EP 11
乙女ゲー魔法vs物理キック! ストーカー公爵はヤンデレ村長と婚活焦燥ケンタウロスが完全粉砕します!
「……ふぅぅぅ。ととのうわぁ……」
ポポロ山の麓、元氷魔将軍スアイさんが経営する『本格フィンランド式魔導サウナ』。
私は午後休(半休)の特権をフル活用し、貸し切りの水風呂(通称・グルシン)に肩まで浸かっていた。
王都の狂った環境から逃れ、大自然の中でマイナスイオンを浴びる。これぞ福利厚生の極み。
私は防水ケースに入れたタブレット端末をサウナチェアに置き、村の関所に設置した防犯カメラの映像をのんびりと眺めていた。
画面の中では、ポポロ村の鉄壁のファイアウォール(物理)が、迷惑な不審者(氷血公爵ヴァルター)の排除プログラムを実行中である。
『獣人の小娘が。この絶対零度の魔剣を前に、無傷で済むと思うなよ!』
画面越しでも寒気が伝わってくるほどの猛吹雪を巻き起こし、ヴァルター公爵が氷の魔剣を振り上げる。
本来の乙女ゲームなら、ここでヒロインが「やめて、私のために争わないで!」と叫ぶ見せ場なのだろう。だが、現在の彼と対峙しているのは、私の手料理に胃袋と心を完全に掌握されたヤンデレ月兎族の村長だ。
『……エミリアちゃんのご飯の邪魔をする奴は、みんなスクラップよ!』
ダァァァンッ!!
キャルルの履いたタローマン特注の安全靴が、黒いアスファルトを爆発的に蹴り砕いた。
100mを5秒台で走る月兎族の脚力。彼女は瞬時に距離を詰め、氷の刃が振り下ろされるより早く、両手のダブルトンファーで公爵の腕を跳ね上げた。
『なっ!? 私の太刀筋を、力ずくで……!?』
『月影流――顎砕き!!』
キャルルの闘気を纏った膝蹴りが、公爵の美しい顎を情け容赦なくカチ上げる。
「ガッ……!?」と呻き声を上げ、公爵の体が宙に浮く。乙女ゲーのヒーローの顔面に容赦なく物理打撃を叩き込むその姿に、私は水風呂の中で小さく拍手した。
『おのれ……! ならば、周囲一帯を凍てつかせて――』
空中で体勢を立て直し、怒りに顔を歪めた公爵が広範囲殲滅魔法を放とうとした、その時だった。
『――そこまでだ、変質者ァァァッ!!』
ズドドドドドドッ! という凄まじい蹄の音が響き渡り、関所の角をドリフト気味に曲がって現れたのは、ポポロ村自警団のリーダー・マンミアだった。
豊かな金髪をなびかせるグラマラスな上半身に、筋骨隆々の名馬の下半身を持つケンタウロスの美女。
彼女は手にした重魔導クロスボウを構え、公爵に向かって容赦なく魔導徹甲ボルトを連射した。
『チッ……! また獣人か!』
公爵が氷の盾を展開してボルトを弾くが、マンミアの猛進は止まらない。
彼女はクロスボウを背中にマウントし、腰から分銅付きの超合金鎖『メビウス』を抜き放った。
『聞いてるぞ! 距離感ゼロで女にすり寄る、コンプライアンス違反のストーカー公爵だろ! こちとら25歳にもなって彼氏ゼロ、去年のクリスマスも半額ケーキを一人で泣きながら食ったってのに……お前みたいな余裕ぶったイケメンの変質者が一番ムカつくんだよォォォ!』
(あ、マンミアさん、なんか個人的なルサンチマン(怨み)がめちゃくちゃ混じってる)
私はタブレットを見ながら苦笑した。アナスタシア世界では16歳結婚が平均。25歳の彼女は、婚活の焦燥感で常にピリピリしているのだ。
『メビウス・インパクトォォォッ!!』
マンミアが投擲した鎖が、周囲の巨石を巻き込みながら公爵の足元へと絡みつく。
『なっ!? 鎖だと!?』
『捕まえたぞ! ケンタウロスの20馬力、とくと味わえ!!』
ヒヒィィィンッ! といななき、マンミアが猛ダッシュを開始する。
鎖で足を縛られた公爵は、抵抗する間もなく黒いアスファルトの上を凄まじいスピードで引きずり回され始めた。
『グォォォッ!? は、離せ! 私は帝国北部の――』
『うるせええ! 25歳の焦り舐めんなあああ!!』
ズザザザザザッ! と派手な音を立てて引きずられる公爵。乙女ゲー最強の魔剣士が、完全にギャグ漫画のやられ役の挙動になっている。物理的な馬力と鎖の前では、詠唱する暇すらないらしい。
『マンミア、ナイス! そのまま上空に放り投げて!』
『応ッ! 行くぞキャルル!』
マンミアが急ブレーキをかけ、遠心力を利用して鎖を天高く振り上げる。
公爵の体が、まるでハンマー投げの要領で空高く放り出された。
キャルルは深く腰を沈め、クラウチングスタートの姿勢をとった。安全靴に仕込まれた『雷竜石』がバチバチと紫電を放つ。
満月ではないためマッハは出ないが、それでも彼女の脚力は常軌を逸している。
『エミリアちゃんのワークライフバランスは、私が守る!!』
ダァァァンッ!! とアスファルトにクレーターを残し、キャルルが垂直に20メートルを跳躍した。
空中でキリモミ回転し、全闘気と雷光を右足の安全靴に集中させる。
『必殺――流星脚ッッ!!』
約33,750ジュールの運動エネルギーを乗せた急降下飛び蹴りが、空中の公爵の腹部にクリーンヒットした。
『ガハッ……!? エミ、リア……なぜ、だ……』
ドゴォォォォォォォンッ!!!
公爵はアスファルトに深々とめり込み、白目を剥いて完全に沈黙した。
魔力障壁ごと物理で粉砕されたのだ。乙女ゲーの魔法など、運動エネルギーと質量兵器(安全靴)の前には無力である。
映像の向こうで、土煙が晴れる。
キャルルがトンファーをしまい、マンミアが鎖を巻き取っている横で、ニャングルが黄金の算盤を弾きながら倒れた公爵の懐をまさぐり始めた。
『おっ、さすが公爵サマや。金貨がぎっしり入った魔法の財布持っとるやんけ。アスファルトの修繕費と、関所突破未遂の罰金、しっかり回収させてもらうで〜』
完璧な連携である。
私は水風呂から上がり、バスタオルを羽織った。
「素晴らしいわ。物理的排除から損害賠償の自動回収まで、システマチックにフローが構築されている。これなら私が直接手を下す必要もないわね」
私は【ネット通販】のアプリを開き、『有名パティスリーの高級モンブラン詰め合わせ(6個入り)』と『疲労回復エナジードリンク(箱買い)』をポチった。
サウナでととのった後、村の入り口で防衛任務に当たってくれた彼らに、差し入れを持って行こう。
特にマンミアさんには、甘いものを食べて少しでも婚活のストレスを和らげてほしい。
「さて、ストーカーも撃退したことだし。明日からまた、バリバリ働いて定時で帰るわよ!」
私はすっかり晴れやかな気分で、ポポロ村のホワイトな空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
この鉄壁の村にいる限り、私のスローライフが脅かされることはないのだと、確信を深めながら。
読んでいただきありがとうございます。
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