EP 12
差し入れの高級スイーツで慰労会! 物理で沈めたストーカー公爵には内容証明郵便(接近禁止命令)で法的トドメを刺します
サウナで完璧に「ととのった」私は、ポカポカと火照る体を夜風に冷ましながら、ポポロ村の入り口である関所へと向かった。
お供のコン太(ラバーブーツ着用)の背負うバックパックには、【ネット通販】で取り寄せた有名パティスリーの高級モンブラン(6個入り)と、キンキンに冷えたエナジードリンクがたっぷりと詰まっている。
「お疲れ様です、皆様! 見事な防衛業務でしたね。ささやかですが、福利厚生の差し入れをお持ちしましたよ」
私が関所に到着すると、そこには見事な『戦の爪痕』が残されていた。
えぐれたアスファルトのクレーター。そしてその中心には、マンミアさんの超合金鎖『メビウス』で亀甲縛りのようにグルグル巻きにされ、白目を剥いてピクピクと痙攣している氷血公爵ヴァルターの姿があった。
「あ! エミリアちゃん!」
ウサギ耳をピンと立てたキャルル村長が、私を見るなりパタパタと駆け寄ってきた。
さっきまでマッハの飛び蹴りを放っていたとは思えないほど、ふんわりとした可愛らしい笑顔だ。
「キャルル村長、素晴らしい蹴りでした。私がお休みの間に、厄介なコンプライアンス違反者を排除していただきありがとうございます」
「えへへっ。エミリアちゃんのご飯の時間を脅かす奴は、私が全部スクラップにしてあげるからね♡」
(……うん、動機が少し重いけれど、結果的に村の平和が守られているからヨシとしましょう)
私はコン太のバックパックからエナジードリンクを取り出し、キャルルとニャングルに手渡した。ニャングルは黄金の算盤を片手に、公爵から巻き上げた金貨の詰まった魔法の財布をホクホク顔で数えている。
「おお、すまんなお嬢。これ、めちゃくちゃ元気出るわ! そんでこの公爵サマ、ええカモやったで。村の修繕費と罰金引いても、まだお釣りがくるくらいや」
「それは何よりです。……あ、マンミアさんも、お疲れ様でした。こちら、甘いものでも食べて少し休んでください」
私は、少し離れた岩に腰掛け、夕陽を見つめながら哀愁を漂わせている自警団長・マンミアさんに声をかけ、高級モンブランの入った箱を手渡した。
「……あ、エミリア。すまないね、気を使わせちまって」
グラマラスな上半身を少し丸め、マンミアさんは箱を開けた。艶やかなマロンクリームと、金箔があしらわれた美しいケーキを見て、彼女の目が少しだけ潤む。
「……美味い。すっごく、美味いよ……。でもさ、こんな美味しいケーキ……なんで私、25歳にもなって一人で食べてるんだろうね……」
ボロボロ、と。
ケンタウロスの美女の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「周りの子は16歳でどんどん結婚していくのに……私は毎日パイルバンカーの整備して、たまに来るストーカー公爵みたいな変質者を鎖で引きずり回して……去年のクリスマスも半額ケーキだったし……うぅっ……」
婚活への強烈な焦燥感と、周囲とのギャップに苦しむ25歳のリアルな涙。
乙女ゲー世界の住人とは思えないほどの世知辛さに、前世でアラサー社畜だった私の心が激しく共鳴した。
私はマンミアさんの隣に座り、彼女の背中を優しく、しかし力強くポンポンと叩いた。
「マンミアさん。前世の私の基準から言えば、25歳なんてまだまだこれから、キャリアの黄金期です」
「キャリアの……黄金期?」
「ええ。それに貴方はケンタウロス種。その圧倒的な馬力と機動力、そして自警団をまとめる統率力は、労働市場において極めて市場価値が高い。男の見る目がないだけです。妥協してヘタな不良債権を掴むより、自分の価値を高めながら、本当に投資対効果の合う優良物件をじっくり探せばいいんです!」
私が理系社畜特有の熱いロジックで励ますと、マンミアさんは涙を拭い、パァッと顔を輝かせた。
「エミリア……! あんた、良いこと言うね……! そうだよね、私が不良債権なんかで妥協する必要ないよね! よーし、元気出てきた! このケーキ、最高に美味いよ!」
「ええ、ゆっくり味わってください」
女性同士の熱いシスターフッド(労使間の絆)が芽生えた、その時だった。
「……う、うぅん……。エミ、リア……」
地面に転がっていた簀巻き状態の公爵が、低く呻き声を上げて意識を取り戻した。
青い瞳が焦点を取り戻し、岩に腰掛けている私をジッと見つめる。
「ああ……君は、私を心配して、来てくれたのか……」
