EP 7
前村長の負の遺産もExcelで一撃!【ネット通販】でノートPCを召喚し、猫耳財務官の算盤を凌駕する爆速デジタル経理術
ポポロ村役場。外観こそ小綺麗なログハウス風だが、一歩中に入ると、そこは絶望の紙吹雪が舞う戦場だった。
「おのれ前村長のクソジジイ……! 『暴行しない券』の売上帳簿、日付も金額もメチャクチャやないか! 月光薬の特許料の入金記録も抜けとるし、これじゃあ今月の月次決算が締められへん!」
うず高く積まれた書類の壁の向こうから、ニャングルの悲鳴と、パチパチパチパチ! という凄まじい算盤の音が響いてくる。
猫耳を逆立て、キセルを咥えながら黄金の算盤を弾く彼の指さばきは、確かに神業だった。目にも留まらぬ速さで計算をこなしている。
だが、いかに計算速度が速かろうと、この『アナログな紙の山』から必要な数値を拾い出すという作業自体が、圧倒的に非効率なのだ。
「エミリア! すまんがそっちの『太陽芋の出荷記録』から、先月分の売上だけを抜き出して紙に書き出してくれ! 徹夜でやれば、あと3日くらいで終わるはずや!」
「3日……?」
私は絶望的な顔で書類の山を見上げた。
手書き、しかも達筆すぎて読めない文字。フォーマットが統一されていない領収書。コーヒー(ポポロ・コーヒーだろうか)の染みがついた納品書。
こんなものを目視で確認して手計算などしていたら、ヒューマンエラーが頻発するに決まっているし、何より私の定時退社が脅かされる。
「ニャングルさん。その作業、私に任せてくれませんか? お昼までには全て終わらせて、正確な決算書と横領額の全容を算出してみせます」
「はぁ? お昼まで? アホなこと言うな。いくらお嬢が優秀でも、物理的に無理や。ワイの算盤より早く計算できるわけが……」
「【ネット通販】起動」
私はニャングルの言葉を遮り、空中に半透明のUIを展開した。
理系社畜OLの真骨頂は、気合と根性ではない。『適切な設備投資による業務の自動化(RPA)』である。
検索窓に打ち込むのは、現代ビジネスの神器たち。
『ビジネス用ハイスペックノートPC(テンキー付き・タフネス仕様)』
『業務用ドキュメントスキャナー(両面同時読み取り・Wi-Fi対応)』
『大容量ポータブル電源』
『表計算ソフト(最強のExcel様)』
『最新版OCR(光学文字認識)ソフト』
――ポンッ! ポンッ! ポンッ!
役場のデスクに、黒光りする無骨なノートPCと、給紙トレイのついたスキャナーが錬成された。
「な、なんやその光る板と、変な箱は!?」
「まあ見ていてください。これが、私の前世の世界における『経理の魔法』です」
私はノートPCを起動し、スキャナーと接続。
そして、前村長が残したぐちゃぐちゃの帳簿の束をバサッと掴み、スキャナーの給紙トレイにセットして、読み取りボタンを押した。
――ウィィィィィン! シュバババババッ!
業務用スキャナーが、1分間に100枚という圧倒的な速度で紙を吸い込み、吐き出していく。
「にゃっ!? 紙が食われとる!? いや、吐き出されとる!?」
ニャングルが目を丸くして身を乗り出した。
「ただ紙を通しているだけじゃありません。この箱が紙に書かれた文字を画像として読み取り、PC内のOCRソフトがそれを『テキストデータ』に変換しているんです。どんなに汚い手書き文字でも、AI補正で95%以上の精度でデジタル化できます」
数分で数百枚の帳簿の読み取りが完了。
ノートPCの画面上には、見事にデータ化された数字の羅列が並んでいる。
ここからは、私の独壇場だ。
「さあ、ここからが本番よ」
私はキーボードに両手を置き、深呼吸をした。
ターンッ! カチャカチャカチャカチャッ!
