EP 4
道路が大理石って本気!? 摩擦係数を無視したキラキラ都市計画に、理系社畜の怒りが爆発する
清々しい朝の空気を切り裂くように、王都ムーンキャピタルの城門を目指して歩く私と、荷物(私の化粧水やモバイルバッテリー)を背負わされたコン太。
「きゅ、きゅぅぅ……(おもい、あるきにくい……)」
私の足元で、元・聖獣である黄金の小狐(中身は多分おっさん)が恨めしそうな声を上げている。
だが、彼が歩きにくいのは、背負わされた荷物のせいだけではない。
「コン太、足元に気をつけて。この街の都市計画、完全に狂ってるわ」
「きゅん?」
私は呆れ果てた眼差しで、目の前に広がる大通りを睨みつけた。
朝日に輝く王都ムーンキャピタル。乙女ゲームの舞台として、どこを切り取っても絵になるキラキラとした街並み。白亜の建造物が立ち並び、まるでテーマパークのような美しさだ。
だが、問題はその『地面』である。
私たちが今歩いている、馬車が頻繁に行き交うはずのメインストリート。
そこはなんと、『一面、磨き上げられた純白の大理石』で舗装されていたのである。
「いやいやいや、ちょっと待って。本気で言ってるの? 馬車が通る大通りを、大理石で舗装する? しかも表面を鏡面仕上げ(ポリッシュ)にしてるじゃないの!」
私は額を押さえ、深々とため息をついた。
「摩擦係数の概念、異世界転生するときに置き忘れてきたの? 鉄の蹄鉄を履いた馬が、ツルツルに研磨された石の上を歩いたらどうなるか。高校物理を履修していなくても、雪国出身者なら一発で分かるわよ」
大理石なんて、屋内のエントランスや浴室に使うならともかく、屋外の、それも重車両(馬車)が通る交通の要所に敷き詰める素材ではない。
雨でも降ろうものなら、そこは完全に死のスケートリンクと化す。
私の危惧は、開始わずか数分で現実のものとなった。
「ヒヒーンッ!」
前方のカーブに差し掛かった貴族の豪奢な馬車。その馬が悲鳴を上げ、前脚の蹄鉄がズルッと滑った。
コントロールを失った馬車が、まるで凍結路面を走るドリフトカーのように横滑りしていく。
「あーあ」
ガシャァァァァン!!
馬車は派手な音を立ててスピンし、沿道のロココ調の美しい街灯に激突して大破した。中から、フリルのドレスを着た貴族の令嬢が「きゃあああっ!」と悲鳴を上げて転がり出てくる。
御者はパニックになり、馬は立ち上がろうとするたびにツルツル滑って転んでいる。地獄絵図だ。
「ほら見なさい。あんなの、タイヤがスタッドレスじゃないどころか、スケート靴で氷の上を走るようなものよ。都市計画局の責任者は即刻クビね。というか、この設計図にハンコを押したトップの脳内構造を顕微鏡で観察したいわ」
「きゅ、きゅぅ……(ドン引き)」
私の冷徹な解説に、コン太が若干引いている。
さらに、私の視線は道路の端、歩道との境界線へと向かう。
「……ない」
「きゅん?」
「ないのよ、コン太。排水溝(側溝)が、一切ない」
私は絶望的な気分で大通りを見渡した。
なんとこの大理石の道路、水はけを良くするための傾斜もなければ、雨水を集める側溝の概念すら存在していなかった。完全なるフルフラット仕様である。
「ねえ、これゲリラ豪雨が来たらどうなるの? 排水機能がゼロの完全フラットな大理石路面。雨が降って5分で、この大通りは『水深20センチの流れるプール(暴走馬車という障害物付き)』にクラスチェンジするわよ。防災意識がマイナスだわ」
見た目のキラキラ感だけを最優先した結果、都市のモビリティ(流動性)と安全性が完全に死んでいる。
しかも、純白の大理石は太陽光をモロに反射(アルベド効果)し、とんでもない照り返しで目を細めないと歩けないほどの光害を発生させている。
「こんなインフラ崩壊都市に、私の貴重な税金を払う価値はないわ」
このままでは、私の履いているブーツ(革底)でも転倒して尾てい骨を粉砕するリスクがある。私は労災の降りない怪我をする気は毛頭ない。
「【ネット通販】起動」
空中に展開した半透明のブラウザ画面。
検索窓に入力するキーワードは『登山用トレッキングシューズ(ビブラムソール・完全防水・強力グリップ)』。
そしてついでに、『犬用滑り止めラバーブーツ(マジックテープ固定式・4足セット)』。
――ポンッ。ポンッ。
空中に現れた箱から、私は無骨だが機能性抜群のトレッキングシューズを取り出し、ササッと履き替えた。これでグリップ力は完璧だ。
「ほらコン太、あんたもこれ履きなさい」
「キュピ!? キュピピ!(なんだこれ! 歩きにくい!)」
小さな四つの足に、黒いラバーブーツを強制的に装着させる。
最初こそ変な歩き方をしていたコン太だが、大理石の上でも全く滑らないことに気づくと、「おっ?」という顔をしてトテトテと安定して歩き始めた。現金な親父である。
ザクッ、ザクッ。
ビブラムソールの頼もしい靴音を響かせながら、私たちは滑る大理石の道を快適に進む。
横目では、滑って転んでドレスを泥だらけにする貴族や、立ち往生して馬をなだめる騎士たちの群れが見えた。
「あーあ。美観のために機能を犠牲にするなんて、デザインの敗北よ。機能美という言葉を100回ノートに書き取ってから出直してほしいわね」
私は呆れ顔でその惨状を通り過ぎる。
乙女ゲームの舞台として『キラキラしたお姫様のような世界』を構築したいのは分かる。だが、そこに住む人間の生活インフラを無視した都市計画は、ただのディストピアだ。
「早く城門を抜けましょう。こんな街にいたら、私の理系魂がストレスでマッハよ」
そうして私たちは、滑り散らかす貴族たちを尻目に、圧倒的なグリップ力で王都のメインストリートを駆け抜け、ついに巨大な城門へとたどり着いた。
だが、城門をくぐる直前。
朝の陽ざしが昇り、街の気温が上がり始めたその時――。
「…………ん? なに、この……匂い」
私の鼻腔を、強烈な異臭がくすぐった。
大理石の照り返しと、排水溝のないフラットな道路。
そこで私は、このムーンキャピタルが抱える『もう一つの致命的な欠陥』に気づき、顔面を蒼白にすることになるのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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