EP 13
赤ペン添削で完全論破! 「戻ってこい」と喚くアホ王太子の復縁要請(無給残業の強要)はROIゼロなのでシュレッダー行きです
ポポロ村でのホワイトな日々は、まさに私の前世からの悲願を具現化したようなパラダイスだった。
朝はキャルル村長の作る絶品朝食を食べ、役場では構築したマクロを走らせてサクッと業務を終わらせ、定時になればサウナやルナキン(ファミレス)へ繰り出す。
そんな完璧なワークライフバランスを謳歌していたある日の午前中。
「お嬢、王都からお嬢宛てに郵便やで。……なんやこれ、無駄にエエ匂い(香水)がプンプンしよるわ」
ニャングルが顔をしかめながら、一通の封筒を私のデスクに放り投げた。
見れば、最高級の羊皮紙で作られた封筒には、王家の紋章である『月と剣』のシーリングスタンプが押されている。
「……王都から? 嫌な予感しかしませんね」
私はペーパーナイフで封を切った。
中から出てきたのは、王太子アルベルトからの親書……というか、便箋5枚にも及ぶ長々とした手紙だった。
『愛愛しいエミリアへ。
突然姿を消した君を思い、私は夜も眠れない日々を過ごしている。
あの夜会での婚約破棄は、君の私への愛を確かめるための、ほんの少しの試練だったのだ。それなのに、君があのように怒って飛び出してしまうとは、少し短気だったのではないか?
だが、私は寛大な心で君の非礼を許そう。
実を言うと、君がいなくなってから、王都の魔導鉱石の物流がなぜか滞っており、財務局の数字もよく分からないことになっている。あの男爵令嬢は可愛らしくて癒やされるのだが、悲しいかな、彼女は一桁の足し算すら間違えるのだ。君のように気の利く事務処理は期待できない。
国が、いや、私が君を必要としている!
今すぐ王都へ戻りなさい。そうすれば、これまでのことは水に流し、もう一度私の婚約者(ただし試験期間を設ける)として迎え入れてやろう。
追伸:
君の家の弁護士から莫大な違約金の請求書が届いているが、何かの間違いだろう。早急に取り下げるように。』
「…………」
私は手紙を読み終え、無言のままスッと立ち上がった。
そして、役場の隅にある魔導シュレッダーへ向かって歩き出そうとしたが、思いとどまった。
(いや、待ちなさい。これをただ捨てるだけでは、あのアホ王太子は『手紙が届かなかった』などと都合よく解釈して、また粘着してくる可能性があるわ)
ここは一つ、社会人としての『ビジネスの基本』を、彼の空っぽの脳髄に叩き込んでやる必要がある。
「【ネット通販】起動」
空中の検索窓に打ち込むのは、『採点用 赤ペン(極太・速乾性・10本セット)』である。
――ポンッ!