オフィスに、メカニカルキーボードの小気味よい打鍵音が響き渡る。
「まずはデータをCSVで出力し、Excelにインポート。乱れたフォーマットは『区切り位置』機能と置換で一括整形!」
「Ctrl+C! Ctrl+V! Alt+Tabでウィンドウを切り替え!」
「前村長のダミー会社からの請求書は、VLOOKUP関数で正規の取引先リストと突合して弾き出す!」
画面上でセルが目まぐるしく動き、膨大な数字が瞬時に整理されていく。
「な、なんやその動き……。お嬢の指、ワイの算盤の倍以上速く動いとるやないか……!」
「まだまだ! ここから『ピボットテーブル』を回して、月別の売上推移と経費の異常値を可視化。さらにマクロ(VBA)を組んで、ポポロ村の全部門の収支報告書を自動生成!」
ターンッ! と最後にエンターキーを強打した。
画面には、完璧にフォーマットされた『ポポロ村 月次決算報告書』および『前村長ロップ・横領被害額算定シート』が、美しい円グラフと共に表示されていた。
「……終わりました。ニャングルさん、確認をお願いします」
時刻は午前11時30分。
私が作業を開始してから、わずか1時間足らずの出来事である。
ニャングルは恐る恐るノートPCの画面を覗き込んだ。
そこには、彼が3日徹夜して出そうとしていた答えが、一円の狂いもなく、しかも美しいグラフ付きで提示されている。
前村長が『暴行しない券』の売上をどのようにダミー口座へ移し、魔導飛行船のチケット代に充てたかという「金の流れ(マネーロンダリングの痕跡)」まで、完全に可視化されていた。
「……ウソやろ」
カラン、と。
ニャングルの手から黄金の算盤が滑り落ち、床に転がった。
「たった1時間で……あの紙の山を……しかも、横領の手口まで完全に暴き出しとる……」
「表計算ソフトと関数を使えば、この程度のデータ処理は一瞬です。ヒューマンエラーもありません。初期投資(PCとスキャナーの購入費)はかかりましたが、これで来月からの経理作業にかかる時間は、現在の10分の1以下に短縮されます。このROI(投資対効果)、いかがですか?」
私がドヤ顔で言い放つと、ニャングルはワナワナと震え出し……次の瞬間、私の手を取ってガバッと頭を下げた。
「お嬢……いや、経理の女神様! ワイの負けや! その『えくせる』とやら、ワイにも教えてくれ! これがあれば、ゴルド商会の本国の奴らにもデカい顔ができる! いや、むしろこれ自体を商売のタネに……!」
拝金主義の猫耳財務官の目が、完全に「金貨のマーク」になっていた。
彼の商魂の逞しさには感心するが、私はあくまで自分のワークライフバランスのために自動化しただけだ。
「教えるのは構いませんが、PCの操作権限は私が握っていますからね。それと、お約束通り定時退社は守らせていただきますよ」
「もちろンや! お嬢は今日からポポロ村役場の最高情報責任者(CIO)や! なんでも言うこと聞くで!」
完全に私に平伏したニャングルを見下ろし、私は満足げに頷いた。
ふふっ。王太子のような無能な上司と違い、有能なビジネスマンは『効率』と『結果』を正当に評価してくれるから仕事がしやすい。
「さて、午前中のタスクはコンプリートですね。ちょうどお昼ですし、ルナキン(ファミレス)で日替わりランチでも食べに行きましょうか」
私はスリープ状態にしたPCをパタンと閉じ、背伸びをした。
王都での窮屈で不条理な日々が嘘のようだ。インフラが整い、自分のスキルが正当に評価され、定時で帰れる辺境の村。
「これが私の求めていた、真のホワイト・スローライフよ……!」
ポポロ村での初仕事は大成功に終わり、私は意気揚々とルナキンへと向かった。
だが、この時はまだ知らなかった。
この村のトップであるキャルル村長の『ヤンデレな愛情』が、私の食生活をジワジワと支配し始めていることに。
読んでいただきありがとうございます。
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