第23話 辺境領へ
三歳になった。
ということは、今日は兼ねてから決まっていた王宮入りを果たす日でもある。
早朝からメイドさんたちが慌ただしく支度を進めているし、窓の外のロータリーには馬車が何台も並んでいた。
以前にルーティスさんが乗っていた装飾の施された箱馬車もあれば、荷運び用と思しき幌馬車の姿もある。
まあ、この建物からの引っ越しだし、色々と運ぶものはあるんだろう。
僕はといえば、鏡台の前に座らされて、色々とおめかしをされている。
普段はここまできっちりとされることはないから、やっぱり今日は特別な日なんだ。
鏡には背後で僕の髪を整えるメイドさんと、そして僕が映っている。
ルーティスさん譲りのサラサラとした金髪に、エイダさん譲りのパッチリとした碧眼。
思えばこうして今世の自分の容姿を眺めることはなかった。
というのも、僕は鏡があまり好きじゃない。
前世から引き継いだ性質ではなくて、今世特有のものだ。
「キューキュー!」
青色のカワウソさんが僕の顔の前を鳴きながら横切っていく。
さっきから鏡台の前に座らされっぱなしの僕に、「遊んで」と訴えているんだ。
可愛い。だけどその姿は鏡には映っていない。
……そう。精霊さんの姿は鏡には映らないんだ。
今も精霊さんたちは僕の周りを飛び回っているのに、正面の鏡にはその姿が一欠片も映っていない。
もふもふさんのいない世界。色のない世界。輝きを失った世界。
……そりゃあ、鏡も見なくなるよ。
「はい、シリル王子。完成です。よく我慢できましたね」
メイドさんの声にハッとする。
さっきまでは細かな意匠の行き届いた礼服が浮いていたけど、髪が丁寧に整えられたことで、不自然に見えなくなっていた。
僕はメイドさんを振り返る。
「ありがと!」
「も、もったいないお言葉ですっ! ……はぁ、シリル王子の元にお仕えできるのが今日で最後だなんて」
「えっ、いっしょじゃないの……?」
てっきり同じ王宮区内での引っ越しだから、メイドさんたちも一緒だと思っていた。
「その予定だったのですが、私は家族ともどもこの王宮区内の屋敷に住まわせていただいております。ですので、身を切る思いですが、シリル王子にお供することが叶わないのです」
んん? どういうことだろ。
なんだか話が噛み合っていないけど、まあ要するに、今日でお別れってことか。
というかこのメイドさん、部屋を抜け出した時に夜番をしてた人だ。
申し訳なさと感謝が湧き上がってくる。
ただでさえ生まれてからずっとお世話になってたわけだし。
僕は椅子から立ち上がると、メイドさんへ向けてぺこりと頭を下げる。
「これまで、おせわになりました」
「……! わ、私やっぱりついていきます〜!!」
「おバカ! お母さんどうすんだい」
「でもでもでも〜!!」
顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら、メイドさんが別室へ連行されていった。
何をそんな今生の別れみたいな。
大袈裟だなぁ。
なんてやり取りをしていると、入れ替わりでエイダさんが入ってきた。
「あら、シリル。似合ってるわね」
僕を見るなり、エイダさんは優しく微笑みかけてくる。
かくいうエイダさんも、きっちりとしたドレスを身に纏っていた。
「母さまも、にあってる」
「ふふっ、ありがとう」
言葉を話せるようになって、僕はエイダさんをなんて呼ぶか悩んだ。
流石に『エイダさん』と呼ぶわけにはいかない。
結果行き着いたのが『母さま』だったわけだけど、まだ若干の照れ臭さみたいなものは残っていた。
……それにしても。
僕に微笑みかけた後、室内のメイドさんたちの作業を急かすエイダさんを見つめて思う。
エイダさん、元気ないよね。
今日の王宮入りを誰よりも楽しみにしていたのは他でもないエイダさんのはずなのに、この数日はどこか疲れた様子だ。
引っ越しの準備でお疲れなんだろうか。
治癒魔術、かけてあげた方がいいかなぁ……?
「シリル、少しいい?」
「はい、母さま」
なんて考えているとエイダさんとまた目が合った。
いつもなら目線の高さを合わせようとかがみ込んでくれるけど、今日のドレスはちょっと難しそう。
少しだけ中腰になりながら、エイダさんが真剣な面持ちで話してくる。
「賢いあなたならできると思うけれど、お父様が『下賜する』とおっしゃったら、『ありがたく拝領いたします』と返すの。できる?」
はて?
