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末っ子転生王子のもふもふ精霊無双〜厄介払いで送られた辺境領で精霊たちを撫で回していたらみんな神級になっていた〜  作者: 戸津 秋太
二章 領主着任編

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第25話 帳

 た、大変だ!


 巨大な昆虫みたいな見た目をした魔物の長く鋭い腕が空中に浮かぶ緑の毛玉さんへ伸びていく。

 で、でも、あそこには騎士の人たちが――。


「いいか! 絶対に後ろに逃すなよ!」

「陣形を乱すな! 車列に近づけるな!」


 騎士たちは後方で待機する僕たちを窺いながら、カウンター気味に魔物に対処せいている。


 誰も、毛玉さんを助けようとしない。


「! そっかッ」


 毛玉さんは――精霊は、彼らには見えていない。

 だから助けようがないんだ。


「……ッ!」


 僕の目を覆う白い小兎さんの可愛い前脚。

 このふわふわのお陰で前方の様子を間近で見ることができている。

 その前脚を外し、僕の周りにいるもふもふさんたちに助けを仰ごうとして――前脚に添えた手がピタと止まる。


 脳裏によぎったのは、魔物と遭遇した時の精霊さんたちの様子。

 もふもふの毛を逆立てて威嚇する豆柴さんたち。

 縮こまって怯える毛玉さんたち。


 魔物をあんなに怖がってるみんなにお願いして戦ってもらうなんて、そんな残酷なこと、していいわけがない。


 僕が、なんとかしないと。

 でもどうやって。

 この小さな体だと、どうあっても間に合わない。


「――ぁ」


 風のような身のこなしでなんとか逃げ回っていた緑の毛玉さん。

 それが可能だったのは、毛玉さんに意識が向いていた魔物が一体だけだったから。


 サイラスさんの魔術攻撃を受けてよろめいた魔物が、緑の毛玉さんの姿に気づく。


 二体の魔物、二対の腕。

 四方を覆うようにして迫る強靭に、緑の毛玉さんの逃げ場はなくて――。


 だ、だめだ。

 毛玉さんがやられちゃう!


「シリル!?」

「王子!?」


 間に合うかどうか関係なく、僕は走り出していた。

 エイダさんと騎士の人のギョッとした声が聞こえる。


 走り出した勢いで小兎さんの前脚が離れ、視界が元に戻る。


 遠のく緑の毛玉さん。そして魔物たち。

 小兎さんの力で見えていたものが、騎士の人たちの姿に隠れる。


 やだやだやだやだ!

 せめて僕が辿り着くまで、魔物が毛玉さんに手出しできないように閉じ込められたら――…………。



 ――――【ΚότοςσΣολπέπ】



 ……――な、に?


 何かが頭の中をよぎった。

 意味も音もよくわからない。

 だけど僕は、その何かに従うようにして、前方へ手を突き出した。


 その直後。

 全身が一気に熱くなる。

 でもその熱は一瞬で引いていき、代わりに全身から力が抜ける。


 あ、だめだ。


 足がもつれて、走っていた勢いそのままに街道に敷かれた石畳に倒れそうになる。

 このままだと、毛玉さんが――。


「王子! 大丈夫ですか!」


 追いかけてきていたらしい、護衛の騎士さんに受け止められた。

 洗濯物みたいに、騎士さんの腕でくの字になりながら、顔を上げる。


「けだま、さん、……ぁ」


 絶望のどん底に突き落とされる心持ちの中、前方を見つめ、息を呑んだ。


「――よる?」


 遮るもののない、昼の平原。

 そこに真っ暗な空間が現れた。


 場所はちょうど、毛玉さんを襲う魔物たちがいたところ。

 まるで帳(とばり)が降りたみたいに、頭上から闇が降り注ぐと、それは一気に直方体の形を成していく。


「な、なんだ、これは」

「ッ、まさかこれは宮殿での――!」


 騎士さんたちが戸惑っているのが遠くからでも伝わってくる。

 僕もそうだ。

 でもそれ以上に心配なのは、緑の毛玉さんが無事かどうか。


「――! けだま、さん!」


 前方から、騎士さんたちの壁を越えて、何かがこちらに向かってくる。

 陽光に照らされてキラキラと輝くもふもふ。

 小さくて丸いフォルムが、宙を駆ける。


 遠目でも、あの緑の毛玉さんだということがわかった。


「よ、よかったぁ……」


 緑の毛玉さんが安全圏へ脱したことを確認すると、体から一気に力が抜けていく。

 ふと見ると、魔物たちを覆っていた闇が溶けるようにして消えていった。


 戸惑いながらも、戦闘を再開する騎士さんたち。

 僕の頭の上に飛び込んでくる緑の毛玉さん。


 そして。


「よくはありません! 魔物の方へ走り出すなんで、一体何を考えているの!!」

「か、母さま」


 ドレスの裾を持ち上げながら駆け寄ってきたエイダさん。

 今まで見たことのない形相と声で、騎士さんから僕の体をひったくる。


「本当に、本当に……っ」


 叩かれるかと思いきや、そのまま抱きしめられる。

 僕の頭上に響くエイダさんの声は涙ぐんでいた。


 ……また、心配かけちゃった。


 後悔はしていない。

 毛玉さんがそのまま魔物にやられちゃうぐらいなら、僕は何度でも走り出してたと思う。

 でもそれはそれとして、やっぱりエイダさんは悲しませたくない。

 前世と違って、僕には血の繋がった家族がいるんだ。





 ようやくエイダさんの抱擁から解放される頃には、魔物との戦闘も終わったみたいだった。

 引き上げてくるサイラスさんや騎士たちの姿を前に、僕は自分の手のひらを見つめる。


 ……さっきのは、一体なんだったんだろう。


 よくわからない音? 声? 文字? が頭に響き渡ったかと思えば、魔物を閉じ込める闇が現れた。

 勘違いでなければ、あれを生み出したのはたぶん僕だ。

 全身で活性化した魔力と、その後の脱力感からいって、間違いない。


 僕は魔力を使って、あの現象を引き起こしていた。

 それも並大抵の魔力量じゃない。

 体感で、治癒魔術十回分以上の魔力を消耗した。

 以前の僕なら、あれだけで気を失っていたと思う。


「キュイ?」


 僕を心配そうに見つめてくる精霊さんたち。

 そこにはもう、さっきまでの怯えた姿はない。

 よかった。やっぱりみんなには穏やかに過ごしてて欲しいよ。


 ……正直なところ、僕はこの世界のもふもふにしか興味がなかった。

 治癒魔術を覚えたのも、精霊さんたちと触れ合うため。

 だからそれ以外の魔術は覚える必要性を感じていなかった。


 だけどこの世界には、こんなに可愛いもふもふさんたちを怖がらせる存在がいる。

 もし、さっきの魔術のようなものや、サイラスさんのような攻撃魔術が使えたら。


 万が一の時に、エイダさんを不安に思わせることなく、そして精霊さんたちの力を頼ることなく、みんなを守れる。


 よし、決めたぞ!

 領都に着いたら、魔術の勉強を始めよう!


 ……ちなみに、このあと車内へ戻った僕を待ち構えていたのは、エイダさんからのお説教だった。

 その日の宿に着くまで、僕はみっちり叱られた。

 ごめんなさい。

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