第二章 極貧アイドルと蒼氷の騎士、そして死蟲の影
タローソン前の死闘! 極貧人魚姫の五円玉バズーカと、究極の無料活サバイバルに理系社畜も戦慄する
ポポロ村でのホワイトな就職を果たし、私の心はこれまでにないほどの平穏に包まれていた。
定時退社、残業代フル支給、そしてキャルル村長による胃袋を掌握して離さない絶品手料理の数々。
「やっぱり、インフラが整っているって素晴らしいわ……」
私は休日の午前中、ポポロ村のメインストリートを歩きながら深く感動していた。
向かっているのは、青と白のストライプの看板が眩しい、24時間営業の魔導コンビニエンスストア『タローソン』である。ちょっとした日用品や、小腹が空いた時のスイーツがいつでも買えるこの安心感。王都の大理石の道(排水溝なし)とは雲泥の差だ。
「エミリアちゃん、今日のお昼は何が食べたい? タローソンで買ったお肉で、特製の唐揚げを作ろうか?」
隣を歩くキャルル村長が、私の腕にギュッと抱きつきながら(相変わらず腕の骨が軋むほどの膂力である)、満面の笑みで尋ねてくる。
「唐揚げ、いいですね。原価率も低く抑えられますし、タンパク質も豊富で合理的なメニューです」
「えへへっ、任せて! エミリアちゃんの胃袋は私が一生――」
キャルルがヤンデレ特有の重いセリフを言いかけた、その時だった。
『ウゥゥゥゥ……ッ! グルルルルッ!』
『ワンッ! ワワンッ!!』
タローソン・ポポロ村支店の裏手、廃棄弁当のゴミ箱が置かれている路地裏から、何やらただならぬ唸り声と犬の吠え声が聞こえてきた。
「キャルル、何かしら、あれは」
「うっ……嘘、あの姿……まさか、リーザ……?」
キャルルが信じられないものを見るようにウサギの耳をピーンと立て、顔を引き攣らせた。
私たちが恐る恐る路地裏を覗き込むと、そこには異様な光景が広がっていた。
「うぅ〜……っ! 良いじゃないですか! 私だってお腹空いてるんです! その廃棄のお弁当、私に譲りなさいよ!」
泥だらけの野良犬と、一つの『タローソン特製・幕の内弁当(消費期限切れ)』を巡って、四つん這いで死闘を繰り広げている一人の少女がいた。
透き通るようなエメラルドグリーンの長髪に、吸い込まれそうな碧眼。
もし彼女が豪奢なドレスを着ていれば、誰もが息を呑むほどの超絶美少女(それこそ王太子が秒で乗り換えるレベルの美貌)だっただろう。
だが、現在の彼女の服装は、ルナミスデパートのワゴンセールで買ったであろう『紫色の芋ジャージ(上下)』に、足元はイボイボのついた『緑色の健康サンダル』という、絶望的なまでに生活感にあふれたコーディネートだった。
「ウーッ! ワン! ワン!」
野良犬が牙を剥いて威嚇する。タダでさえ飢えている野良犬だ、食べ物を譲る気配はない。
「ワンコロ風情が! 舐めないでください! とぉっ!」
紫ジャージの少女は、シャキーンと謎のポーズを取ると、ジャージのポケットから一枚の硬貨を取り出した。
真鍮色に輝く、穴の開いた硬貨。この世界の五円玉(同粒5枚相当)だ。
少女はその五円玉を、あろうことか自身の『鼻の穴』にスッと詰めた。
「……は?」
「見ないでエミリアちゃん。あれは私の友達じゃない……」
私が絶句し、キャルルが両手で顔を覆う中、少女は大きく息を吸い込んだ。
「フンッ!!」
凄まじい呼気と共に、鼻の穴から発射された五円玉が、空気を切り裂いて野良犬の眉間にクリーンヒットした。
「キャンッ!?」
脳震盪を起こしたのか、野良犬はフラフラと数歩後ずさりし、たまらず路地の奥へと逃げ去っていった。
「よっしゃあああ!! 取ったどおおお!!」
少女は両手を天に突き上げ、消費期限切れの幕の内弁当を掲げて歓喜の雄叫びを上げた。
美少女の顔面が、完全にサバイバルを生き抜いた野生の獣のそれになっている。
「……キャルル。あの方は、一体何者なんですか?」
私が眼鏡の位置を直しながら尋ねると、キャルルは深ぁぁぁい絶望のため息をついた。
「私の、ルナミス帝国でのシェアハウス時代の友達で……寄生魚、かな」
「もう! キャルル! 誰が寄生魚よ! 酷いじゃない、私達友達でしょ!」
私たちの声に気づいたのか、弁当を抱えた紫ジャージの美少女が、健康サンダルをペタペタと鳴らしながら駆け寄ってきた。
「ちょっとリーザ! あんた、なんでポポロ村にいるの!? というかシェアハウスはどうしたのよ!」
「追い出されたわよ!」
リーザと呼ばれた少女は、全く悪びれる様子もなく、むしろ堂々と胸を張って答えた。
「家賃を三ヶ月滞納したら、荷物ごと外に放り出されたの! でもね、私ってばタフだから! その後はルナミスデパートに行って、朝は多目的トイレでシャワー(冷水)を浴びて、化粧品売り場のテスターでバッチリメイクをして、お昼はデパ地下の惣菜コーナーで優雅に試食のハシゴをして、夜は公園で満天の星空を眺めながらテント生活をしていたわ!」
「それ、ただの不法占拠とホームレス生活じゃん……」
キャルルのツッコミに、私は密かに戦慄していた。
(何というバイタリティ……。家賃という最大の固定費を削り、水道光熱費を公共施設にアウトソーシングし、食費を試食でカバーする。彼女の生存にかかるランニングコスト(維持費)は、実質ゼロ……!)
