EP 2
全財産を虚空へ消し去る最凶スキル!? 極貧アイドルの『貧乏神』は、理系社畜にとって最強の戦略的デバフ兵器です
ポポロ村の村長宅(5LDK)。
朝のダイニングルームでは、残酷なまでの『圧倒的経済格差』が可視化されていた。
「エミリアちゃん、今日の朝ごはんは特製の厚切り人参サンドイッチと、搾りたての有機野菜ジュースだよ! いっぱい食べてね♡」
「ありがとうございます、キャルル村長。朝からこんなに素晴らしい朝食をいただけるなんて、最高の福利厚生です」
私とキャルルの前には、カフェも顔負けの豪華で栄養満点な朝食が並んでいる。
一方で、私たちが座るテーブルの向かい側。
そこにちょこんと正座している紫ジャージの美少女――極貧人魚姫のリーザの皿に乗っているのは、タローソンで無料配布されていた『パンの耳』のトーストと、公園で摘んできたと思われる『タンポポのサラダ』のみである。
「…………じゅるり」
リーザは自分のパンの耳をかじりながら、私の食べている厚切りサンドイッチを、穴が開くほどの熱烈な視線で見つめていた。
「……あの、リーザさん。一口食べますか?」
見かねた私がサンドイッチを差し出すと、リーザの碧眼がカッ! と見開かれた。
「アイドルは誇り高いの! 人からの施しなんて受けないんだから! 私はパンの耳とタンポポのビタミンCで十分……」
「……そうですか。じゃあ私が――」
「食べますぅぅぅ!!」
私が引っ込めようとした瞬間、リーザはテーブルを乗り越えんばかりの勢いで身を乗り出し、サンドイッチに食らいついた。野生動物のような見事な反射神経である。
「美味しいぃぃっ! お肉とマヨ・ハーブの味がするぅぅ……!」
涙をポロポロと流しながら咀嚼するリーザを見て、私は深い疑問を抱いていた。
「ねえ、キャルル。彼女、海中国家シーランの第一王女なんですよね? なぜ一国の姫君が、ここまで極限のホームレスサバイバルを強いられているんですか?」
王族であれば、実家からの仕送りや、親善大使としての活動費が支給されて然るべきだ。
私の問いに、キャルルはヤレヤレとウサギの耳を垂らした。
「それがね、この子、とんでもない『ユニークスキル』を持ってるのよ。そのせいで、実家からの仕送りも、自分で稼いだお金も、全部虚空に消えちゃうの」
「虚空に消える? お金が?」
「ふふん! 驚きなさいエミリアお姉さん!」
サンドイッチを飲み込んだリーザが、自慢げに胸を張った。
「私が持っているのは、選ばれし天災級のユニークスキル……その名も【貧乏神】よ!」
「……名前からして最悪のデバフスキルじゃないですか」
「そんなことないもん! 常時発動してる『悪運耐性MAX』のおかげで、私がどれだけ悲惨な天災や暗殺に巻き込まれても、絶対死なないの! パンの耳拾ったくらいの無傷で生き残れるんだから!」
「いや、運が良くなるんじゃなくて、致死ダメージを回避するだけなのね。それじゃあ貧乏からは抜け出せないわ」
私が冷静にツッコミを入れると、リーザは「ふっふっふ」と不敵に笑い、どこからともなく『段ボールとガムテープで作った箱』を取り出した。
「これこそが、私のスキルの真骨頂! 能動発動型アクティブスキル【お賽銭箱型掃除機】よ!!」
リーザがそのボロボロの箱をダイソンの掃除機のように構えた、その時だった。
「おーいお嬢、昨日の月次決算の書類にハンコもらいに来たでー……って、なんやその物騒な箱は!?」
朝の打ち合わせのために村長宅へやってきたニャングルが、リビングの扉を開けるなり悲鳴を上げた。
金の匂いに極度に敏感な猫耳財務官の直感が、全力でアラートを鳴らしているらしい。
「ニャングルさん、ちょうどいいところに。彼女のスキルの説明を聞いていたんです」
「ワイの算盤が『絶対に近づくな』って泣き叫んどるんやけど!?」
ニャングルが部屋の隅にへばりつく中、リーザは箱を構えたまま得意げに解説を続けた。
「この箱を相手に向けるとね、相手の『身体能力』『運気』、そして『全財産』から『電子マネーの残高』『隠し財産』まで、みーんな瞬時に強制没収できちゃうの! 相手を一瞬で無力で無一文のすってんてんにする、最強のアイドルスキルよ!」
「なっ……全財産を強制没収やと!?」
ニャングルがガタッ! と音を立てて身を乗り出した。拝金主義の彼にとって、それは夢のようなチートスキルに聞こえたのだろう。
