第12話 精霊
サイラスさんの疑惑の目が僕を射抜く。
優しいおじいさん的な雰囲気のサイラスさんがその眼光を鋭くすると、なんというか、一層凄みがある。
どうやら、僕がこの魔鉱石で治癒魔術を使ったことで、魔力の残滓……? 的な痕跡が残っていたらしい。
毛玉さんをもふるために毎日魔術を使っているけど、肝心の魔術への知識がからっきしな弊害がここにきて出てしまった。
どうする? 正直に話す?
いやでも、治癒魔術のことを話したら、なし崩し的に毛玉さんのことがバレちゃう。
そうなったら、ヴェロニカに風をぶつけた毛玉さんが捕まっちゃう!?
そんなのはダメだ!
「シリル王子……?」
ブラウンの瞳に静かな光を宿したまま、サイラスさんが柔らかく訊ねてくる。
こうなったら、やるしかない。
「……あーう?」
――とぼける!
首を傾げ、「なんのことかわかんない」的な態度でサイラスさんから離れていく。
まだ舌足らずで発声が上手くないのが功を奏した。
僕はまだ一歳にも満たない赤子。
難しい話はよくわからないのである。
「いえ、失礼。私は何を訊ねているのやら」
サイラスさんも納得してくれたのか、背中からため息混じりの声が聞こえてくる。
「そもそもにおいて、王子のお歳では魔術どころか、魔力を扱えるはずがないのですから」
……えっ、そうなの?
思わず振り返ってしまいそうになる。
今すぐにでもサイラスさんに詳しい話を聞きそうになるところをなんとか飲み込んで、僕はぬいぐるみと共にベッドへよじ登った。
僕がベッドから落ちないようにメイドさんたちが慌てて駆け寄ってくる中、サイラスさんは今一度室内を見回している。
きっと何か不審な点がないか、観察しているんだろう。
それを終えると、僕へ向けて律儀に腰を折った。
「お騒がせいたしました。やはり問題はなさそうです」
……よかったぁ。
メイドさんたちにも頭を下げて、サイラスさんは部屋を出て行こうとする。
その姿にホッと胸を撫で下ろしながら、僕はふと思った。
……魔術についての情報を集めるには、今のところサイラスさん以上の適任っていないんじゃないかな。
赤子である僕の情報源は、周りにいる人たちの会話ぐらい。
僕の周りにいる人はメイドさんか、時々エイダさん。
みんな、魔術の話はまったくしていない。
それも当然だ。
さっきサイラスさんは、「皆さんが魔術を使えないことは承知しております」と言っていた。
メイドさんたちは魔術が使えない。
だから話題にもならない。
……このままだと、僕は魔術のことを知る機会が得られない。
だけど宮廷魔術師であるサイラスさんなら、魔術のことをたくさん知っているはずだ。
でも困ったなぁ。
魔鉱石についてとぼけた手前、引き留めるわけにもいかない。
でも魔術のことは知りたい。
知るのが遅くなるほど、何か致命的なやらかしをしてしまいそうだ……。
なんて悩んでいる間にも、サイラスさんは扉へと向かっていく。
無理やり泣き叫ぶ?
いやそんなことしても何にもならない。
じゃあサイラスさんへ駆け寄る?
でもでも、魔鉱石の件をせっかく誤魔化せたのに、藪蛇をつつくなんて!
あー、待って! まだもう少しだけここにいて!
「……むっ!?」
サイラスさんが扉に手を伸ばしたその時、部屋から光が消えた。
「きゃぁ!?」
「な、なに!?」
メイドさんの悲鳴が響き渡る。
今はお昼。先ほどまで部屋を満たしていた陽光は黒く塗りつぶされ、自分の手ですら、暗闇に覆われている。
「これは……ッ! 皆さん、落ち着いてください」
サイラスさんの凛とした声が木霊する。
「『光の精霊よ その慈愛をもって 我が道を照らしたまえ』――【導きの灯】」」
詠唱の声に続いて、扉の方にぽぅと光が現れる。
それはこの部屋を突如として覆った暗闇を消し飛ばし――。
「ッ、弾かれただと!?」
その間際、光が暗闇に飲み込まれた。
「これはまさか、精霊魔法……! シリル王子! 王子はどちらに!!」
サイラスさんが叫ぶ。
慌てて僕を捜索している声。
だけどその声以上に、僕は慌てていた。
「あいい!(黒い毛玉さん!)」
真っ暗な部屋の中でも、なぜか僕の目には、黒い毛玉さんの姿が見える。
サイラスさんがいるであろう扉の上に立ちはだかるようにして、あんよを広げている毛玉さん。
この部屋を覆う暗闇を、毛玉さんが作り出していることは明白だった。
あの庭園の時と同じ。
きっと、僕がサイラスさんにまだいてほしいと思ったから、彼が出て行かないようにしてくれているんだ。
気持ちは嬉しい。嬉しいけど、みんなを怖がらせたらダメだ。
「あう、あい! あーい!(毛玉さん、ありがとう! でも大丈夫だから!)」
伝わるかわからないけど、僕は黒い毛玉さんへ向けて叫んだ。
すると――。
「! 明るくなった」
「王子、大丈夫ですか、王子!」
「いいい、一体、何が」
暗闇が晴れ、光が戻ってきた。
一瞬にして元通りになった室内。
狐につままれたようなメイドさんたちが、慌てて僕の元へと駆け寄ってくる。
よかった。僕の気持ちが毛玉さんに伝わってくれたみたいだ。
中空を、少し申し訳なさそうに揺蕩う黒い毛玉さん。
その可愛らしい姿に肩の力が一気に抜ける。
「……シリル王子」
名前を呼ばれて視線を落とすと、サイラスさんが呆気に取られた顔で僕を見ていた。
口元を震わせながら、恐る恐るといった感じで訊ねてくる。
「――よもや、精霊が見えているのではありませんか」
せい、れい……?
毛玉さんたちが……?




