第22話 サイラスの謁見Ⅱ
国王ルーティスからの問いに、サイラスは眉根を寄せる。
「シリル王子について、知っていることでございますか……?」
「サイラス殿、陛下の御前です。臣として、相応しい言動をお願いしますよ」
釘を刺すように、玉座の傍に控える宰相バートランドが口を開く。
その声と鋭い眼差しを前に、サイラスは目を細める。
「恐れながら、シリル王子について知っていることをすべて話したなら、夜明けを迎えてしまうでしょう」
「……昼の茶会でのことだ」
そう言ってルーティスはバートランドを振り返り、先を促す。
「陛下はシリル王子とエイダ王妃、お二方とお茶会を共になさいました。その際に、陛下の契約なさっている光の下級精霊が見えているかのような振る舞いを、シリル王子がなさったとのことです」
「――――」
サイラスは自分が呼ばれた理由を納得し、同時に拳を握りしめる。。
(やはりシリル王子は《精霊眼保持者》……!)
これまでの振る舞いとシリルの近辺で起きた事象から確信していたものの、シリルが《精霊眼保持者》であるということは、精霊の見えないサイラスにとっては推測に過ぎなかった。
だが、他でもない精霊契約者がその説を補強してくれた今、疑いようのない事実となる。
(そして私の思っていた通り、もはやシリル王子の才能は隠し切れるものではないですね)
訝るような二つの眼差し。
それはこの国の国王と宰相のもの。
彼らの目と耳と口は、このオブライエン王国のそれに他ならない。
その二人に、サイラスは少しの間を置いて、話すことを決めた。
◆ ◆ ◆
謁見の間に重々しい沈黙が降りる。
先に口を開いたのは、ルーティスだった。
「《精霊眼保持者》であるだけでなく、魔力までも、扱える……」
「……確かなことなのですね、サイラス殿」
バートランドの問いに、サイラスは頷く。
「恐れながら、一度、シリル王子の部屋にて精霊魔法の発現を確認いたしました。その場にいたのは私とメイド、そしてシリル王子のみ。メイドたちに素養がないことはその後の調査でもはっきりしております」
サイラスが精霊魔法の発現を確認したのは、正確には二度。
高熱を出した折、治癒魔術を受けたあの日もだ。
だが、サイラスはすべては話さなかった。
シリルが治癒魔術までも使えるということは、まだ隠すべきだと判断したのだ。
(気づいていないことを私の口から話す必要はありませんからね)
臣として相応しい言動――バートランドにはそう釘を刺された。
ゆえに、すべては話さない。
それこそが、シリルの臣として相応しい言動だとサイラスは確信している。
「そのような大事、なぜすぐに報告しなかった」
ルーティスが非難の声を上げる。
「恐れながら、陛下方の反応がすべてでございます」
「なんだと?」
「赤子にして魔力を扱える才能。《精霊眼》という稀有な素質。そして極め付けは、精霊魔法の成功。――まさにシリル王子は、このオブライエン王国が求めてきたお方。歓喜し、歓迎こそすれ、このような重々しい空気が流れることなどあり得ない。違いますか」
不思議と声に熱が籠る。
これでは国王陛下を面と向かって非難しているようなものだ。
……否、サイラスは紛れもなく非難していた。
「……つまり貴殿はシリルを守るために、これまで秘していたのか」
「王太子が正式に指名されるか、あるいはシリル王子が成長なさるか。そのどちらかを待って、陛下にはご報告申し上げるつもりでございました。もっとも、シリル王子の才覚がいつまでも隠し通せるとは思っておりませんでしたが」
また沈黙が流れる。
サイラスが語れることは終わった。
ただ僅かに目を伏せ、床に敷かれた絨毯を見つめる。
頭上で衣擦れ音がした。
「バートランド」
「はい、陛下」
「どう思う」
「サイラス殿のご懸念は正しいかと」
「そうか。……シリルを王太子とすれば、どうなると思う」
「陛下のご想像の通りかと」
「その想像を聞きたい」
淡々としたやり取りからは、お互いへの確かな信頼が感じられる。
ルーティスの催促に、バートランドは重々しく口を開く。
「まず間違いなく、他の王妃やその派閥が黙っておりません。陛下もご承知の通り、水面下で貴族たちが手を組み、王太子を自分たちで祭り上げようともしておりますゆえ」
「では、他の者を王太子として指名するのは」
「指名後に王太子を変更となると、名分が必要になります。当然、反発も。最悪の場合は国が割れることもあり得ましょう。それをご承知だからこそ、これまで指名を渋られていたはず。……同時に、シリル王子の才覚が真実ならば、王子を王太子に据えないことは国益に関わります」
「……わかっている」
思っていたとおり、ルーティスたちは悩ましげな議論を重ねる。
「……三歳か」
重々しい声が謁見の間に響き渡った。
もう少し大きければ、その才覚が発揮され、周囲の反発も抑えられたのに――そんな言外の呟きが聞こえてくる。
あるいはシリルが平民の子でなければ、多少強引にことを運べたかもしれなかった。
サイラスは静かに二人のやり取りに耳を傾け続ける。
少しでもシリルにとって良くない方向に議論が進みそうになったなら、その時は、口を挟む心づもりで。
しかし、宰相バートランドがたどり着いた答えはまったく予想外のものだった。
「要するに、陛下。シリル王子を王太子とするために必要なものを、揃えればよろしい」
「必要なもの?」
「王子に足りないのは年齢と実力。この二つは、歳月が解決してくれましょう。しかし決定的に足りぬのは、国内での後ろ盾。エイダ王妃では他貴族との接点もありますまい。かと言って陛下自らが動かれるのは、他の王妃の手前難しい」
「その通りだが。ならばどうする」
「このまま王宮に入れば、それこそ詰みでしょう。王宮では人脈を広げることは叶いますまい」
バートランドは、悪巧みを思いついたように口角をあげ、その白髭を撫で回す。
「いかがでしょう。ここは一度、シリル王子を王宮から追放なさっては」




