第18話 王国の現状
天気が良い日は、メイドさんたちが庭園へと連れ出してくれる。
そんな時はエイダさんも庭園に現れるので、晴れている時はエイダさんに絶対に会える日でもあった。
昨夜、空から見た王宮から僕が過ごすこの庭園へは、歩くとそれなりの距離がある。
見たところ馬車とかで移動している感じもしないし、いつもあの距離を歩いているのは、少し大変そう。
「ほらシリル。レンスイが咲いているわよ」
「あーう」
エイダさんが小池のそばにかがみ込み、水上に生えるピンク色の花を指差す。
僕はそれを目で追い、「綺麗だなぁ」と思いつつも、気の抜けた声を返してしまった。
……実際、僕は今朝から気分が重い。
昨夜は小鳥さんにたくさん力になってもらったのに、下僕たる僕はそのお礼を一切できていない。
魔鉱石、どうにかして調達しないと……。
いやもういっそ、高熱覚悟で撫で回すしか。
「ふふっ、そうね、綺麗ね〜」
エイダさんが慈愛に満ちた声で僕に笑い返してくる。
……だ、だめだ。
エイダさんを悲しませたくない。
ヴェロニカとの一件で、彼女が何かと大変な立場にあることを知ったから、より一層そう思う。
せめて息子である僕ぐらいは、彼女に迷惑をかけないようにしたい。
となると、やっぱり魔鉱石を手にいれるしかないんだけど……。
「……? シリル、大丈夫?」
「! あい!(大丈夫!)」
気遣わしげな声に元気よく返事をする。
しかしエイダさんにはそれが空元気になったらしい。
「シリル、何かあったの?」
「実は、よくお越しくださっていたサイラス様が、最近いらっしゃらなくて。それで」
「……そう。王宮は色々とあるものね。これまでシリルに良くしてくれたことを感謝しないと」
色々……?
どうやら僕が落ち込んでいる原因がサイラスさんだと思われているらしい。
そりゃあ昨日は気になってたけど、風邪だってわかったし、数日休めば治ると思うよ。
治癒魔術もかけてきたし。
僕が落ち込んでいるのは魔鉱石を手放したから――なんて話せるわけもなく。
寂しがっていると勘違いしたエイダさんが優しく僕を抱き抱える。
暖かくて安心するのは、やっぱりお母さんだからかな。
そんなことを考えながら庭園でのお散歩を終え、僕は部屋へ戻される。
散歩後はお昼寝時間。
ベッドに上がると、枕元に何かが見えた。
……あれ? あの青と緑が入り混じった色の鉱石って。
これ、サイラスさんのところに置いてきた魔鉱石じゃん!
どういうこと? もしかして勝手に手元に戻ってくる呪われた石とか!?
魔鉱石を手に、固まる僕。
すると、僕が庭園を散歩している間も屋敷に残っていたメイドさんが、くすりと笑いながら声をかけてくる。
「綺麗な石ですね〜」
「ああう」
なんだろう。含みのある表情だ。
サプライズが成功した時にみせる感じ。
「あーう?(何か知ってる?)」
僕が魔鉱石をメイドさんへ向けて掲げ、首を傾げてみせる。
するとメイドさんは一層笑みを深めた。
「私は何も存じ上げておりません」
ど、どういうことだ……?
メイドさんが何も知らないってことは、この魔鉱石はどこから?
「チュンチュン!」
疑問がさらに深まる中、頭上で小鳥さんが鳴く。
そうだ! 魔鉱石を手にしたらなでなでする約束だった。
僕は魔鉱石を抱きしめたまま、横になる。
程なくしてメイドさんがベッドから離れていき、小鳥さんとの時間が始まった。
およそ一日ぶりのもふもふタイム。
小鳥さんの繊細で気持ちのいい羽毛の感触が指先に伝わってくる。
昨夜のお礼ではあるけど、これは僕にとってもご褒美だ。
体から湧き上がる熱を治癒魔術で抑えながら、ふと思った。
もしかしたらこの魔鉱石は、精霊さんが持ち帰ってくれたのかもしれない。
うん、たぶんそうだ。
◆ ◆ ◆
あれから月日が流れ、たぶん一歳半ぐらいになった。
カレンダーがないから、正確な日数はわからない。
でも半年ぐらい前に、エイダさんが「今日であなたが生まれてから一年になるわね」と言ってくれた。
どうやらこの世界では、誕生日を毎年のように祝う習慣はないらしい。
それぞれの節目になるような年には盛大に祝うけど、そうじゃない年はせいぜい少し食事が豪華になるぐらい。
まあこれも、貴族や王族に限った話のようだけど。
どうしてそんなこと知ってるかって?
