EP 9
喋るニンニクと不倫メロン!? 狂った農業生態系も、利益率が高ければ社畜的には完全オールオッケーです!
ポポロ村役場での業務を爆速でデジタル化した私は、翌日、ニャングルの指示で村の『農業視察』に出向いていた。
人口約1000人のこの村が、なぜ年間GDP約6億7000万円という驚異的な経済力を誇っているのか。
その秘密は、豊穣な大地と天界からの魔力漏洩が生み出した『超高付加価値な特産品』にあるという。私は役場のタブレット端末(【ネット通販】で購入したiPadに自作アプリを入れたもの)を片手に、ラバーブーツ着用のコン太と共に広大な畑を歩いていた。
「のどかでいいわねぇ。あの太陽芋の畑なんか、青々としていて――」
私が手元のスプレッドシートと畑を見比べていた、その時だった。
「よう姉ちゃん! 今日もパッとしねぇツラしてんな!」
「……え?」
足元から、唐突にダミ声が響いた。
見下ろすと、土の中からひょっこりと顔を出した『巨大なニンニク』が、ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべて私を見上げているではないか。
「なんだいその服! タローマンの安売りワゴンで見切り品になってたワンピースだろ? バレバレなんだよ! もう少し色気ってもんを出さねぇと、一生独り身のままだぜ!」
「きゅ、きゅぴぃ……(うわぁ、うざい……)」
コン太がドン引きして後ずさりする。
これがポポロ村名物の一つ、喋る魔導根菜『ガーリッ君』である。聞いてもいないのに、通行人の図星を突く悪口やウザ絡みを連発してくるという、非常にめんどくさい仕様の野菜だ。
「あら、安売りワゴンで何が悪いのかしら。吸汗速乾性に優れたポリエステル素材で、原価率と機能性のコスパは最高よ。貴方みたいな土に埋まった根菜にファッションチェックされる筋合いはないわ」
私が冷徹に言い返すと、ガーリッ君は「チッ、可愛げのねぇ女だ!」と舌打ちをし、その口(芽の先端)を大きく開いた。
「なら、これでも喰らいな! オラァ!」
ブワァァァァッ!!
ガーリッ君の口から、黄色いガスのようなものが噴射された。
瞬間、周囲の空気が一変する。
「……ッ!? ぐぇっ……!」
致死レベルの『激臭ニンニクブレス』。
強烈なアリシン(硫化アリル化合物)のエアロゾル攻撃に、私の涙腺と鼻粘膜が一瞬で崩壊しそうになる。まともに嗅げば、数時間は対人コミュニケーションが不可能になるバイオテロ兵器だ。
「【ネット通販】起動!!」
私は咄嗟にUIを展開し、『防毒マスク(農薬散布用・吸収缶付き)』と『ノイズキャンセリングイヤホン(最強クラス)』、そして『業務用大型フードプロセッサー(チタン刃)』をノータイムでポチった。
ガチャン! とマスクを装着し、イヤホンでウザい悪口を完全シャットアウト。
そして、現れた巨大なフードプロセッサーの電源をポータブルバッテリーに繋ぎ、無言のままガーリッ君の葉っぱをガシッと掴んで引っこ抜いた。
「へっ!? ちょ、おま、何すんだよ! 姉ちゃん、目がマジだって! やめ――」
ウィィィィィィン!! ガリガリガリガリッ!!
私は一切の慈悲なく、ガーリッ君をフードプロセッサーに放り込み、粉砕ボタンを押し込んだ。
数秒後、そこには極上の旨味と香りを放つ(ただし密閉容器に入った)最高級の『すりおろしニンニク』が完成していた。
「ふぅ。豚神屋系ラーメンのトッピングに最適ね。感情を持った食材を粉砕するのは少し倫理的ハードルがあるけれど、出荷工程を自動化すれば立派な商品よ」
私はすりおろしニンニクをインベントリに収納し、次の視察先へと向かった。
次なる目的地は、村でもトップクラスの売上を誇る『泥沼ファーム』である。
経営者は、泥沼源蔵(50歳)と恵(45歳)のベテラン農家夫婦。二人の年収は合わせて3000万円にも上るという。
「こんにちはー、役場から視察に参りましたエミリアです」
私がビニールハウスの扉を開けると、そこには異様な光景が広がっていた。
広いハウスの中で作業をしている初老の男女。だが、二人は互いに一言も口を利かず、それどころか『重装備の防毒マスクと、工事用のイヤーマフ(耳栓)』を完璧に装着し、完全に無音の世界で農作業を行っているのだ。
「あ……役場の方ですね。ご苦労様です」
妻の恵さんが、私に気づいて防毒マスクを少しだけズラし、頭を下げた。夫の源蔵さんはこちらを一瞥しただけで、無言で背を向けて土をいじっている。
「あの……お二人とも、なぜそんな重装備を? しかも、お互いに一言も……」
私が恐る恐る尋ねると、恵さんは深く、深くため息をついた。
「私たちは……『仮面夫婦』なんです」
「仮面夫婦、ですか?(メロン?)」
「ええ。原因は、これです」
恵さんが指差した先。ハウスの奥に、厳重なガラスケースで隔離された特別な栽培エリアがあった。
