第30話 視察
領都オリーゴの視察の案内は、それまでルーティスさんの代官としてニール公領を治めていたアドルフさんが行ってくれることになった。
昨日は馬車で通った通りを大所帯で並び歩きながら、アドルフさんが要所要所で説明してくれる。
「この辺りは商業区でございます。大抵の店はこの通り沿いにあります。もし入り用の物があれば、使いを向かわせればよろしいでしょう」
「こちらはオリーゴを拠点とする商人の家が並んでいる、いわゆる住宅地です。都市兵も定期的に巡回しておりますので、治安もよいです」
屋敷を囲う石壁を抜けてすぐの場所は、そんな場所らしい。
商人などのいわゆる富裕層が暮らす区画。
道理でこの辺りは道や建物が綺麗で、豪華なわけだ。
「かくいう私の屋敷もこの近辺にございます。いずれお招きいたしましょう」
そしてしばらく進んでいくと、また町の雰囲気が変わる。
「こちらは工業区でございます。家具や工芸品、または魔物素材の加工品などはこちらで作られ、大抵は先ほどの商業区に持ち込まれ、店頭に並んでいるのです。この辺りは冒険者も行き交いますので、シリル王子方はあまりいらっしゃらない方がよろしいかと」
「どうして?」
「冒険者は乱暴な者が多い上、都市兵同様に町中での武器の携帯が許可されております。万が一がございますので」
だったら武器の携帯を許可しなければいいのに。
でも、冒険者がイメージ通り魔物と戦う職業なら、そこに制限をかけると立ち行かなくなるんだろうなぁ。
それにしても、随分と綺麗に区画整理がされている。
商業区と工業区が近いのも、商品の行き来を考えたのことだろうし。
「いいまちだね」
思わず感心すると、アドルフさんが「恐れ入ります」と頭を下げてきた。
「しかし恥を忍んで申しますと、このように整然としているのは町の中心部に限ったことでして。この後ご案内いたしますが、市壁沿いにいくほど管理が行き届かず、一部には治安の乱れた場所もございます」
それは仕方ないことなんじゃないかな。
僕はあんまりそういうことに明るくないけど、どんな場所にも光と闇はある。
王都だって、僕が知らないだけでそういう場所はあったはずだ。
「はぁ、ふぅ……」
……それにしても、さっきからアドルフさんはしんどそうに額に滲み出た汗をハンカチで拭い、息を荒げている。
まぁ代官として領地を治めていたんだし、こうやって歩き回る機会はないんだろう。
大抵の移動は馬車だろうし。
普通であれば、僕も馬車での移動になる。
だけど今日は町民の人たちへの新領主――つまり僕のお披露目も兼ねている。
馬車に乗って移動するよりも、こうやって実際に歩いて顔を覚えてもらった方が町民も素直に新領主を迎えられるだろう、という計らいだった。
でも、僕の周りにはエイダさんやアドルフさん、そしてサイラスさんを始めとした護衛の都市兵たちが取り囲んでいる。
三歳児の僕の体はそんな都市兵に飲み込まれているので、果たして顔見せの効果が期待できるのかは怪しいところだ。
時折、カフェ的なお店で休憩をしながら、街中を進んでいくと、市井の人たちが暮らす居住区へ辿り着いた。
通りを行き交う人たちが一気に増える。
僕が視察で町を回ることは噂になっていたのか、あるいはアドルフさんたちが触れ回っていたのか。
正面の広場には町民たちが集まっていた。
「おい来たぞ」
「新しい領主様だ!」
「どんな人なんだ」
僕たちの一団に気付いた町民が声を上げた。
周りの人たちの注目が一気に集まる。
それでも、都市兵に囲まれている僕の姿は、遠くからはハッキリと見えないだろう。
みんなからの注目は苦手だから、正直楽でいい。
でも、それでいいのかなという思いもある。
領地の運営についてはアドルフさんに一任するので、僕は名ばかりの領主だ。
だったらせめて、みんなに挨拶ぐらいはちゃんとしておいた方がいいんじゃないだろうか。
曲がりなりにも僕って王子だし、姿をきちんと見せた方が、町民の人たちも安心して暮らせるかも。
「ねえ、さいらす。ぼく、もうちょっとかおをだしたほうが、いいんじゃないかな」
「シリル王子……」
サイラスさんはいたく感動した様子で頭を下げてくる。
そうして都市兵へ指示を飛ばしてくれた。
前方が開き、僕の姿が広場の町民たちへ向けて晒される。
「あれが、新領主?」
「まだガキじゃねえか」
「あんなちまっこいのに領主が務まるのか」
「おい声がでかいぞ」
ぎゃ、逆効果だった。
「不敬な」
サイラスさんが冷たい声で呟く。
今まで聞いたことのない声音だ。
「さいらす、おちついて」
「ですが」
よく考えたら仕方ない。
彼らの立場になって考えれば、三歳児がいきなり自分たちが暮らす場所の長になるわけだし。
なんだか申し訳ない気持ちになりながら、僕は町民たちへ笑顔を向ける。
みんなの気持ち、わかるから気にしてないよ〜という意思を込めて。
「うぐっ! ……ま、まあ、嫌な奴が領主になるよりもいいか」
「そ、それに領地のことは他の奴がやるだろ」
「可愛いからよし」
「お前謝ってこい」
なんだか町民たちがざわついている。
「シリル王子は本当に求心力がおありですね」
「いやはや、代官としてよく恨まれていた私としても、羨ましい限りでございます」
サイラスさんとアドルフさんが何やら褒めてくれる。
え、何もしてないんだけど……?




