EP 10
氷血公爵の襲来! 距離感ゼロの変質者には「ソーシャルディスタンス違反金」と「法外な入村税」を請求します!
ポポロ村役場での業務は、今日もすこぶる順調だった。
【ネット通販】で取り寄せた最高級のドリップコーヒー(ポポロ・コーヒーの豆を使用)を啜りながら、私はデュアルモニター環境で月次決算の最終チェックを行っていた。
「素晴らしいわ。マクロのおかげで、午前中だけで今日のタスクがほぼ終わってしまった」
定時退社どころか、午後からは有給休暇(半休)を取ってスアイさんの経営する魔導サウナにでも行こうかしら。
そんな優雅なホワイト・スローライフを満喫しようとしていた私のタブレット端末に、突如『ピロンッ』という警告音が鳴り響いた。
画面に表示されたのは、私が【ネット通販】で購入し、村の入り口(関所)に設置しておいた『ソーラー式防犯カメラ』の映像だ。
「……ん? なにかしら。行商人? それとも魔物?」
画面をタップして映像を拡大した私は、コーヒーを勢いよく噴き出しそうになった。
そこに映っていたのは、ポポロ村の黒いアスファルトの入り口に佇む、一人の長身の男。
白亜の王都には似合っていたかもしれないが、こののどかな農村には場違いすぎる、豪奢な軍服風のコート。そして、画面越しにすら伝わってくる『絶対零度の冷気』を纏った、彫刻のように整った男。
「ゲッ。……ヴァルター公爵」
帝国最強の魔剣士にして、初対面で距離5センチまで詰め寄ってきた距離感バグの変質者、氷血公爵ヴァルター・フォン・アーデルハイト。
なぜ彼がこんなド田舎に!?
いや、理由は明白だ。乙女ゲームのテンプレ「俺に冷たくした面白い女を辺境まで追いかけてくる執着ルート」に突入してしまったのだ。
「最悪だわ。私の完璧なワークライフバランスに、とんでもないバグ(不審者)が襲来してきた……!」
私が頭を抱えていると、カメラの映像内で動きがあった。
村の関所を警備(という名の集金業務)していた財務担当のニャングルが、黄金の算盤を片手にヴァルター公爵の前に立ち塞がったのだ。
私は慌てて防犯カメラの集音マイクのボリュームを上げた。
『――止まりや、兄ちゃん。ここはポポロ村の関所や。勝手に入られちゃ困るで』
ニャングルがキセルを吹かしながら、飄々とした態度で公爵を制止する。
ヴァルター公爵は、不機嫌そうに青い瞳を細め、周囲の気温を急激に下げた。カメラのレンズが薄っすらと凍りつくのがわかる。
『退け、獣人。私は帝国北部を治める公爵、ヴァルター・フォン・アーデルハイトだ。この村に逃げ込んだエミリア・シフォンヌを迎えに来た。私を止める権利はお前たちにはない』
公爵の冷気を帯びた威圧。並の人間なら震え上がって道を譲るだろう。
だが、相手は拝金主義の権化、ゴルド商会のエリートであるニャングルだ。彼は凍りつくどころか、「寒っ。冷房効きすぎやろ」と肩をすくめた。
『公爵様か知らんけど、ここはルナミス・獣人・魔皇国の不可侵緩衝地帯や。帝国の権力なんか通用せぇへんで。それにお嬢は今、ウチの村の最高情報責任者(CIO)や。大事な労働資産をタダで持っていかれるわけにはいかんわな』
『……ほう。ならば、力尽くで通るまでだ』
ヴァルター公爵が、腰の魔剣に手をかけようとした、その瞬間だった。
――スゥッ。
公爵は特有の「異常な歩法」で、ニャングルの目の前、距離わずか5センチの超至近距離まで一瞬で間合いを詰めたのだ。
長身の公爵が、小柄なニャングルを見下ろし、その鼻先が触れ合いそうな距離で睨みつける。私にやったのと同じ、乙女ゲー特有の「顎クイ」直前のゼロ距離威圧だ。
しかし、ニャングルの反応は、ヒロインのそれとは全く異なっていた。
『……うっわ。なんやねんお前、近っ!! キッショ!!』
ニャングルは顔を盛大に引き攣らせ、ドン引きしながらバッと数歩後ろへ飛び退いた。
『お嬢が言っとった「距離感バグった変質者」ってコイツのことか! ほんまに男相手でも5センチまで近づいてきよったで! コンプライアンスどうなっとるんや!』
『なっ……!? き、きっしょ、だと……? 私に向かって……!』
「面白い女だ」と言われるとでも思っていたのだろうか。人生で初めて「キモい」と面と向かって言われた氷血公爵は、完全にフリーズしていた。
