第2話 異世界転生
……もふ、もふもふ、もふもふもふ……。
「人の子よ」
もふもふもふ、もふもふもふもふ……。
「聞こえておるか。人の子よ」
もふもふもふもふもふもふもふもふもふもふ――――。
「うぬぅ、そこはもう少し上を……」
! もふもふもふもふ――!
「はふぅ、そこだそこだ…………――って、違う! 斯様なことをしている場合ではない!」
「!? 僕の撫で回しではご満足いただけませんでしたか!? ……アニマルカフェに通って鍛えた僕のもふりスキルが通用しないなんて……」
その場に両手をつき、がっくしと項垂れる。
もふもふさんを満足させられないなんて、僕は下僕として失格だ。
「そ、そういうわけではない。貴殿のもふりは至上の心地よさであった。貴殿をこの《精霊界》に留めておきたくなるほどに」
「……!」
「そのようなキラキラした目を向けるでない! 貴殿は現状を理解しておるのかっ」
「……もふもふ?」
「ッ、貴殿は死んだのだ! 我が眷属を救うために身を挺して!」
「……あ」
そうだった。
この場所(もふもふ天国)の衝撃が強すぎてすっかり忘れていた。
「……あれ? でも僕、生きてますけど」
「今の貴殿はただの精神体。現実の肉体はとうに滅びている。貴殿の魂が消滅する前に、我が貴殿をこの場へ呼び寄せたのだ」
「……つまり、あなたはただのキュートなもふもふではなくて、キュートでもふもふな神様的存在だった……?」
ライオンさんがこくりと頷く。
「貴殿を招いたのは、感謝を伝えるため。そしてある提案をするためだ」
「提案……?」
ライオンさんはまた大きく頷くと、じぃっと黄金の瞳を向けてくる。
綺麗で可愛い。キラキラ。
「肉体を失った貴殿の魂は、まもなく消失を迎える。だが、新たな肉体に宿りさえすれば、その消失を逃れることができる。人の子の知識に則って言えば、〝転生〟というやつだ」
「転生……つまり、生き返らせてくれるということですか?」
「正確には生まれ変わることになる。我の力と眷属たちで満ちた、地球とは異なる世界――異世界に」
「異世界……」
ごくりと喉を鳴らす。
『転生』『異世界』
この二つのワードは、聞き馴染みがある。
僕のもふもふアンテナは三次元に止まらない。
アニメや漫画にだって可愛いもふもふはたくさんいて、そうしたものに触れている間に、自然と目に入るのだ。
「異世界の、もふもふ……」
そうだ。異世界にだっているはずだ。
地球にはいない、新たなもふもふが。
会ってみたい。見てみたい。愛でたい。撫で回したい。
「ふへ、へへ……」
「……どうやら、貴殿の意思は聞くまでもないようだな」
どこか呆れたライオンさんの声にハッとする。
緩み切った口元を拭いつつ、僅かに残った理性が僕に待ったをかけた。
「いやでも、どうしてそこまでしてくれるんですか?」
「言ったであろう。我の眷属と、そして世界を救ってくれた礼だ」
「眷属と世界……?」
「うむ。貴殿が助けたあの犬は、地球の循環を保つために我が送り込んだ眷属が擬態した姿なのだ。もしあのまま車に轢かれておれば、強制的に元の世界へ送還されることとなっていた。そうなれば、また長い歳月をかけて地球へ干渉し直す必要がある。貴殿は、我の眷属と共に、あの世界の命も救ったのだ」
循環とか干渉とか世界の命とか、壮大な話すぎてあまりピンと来ない。
来ないけど、物凄く感謝されていることは、ライオンさんの瞳や尻尾、全身から伝わってくる。
「本来であれば、地球に生き返らせるのが筋。しかしあの世界で我ができることは限られている。こうして貴殿の魂を呼び寄せることで精一杯だったのだ。……許して欲しい」
「いやいやそんな! 謝らないでください!」
しゅんとするライオンさん。
だがそんな姿、見せてほしくない。
もふもふには嬉しそうに楽しそうに、とにかく元気でいて欲しい。
「わかりました! 異世界へ転生します!」
幸い、血の繋がった家族はもういない。
友人と別れるのは悲しいけど、もう死んじゃったのだから仕方がない。
だったらこの話を受けて、異世界のまだ見ぬもふもふたちと会いに行くべきだ!
「感謝する、人の子よ。……貴殿のもふもふ愛は凄まじいが、あの世界なら、きっと貴殿も満たされるはずだ」
「? それってどういう」
意味深なライオンさんの言葉に首を傾げたその時、急速に周囲の景色がぼやけていく。
車に撥ねられた直後に周囲を覆った、あの陽炎だ。
「……貴殿のもふりが心地よく、思いの外、時間が経っていたようだ。魂が消失する前に、このまま貴殿を異世界へ送り込む」
陽炎の向こうでライオンさんが語りかけてくる。
「改めて感謝を。そして新たな生が貴殿にとって良きものとなることを、この《精霊界》より願っている」
締めの言葉を紡ぐライオンさん。
まるでもう二度と会えないかのような物言いだ。
……いやだ。
異世界のもふもふたちに胸躍らせていたけど。
ライオンさんとこの場限りなんていやだ。
だってライオンさんのもふもふは、最高だったから!
「ま、また会えますか!」
衝動のままに僕がそう叫ぶと、ライオンさんは驚いた様子だった。
黄金の瞳が見開かれ、すぐにすっと細められる。
まるでこちらを愛でるように。慈しむように。
そうして完全に世界が切り替わる刹那に、ライオンさんの声が響いた。
「――貴殿が望んでくれるなら、きっと会えるだろう」
◆ ◆ ◆
ライオンさんの言葉通り、生まれ変わった。
真っ暗な視界の中、僕はそのことを確信する。
魂が肉体という器に入り込み、定着した感覚があった。
ふわふわとしていた意識がしっかりと確立していく。
そうして何かに引き摺り出されたかと思えば、真っ暗だった視界が僅かに明るくなった。
「ギャァ! ンギャァ――!!」
耳元で赤ん坊の泣き声がする。
いや、僕の声だ。
僕の口が、内側のムズムズとしたものを吐き出すように、叫び声を上げている。
やがて疲れ果て、何かにゆらゆらと揺さぶられる。
ぼやける視界には、光の強弱しか映らない。
でもたぶん、誰かに抱き抱えられているんだろうなということは感じられた。
そうしてしばらく、泣いて、何かを吸って、出して、寝て、そのサイクルを繰り返していくうちに、徐々に視界が広がり始めていく。
あれだけ重かった目蓋がゆっくりと持ち上がる。
そうして初めて目にする異世界の景色を前に、僕は言葉を失った。
「アァウ?」
知らない天井。知らない部屋。知らない場所。
そんな空間にふわふわと漂う、赤ん坊の手の平サイズの毛玉たち。
色々な色をした毛玉たちは、僕の声に反応するようにこちらを向くと、ゆらゆらと近づいてくる。
そうしてすりすりと、僕のほっぺに自らのほっぺ(?)を擦り付けてきた。
「アァゥゥ!!(かわいい!!)」