一体全体なんのことかよくわからないけど、それぐらいなら。
僕がこくりと頷くと、エイダさんは髪が乱れないように優しく僕の頭を撫でた。
◆ ◆ ◆
その後、僕とエイダさんを乗せた箱馬車は王宮の中へと吸い込まれていく。
精霊さんたちが全員狭い車内に入り込んできたから、大変幸せでした。
王宮へ到着した僕たちが案内されたのは、これからの住処ではなくて、謁見の間だった。
天井の高い大広間。中央に敷かれた真紅のカーペット。最奥に置かれた玉座。
僕とエイダさんはその袂で傅く。僕はエイダさんの真似をしただけだけど。
「楽にせよ」
玉座に座るルーティスさんの声に、顔を上げる。
玉座の傍には見慣れない老人の姿があった。
立派な白髭だ……ちょっとだけもふりたいかも。
なんて思っていると、目が合った。
……なんかすごく見られてる。
僕がもふりたそうにしてるの、バレちゃったかな。
慌てて視線を逸らす。
その先には、先日も出会ったシマエナガさんの姿があった。
大広間のだだっ広い空間を優雅に飛び回っている。
可愛い。――っとと、今は集中集中。
思わずシマエナガさんを追って歩き出しそうになる自分の体を必死に抑え込み、玉座へ視線を戻す。
ルーティスさんは小さく咳払いをすると、隣の老人から巻き物を受け取り、両手で広げる。
「オブライエン王国国王、ルーティス・オブライエンの名の下に宣言する。オブライエン王国ニール公領ならびに、この領地に付随する一切の権利を第五王子シリル・オブライエンへ下賜する」
……ん? 領地? 権利? 下賜……?
てっきり王宮入りの挨拶か三歳の誕生日のお祝い的な話をされると思っていたので面食らってしまった。
戸惑いながらも、僕はエイダさんに言われたことを思い出す。
「ありがたく、はいりょう、いたします」
「……ほぅ」
頭上で老人の呻く声がした。
面白がるような、そんな声だった。
深々と頭を垂れるエイダさんと僕へ向けて、ルーティスさんは淡々と告げる。
「――以上だ」
なにが!?
◆ ◆ ◆
謁見の間を出た僕は、再びエイダさんと共に箱馬車に乗り込んだ。
そうして車窓から王宮の外観が望める頃合いになって、僕は状況を理解する。
つまり、どうやら僕とエイダさんは王宮を追放されたらしい。
建前上は追放ではなく、公爵領とその爵位を与えられての栄達のようだけど。
「ごめんなさい、シリル。わたくしが力不足なばかりに。王宮に入れば、あなたもこの先、不自由なく暮らせると思っていたのに」
先ほどからしきりに謝ってくるエイダさん。
王宮追放は数日前からわかっていたそうだけど、お父様と暮らせると僕に言った手前、中々切り出せなかったそう。
道理で元気がなかったわけだ。
ここまで謝られると、逆に申し訳なくなる。
だって、王宮を追い出されたことを知って僕はまったく落ち込まなかった。
それどころか、逆にチャンスだと思ったんだ。
何せ僕はずっと、この世界にいるもふもふさんたちに会うことを夢見ていたんだから。
王宮にいたら出会えないもふもふさんたちも、外の世界に出れば、きっと会えるはず……!
まあ王宮図書館に行けないのと、結局謁見の間に残ったシマエナガさんやメイドさん、サイラスさんと別れるのは悲しいけど。
でも、いつも一緒にいた精霊さんたちはついてきてくれるみたいだし。
そんな風に思っているから、エイダさんにここまで謝られるのは心が苦しい。
僕は顔を押さえるエイダさんの、その両手に手を伸ばした。
「だいじょうぶ、母さま」
「シリル……?」
「ぼく、外でのくらし、たのしみです!」
「……っ、シリル!」
感極まった様子のエイダさんに抱きしめられる。
エイダさんを元気付けるためだったけど、これはもちろん僕の本心。
ヴェロニカとのこともあって、王宮での暮らしは少し面倒だなとも思っていたし。
「シリル王子、エイダ王妃、王都へ出ます。恐れながら、民衆の前では胸を張っていただきますよう」
「っ、ごめんなさい。わかっているわ」
車窓から馬に乗ったサイラスさんが声をかけてきた。
エイダさんは僕を解放すると、目尻の涙を拭う。
って、なんでサイラスさんまで一緒に!?
宮廷魔術師って、王宮勤めなんじゃないの?
僕の疑問は伝わったらしい。
車窓越しにサイラスさんがお辞儀をしてきた。
まあいっか。一緒にいてくれるのは心強いし。
車列は王宮区を囲う壁に差し掛かる。
宮門が開き、道が外の世界へと続く。
何はともあれ、初めての王宮の外、楽しみだ。
一体どんなもふもふさんがいるんだろう。
車内に乗り込んでいる精霊さんたちを撫でながら、僕はこれからの生活に思いを馳せるのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
これにて一章【王宮編】完結となります!
次章からいよいよ辺境領での生活が始まります。
一体どんなもふもふや人と出会えるのか、シリルの活躍をお楽しみに!




