第20話 発覚
穏やかな昼下がり。
庭園に設けられたガーデンテーブルを囲んでのお茶会。
テーブルにはエイダさんと、そして。
「……美味いな」
「光栄に存じます」
優雅にティーカップを傾ける、僕の父親こと国王陛下。
サイラスさんから聞いていた名前は、ルーティス。
玄関ポーチで息子である僕と初めての邂逅を果たしたルーティスさんは、僕を一瞥すると、すぐにふいと視線をエイダさんに移していた。
今のところ、彼との会話はない。
まあなんとなく、避けられているんだろうなとは思っていた。
だってもうすぐ三歳になるのにこれが初対面だよ?
いくら国王という立場が忙しいからって、不自然だ。
そのことを寂しいとか悲しいとか、そういう気持ちは今さらない。
というか、今はそれどころじゃなかった。
かわいぃ……。
ルーティスさんのさらさらした金髪の上を、とてとてと歩くシマエナガ似の真っ白な小鳥さん。
ふわふわもこもこの白い毛並みがたまらない。
あ、転けた。立ち上がった、かわいい。
つぶらな瞳と小さな黄色い嘴がふんわりもこもこの体躯とマッチしている。
エイダさんたちの手前、努めて行儀良く椅子に座りながらも、僕はテーブルの下で両手をわきわきとさせる。
もふりたい。なでなでしたい。
僕がシマエナガさんに熱視線を送る中、エイダさんがふふっとルーティスさんへ笑いかけた。
「シリルも陛下のことを父親だと感じとっているみたいですね」
「……父親らしいことは何もしていないが」
「あら、それを言うならわたくしもです」
「君は違うだろう。この小タキトゥス宮殿によく通っているそうだが」
「ご存じで?」
「……たまたま噂で聞いただけだ」
「ふふっ」
何やら二人は楽しげに話している。
シマエナガさん、こちらにお越しいただけないでしょうかー!
「確かに時間が許す限り、シリルと過ごそうと心がけています。けれど平民の母を知る身としては、やはり不足を感じてしまいます」
「……君は王妃だ。比べる必要も、意味もない」
「ええ。そしてそれはあなたにも言えることです、陛下」
「……やれやれ。君には敵わないな」
あっ、シマエナガさんのふわふわの体からぴょこんと見事な一対の羽が!
ぶんぶんと羽ばたかせて、僕の方へと飛んでくる。
さっきまで座っていたから見えなかったけど、体躯から立派な尻尾も伸びている。
チャ、チャーミングすぎるのでは!?
「来月の王宮入りだが、私も出席しよう」
「よろしいのですか?」
「なに、それぐらいは構わない。すでに息子たちは七歳を越えている。ヴェロニカなどは目の敵にしているようだが、余程のことがなければ、この子に白羽の矢が立つことはないだろ、う――」
「陛下……?」
シマエナガさんを受け止めるべく、僕はテーブルから両手を出して、皿のようにする。
シマエナガさんはそんな僕の両手の上へ目掛けてずどん!
僕の心はずきゅん!
うわぁああああ! かわいいい!!!!