そこには、艶やかな網目模様を持つ、巨大で美しいメロンがいくつも実っている。
私が近づこうとすると、メロンの一つが不意にブルリと揺れ、ガラス越しに信じられないほど色っぽい、極上の美女のような声を脳内に響かせてきた。
『お疲れ様♡ 今日も頑張ってるわね♡ あなたは悪くないわ。今日は全部忘れて、私に甘えていいのよ……?』
「なっ!?」
私は思わず後ずさりした。メロンから、高級キャバクラ嬢のような甘い囁きが聞こえたのだ。
「それが魔性の果実『メロロン』です」
恵さんが諦観の混じった声で説明を始めた。
「熟すと、豊かな果肉をぽよんぽよんと揺らしながら、周囲の者を誘惑するんです。ウチの主人は……数年前、あの『クイーンメロロン』に脳を焼かれました」
聞けば、かつておしどり夫婦だった二人は、高収益に目が眩んでメロロン栽培に手を出したという。
夫の源蔵さんは「私、あなたが来るのを待ってたの……」というメロロンの囁きに狂い、妻の作る手料理を無視して夜な夜な畑へ通い詰めた。しまいにはメロロンに向かって「女房とは別れてきた!」と叫び、メロロンが「嬉しい……貴方に食べてもらえるのね……ガクッ!」と心中劇を繰り広げる始末。
「じゃあ、恵さんはご主人に愛想を尽かして……?」
「いえ、私自身も『プリンスメロロン』の『僕が君のナイトだよ、恵……』というイケメンボイスにハマってしまいまして。……気づけば、お互いにメロロンと泥沼の不倫関係(?)に陥っていたんです」
手作りの食卓はタローマートの半額惣菜になり、最後は生米と水道水にまで落ちぶれたという。
「離婚騒ぎにまで発展しました。でも、私たちは離婚しなかった。お互いに防毒マスクと耳栓をして会話を遮断し、こうして『仮面夫婦』として農園を続ける道を選んだんです」
恵さんは悲痛な顔で語り終えた。
普通なら「なんという悲劇」「魔植物のせいで家庭が崩壊するなんて」と同情するところだろう。
だが、私は理系社畜OLにして、村の最高情報責任者(CIO)である。
私の脳内は、全く別の計算を弾き出していた。タブレットのスプレッドシートをスクロールし、泥沼ファームの収益構造と、村の補助金要綱を確認する。
「……なるほど。そういうことですか」
私はタブレットを閉じ、恵さんと、背を向けている源蔵さんに向かって、パチパチパチ! と惜しみない拍手を送った。
「素晴らしいです、泥沼ご夫妻! 私はお二人のその『極めて合理的な経営判断』を大絶賛いたします!」
「えっ……? 合理的……?」
恵さんがきょとんとする。
「ええ! お二人はメロロンという『依存性の高い超高利益商材(貴族への贈答用として言い値で売れる)』の魔力に溺れながらも、最終的に『世間体』と『農業の近代化補助金』という実利を選び取った!」
私は興奮気味に言葉を続けた。
「村の規定によれば、この特例補助金は『夫婦共同での専業農家』にしか下りない高額なもの。もし感情に任せて離婚していれば、お二人は補助金を打ち切られ、資産は半減し、メロロンの設備投資を回収できずに破産していたでしょう!」
源蔵さんが、ピクッと肩を震わせてこちらを振り向いた。
「愛情や倫理観という『利益を生まない感情』をマスクと耳栓で物理的にシャットアウトし、ただひたすらに世帯年収3000万円というGDPを叩き出すためのビジネスパートナー(仮面夫婦)として再構築する。これほど無駄がなく、ROI(投資利益率)に優れた経営戦略はありません!!」
私はお二人の手を取り(タイベックスーツの手袋越しに)、力強く握りしめた。
「狂った生態系だろうが、不倫メロンだろうが関係ありません! 経済(金)が回り、利益が出ているなら、社畜的には完全オールオッケーです! どうかこれからも、その鉄の意志でポポロ村の税収に貢献し続けてください!」
私の熱烈なプレゼンに、源蔵さんと恵さんは顔を見合わせ……防毒マスク越しに、わずかにフッと笑い合ったように見えた。
「……ああ。役場の新しいねーちゃんは、ずいぶんと話が分かるじゃねえか」
「ええ。感情は捨てましたけど、利益だけは裏切りませんからね」
完璧なドライ・ビジネスの関係。
なんと素晴らしい村だろうか。王都の『利益を無視した真実の愛(笑)』などより、よっぽど美しく、地に足がついている。
私は大満足で泥沼ファームの視察を終えた。
「この村のポテンシャル、計り知れないわね。コン太、次に行くわよ!」
「きゅ、きゅぅ……(このご主人様、一番ヤバいかもしれない……)」
インフラ完備、完全定時退社、そしてGDP至上主義の狂った農業。
私はこのポポロ村でのホワイト生活に、ますます骨抜き(ホネヌキダケの効能ではない)にされていくのを感じていた。
だが数日後。
この平和で合理的な私のスローライフを脅かす、『最大の非合理(コンプライアンス違反者)』が、ついにポポロ村の入り口へと姿を現すことになる。