倫理観と羞恥心さえ捨て去れば、人間はこれほどまでに低コストで生きていけるのか。
ある意味で、徹底したROI(投資対効果)の最適化である。
「それで? テント生活してたなら、なんでここまで来たのよ」
「それがねぇ、公園の鳩にエサをやるおじさんの陣地を巡って鳩とガチ喧嘩してたら、通報されて公園も追い出されちゃって。仕方ないから、キャルルを頼ってここまで歩いてきたの!」
リーザは「えへへっ」と人懐っこく笑いながら、キャルルの腕にすり寄った。
だが、その視線はキャルルではなく、私の方に向けられていた。
「ねえねえ、そこの綺麗なお姉さん。もしかしてキャルルの新しいお友達? 私、リーザ・シーラン・リヴァイアサン! 職業は、みんなに笑顔を届ける宇宙一のスーパーアイドルだよ!」
「アイドル……ですか?」
私は彼女の『紫の芋ジャージ』と、脇に抱えられた『廃棄の幕の内弁当』、そして先ほどの『鼻の穴から五円玉バズーカ』を脳内でリフレインさせた。
どう見ても、アイドルの要素が1ミクロンも存在しない。
「……キャルル村長。また随分と、業の深い(変な)方がいらっしゃいましたね」
私が半ば呆れ気味に言うと、キャルルは「ごめんねエミリアちゃん……こいつ、放っておくとその辺の雑草食べてお腹壊すから……」と頭を抱えている。
「ふふん! お姉さん、私のこと見くびってるでしょ? 私の歌を聴けば、みーんなイチコロなんだから! 私はね、歌で世界を救えると本気で信じてる人魚姫なんだから!」
「人魚姫……。ああ、なるほど。だから『寄生魚』ですか」
私は納得して頷いた。
海中国家シーランの王族といえば、確かルナミス帝国との友好条約の要だったはず。そんな国の姫君が、なぜポポロ村のコンビニ裏で野良犬と死闘を繰り広げているのか。
「お腹空いたぁ……キャルル、何か食べさせてよぉ」
リーザは先ほど死守した弁当を大事そうに抱えながら、キャルルの足元に崩れ落ちた。
見れば、彼女の足元は泥だらけで、長い道のりを歩いてきた疲労が隠しきれていない。
(……まあ、インフラ崩壊の王都から逃げてきた私を、この村は拾ってくれたわけだし。一人くらい居候が増えても、私の労働環境が脅かされないなら問題ないわね)
私は小さくため息をつき、【ネット通販】のUIを起動した。
「ほら、リーザさん。とりあえずこれでも飲んで落ち着いてください」
私は空間から『栄養補給ゼリー(マスカット味・即効チャージ)』を取り出し、彼女に差し出した。
「わぁっ!? 何これ、魔法!? ありがとー!!」
リーザはゼリーを受け取ると、蓋を歯で噛みちぎり、凄まじい吸引力で中身を吸い尽くした。10秒で完食である。恐るべきダイソン並みの吸引力だ。
「……さて。じゃあ、役場の財務担当に、居候が一人増える件、稟議を通しておきましょうか」
私はタブレット端末を開きながら、ポポロ村でのホワイト生活に、また一つ強烈な『ノイズ(変人)』が加わったことを悟った。
だが、この時はまだ知らなかったのだ。
この極貧の自称・アイドルが持つユニークスキル【貧乏神】が、後に村の防衛において『最強のデバフ兵器』として機能することになるなどとは。
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