両手の上に伝わってくる、シマエナガさんの控えめな重み。
いつも、そして今も頭上を飛んでいる緑色の小鳥さんとはまた違った手触り。
小さな嘴を指でつんつんと撫でると、シマエナガさんはお返しとばかりに僕の手のひらをつついてくる。
うわぁ、それは反則だぁ……。
僕はなんて果報者なんだ。
エイダさんたちの目がある手前、治癒魔術を使うわけにはいかないので、体の奥底から湧き上がる熱が全身に達しないタイミングでもふりをやめないといけない。
でも、三年目を目前に、ようやく出会えた新たなもふもふの可愛さを前に、僕の心はすっかり満たされていた。
そんな時だ。
がたん! と椅子が倒れる音がした。
顔を上げるとルーティスさんが物凄い形相で立ち上がっていた。
「陛下、いかがされましたか?」
エイダさんが気遣わしげに訊ねる。
その声にルーティスさんはハッとすると、平静を保つように頭を振る。
「いや、すまない。虫が目の前を通ってね」
「ふふっ、相変わらず苦手なんですね」
「笑ってくれるな。こればっかりはどれだけ歳をとっても変わらない」
笑い合う二人。
和やかな時間。
僕にとっても至福のひととき。
今日はいい日だ。
と思っていたんだけど。
「……シマエナガさん……シマエナガさぁん……」
お茶会が終わって自室に戻った僕は、枕を涙で濡らしていた。
シマエナガさんはルーティスさんと共に帰っていってしまったんだ。
「チュンチュン」
「キューキュー」
「キュッ」
「コン」
「ウゥー」
小鳥さん、カワウソさん、子兎さん、小狐さんに豆柴さんまで……。
涙する僕に寄り添うように、五匹の精霊さんたちが僕の頭を撫でてくれる。
あ、痛い。髪の毛が少し引っ張られてる。もしかして怒ってる? というか嫉妬されてる? いいんですか僕なんかに嫉妬してくださって!
嬉しさのあまりにへへと笑うと、髪の毛が解放された。
どこか釈然としない様子の五匹の精霊さんたちを、僕は一晩かけてじっくりと撫で回したのだった。
◆ ◆ ◆
シリルの暮らす小タキトゥス宮殿から王宮へと戻ったルーティスは、誰とも言葉を交わすことなく、執務室へと戻る。
室内には一人の老年の男が控えていた。
ルーティスよりも老いながら、その身に秘めた活力がそのまま立派な白髭として蓄えられている、そんな男だ。
彼こそはルーティスが最も信のおける腹心――宰相バートランド。
バートランドが、部屋の主の帰還に顔を上げ、すぐにその違和感に気づく。
「陛下、いかがされましたか」
「…………」
腹心の問いに答えることなく、ルーティスはソファに乱雑に座る。
その様は、やはり違和感の塊だった。
「誰か、陛下に水を」
バートランドは鈴を鳴らし、メイドに水を手配させる。
給仕に現れたメイドが部屋を出ていくのを尻目に、ルーティスは水の入ったグラスを呷った。
「確か本日は、小タキトゥス宮殿でエイダ王妃、シリル王子の両名と茶会でしたな」
「……バートランド」
「はい、陛下」
グラスを置いたルーティスが膝に肘をつき、組んだ手を口元に当てる。
「現在の後継者争いにおいて、シリルは影響力が極めて低い。そういう見立てだったな」
「恐れながら。他の王子と比べ、シリル王子はあまりにも歳が離れておりますゆえ。余程の才能と素質がなければ、食い込むことは不可能かと。それは陛下もご承知のはずでは?」
「……ああ。だが状況が変わった」
ルーティスの赤い瞳がバートランドを射抜く。
その言葉、その眼差しで、バートランドはすべてを察した。
「まさか」
「シリルは、恐らく《精霊眼》持ちだ」
「……!」
「私の契約精霊を目で追い、あまつさえ、手の上で受け止めていた」
「……っ、失礼いたします」
バートランドは許可を得て、テーブルの上の水差しに手を伸ばす。
そしてもう一つ用意されていたグラスに水を注ぎ、一息に飲み干した。
沈黙の後、バートランドは動揺を押し殺し、言葉を搾り出す。
「それは、喜ばしいことです」
「ああ。大変喜ばしい。……シリルでなければ」
「…………」
バートランドは何も返さない。
代わりに手元の書類を慌ただしくめくる。
「本日のシリル王子とのご面会にあたって、こちらの方で少しシリル王子の近辺調査を行っておりましたところ、宮廷魔術師のサイラス殿が以前より足繁く小タキトゥス宮殿へ通われているようでして」
「用向きは?」
「初回はシリル王子の高熱治療のため、以降は経過観察と。あるいは」
「シリルについて、何か知っている可能性があるということだな」
ルーティスの言葉にバートランドはゆっくりと頷く。
「サイラスをここへ」
「はっ、直ちに」




