第27話 告白
真っ暗な部屋。
僕はベッドの真ん中にちょこんと座り、おもむろに集中する。
精霊さんたちを守り、エイダさんを悲しませない強さ。
それを手に入れるにあたって真っ先に思い浮かんだのは、魔物を闇が取り囲んだあの現象。
魔術? とは少し違うと思う。
魔術には魔力と、魔鉱石や詠唱といった媒介が必要だ。
あの時の僕は媒介を何一つ持っていなかった。
じゃあ精霊さんたちが以前のように僕の気持ちに応えてくれたのかというと、それも違うはず。
精霊さんたちは魔物に怯えていたし、何より、僕の体から魔力が消費された。
これまでにはなかったことだ。
あの闇は、僕が何らかの方法で生み出したもの。
あれを再現できれば、魔物が現れても同じように閉じ込めることができる。
「たしかあのときは……」
現象を再現するべく、かつてサイラスさんの魔術を真似した時のように、あの時の僕の行動を振り返る。
あの時僕は魔物を閉じ込めたいと思った。
毛玉さんが逃げられるように。
そうしたら変な何かが頭をよぎって、全身が熱くなったんだ。
「とじこめる、とじこめる、とじこめる……」
試しに部屋の中にある燭台へ意識を向けて、あの時のように念じてみる。
……うんともすんとも言わない。
燭台へ手をかざし続けても、変化は見られない。
「まりょくがひつよう……?」
あの時と手順は異なるけど、内側に意識を向けて、体の奥底から熱を引っ張り出す。
治癒魔術を繰り返し使ううちに、魔力の引き出し方はいつの間にか身についていた。
そうして湧き出た熱を全身に巡らせてから、右手へと集める。
「とじこめる……!」
何も起こらない。
完全に八方塞がりだ。
「ンナァ……?」
がっくしと項垂れていると、黒い子猫さんが擦り寄ってきた。
なでなでをご所望でしょうか。
僕は燭台へ向けていた手を子猫さんへ伸ばす。
「ミャンッ」
「え、ちがうの?」
すっと躱して僕の前にぴょんと躍り出る。
寂しい。でも鳴き声可愛い。あと後ろ姿もちんまりしてて可愛い。
「ミャー」
「しょくだいが、どうかした?」
可愛らしいあんよで燭台を指し示す子猫さんに訊ねる。
すると子猫さんは、「ぐるるるる」と喉を鳴らしながらふわりと浮かび上がり、四本の足を大の字に広げた。
しっぽもピンと伸びてるから星形みたい。
「ンナー!」
どこか気合の入った鳴き声。
これはこれで可愛い、と思ったのも束の間。
目の前の燭台を取り囲むように、あの闇の帳が現れる。
「これって……!」
暗い室内でもはっきりと見える黒。
闇の中の闇。
あの街道で起きた現象とまったく同じものだ。
「ンナァ」
「これでいい?」とでも言いたげに振り返ってくる子猫さん。
そっか、どうして気づかなかったんだろ。
魔物を覆っていたあの闇。
以前にサイラスさんを閉じ込めたものと同じものだ。
「じゃあ、せいれいさんのちからを、ぼくがつかったってこと……?」
子猫さんをもふりつつ、考える。
確か以前、サイラスさんが言っていた。
精霊と契約し、魔力を対価として命じることで、魔術を超える力が引き起こせるって。
でも僕、契約なんてご大層なことはしていないし、命じてもいない。
う〜ん、一体どういうことなんだ。
子猫さんを撫で回しているうちに、体が熱くなってくる。
僕はいつものように魔鉱石を取り出して、治癒魔術を使う。
何にしても。精霊さんに頼らないといけないんじゃ、本末転倒。
よくわからない力のことは一旦置いておいて、僕ができることからやっていこう。
できることで言えば、やっぱり魔術だ。
少し苦戦したけど、治癒魔術はその日のうちに使うことができた。
