第28話 魔力測定
ぜ、全部バレてた。
僕が治癒魔術を使えることも、精霊さんが見えることも。
王宮区と比べると控えめな裏庭。それでもよく整えられた芝生に、僕は両手と両膝をつき、がっくしと項垂れる。
は、恥ずかしい。
あんなに精一杯隠してたのに、全部サイラスさんは知っていたなんて。
僕のさっきの決意と葛藤はなんだったんだぁ〜!
「やはり街道でのあの精霊魔法は、シリル王子が使われたものだったのですね」
「! せいれいまほう?」
サイラスさんの呟きに顔を上げる。
「シリル王子が精霊に命じ、魔物を抑え込まれたのではなかったのですか?」
なるほど。魔力を対価として命じることで引き出す力を、精霊魔法って呼ぶんだ。
魔術とは完全に区別されているらしい。
でも僕はそんなことはしていないし、あの時のことについては、まさにサイラスさんに訊ねたいことでもあった。
僕が正直に首を左右に振ると、サイラスさんは眉を寄せる。
「そんなはずは……いえ、シリル王子をお疑いしているわけではないのですが」
「そのことだけど、さいらすにおねがいがあるんだ」
「! なんなりと」
ぼくはゆっくりと立ち上がり、慇懃な態度を示してくれるサイラスさんへ頭を下げる。
「ぼく、つよくなりたい」
「!」
「だからぼくに、まじゅつをおしえて」
魔術の教育は、五歳ごろに行われる魔力測定での結果で始まると、以前に聞いたことがある。
僕は三歳。
まだ早いと断られるかもしれない。
そう不安に思ったけど――。
「〜〜〜〜ッ、シリル王子のご決意、ご覚悟、ご決断、このサイラス、しかと受け止めましたッ」
「う、うん……?」
「このサイラス、持ちうる知識のすべてをシリル王子にお教えいたします」
な、なんだかすごい熱量だ。
こんなに親身になってくれるなんて、もっと早く打ち開ければよかった。
◆ ◆ ◆
早速、魔術の授業をしてくれることになった。
裏庭で行うわけにもいかないということで、屋敷の中にあるサイラスさんの部屋へと向かう。
「じゃあ、さいらすはいま、ぼくのごえいなんだ」
「はい。王都を発つ際に宮廷魔術師の任は解除されました。今の私の立場はシリル王子の護衛魔術師ということになります。栄転でございますね」
宮廷魔術師のサイラスさんがこの屋敷に住んでいる。
そのことを知って不思議に思った僕の問いに、サイラスさんはにこやかに答えてくれた。
表情は穏やか……いや、むしろ楽しげだ。
確かに、王子の側付きは見方によっては栄転だろうけど。
僕とまったく同じ状況だ。
王宮入りの代わりに、公爵領とその爵位を与えられての栄達。
でも実態は王宮からの追放。
そんな僕の側付きになるよりも、宮廷で勤めている方がキャリアとしては上だ。
そういえば、サイラスさんは僕が魔術を使えることも精霊さんが見えることも黙っていてくれていたんだよね。
ヴェロニカの依頼で調査に来たのにそんなことをしたら、何も報告できるものはない。
それにヴェロニカはエイダさんのことを目の敵にしていた。
その息子である僕のことも、当然嫌っているはず。
自身の依頼にろくな成果もあげず、それどころか僕の元へ通い詰めている。
……ヴェロニカがサイラスさんを嫌っていてもおかしくない。
「ごめん、ぼくのせいで」
すごく申し訳なくなって力なく呟くと、サイラスさんは目を見開く。
そうしてふっと口角を上げた。
「シリル王子は本当に聡明であらせられますな。しかしそのご懸念は外れております」
「そうなの?」
「はい。私は自分の意志でここにおりますれば」
そう話すサイラスさんの表情には一点の曇りもない。
嘘でも、虚勢を張っているようにも見えなかった。
もしかして、僕のことが心配でついてきてくれたんだろうか。
だとしたら本当にサイラスさんには頭が上がらないなぁ。
「っと、こちらです」
サイラスさんに部屋へ招かれる。