それはもちろん、サイラスさんに教えてもらったんだ。
僕がサイラスさんの部屋に忍び込んだ翌週ぐらいから、また通い始めてくれるようになって、それまで以上にたくさんの本を読んでくれた。
そしてこれが一番大きな変化だけど――。
「これ、なんてよむの?」
ベッドの上であぐらをかいてくれているサイラスさん。
その膝の上にぽすんと座っている僕は、目の前に広げられた本を指差す。
そう。話せるようになったのだ。
おかげでこうやって気になったところを聞くことができる。
「それは『精霊』と書いてあります」
サイラスさんが優しく答えてくれる。
頭上から聞こえるサイラスさんの声。
以前はベッドに上がることも、こうやって僕を膝に乗せることも遠慮していたんだけど、赤子らしく強引に食い下がったら折れてくれたんだ。
気になったことを言葉にして聞けるというのは、かなりありがたい。
おかげでずっと気になっていたこの国についてある程度わかってきた。
僕が王族として生まれたこの国は、オブライエン王国という王政国家。
王子王女は僕以外に七人いて、僕は当然末っ子。
それも他の王子王女たちと比べると一際歳が離れている。
エイダさんについてはサイラスさんが気を使ってか、あまり詳しいことを教えてくれなかった。
でも濁されながらの言葉から察したところ、エイダさんは五人いる王妃のうち、唯一平民出身の経歴を持つみたいだ。
対してヴェロニカは侯爵の出――つまりかなりいいところのお嬢様で、エイダさんが自分と同格の王妃であることが気に食わないらしい。
それだけなら無視でもしておけばいいと思うんだけど、あんな嫌がらせをしてきたのには理由があった。
どうやらこの国では、長子が王位を継承する決まりではないそうだ。
正確には二代前までは長子が王太子となり、次代の王になる王族継承法があったのだけど、今ではその法が無効となっている。
なぜそうなったかって?
それはこの国に起きているある事情が関係している。
――というところで、昨日の読み聞かせは終わった。
そして今日。サイラスさんが口にした単語に、僕は首を傾げる。
「しゅご、せいれい……?」
「ええ、守護精霊です。以前、精霊と契約し、魔力を対価として命じることで、魔術を超える力を引き起こせるとお話ししましたね」
こくんと頷く。
「契約にはもう一つ、個人の魔力だけでなく、血族の魔力を対価とすることで得られるものがあるのです。子々孫々に至るまで、魔力を捧げる。その代わりに血族に――引いては国家全体に加護をもたらす。その契約によって国家に根差した精霊、それが守護精霊と呼ばれる存在です」
ふむふむ……?
よくわからないけど、国の守り神様的なことかな。
僕が納得していると、サイラスさんはふと憂うような目を見せた。
「このオブライエン王国にもかつては守護精霊が存在しました。しかし先先代の時代に守護精霊が消失したのです」
「しょうしつ?」
「守護精霊の存在は、国に大きな加護をもたらします。それが不在とあっては、国家の運営に影が……ああつまり、いないと困るのです」
サイラスさんが簡単な言い回しに言い換えてくれる。
「ですので、再び守護精霊を我が国へ招けるように、膨大な魔力と資質を持つ者を王にするべく、長子継承法が……長男が王様になるという決まりがなくなったのです」
……なるほど。
つまり僕も王様になる可能性がある。
そしてそれはヴェロニカの子どもにも言える。
蔑視している平民の子が自分の子を差し置いて王様になる可能性がある――。
だからヴェロニカはあんなに目の敵にしていたんだ。
ふむふむと頷く僕。
ふと視線を感じて見上げると、サイラスさんがどこか引き締まった表情で僕を見つめていた。
「シリル王子が王位をお目指しになられるのでしたら、全力でお支えいたします」
「えっ、やだ」
「!?」
サイラスさんがものすっごい勢いで目を見開いた。
いやだって、王様になんてなったら、もふる時間なくなりそうだし、大変そうだし……。
それよりも僕が気になるのは、その守護精霊って存在だ。
今も部屋の中を動き回る精霊さんたち。
みんなもふもふで可愛い。
ということは、その守護精霊も、すごく可愛いんじゃないかな。
残念なことに今この国にはいないみたいだけど、言い方的に、外国にはいそうだ。
会ってみたいなぁ……もふりたいなぁ……。
まだ見ぬもふもふさんの姿を妄想してにへへと笑う。
そんな僕の頭上で、サイラスさんが神妙につぶやいた。
「……そうか。王とは目指すものではなく、成るものだと……」
「……?」
なんだか最近のサイラスさん、様子がおかしいんだよなぁ。




