EP 14
ドリンクバーで祝杯を! 手取り25万の異世界ホワイト就職、最高の仲間とファミレス女子会で完全勝利を祝います
「カンパーーーイ!!」
カチンッ! と、透明なグラスが四つ(と、犬用の水入れが一つ)合わさって、軽快な音を立てた。
ここはポポロ村のメインストリートに燦然と輝くネオンサイン、『ルナミスキング(通称・ルナキン)ポポロ支店』。24時間営業の、正真正銘のファミリーレストランである。
「ぷはぁっ! やっぱ仕事終わりのメロンソーダは最高やな!」
猫耳の財務担当・ニャングルが、ドリンクバーから注いできた毒々しい緑色の炭酸飲料を喉に流し込み、オヤジ臭い息を吐き出した。
「もう、ニャングルったらうるさいわよ。今日はエミリアちゃんの歓迎会なんだからね!」
私の隣の席にピタリとくっついて座るキャルル村長が、自身の顔よりも大きな『特大・人参パフェ』をスプーンでつつきながら頬を膨らませる。
「まあまあ、キャルル。今日くらいはパーッとやろうじゃないか。それにしても、この村のルナキンは『ケンタウロス専用ボックス席』まで完備されてるから本当に助かるよ」
自警団長のマンミアさんが、馬の下半身をゆったりと専用スペースに収めながら、特大の『ロックバイソンのハンバーグプレート(ライス大盛り)』を豪快に切り分けている。
私はといえば、無事に『手取り25万円の異世界ホワイト就職』を勝ち取った喜びに浸りながら、熱々のフライドポテトを齧っていた。足元では、ラバーブーツを脱がせてもらったコン太(中身親父の妖狐)が、私のおすそ分けのチキンナゲットを涙ぐみながら頬張っている。
王太子の非合理な婚約破棄から始まり、インフラ崩壊の王都を完全防備で脱出し、ストーカー公爵を物理と内容証明郵便で撃退し、トドメに王太子からの復縁要請を赤ペン添削でシュレッダー送りにした。
全てが終わったのだ。
私の前世からの悲願である『労働基準法が守られた、平和で文化的な生活』が、今ここにある。
「それにしても、エミリアって本当に度胸が座ってるよね」
ハンバーグを平らげたマンミアさんが、食後のコーヒーを啜りながら感心したように私を見た。
「あの氷血公爵を書類の紙切れ一枚で追い返して、挙げ句の果てに王太子殿下にコンサル料の請求書を送りつけるなんて。普通なら不敬罪で首が飛んでもおかしくないよ?」
「不敬罪よりも、労働の対価を支払わない無給残業(タダ働き)の強要の方が、よっぽど重罪です」
私はドリンクバーのウーロン茶を一口飲み、キッパリと言い切った。
「それに、あの王太子はROI(投資利益率)の計算ができない無能経営者です。そんな沈みゆく泥舟(王都)に義理立てして共倒れになるなんて、理系社畜のプライドが許しません。私は、このインフラが整ったポポロ村で、きちんと評価される仕事をして、美味しいご飯を食べて生きていきたいんです」
私がそう宣言すると、隣に座っていたキャルルが、ビクッ! とウサギの耳を跳ねさせた。
「……えへへっ」
キャルルは満面の笑みを浮かべ、私の腕にギュウウッ! と抱きついてきた。相変わらず凄まじい膂力で、腕の骨がミシミシと鳴る。
「エミリアちゃん、嘘ついてない。心音、すっごく綺麗……! ずっとこの村で、私のご飯を食べて生きていきたいって、本当に思ってくれてるんだね!」
「ええ、もちろんですよ、村長(物理的に圧迫されて声が出ない)」
「私、もっともっと美味しいご飯作るね! エミリアちゃんが、他のお店のご飯なんて一生食べられないくらい、胃袋を完璧に管理してあげるからね♡」
瞳孔をガン開きにしながらヤンデレ特有の重い愛を囁くキャルル。
だが、その愛情表現が『美味しい手料理(食費タダ)』という現物支給で還元される限り、私にとっては最高の福利厚生でしかない。
「お嬢、あんたホントにメンタル鋼やな……。キャルルの圧を真正面から受け止めて平然としとるの、あんたくらいやで」
ニャングルが呆れたようにキセルをふかす(※ルナキンは分煙されているので喫煙席だ)。
「それよりニャングルさん。私のPC導入による業務効率化で、役場の残業代(経費)が大幅に削減されたはずです。来月の私の給与査定、期待してもいいんですよね?」
「ゲッ。……さ、さすが資本主義の悪魔や。きっちりそこは詰めてきよる。しゃあない、これだけ村の財政が改善したんや、特別ボーナス弾んだるわ!」
「ありがとうございます。そのお言葉、後で言った言わないにならないよう、しっかり議事録に残しておきますからね」
私がニッコリと笑うと、ニャングルは「やっぱ敵わんわ……」と肩を落として伝票に目を落とした。
そのやり取りを見ていたマンミアさんが、ふふっ、と声を出して笑った。
「あははっ! なんか、いいね。私、エミリアがこの村に来てくれて、本当に良かったって思うよ。25歳の婚活の悩みも、エミリアに『市場価値は高いんだからダメンズで妥協するな』って言われて、なんだかすごくスッキリしたし」
「ええ。マンミアさんは優良物件です。焦らず、ご自身の馬力(強み)を理解してくれるパートナーを探せばいいんです。私でよければ、いつでも壁打ち(相談)相手になりますよ」
「ありがとう! よーし、まずは明日、パイルバンカーの火薬シリンダーをピカピカに磨き上げるところから始めるよ!」
(……それは婚活と関係あるのだろうか? まあ、本人が前向きになれたならヨシとしましょう)
私はポテトの最後の1本をコン太に放り投げ、グラスに残ったウーロン茶を飲み干した。
窓の外には、整備された黒いアスファルトの道路と、街灯に照らされた平和な村の風景が広がっている。
中世ヨーロッパ風の不衛生な王都には二度と戻らない。
これからは、このカオスで愛すべき辺境の村で、PCとスキャナーを武器に、定時退社とスローライフを守り抜くのだ。
「さて、明日も朝から『暴行しない券』の払い戻し処理と、ドンガン地下帝国との裏帳簿の突合タスクが山積みです。そろそろお開きにして、英気を養いましょうか」
私がそう締めくくると、三人は同時に「おーっ!」とグラスを掲げた。
「エミリアちゃん、帰ったら一緒にお風呂入ろうね♡」
「お嬢、明日の朝イチで例のエクセルマクロ、ワイにも教えてや!」
「私は明日も自警団のパトロール、気合い入れていくよ!」
乙女ゲームのヒロインという、理不尽で非合理なレールを自らの手でへし折った私。
王子様の真実の愛なんていらない。
圧倒的顔面偏差値の公爵による溺愛もいらない。
私に必要なのは、清潔な水洗トイレと、摩擦係数の適切なアスファルトと、手取り25万円の安定した収入だけだ。
「ええ、明日も完璧に業務を終わらせて、定時で帰りましょう!」
理系社畜OL・エミリアの、法と経済と【ネット通販】を駆使した本当の異世界ホワイト・スローライフは、今、最高の仲間たちと共に幕を開けたのだった。
(第1章:ムーンキャピタル脱出とポポロ村就職編・完)
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