僕の部屋と比べると広くはない。
使用人の部屋、といった印象。
「散らかっておりますが」とサイラスさんは言うけど、部屋の中はよく整えられている。
紙の束や本の山があるけど、どれも書棚や机の上に並んでいて、床には一つも置かれていない。
以前、サイラスさんが倒れていた部屋とはまったく違う。
あそこはサイラスさんの部屋じゃなかったんだろうか。
そんなことを考えていると、サイラスさんが部屋の中央に一脚の椅子を持ってきてくれた。
「失礼します」と前置きされ、僕の体をふわりと持ち上げる。
そうして椅子にちょこんと座らされた。
「シリル王子、魔術の勉強を始めるにあたって、一つだけお願いしたいことがございます」
「なぁに?」
サイラスさんもまた僕の正面に椅子を持ってきて座ると、神妙な面持ちで前のめりに僕の顔を見つめてくる。
「シリル王子が魔術を扱え、《精霊眼保持者》であることは、私とだけの秘密にしていただきたいのです」
「ひみつ?」
「はい。その時が来るまでは、どうかそのお力はお秘めになられてください」
その時って、どの時だろう。
僕が目をパチクリさせると、サイラスさんは慌てて付け加えてくる。
「も、もちろん、シリル王子が今すぐにでも――ということでございますれば、私も出来る限りのことはさせていただきますが」
「……? よくわかんないけど、わかった。まじゅつと、せいれいのことは、さいらすいがいには、はなさない」
僕がそう言うと、サイラスさんはホッと胸を撫で下ろしていた。
サイラスさんにはたくさんお世話になっているし、彼がそうしろと言うのなら、拒む理由はない。
魔術も、精霊さんたちが危険な目に遭っていなかったら使う必要もないしね。
「では早速、魔術の勉強の前にシリル王子の魔力を測定いたしましょう。確か荷の中に計測用の魔道具があったはず……」
「まどうぐ?」
「魔力を用いて魔術的な現象を引き起こす道具のことです」
そう言って、椅子から立ち上がって部屋の奥を何やら探していたサイラスさんが、手元に木箱を抱えて戻ってきた。
膝の上に乗せて天面を持ち上げると、中から装置のようなものが現れる。
赤と青と緑と黄色と白と黒。それぞれの色を宿した円筒状の鉱石が中央に纏められて、その周りを透明なガラスが覆っている。
「シリル王子。魔術を使う要領で、こちらに魔力を流していただけませんか?」
「わかった」
促されるがまま、僕は両手を装置のガラスにぴたりと添える。
そうして体の内側、奥底へと意識を向ける。
ぽぅと宿っている熱。それを一気に引き上げて、体へ巡らせていく。
「……っ」
サイラスさんが息を呑んだ気がした。
僕は気にせず、集中する。
熱が体を駆け巡り、いつものように手の先へと流れていく。
あれ? なんだか今までと感覚が違う。
治癒魔術を使う時には、こんなに強い熱は感じなかった。
あの時の、街道で黒い闇を生み出した時に、感覚としては近い。
体の奥底から熱が引き摺り出されていく。
「ぁ、シ、シリル王子!」
サイラスさんが何かを叫んだ時には、すでに体の熱は外へと――魔道具へと放たれた。
――パリィィィン。
近くで何かが割れる音が聞こえる。
その音に重なるように、サイラスさんの詠唱が響いた。
「っ、『風の精霊よ その慈愛をもって 彼の者を守りたまえ』――【風壁】!」
「……ぁ」
僕に襲いかかっていたガラスと石の破片が、風の壁に防がれる。
そこでようやく、目の前にあった魔道具が粉々に砕け散っていたことに気づいた。
風が鎮まり、ガラスと石の破片が足元に落ちていく。
僕とサイラスさんは、その魔道具の残骸に視線を落とす。
これ、僕が壊しちゃったんだよね。
わけがわからないけど、ひとまず謝ろうとしたその時サイラスさんが目を輝かせながら口を開いた。
「あなたは、私をどこまで驚かせるのですか!」
……えっ、怒ってない? というか喜んでる?