公爵は鎖で縛られたまま、うわ言のように甘い声を出した。
「私を恐れず、私を冷たくあしらう女は……君が初めてだ。この痛みすら、君が私に与えてくれた試練だと思えば……愛おしい……」
(…………ダメだこいつ、物理で脳震盪を起こしても乙女ゲーの恋愛フィルターが外れてない。完全に重度の執着ルートに入り込んでるわ)
この手のタイプは、言葉で拒絶しても「俺を拒否するなんて面白い」と変換されてしまう。
物理で殴っても「愛のムチ」と誤認される。
ならば、残された手段はただ一つ。
『法と手続きによる、完全なるシャットアウト』だ。
「【ネット通販】起動」
私は空中に展開したUIの検索窓に、『ビジネス用モバイルプリンター』『高級ケント紙(A4)』『実印・朱肉セット』を入力し、即座にポチった。
ポンッ! と現れたプリンターを、持参していたタブレット端末とBluetoothで接続する。
「お嬢、今度は何を出すんや?」
ニャングルが興味津々で覗き込んでくる中、私はタブレットのドキュメント作成アプリを開き、凄まじいスピードで文字を打ち込み始めた。
「ニャングルさん。前世の私の世界には、『内容証明郵便』という素晴らしいシステムが存在するんです」
「ないようしょうめい?」
「ええ。『いつ、いかなる内容の文書を、誰から誰あてに差し出したか』を、公的な第三者(郵便局)が証明してくれる制度です。ストーカーや悪質なクレーマーに対し、法的な接近禁止や損害賠償を突きつける際の、最強の『証拠付き警告書』になります」
私はカタカタとテキストを打ち込みながら説明を続ける。
「この世界に郵便局はありませんが、私がポポロ村役場の最高情報責任者(CIO)として、村の公印を押して発行すれば、それは『自治体としての公式な行政処分および警告』として機能します。彼がこれ以上私に近づけば、次は『国家間の外交問題』として処理できるというわけです」
「おおっ! それはええな! 証拠が残れば、次来た時に違約金をもっと強気にふっかけられるっちゅうこっちゃな!」
ニャングルの猫耳がピンと立ち、大賛成の意を示した。
数分後、モバイルプリンターからジーーッと音を立てて一枚の書類が吐き出された。
私はそれに朱肉で自前の印鑑と、ニャングルから借りた村の公印をガシャン! と押し、書類を手に持ってヴァルター公爵を見下ろした。
「ヴァルター・フォン・アーデルハイト公爵閣下。こちら、ポポロ村役場からの『内容証明郵便(接近禁止命令ならびに損害賠償請求書)』となります」
「な、なんだそれは……ラブレターの類か……?」
「いいえ。貴方の私に対するつきまとい行為(ストーカー防止法違反)、およびソーシャルディスタンスの侵害に対する法的な『接近禁止命令』です」
私は冷酷な事務員の顔で、書類の文面を読み上げた。
「『本書面到達以降、貴殿が当方に対し、半径100メートル以内への接近、面会要求、通信手段を用いた接触を行った場合、ポポロ村条例違反として、即座に身柄の拘束および追加の違約金(金貨5万枚)を貴族院へ直接請求いたします』――以上です」
「なっ……! け、警告書だと……!? 私は君を、愛して……!」
「愛とかそういう主観的なノイズは法的根拠になりません。受け取ってください」
私はバサッ! と、その内容証明郵便を、鎖で縛られて身動きの取れない公爵の顔面(額)に、物理的にペチャッと貼り付けた。
「エ、エミリアァァァァァッ!!」
「はい、これで『送達完了』です。法的効力が発生しました。ニャングルさん、あとは彼を帝国の国境へポイ捨てしておいてください」
「任せとき! ドンガンの地下帝国ルート通る商人にお駄賃払って、荷台に放り込んどくわ!」
額に内容証明郵便を貼り付けられたまま「私は諦めないぞぉぉ!」と叫びながらドナドナされていく公爵の姿を見送り、私はふぅ、と肩の荷を下ろした。
「これで厄介なストーカーは法的に処理完了ね。さあ皆さん、ケーキの続きを食べましょうか」
「うんっ! エミリアちゃんと食べるケーキ、最高ぉ!」
「お嬢、あんたホントに怒らせたらアカン女やな……」
こうして、王都から迫り来た最大の脅威は、物理的暴力と事務手続きのコンボによって完璧に撃退された。
だが数日後。
今度は王都の『あのアホ王太子』から、一通の手紙が届くことになる。
『婚約破棄は嘘だ、戻ってこい(意訳:書類仕事ができる奴がいなくて国庫がヤバい)』という、あまりにも身勝手な復縁要請である。
私は赤ペンを手に、次なる論破(添削)の準備を始めるのだった。




