第21話 サイラスの謁見Ⅰ
一口に宮廷魔術師と言っても、その業務は多岐にわたる。
騎士たちと足並みを共にしての王宮の巡回警備、魔術的結界のメンテナンス、魔術・魔道具研究開発、魔術的占星術を用いての天気や吉凶占い、慣習儀礼の進行・管理、魔術書の編纂、王族の教師業などなど。
王宮区の医官としての立場を表す白衣を身に纏うサイラスもまた、呼び出しのない間は宮廷魔術師としての仕事に従事していた。
王宮区の一角に聳える石造りの円塔――魔術塔。
その地下に設けられた書庫で、サイラスは魔術書の整理を行なっていた。
魔術書はそこに記された魔術の属性や効果、難度に応じて管理されている。
新たな魔術が開発されるたびに、書架の配置は微妙に変わっていく。
いついかなる時も、目的の魔術書へ迅速に辿り着けるよう整理することも、宮廷魔術師として必要な業務だった。
「申し訳ない、サイラス殿。このような雑用を手伝わせてしまって」
「なんのなんの。私もちょうど今日は暇を持て余しておりましたからな」
後ろの書架を整理する同僚の言葉に笑い返す。
普段はこの時間、経過観察を名目にシリルの下を訪ねている。
しかし今日は王宮入りを目前に控え、国王陛下との面会があることを耳に挟んでいた。
「暇、ですか。あまり贔屓はよろしくないですよ。ただでさえヴェロニカ王妃に目をつけられているのです。他の王子ならいざ知らず、シリル王子というのは」
「他の王子王女方の往診も定期的に行なっていますとも」
「……まったく。また倒れられても知りませんよ」
同僚は諦め混じりに首を振る。
(また、ですか)
サイラスは二年以上も前になる、しかし今でも鮮明に思い起こされる記憶を振り返る。
ヴェロニカへ向けた庭園の調査報告書。
同僚の忠告を無視し、彼女の面目が立たない報告を上げたのは、ひとえに《精霊眼》を持ち、指導なしで魔力を扱う才に恵まれたシリルに注目が向かないようにするためだった。
あそこで「魔術行使の可能性を完全には否定できない」とすれば、エイダのことを忌避するヴェロニカは、さらなる口実を元にシリルの近辺に踏み込んだ可能性があった。
自称シリルの守護者として、それは看過できないこと。
結果としてヴェロニカの反感を買うことになったサイラスは、彼女から嫌がらせを受けた。
一日ではとても処理しきれない雑事を、ヴェロニカ王妃派の宮廷魔術師経由で押し付けられ、連日徹夜続き。
魔術師という生き物は常人と比べて気力体力共に頑強でも、限界がある。
そしてその限界を越えた結果、サイラスは高熱を出して倒れてしまった。
(まだ若いと思っていたのが、仇となりましたが……)
熱を出していたことに自分で気づけていれば、治癒魔術で回復することもできた。
しかしあの時のサイラスは雑事に奔走され、鈍い思考と重い体を単なる疲労と捉えてしまっていたのだ。
だが――。
(熱にうなされる中で、私は天使の姿を目にした)
熱がすっと引いていく感覚。霧のかかっていた意識が一気に晴れていく。
それでも直前の高熱と疲労でハッキリとしない視界。
星明かりに照らされた窓辺。
サラサラと揺れる金色の髪に、愛らしい顔、慈愛に満ちた碧眼。
魔力の燐光に包まれる幼子は、覚醒しきれていないサイラスには、天使が地上に降り立った姿にしか見えなかった。
その天使の正体が他でもないシリルであることに気づいたのは、その翌朝。
胸元に残っていた風と水の魔鉱石を拾い上げた時だった。
それがシリルに献上した魔鉱石と同一のものであることに気づくや否や、昨夜の出来事が現実のものであったと確信する。
同時に、身震いした。
寒気からではない。治癒魔術の効果か、体の調子は万全。
だからこそ震える。
まだ一才に満たない赤子が、治癒魔術を使ってみせた。魔力の扱い方も、魔術についてもまだ何も知らない彼が。
恐らくは、ただ一度見ただけの魔術を完璧に行使した。
サイラスは悟り、自分を恥じた。
あの才能は――あの方は、自分如きが導くことなどできない。
否、導けると思ったこと自体が烏滸がましかったのだ。
それからというもの、サイラスは外聞を気にせずこれまで以上にシリルの下に通い、魔術的知識を始め、彼が興味を示した事柄を説明する日々を過ごすようになった。
求められれば、新たな魔術の詠唱も教えるつもりだったが、シリルが求めてくるのはこの国や世界、そして精霊についての情報ばかり。
その大局的な視座は、王としての風格さえ感じさせる。
(……いいえ、間違いない。シリル王子はこの国の頂点に立つお方)
あの才能、資質を思えば、疑うべくもない。
そう遠くないうちに、みながシリルの力に気づく時がくる。
「――殿、サイラス殿」
「っ! 失礼、どうされましたかな」
同僚の声に慌てて振り返る。
同僚はどこか呆れた表情を浮かべていた。
「今度は一体何をなさったのです」
「ふむ?」
訝るサイラスへ向けて、同僚が書庫の入り口を指差す。
そこには王宮勤めの侍従の姿があった。
「サイラス殿。国王陛下がお呼びです」
◆ ◆ ◆
召喚に応じたサイラスが向かったのは、謁見の間。
大きな両開きの扉から伸びた真紅のカーペットは大広間を縦断し、奥の玉座へと続く。
その袂で傅いたサイラスは、頭上へ向けて首を垂れた。
「サイラス・エイマーズ、ただいま参じました」
「ご苦労。楽にせよ」
「……はっ」
すっと立ち上がり、玉座を見上げる。
堂々たる姿に玉座に座す、国王ルーティス。
即位したばかりの頃はまだ若かった彼も、年齢の半分を王として過ごしたことで、すっかり貫禄がある。
そして傍には、そんな彼を支え続けてきた宰相バートランドの姿もあった。
ルーティスの赤い瞳が、真っ直ぐにサイラスを捉える。
「貴殿を呼び出したのは他でもない。第五王子シリルのことだ」
「……!」
「王子について、貴殿が知っていることをすべて話してみよ」