『ええか兄ちゃん! ポポロ村は近代的な法治・経済特区や! お前みたいな常識のない不審者は、法律とカネで処理させてもらうで!』
ニャングルは黄金の算盤を構え、パチパチパチッ! と凄まじい勢いで珠を弾き始めた。
『まず、非居住者の無許可進入未遂による「入村特別税」が金貨100枚。次に、さっきワイに5センチまで近づいた「ポポロ村条例第3条・ソーシャルディスタンス違反(並びに同性へのセクハラ未遂)」の罰金が金貨500枚。さらに!』
ニャングルはビシッと公爵を指差した。
『ウチの有能なCIOを引き抜こうとした「人材引き抜きに対する損害賠償および逸失利益」として、金貨1万枚(約1億円)! 締めて、金貨10,600枚の請求や! 耳揃えて払うまで、この関所は一歩も通さんで!!』
『……は? き、金貨一万……?』
さしもの氷血公爵も、剣と魔法の世界の住人である。
「俺を倒して通ってみせろ」という展開ならともかく、いきなり「違約金1億円払え」というガチガチの資本主義パンチを食らい、完全に思考が停止していた。
役場のモニター前で、私は思わずガッツポーズをした。
素晴らしい。暴力には暴力を、ではなく、ストーカーには『経済的制裁』を。これぞポポロ村のホワイトな防衛システムだ。
『……ふざけるな。たかが辺境の村が、私から金を搾り取ろうというのか。エミリアは私のものだ、彼女の冷たい眼差しは私にしか向けられない……!』
(うわぁ、思い込みが激しすぎる。完全にストーカーの思考回路だわ)
『払えぬというなら、そのアスファルトごと凍てつかせて――』
ヴァルター公爵がついに実力行使に出ようと、強大な冷気の魔力を練り上げ始めた。
アスファルトに霜が降り、周囲の気温がマイナスへと急降下していく。
だが、ニャングルは全く慌てていなかった。
彼は懐から『魔導通信石』を取り出し、面倒くさそうに口元へ当てた。
『あー、もしもし村長? 関所で関税と罰金を滞納しとる不審者が暴れそうやねん。しかも、お嬢を力尽くで連れ去ろうとしとるわ。……おん? アカンアカン、殺したら回収できひんから、半殺しくらいで頼むわ』
通話を終えたニャングルが、ニヤリと笑う。
『兄ちゃん、運が悪かったな。ウチの村長、お嬢の作るご飯に完全に胃袋掴まれててな。お嬢を連れ去ろうとする奴には、容赦せぇへんで?』
『獣人の小娘が、この私を止められるとでも――』
公爵が言いかけた、その瞬間だった。
ドゴォォォォォォォンッ!!!
防犯カメラの映像が激しく揺れ、スピーカーから爆発音のような轟音が響いた。
上空から、文字通り『隕石』のようなスピードで落下してきた影が、ヴァルター公爵の張った絶対零度の氷の結界を、ただの一撃で粉砕したのだ。
土煙が晴れたアスファルトの中心。
そこには、安全靴を履き、両手にダブルトンファーを構えた、可愛いウサギ耳の村長――キャルル・ムーンハートが、瞳孔を真っ黒に開いて立っていた。
『……エミリアちゃんを、連れ去る……? 私の、大切な、ご飯を作ってくれる事務員さんを……?』
ゴゴゴゴゴ……と、キャルルの全身から雷鳴のような闘気が立ち昇る。
『ふざけるな、侵入者。エミリアちゃんは、定時まで役場で働いて、夜は私にハンバーグを作ってくれるって約束したんだから! 邪魔する奴は、顎の骨砕いてマグローザ漁船に叩き込むわよ!!』
「(……あの村長、なんか私が言った労働条件を微妙にヤンデレ解釈してない?)」
私はモニターの前でツッコミを入れつつも、安堵の息をついた。
帝国最強の魔剣士(変質者)vs 満月でなくてもキレれば最強の月兎族(ヤンデレ村長)。
「ふふっ。暴力(物理)の対処は現地スタッフにお任せして、私は午後休の申請を出してサウナにでも行きましょうっと」
私はスプレッドシートを保存し、ポポロ村の鉄壁の防衛(物理と経済)に全幅の信頼を寄せながら、軽やかな足取りで役場を後にするのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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