。
子どもたちと精霊さんを目で追っていると、傍にいたおばあちゃんがぽつりと呟く。
「本当にアドルフ様にはなんと感謝すればいいか。お父様の代から何十年も、ずっと変わらないご支援を賜り……おかげで子どもたちもこうして暮らせています」
「おばあちゃんは、ずっとここにいるの?」
「! うふふっ、王子殿下におばあちゃんだなんて、光栄でございます」
おばあちゃんは嬉しそうにしてから、すぐに口元を覆った。
不敬になると思ったのかな。気にしないのに。
「ええ、あたしはもうずっと、この孤児院の創設当時からここに。何人もの子どもたちが巣立っていくのを見て参りました」
「みんなのおかあさんだね」
そう言うと、おばあちゃんは照れくさそうに顔を伏せた。
孤児院って、少し寂しいところかと思っていた。
だけどおばあちゃんがいるこの場所は、明るくて楽しそうだ。
「いんちょ〜!」
「ああ、はいはい。今行きますよ」
子どもたちに呼ばれたおばあちゃんが、この場を離れていく。
その背中を眺めながら、僕はアドルフさんに声をかける。
「あどるふは、ぼくにはなしがあるんじゃないの?」
「! どうしてそれを」
アドルフさんが息を呑む。
「だって、ぼくをこじいんにつれてきたのも、かあさまたちはばしゃにのこしたのも、ぼくにようがあるからでしょ?」
エイダさんを馬車に残るように提案したのは他でもないアドルフさん。
孤児院を見て回るのに僕以外は必要なかったんだ。
逆にいえば、僕には孤児院を見せておきたかった。
まあ、その理由もなんとなく想像がつく。
「こじいんの、うんえいひだよね?」
「……はい、ご明察の通りです」
僕が切り出すと、アドルフさんは観念したように頭を下げてくる。
今、この孤児院の運営費は領地の税収からも拠出しているという話だった。
これまではルーティスさんの認可を得ていたけど、領主が変わった今、この領地の財政の決定権は僕にある。
まあ、アドルフさんには家宰としてある程度の権限は与えられているはずだけど、孤児院の運営は元々アドルフさんの家が始めたことだ。
そこに税金を使っていいかは、改めて領主である僕の意思を仰ぎたかったんだろう。
それに対する答えは決まっているけどね。
「もちろんだいじょうぶだよ。あどるふなら、うまくやってくれるよね」
孤児院の運営に税を使った結果、町民の人たちの暮らしが立ち行かなくなるならいざ知らず、これまで問題なく運営できていたんだ。
アドルフさんなら悪いようにはしないだろう。
そもそもほら、僕は領地運営はまったくの素人だし。
僕がそう答えると、アドルフさんは笑みを浮かべた。
「……ありがとうございます、シリル王子」
◆ ◆ ◆
その後、アドルフさんはおばあちゃんを連れて建物の中へと入っていった。
たぶん、領主が変わったことに関連した話があるんだろう。
僕は応接室で待っているよう言われたけど、精霊さんたちは屋外にいる方が楽しそうだったので、先ほどの裏庭へと戻る。
「……あれ?」
遊び回る子どもたちを眺めていると、裏庭の一角で縮こまっている一人の子どもが視界に止まった。
裏庭を駆け回っている子どもたちはみんな薄手の服を着ているけど、その子だけは長袖長ズボンで厚手の装い。
頭にはニット帽のようなものを被っている。
なんとなく気になった僕は、その子の元に近付いて後ろから声をかけた。
「こんにちは」
「! こ、こんにち――わっ!」
「だ、だいじょうぶ!?」
びくりと肩を震わせたその子は、振り返った拍子に体勢を崩してその場に尻餅をつく。
僕が突然声をかけたから、びっくりさせちゃったんだ。
慌てて手を差し出す。
申し訳なさでいっぱいだった頭の中は、でも、すぐに真っ白になった。
「……え?」
「! ぁっ」
尻餅をついたその子の足の間から姿を覗かせるもふもふ。
……そう、もふもふ。
ずんぐりと丸みを帯びた縞模様の入った、アライグマのような尻尾が、その子の間から伸びていた。
そうか、この子は獣人族なんだ。
サイラスさんが話していた。
この世界には僕たち人族以外にも、妖精族や小人族、そして獣人族といった、多様な種族がいるのだと。
ここオブライエン王国は人族の国だから、他種族と会うことはそうそうないって話だったけど……。
僕が尻尾を見ていることに気づいたその子は、あたふたと立ち上がり、尻尾をズボンの中へと押し込んでいく。
どこか怯えるようなその姿に、僕はつい心の声が漏れ出した。
「ああ、もったいない!」
「……っ!? あ、あのぉ」
「すっごくかわいいもふもふだよ!」
「うぇ……?」
ふわふわもふもふの尻尾。
精霊さんたちとはまた違った、魅力的なもふもふ。
それが僕の視界から消えていることに小さくないショックを覚えて、僕は捲し立てる。
「すてきなのに、しまっちゃうなんて、もったいないよ!」
「あぁ、ぅぅ……ぅぅぅ〜〜!!」
「えっ、あ、ちょっと!?」
プルプルと震え出したその子は、唐突に長屋の方へ向けて走り出した。
その素早い身のこなしはとても三歳児の僕に追えるものではない。
僕はその子へ向けて手を伸ばし、がっくしと項垂れる。
「ふわふわの、しっぽが……」
でもそうか。
この世界の獣人族は、みんなあんなふわふわを持っているんだ。
精霊さんだけじゃない。
たくさんの獣人族との出会いも楽しみになってきたぞ!