「お、おい人魚姫! それってつまり、悪い貴族とか盗賊にその箱を向ければ、何百億って資産をノーリスクでぶんどれるってことか!? あんた、とんでもない金の成る木やないか!」
「えへへー、そうでしょ! ……でもね」
リーザは少しだけ気まずそうに、人差し指をツンツンと合わせた。
「没収したお金や運気は、世界の虚空(神様の予算)に消えちゃうの。私の懐には、『1円も入らない』のよね」
ピタッ。
ニャングルの動きが、完全に停止した。
「……は?」
「だから、相手をすってんてんにはできるけど、私は一円も儲からないから、結局ずっと貧乏なままなの。えへへっ」
「えへへっ、やあらへんわアホォォォォォォッ!!」
ニャングルが血を吐くような絶叫を上げた。
「なんちゅう悪魔のスキルや! 相手から奪うならワイらの懐に入れろや! 資本を再分配せずに虚空に消滅させるやなんて、経済に対する冒涜や! 商人としての死や! そんな箱、今すぐ燃やせェェェ!」
「ひぃっ!? 怒られたぁ!」
ニャングルは本気でキレていた。富が移動するならビジネスになるが、富が物理法則を無視して「消滅」するのは、財務官にとって恐怖でしかないのだ。
だが、私は違った。
前世でメーカーの品質管理とリスクマネジメントを担当していた私の理系脳は、このスキルの『恐るべき戦術的価値』を正確に弾き出していた。
「……ニャングルさん。落ち着いてください。貴方は経済的視点に囚われすぎて、軍事・防衛的視点が抜け落ちています」
「なんやて……?」
私はコーヒーを一口飲み、タブレット端末を起動した。
「相手の『身体能力』『運気』、そして『全財産(装備・物資を含む)』をノータイムで強制没収し、虚空へ消し去る。……これ、RPGで言えば『敵のバフ(強化状態)を全て剥がし、全ステータスを強制的に1にする』という、最強のデバフ兵器ですよ」
「デ、デバフ?」
「ええ。例えば、重装備の騎士や、莫大な魔力を持つ魔術師が村を襲ってきたとしましょう。彼女がこの【お賽銭箱型掃除機】を使えば、敵の魔力リソースも、武器の強化エンチャントも、資金力も全て『消滅』させることができる。武力ではなく、システムレベルで相手を無力化する『対物理・対経済用の戦略的EMP(電磁パルス)兵器』です」
私の論理的な分析に、ニャングルとキャルルがゴクリと息を呑んだ。
「さらに素晴らしいのは、この兵器の『維持費』です」
私はリーザを指差した。
「彼女の燃料は、パンの耳とタンポポ、そして時々与えるファミレスのポテトだけで事足ります。初期費用ゼロ、維持費ほぼゼロの極貧仕様でありながら、国家クラスの脅威をワンボタンで無力化できる。……ROI(投資対効果)としては、もはや無限大です」
「む、無限大……! そ、そう言われると、急にこの寄生魚がSSRの防衛アセットに見えてきたわ……」
ニャングルが震える手で算盤を弾き直す。
「ふふん! なんかよく分からないけど、私ってば凄いでしょ!」
リーザは自分が「人間兵器」として評価されていることにも気づかず、胸を張ってドヤ顔を決めている。
「ええ、とても素晴らしいわ、リーザさん」
私はニコリと笑いかけた。
「今日から貴方は、ポポロ村の『非常勤・戦略防衛アセット』として公式に登録させていただきます。有事の際にその箱を使って敵をデバフしてくれれば、報酬としてルナキンで『ハンバーグプレート(ご飯大盛り)』をご馳走しますよ。もちろん、アイドル活動との兼業も許可します」
「ほんとぉ!? お肉!! 食べるぅぅぅ!! エミリアお姉さん、大好きぃぃぃ!!」
リーザは歓喜の涙を流し、今度は私に抱きついてきた。
キャルルが「ちょっとリーザ! 私のエミリアちゃんに触らないでよ!」とヤキモチを焼いて引き剥がしているが、私は極めて満足していた。
(これで村の防衛力はさらに盤石になったわ。しかもコストはハンバーグ一皿。完璧なディールね)
こうして、ポポロ村のホワイトな環境に、新たに『極貧の人魚姫』という規格外のデバフ兵器が加わった。
だが、この村にはまだ、私の理系脳を狂わせる『もう一人の規格外の存在』が潜んでいたのである。
熱力学の法則を無視する氷魔法と、コスパ度外視の自己犠牲精神を持つ、気弱な神童。
私が彼――クラウス・レオパルドと出会うのは、この日の午後のことであった。
読んでいただきありがとうございます。
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