魔力の操り方も身に着けている今、他の魔術だって使えるはず。
僕は魔力を漲らせて、魔鉱石へ手をかざす。
確か、あの時サイラスさんが使っていた詠唱は……。
「『ひかりのせいれいよ そのじあいをもって わがみちをてらしたまえ』――【導きの灯】」
子猫さんの力で暗闇に閉じ込められた時、サイラスさんが口にしていた詠唱を唱える。
……が、何も起こらない。
「えいしょう、まちがってる……?」
一度聞いたきりだから、完全に覚えている自信はない。
でも、だいたいこんな感じのはずだけど。
その後、何度も詠唱してみるけど、やっぱり魔術は発動しない。
すぐにできると思っていたから、この失敗はそれなりに重くのしかかった。
「このままじゃ、せいれいさんたちをまもれない……」
ポツリと零すと、精霊さんたちが僕の元へ集まってくる。
ぺろぺろ、すりすりと擦り付けてくださる精霊さんたちに全身を包まれる。
いつもは極楽の心地だけど、今日ばっかりは自分の情けなさが上回った。
「……ちょっとだけ、そとにでようかな」
窓の外を眺めて力無く呟くと、僕はゆっくりとベッドを降りた。
◆ ◆ ◆
場所が王宮区じゃないからか、廊下に人はいなかった。
たぶん、屋敷の敷地内だったら、出歩いていても怒られなさそう。
三歳児の小さな体で広い屋敷を歩き、庭へと出る。
奥の方に見える石塀には篝火の灯りが見えた。
たぶん、警備兵がいるんだろう。
なんとなく、人の目を憚るようにして建物の裏手へ回ると、芝生の上に佇み夜空を見上げる人影があった。
あれって、サイラスさん……?
何してるんだろ。
不思議に思いつつ、僕はなんとなく建物の影に隠れる。
禁止されてないとはいえ、夜中に出歩いてるところを見られたら怒られるかもしれない。
エイダさんに言われたらまた叱られてしまう。
「チュンチュン」
「ことりさん……?」
一緒についてきていた緑の小鳥さんが、羽根をパタパタとして何かを訴えてくる。
小鳥さんの示す先にはサイラスさんの姿。
ま、まさか。
「だ、だめだよ。前にもいったでしょ。だれかをきずつけたら、だめだって」
「チュゥン」
小鳥さんは羽根を羽ばたかせるのをやめて、僕の頭上に飛んでいく。
よかった。やっぱりサイラスさんを吹き飛ばそうとしてたみたいだ。
ヴェロニカの時みたいになったら危ない危ない。
……あれ? そう言えば。
僕はずっと、周りの人に治癒魔術が使えることと、精霊さんが見えることは隠してきた。
それはすべてヴェロニカを突風で吹き飛ばした緑の小鳥さんを守るためだった。
でも、ここはもう王宮の外だし、あの事件からもう二年は経っている。
今なら色々と明かしても、小鳥さんが捕まることはないんじゃないかな?
それにサイラスさんは宮廷魔術師。魔術について詳しい。
サイラスさんの力を借りれたら、魔術も上手く使えるようになるかもしれない。
よ、よーし。
「さいらす」
「! シ、シリル王子!? このような時間にどうされましたか!」
慌てた様子で駆け寄ってくるサイラスさんに、僕はおずおずと見上げる。
「きいてほしい」
「ッ、はっ」
サイラスさんは僕の目の前で立ち止まると、そのまま膝をついた。
目線の高さが同じになる。
……いざ話そうとすると、少し緊張する。
ずっと隠していたことを明かすのは、なんだか変な感じだ。
もし怒られたりしたらどうしよう。
いやでも、精霊さんたちのためだ。
ぐっと覚悟を決め、僕は口を開く。
「ぼく、じつはせいれいがみえて、まじゅつがつかえるんだ」
「――はい。恐れながら、存じ上げております」
あ、あれぇ……?




