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乙女ゲー世界の非合理、理系社畜が完全論破!〜コスパ最悪の婚約破棄とヤバい公爵を捨て辺境でホワイト就職しました〜  作者: 月神世一


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10/24

EP 10

氷血公爵の襲来! 距離感ゼロの変質者には「ソーシャルディスタンス違反金」と「法外な入村税」を請求します!

ポポロ村役場での業務は、今日もすこぶる順調だった。

【ネット通販】で取り寄せた最高級のドリップコーヒー(ポポロ・コーヒーの豆を使用)を啜りながら、私はデュアルモニター環境で月次決算の最終チェックを行っていた。

「素晴らしいわ。マクロのおかげで、午前中だけで今日のタスクがほぼ終わってしまった」

定時退社どころか、午後からは有給休暇(半休)を取ってスアイさんの経営する魔導サウナにでも行こうかしら。

そんな優雅なホワイト・スローライフを満喫しようとしていた私のタブレット端末に、突如『ピロンッ』という警告音が鳴り響いた。

画面に表示されたのは、私が【ネット通販】で購入し、村の入り口(関所)に設置しておいた『ソーラー式防犯カメラ』の映像だ。

「……ん? なにかしら。行商人? それとも魔物?」

画面をタップして映像を拡大した私は、コーヒーを勢いよく噴き出しそうになった。

そこに映っていたのは、ポポロ村の黒いアスファルトの入り口に佇む、一人の長身の男。

白亜の王都には似合っていたかもしれないが、こののどかな農村には場違いすぎる、豪奢な軍服風のコート。そして、画面越しにすら伝わってくる『絶対零度の冷気』を纏った、彫刻のように整った男。

「ゲッ。……ヴァルター公爵」

帝国最強の魔剣士にして、初対面で距離5センチまで詰め寄ってきた距離感バグの変質者、氷血公爵ヴァルター・フォン・アーデルハイト。

なぜ彼がこんなド田舎に!?

いや、理由は明白だ。乙女ゲームのテンプレ「俺に冷たくした面白いヒロインを辺境まで追いかけてくる執着ルート」に突入してしまったのだ。

「最悪だわ。私の完璧なワークライフバランスに、とんでもないバグ(不審者)が襲来してきた……!」

私が頭を抱えていると、カメラの映像内で動きがあった。

村の関所を警備(という名の集金業務)していた財務担当のニャングルが、黄金の算盤を片手にヴァルター公爵の前に立ち塞がったのだ。

私は慌てて防犯カメラの集音マイクのボリュームを上げた。

『――止まりや、兄ちゃん。ここはポポロ村の関所や。勝手に入られちゃ困るで』

ニャングルがキセルを吹かしながら、飄々とした態度で公爵を制止する。

ヴァルター公爵は、不機嫌そうに青い瞳を細め、周囲の気温を急激に下げた。カメラのレンズが薄っすらと凍りつくのがわかる。

『退け、獣人。私は帝国北部を治める公爵、ヴァルター・フォン・アーデルハイトだ。この村に逃げ込んだエミリア・シフォンヌを迎えに来た。私を止める権利はお前たちにはない』

公爵の冷気を帯びた威圧。並の人間なら震え上がって道を譲るだろう。

だが、相手は拝金主義の権化、ゴルド商会のエリートであるニャングルだ。彼は凍りつくどころか、「寒っ。冷房効きすぎやろ」と肩をすくめた。

『公爵様か知らんけど、ここはルナミス・獣人・魔皇国の不可侵緩衝地帯や。帝国の権力なんか通用せぇへんで。それにおエミリアは今、ウチの村の最高情報責任者(CIO)や。大事な労働資産をタダで持っていかれるわけにはいかんわな』

