第15話 鳴き声
「あーう! あうう!!(ネコちゃん! ネコちゃんだ!!)」
気絶明けで鈍い意識が一気に浮上する。
思わず飛び起きそうになったけど、すんでのところで堪える。
僕の胸元にちょこんと座っている小さな黒猫さんを吹き飛ばすわけにはいかないからね。
……そう。小さな黒猫さん。ネコちゃん。
真っ黒な毛並みに、金色のくりっとしたお目目。控えめなあんよ。
この子、どこから来たんだろう。
いやでも、僕この子のこと知ってる感じがする。
「シリル王子〜、どうしましたか〜」
「あうう(やばっ)」
僕の声に反応して、部屋にいたメイドさんが近付いてくる。
たとえ動物でも、王族の部屋に無断で侵入したとあれば連れ出されるのが定め。
慌ててネコちゃんをシーツの中に隠そうとする。
だけど、メイドさんが来る方が早かった。
「ふふっ、今日はいつもよりもお元気ですね。シリル王子、朝は苦手でいらっしゃるのに」
「あーう?(あれ?)」
メイドさんは間違いなく、ベッドで仰向けになっている僕のことを確認した。
彼女の視界には、僕の胸の上に鎮座するネコちゃんも入っているはずである。
見えてない……?
ってことは、もしかして!
「あう!?(毛玉さん!?)」
「ンナァ〜」
僕の問いを肯定するように、ネコちゃんは可愛らしい鳴き声を零す。
確かに間違いない。
この感じ、黒い毛玉さんだ!
でもどうして子猫の姿に?
「ンナァ、ニャン、ゴロゴロゴロ……ミャッ」
毛玉さん改めネコちゃんが前足を伸ばし、精一杯伸びをする。
そのままもふもふの顔を僕の胸に擦り付けると、満足げな一鳴き。
……可愛い。可愛すぎる。
まん丸な毛玉さんだった時も可愛かったし、少し大きくなってあんよが伸びた時も可愛かった。
でも今の姿はその可愛さに加えて、声まで聞くことができる。
ただでさえ可愛いのに、可愛い声まで加わってしまったら最強だ……。
あの、ところで。
いつものようにもふらせていただいても、よろしいのでしょうか……。
ネコちゃんの左右で所在なく待機させている僕の手が、いよいよ我慢の限界を迎えてぷるぷると震え出す。
そんな僕の疑問を察してくれたのか、ネコちゃんは前足でつんつんと僕の手をつついてきた。
「あーう!!(ありがたき幸せ!!)」
お許しをいただき、ネコちゃんの小さなふわふわ体躯を撫で回す。
小さい、と言っても僕も小さいので、手のひらはすっかりもふもふな毛並みに飲み込まれる。
撫でるたびに「ミャッ」「ミャァ」「ンナ」という可愛い声が返ってくる。
幸せ。幸。幸福。
朝からこれ以上ない幸せを噛み締める僕だったが、不意に視界がもふもふで覆われた。
「わぅぁ」
毛玉さんたちである。
自分たちのことも撫でろと言わんばかりの突撃。
「あうあーう!(ごめんなさい!)」
慌ててネコちゃんから手を離し、次の毛玉さんのもふりを始める。
それにしても。
子猫の姿が毛玉さんの成長した姿なら、もしかして他の毛玉さんたちもネコちゃんになるのかな。
◆ ◆ ◆
僕の推測は半分当たっていて、半分間違っていた。
黒い毛玉さんがネコちゃんの姿になってからおよそ半月ほどが経ち、他の毛玉さんたちも続々と姿を変えていった。
ただし、子猫の姿になったのは黒い毛玉さんだけで、他の子たちはそれぞれの姿を象っている。
赤の毛玉さんは赤色の小狐さんの姿に。
青の毛玉さんは水色のカワウソさんの姿に。
緑の毛玉さんは緑色の小鳥さんの姿に。
黄の毛玉さんは黄色の豆柴さんの姿に。
そして白の毛玉さんは小兎さんの姿に。
三者三様ならぬ六者六様。
だけど全員に共通するのは、とんでもなくふわふわもふもふで可愛いということ。
そして、鳴き声による意思疎通が可能になったということだ。
毛玉さんたちがみんな成長したタイミングで、僕は彼らに本当に僭越ながら一つだけお願いをした。
「もし僕のためにしてくれることでも、誰かを傷つけるようなことはしないで欲しいんだ」
ヴェロニカへの突風や、サイラスさんを閉じ込めた闇が僕の意志を汲んでのことだとしたら、そんなことはしてほしくない。
僕のために、僕のせいでもふもふさんが危険なことをするのは、何よりも嫌なんだ。
相変わらず舌ったらずで、赤ちゃん言葉で伝える形にはなったけど、ネコちゃんを始め、みんなそれぞれの鳴き声で返事をしてくれた。
たぶん、みんなに伝わったと思う。
ずっと気にしていたことが解決した僕に残されたのは、元・毛玉さんの精霊さんたちが部屋の中を自由に動き回る光景。
そんな光景を目にしている僕の口角は、一日中緩み切っていた。
「あうあーう!(ここは楽園だ!)」
前世ではたまの休みにしか、もふもふさんと触れ合うことができなかった。
それが今では毎日、それもたくさんのもふもふさんを撫で回せている。
……まあ、みんなは精霊という超自然的存在だから、いついなくなっても不思議ではない。
でもそのことはあまり考えないことにしている。
僕はもふもふさんたちの下僕として、ただこの瞬間を大切にするんだ。
いなくなると言えば。
僕は豆柴さんを撫でる手を止める。
「クゥゥン」
ああごめんよ! 少しだけ気になることがあって!
寂しげな豆柴さんの声に申し訳なく思いながら、扉の方を見る。
すると僕の視線に気付いたメイドさんがぽつりと零した。
「サイラス様、今日もいらっしゃいませんね」
「シリル王子も寂しそうですわ。懐かれておいででしたから」
そう。あれだけ毎日部屋へと現れていたサイラスさん。
それがこの半月ほど、バッタリと訪問が途絶えていた。
サイラスさんが読みきれずにこの部屋に置いて行った本も、まだ残ったまま。
忙しくなっただけならいいけど、もし病気で倒れていたりしたら、心配だ。
「チュン、チュンチュン」
悶々と扉を見つめていると、緑色の小鳥さんがパタパタと僕のそばに降り立ち、服の袖を引っ張ってきた。
つぶらな瞳が僕を射抜き、チャーミングな嘴をぴちゅぴちゅとしながら、綺麗な羽をばたつかせる。
……もしかして小鳥さん、サイラスさんがどこにいるかわかるの?




