第24話 魔物
王都を出発してから十日が過ぎた。
今日も今日とて、目的地へ続く街道を進んでいる。
行程を把握しているエイダさんの話では、間もなく僕が下賜されたニール公領に入り、そこからまた二日ほどかけて、領地の首都――領都へ向かうそう。
エイダさんは頻りに「大丈夫? 辛くないかしら?」と訊ねてくれる。
確かに長時間馬車で座りっぱなし、それも前世の快適な乗り物に比べたら揺れるし硬いし何かと辛い。
でも僕にとってはこの道程は辛いどころか至福の時間だ。
もっとこの時間が続けばいいのにと思ってさえいる。
えっ? なんでかって?
それはもう、見ての通りだよ!
僕とエイダさんが座る車内。その中を埋め尽くす毛玉さんたち。
王都を出立した時にはいつもの五匹のもふもふさんたちしかいなかったこの車内が、すっかり賑やかになっていた。
精霊がこの世に満ちる存在であることは、以前にサイラスさんが話していた通り。
そしてその言葉通り、行く先々で毛玉さんたちと出会したんだ。
もちろん僕は撫で回した。あっ、嫌そうだったらしないけどね。今のところありがたいことにそんな子はいなかったけど。
すると毛玉さんは懐いてくれたのか、僕が移動のために馬車に乗り込むとその後を追いかけてきた。
――ということを各地で繰り返しているうちに、すっかり車内は大所帯になってしまった。
車内にいる毛玉さんは赤や緑の毛並みをした子が中心だ。
この子たちを見ているとこの世界に転生して最初に見た景色を思い出す。
今でこそ小鳥さんや豆柴さんの姿をしている精霊さんたちだけど、この子たちも以前はこんな姿をしていた。
もしかしたらこの小さな毛玉さんたちは、微精霊という生まれたばかりの精霊なのかもしれない。
だからこんなに会えるのかも。
新しいもふもふさんに出会いたい、とは思っていたけど、これはこれで幸せ。
だけど少し問題も。
「……ふぅ」
「母さま、だいじょうぶ?」
対面に座るエイダさんが苦しげな息を零す。
狭い車内。エイダさんの周囲にも毛玉さんたちが密集していている。
精霊さんの姿は見えていないエイダさん。だけど毛玉さんたちがそこに存在しているのは確かで、その影響は少なからず出るらしい。
車内の毛玉さんの数が増えるほどに、息苦しそうにしている。
「大丈夫よ。シリルは辛くない?」
「ぼくはだいじょ――」
「キャン! キャンキャン!!」
大丈夫、と言いかけた口が止まる。
僕の膝の上で眠っていた豆柴さんが耳をぴくりと動かしたかと思えば、突然立ち上がって鳴き出した。
「チュンチュン!」
「キュキュキュキュー!!」
「コゥン!!」
「キュイキュイ!!」
それに続くように、小鳥さんたちも鳴き出し、車窓へへばりつく。
何かを警戒するようなその姿に戸惑っていると、突然馬車が急停車した。
「きゃっ」
エイダさんが倒れそうになる。
ただ、僕にぶつかるわけにはいかないと、両足でなんとか踏ん張ると、窓の外へ声をかける。
「何事ですか」
「申し訳ございません。先行していた騎士が魔物と接敵したようで」
「まもの」
精霊が、自然が形と意思を持って具現化した存在なら。
魔物は、不自然が形と意思を持って具現化した存在。
人を襲い殺す習性だけを備えた、人類の大敵。
サイラスさんの読み聞かせの中で、チラリとだけ耳にし、「王宮区で過ごされる間は目にする機会などないでしょう」と流された。
「対応は」
「予想外に数が多く。車列の護衛を最小限にし、討伐に向かわせております」
エイダさんが緊張感のある声で訊ねる。
そっか、エイダさんは平民出身だから、王宮区生まれの僕と違って魔物を見たことがあるのか。
「シリル、怖くない?」
「うん。ごえいがいるからへーき」
「……っ、で、では私も失礼します」
エイダさんと話していた騎士の人が何かを堪えるようにして前方へ離れていく。
それにしても魔物か。
こんなに警戒というか、威嚇している精霊さんたちを見るのは初めてだ。
毛玉さんたちに至ってはすっかり縮こまっている。
……あんまりいい気分にはならないなぁ。
動画配信サイトで捨て猫の動画を見た時の気持ちに似ている。
拾われてよかった、と思う反面、縋り付いてくる捨て猫さんの境遇が可哀想過ぎて胸が痛むんだ。
精霊さんたちをこんな風にさせてしまう魔物って、一体どんな存在なんだろ。
「シリル? 危ないわよ」
「ちょっとだけ!」
引き止めてくるエイダさんに抵抗して、僕は扉を開けて外に出る。
こういう時は言葉を話せるようになってよかったと思う。
意思表示、大事。
そばにいた護衛の騎士さんが慌てて駆け寄ってくる中、僕は前方を窺った。
僕たちが進む街道は平原を分断するように伸びている。
その進行方向が確かに騒がしい。
って、あれサイラスさんの魔術かな。
すごい数の氷の槍みたいなのが地表に向けて降り注がれてる。
そして、僕たちがいる方向へ壁になるようにして、騎士の人たちが並んでいた。
みんな剣を抜いている。
う〜ん、でも遠くてこれ以上はよく見えないなぁ。
万が一にも僕たちに危険が及ばないように戦っているんだから、当然と言えば当然かもだけど……。
「キュキュッ」
「こうさぎさん……?」
困っている僕の足元で、白い小兎さんが鳴き声を上げる。
先ほどまでの警戒と威嚇する声じゃなくて、僕に呼びかけるような声。
「キュキュキュッ」
小兎さんは二本の足で立つと、その小さな前足で前方を指し示す。
「もしかして、みえるようにできるの?」
「キュキュッ!」
その通りだと言わんばかりにぴょんと飛び、僕の頭の上に乗ってくる。
そして小兎さんの可愛い前足が僕の目を塞ぎ――視界が一気にズームインされる。
! なんだあの化け物。
騎士たちに囲まれている場所に、魔物がいた。
見たことがなくても、魔物だとわかる。
赤黒い霧のようなものを纏う、異形の怪物たち。
全身が硬い外骨格に覆われていて、巨大な昆虫を思わせる容貌をしている。
か、可愛くない。
というか見てたら鳥肌が。
間違っても撫で回したいとか思えない。
……まあでもこの様子だと、魔物はなんなく討伐されそうだ。
「っ!」
安心安心、と胸を撫で下ろしそうになった僕の視界に、緑の毛玉さんの姿が映る。
自然の中だ。これまで出会った毛玉さんと同じように、存在しても不思議じゃない。
だけど問題は。
「けだまさんが、おそわれてる!」
魔物のうちの一体が、騎士たちではなく毛玉さんへ向けて、その鋭い腕を伸ばしていた。