空間から現れた真っ赤なペンを握りしめ、私は王太子の手紙をデスクに広げた。
ここからは、理系社畜OLの容赦ない『赤ペン添削』の時間だ。
「まず、冒頭! 『愛愛しいエミリアへ』? ビジネス文書において『拝啓』も『時候の挨拶』もないとは何事ですか! いきなり本題に入るならせめて『件名』を記載しなさい!」
シュバッ! と、冒頭の文章に赤い取り消し線を引き、『※ビジネス文書の基本フォーマットを学習すること。減点10』と書き殴る。
「次に『婚約破棄は試練だった』? 馬鹿を言うな。多数の貴族の前で行った破棄宣言は、口頭契約の破棄(債務不履行)として完全に成立しています! 証人も多数存在します!」
『※虚偽の事実による自己正当化。コンプライアンス違反。減点20』
私は怒りのままに赤ペンを走らせる。
「『物流が滞り、財務局の数字がよく分からない』? だからあの夜会で私がホワイトボードを使ってプレゼンしたでしょうが! シフォンヌ伯爵家の特恵関税が撤廃された結果、王都のインフラが崩壊し始めているだけの自業自得です!」
『※マクロ経済学の基礎知識が皆無。経営層としての資質ゼロ。減点30』
「『男爵令嬢は足し算を間違える』……そんな不良債権を自分の意思で選んだのは貴方でしょうが! その尻拭いを私に無給でやらせようという魂胆が透けて見えます! これが一番許せない!」
『※業務の押し付け(無給残業の強要)。労働基準法違反。減点30』
「そして極めつけ、『婚約者(試験期間つき)として迎え入れてやろう』だと!? どの口が言っているの!!」
私はペンを握る手にギリィッ! と力を込め、手紙の最後に極太の赤い文字で総評を書き込んだ。
『【総評:0点(不採用)】
貴殿からの復縁要請(という名の無給労働オファー)につきまして、慎重に検討いたしました結果、誠に残念ながら今回はお見送りさせていただきます。
現在、私は手取り25万円、完全週休二日、残業ゼロ、家賃補助100%という完璧なホワイト環境に身を置いております。
貴殿のオファーは「無報酬」「劣悪な人間関係」「無限のサービス残業」「経営者の無能による国家破綻リスク」という、ROI(投資利益率)が完全にマイナスに振り切れた最悪のブラック案件です。
二度と私に連絡してこないでください。』
「ふぅ……」
赤ペンで真っ赤に染まった5枚の手紙を眺め、私はようやく肩の息を下ろした。
完璧な論破(添削)である。
「お、お嬢……あんた、えげつないな……」
一部始終を見ていたニャングルが、ドン引きした顔で私の背後から覗き込んでいた。
「王太子の親書を、赤ペンで学校のテストみたいにバツつけまくって……。これ、そのまま送り返すんか?」
「ええ、もちろん。ですが、これだけではタダ働きになってしまいます」
私は【ネット通販】でもう一つ、『複写式 請求書(インボイス対応)』を取り出した。
そこにサラサラとペンを走らせる。
【ご請求内容】
・ビジネス文書 添削および経営コンサルティング費用:金貨100枚
(※前回の婚約破棄に係る違約金とは別枠となります。期日までにお支払いがない場合、年利14.6%の遅延損害金が発生いたします)
「よし。これを添削済みの手紙にホッチキスで留めて、と」
ガチャン!
私は分厚い手紙と請求書をまとめ、新しい封筒に叩き込んだ。
「ニャングルさん。これを王都の財務局宛てに、一番早い魔導便で送付してください。あ、送料は着払いでお願いしますね」
「……お嬢、ワイは金の亡者やけど、あんたの資本主義の悪魔みたいなところ、ほんまに恐ろしいと思うわ……」
猫耳をペタンと伏せながら、ニャングルは封筒を受け取った。
「当然の権利を主張しているだけです。相手が王太子だろうと、理不尽な労働搾取には法と経済の力で徹底的に抗う。それが、ホワイト・スローライフを守るための私の流儀ですから」
私は空になったコーヒーカップを置き、満足げに伸びをした。
ストーカー公爵は内容証明と物理キックで追い払い、アホ王太子は赤ペン添削とコンサル料請求で完全に論破した。
これでついに、私の過去(乙女ゲーのしがらみ)は完全に清算されたはずだ。
「よし! 今日の午後こそは半休を取って、キャルル村長やマンミアさんたちと、ルナキンでパーッと歓迎会(という名の女子会)をやりましょう!」
「おっ、ええな! ワイも経費で落ちるなら行くで!」
「ニャングルさんの分は実費です」
「ケチやな!」
窓の外には、ポポロ村の青々とした太陽芋の畑が広がり、インフラの整ったアスファルトの道がまっすぐに伸びている。
理系社畜OLが勝ち取った、手取り25万の異世界ホワイト就職。
私の本当の人生は、ここからようやく幕を開けるのだ。
読んでいただきありがとうございます。
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