『……ほう。ならば、力尽くで通るまでだ』

ヴァルター公爵が、腰の魔剣に手をかけようとした、その瞬間だった。

――スゥッ。

公爵は特有の「異常な歩法」で、ニャングルの目の前、距離わずか5センチの超至近距離まで一瞬で間合いを詰めたのだ。

長身の公爵が、小柄なニャングルを見下ろし、その鼻先が触れ合いそうな距離で睨みつける。私にやったのと同じ、乙女ゲー特有の「顎クイ」直前のゼロ距離威圧だ。

しかし、ニャングルの反応は、ヒロインのそれとは全く異なっていた。

『……うっわ。なんやねんお前、近っ!! キッショ!!』

ニャングルは顔を盛大に引き攣らせ、ドン引きしながらバッと数歩後ろへ飛び退いた。

『お嬢が言っとった「距離感バグった変質者」ってコイツのことか! ほんまに男相手でも5センチまで近づいてきよったで! コンプライアンスどうなっとるんや!』

『なっ……!? き、きっしょ、だと……? 私に向かって……!』

「面白い女だ」と言われるとでも思っていたのだろうか。人生で初めて「キモい」と面と向かって言われた氷血公爵は、完全にフリーズしていた。

『ええか兄ちゃん! ポポロ村は近代的な法治・経済特区や! お前みたいな常識のない不審者は、法律とカネで処理させてもらうで!』

ニャングルは黄金の算盤を構え、パチパチパチッ! と凄まじい勢いで珠を弾き始めた。

『まず、非居住者の無許可進入未遂による「入村特別税」が金貨100枚。次に、さっきワイに5センチまで近づいた「ポポロ村条例第3条・ソーシャルディスタンス違反(並びに同性へのセクハラ未遂)」の罰金が金貨500枚。さらに!』

ニャングルはビシッと公爵を指差した。

『ウチの有能なCIOを引き抜こうとした「人材引き抜きに対する損害賠償および逸失利益」として、金貨1万枚(約1億円)! 締めて、金貨10,600枚の請求や! 耳揃えて払うまで、この関所は一歩も通さんで!!』

『……は? き、金貨一万……?』

さしもの氷血公爵も、剣と魔法の世界の住人である。

「俺を倒して通ってみせろ」という展開ならともかく、いきなり「違約金1億円払え」というガチガチの資本主義パンチを食らい、完全に思考が停止していた。

役場のモニター前で、私は思わずガッツポーズをした。

素晴らしい。暴力には暴力を、ではなく、ストーカーには『経済的制裁』を。これぞポポロ村のホワイトな防衛システムだ。

『……ふざけるな。たかが辺境の村が、私から金を搾り取ろうというのか。エミリアは私のものだ、彼女の冷たい眼差しは私にしか向けられない……!』

(うわぁ、思い込みが激しすぎる。完全にストーカーの思考回路だわ)

『払えぬというなら、そのアスファルトごと凍てつかせて――』

ヴァルター公爵がついに実力行使に出ようと、強大な冷気の魔力を練り上げ始めた。

アスファルトに霜が降り、周囲の気温がマイナスへと急降下していく。

だが、ニャングルは全く慌てていなかった。

彼は懐から『魔導通信石』を取り出し、面倒くさそうに口元へ当てた。

『あー、もしもし村長? 関所で関税と罰金を滞納しとる不審者が暴れそうやねん。しかも、おエミリアを力尽くで連れ去ろうとしとるわ。……おん? アカンアカン、殺したら回収できひんから、半殺しくらいで頼むわ』

通話を終えたニャングルが、ニヤリと笑う。

『兄ちゃん、運が悪かったな。ウチの村長、お嬢の作るご飯に完全に胃袋掴まれててな。お嬢を連れ去ろうとする奴には、容赦せぇへんで?』

『獣人の小娘が、この私を止められるとでも――』

公爵が言いかけた、その瞬間だった。

ドゴォォォォォォォンッ!!!

防犯カメラの映像が激しく揺れ、スピーカーから爆発音のような轟音が響いた。

上空から、文字通り『隕石』のようなスピードで落下してきた影が、ヴァルター公爵の張った絶対零度の氷の結界を、ただの一撃で粉砕したのだ。

土煙が晴れたアスファルトの中心。

そこには、安全靴スチールトウを履き、両手にダブルトンファーを構えた、可愛いウサギ耳の村長――キャルル・ムーンハートが、瞳孔を真っ黒に開いて立っていた。

『……エミリアちゃんを、連れ去る……? 私の、大切な、ご飯を作ってくれる事務員さんを……?』

ゴゴゴゴゴ……と、キャルルの全身から雷鳴のような闘気が立ち昇る。

『ふざけるな、侵入者。エミリアちゃんは、定時まで役場で働いて、夜は私にハンバーグを作ってくれるって約束したんだから! 邪魔する奴は、顎の骨砕いてマグローザ漁船に叩き込むわよ!!』

「(……あの村長、なんか私が言った労働条件を微妙にヤンデレ解釈してない?)」

私はモニターの前でツッコミを入れつつも、安堵の息をついた。

帝国最強の魔剣士(変質者)vs 満月でなくてもキレれば最強の月兎族(ヤンデレ村長)。

「ふふっ。暴力(物理)の対処は現地スタッフにお任せして、私は午後休の申請を出してサウナにでも行きましょうっと」

私はスプレッドシートを保存し、ポポロ村の鉄壁の防衛(物理と経済)に全幅の信頼を寄せながら、軽やかな足取りで役場を後にするのだった。

読んでいただきありがとうございます。

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