第26話 領都オリーゴ
王都からの長い移動を経て、ようやく目的地が見えてきた。
「ほら、シリル。これからあなたが住む町よ」
対面に座るエイダさんが窓の外を指差した。
街道の続く先に、真っ赤な夕日に照らされた市壁が見えてくる。
これまで立ち寄ったどの町や村よりも立派な造り。
それもそのはず。あの町こそ、僕がルーティスさんから下賜されたニール公領の首都、領都オリーゴだ。
僕は座席から少し乗り出してその光景を眺めつつ、首を傾げる。
「ちがうよ?」
「えっ?」
「ぼくと、母さまがすむ町だよ」
エイダさんの言い方だと、まるで自分は王都に帰る風に聞こえる。
でもエイダさんも僕と一緒に暮らすことになるんだ。
僕がそう言うと、エイダさんは妙な表情を浮かべていた。
驚いたような、でもなんだか嬉しそう。
「ふふっ、そうね」
なぜか頭を撫でられる。
まぁ、叱られるよりはずっといい。
数日前のエイダさんの説教は、まだ僕の耳と心に深く残っているのだ。
市壁を守る都市兵の簡単な検査を終えて町の中へと入った。
僕たちの車列は大通りを突っ切るようにして進んでいく。
王都を通った時と同じように、通りの脇へ避けていく町の人たちへ僕はニコニコと微笑みかける。
正直、慣れない。
王宮区にいた時はまだ赤子としての生活に慣れるので大変だった。
それにメイドさんたちからのお世話も多少のむず痒さはありつつも、お世話なしでは生きられないので割り切るしかなかったのだ。
でもこうやって王宮区の外へ出て、市井の人たちに囲まれると、否が応でも自分が王族だってことを突きつけられる。
慣れるしかないんだけどね。
町並みは徐々に変化していく。
市壁近くは雑多な印象を受けたけど、奥へ奥へ、町の中心へ中心へと進むにつれて、洗練されていく感じ。
というか、道や建物が綺麗で、豪華だ。
いわゆる屋台的なものもなくなって、店舗型のお店も増えてくる。
町の中にも、もふもふさんはいないかなぁ〜と探してみるけど、今のところ見つからない。
これまでの移動中、立ち寄った村や町でもそうだった。
精霊、という単語のイメージ通り、どうやら精霊さんは人や人工物の多い場所にはあまりいないようだ。
まあ確かに、もふもふさんたちは自然の中にいる方が似合ってる。
湖とか森とかにいるもふもふさん。
……想像するだけでも可愛い。
そういえば、小鳥さんたちはずっと僕についてきてくれているけど、人の多いところで嫌じゃないのかな。
馬車の中にぎゅうぎゅうになっている毛玉さんや小鳥さんたちの姿に、ふと思う。
するとみんなが僕を見て顔を傾けていた。
可愛い。
これからのここでの生活がどうなるかわからないけど、みんなと一緒に緑の多い場所に遊びに行けたらいいな。
◆ ◆ ◆
領都オリーゴの中心地は少し小高い丘になっている。
その丘に聳える屋敷が、これから僕たちが暮らすことになる領主の館だ。
その館を囲う壁を越えて屋敷の前に車列が止まると、玄関から恰幅のいい壮年の男性が現れた。
「お待ちしておりました、シリル王子殿下、エイダ王妃陛下」
僕たちが馬車から降りると、にこにことした笑顔と共に両手を揉み合わせてくる。
誰だろう、と不思議に思っていると、エイダさんがにこやかに応じた。
「あなたが、陛下からニール公領の統治を委任されている――」
「アドルフ・センツベリーと申します」
委任……?
ぽかんとしている僕に、アドルフさんがにこにことした笑顔を張り付けたまま丁寧な物腰で説明してくれる。
「このニール公領は元々ルーティス国王陛下のご領地だったのです。そして国政でご多忙の陛下に代わり、不肖このアドルフが代官としてニール公領を治めておりました」
「なるほど、そうだったんだね」
わかりやすい説明に僕が頷くと、アドルフさんは目を見張った。
でもそれも一瞬で、すぐに元の笑顔を浮かべる。
「シリル王子殿下は大変聡明であらせられますな」
「ええ、本当に賢い子なの」
「おやおや、それでは私はお役目御免でしょうか」
「いいえ。代官としてのお役目は本日限りですが、あなたにはこれから家宰としてシリルの補佐をお願いします。これまでの統治の経験を、息子の下でも存分に振るってちょうだい」
「――はっ。微力ながら、粉骨砕身お支えいたします」
僕と、そしてエイダさんへ向けて頭を垂れるアドルフさん。
その姿に戸惑いながらエイダさんを見上げる。
「シリルはまだお勉強していないでしょう? あなたが大きくなるまでは、領地のことはこれまで通り彼にお願いしましょう」
つまり、勝手に領地経営をしてくれるってことか!
それはすごくありがたい。
読み書きや計算はそれなりに自身はあるけど、領地の運営なんてしたことないからね。
僕のせいで領民の生活が壊れたら、もふもふさん探しどころじゃなくなってしまう。
「よろしくね、アドルフ!」
僕が言うと、アドルフさんは一層深く頭を下げてきた。
◆ ◆ ◆
屋敷の案内をされた後、お風呂に入ったりご飯を食べたりしていると、すっかり暗くなった。
今日から自室となる部屋でベッドに横になる僕へ、エイダさんが優しく声をかけてくる。
「いいこと? 寂しくなったら、そこの鈴を鳴らすのよ」
「うん」
「もしわたくしに会いたくなったら、誰かに案内してもらいなさい。今日からは同じ屋根の下で暮らせるのだから」
「わかったっ」
「それじゃあおやすみなさい」
エイダさんは僕の額にキスをすると、メイドさんたちと共に部屋を出ていく。
燭台の灯りがなくなって、真っ暗な部屋。
室内には僕しかいない。
そう、僕しかいないんだ!
今までは夜通しメイドさんが部屋の中でつきっきりだった。
だけど三歳になったことで、夜番制度がなくなったんだ。
本当に小さなことだけど、僕にとっては大きい。
何せ、転生してから初めてプライベートな時間と空間を得られたんだから。
早速この時間を活かして精霊さんたちをもふもふ……じゃなくて。
僕はベッドから起き上がり、室内を見回す。
暗がりの中、部屋中を飛び回る精霊さんたち。
数が増えたことで、王宮区時代よりも賑やかな空間になっている。
みんな、これまでの移動で一緒になった毛玉さんたちだ。
そしてその中には、魔物に襲われていたあの緑色の毛玉さんの姿もある。
そう。
これまでは人の目が合ってできなかったけど、今日からは大手を振って魔術の勉強ができるんだ。
精霊さんたち、待っててよ。
魔物が現れても、僕がすぐにやっつけられるようになるからね!




