EP 3
モフモフ聖獣の罠。胸元で腰を振るな、中身は中年親父だろ? 保健所行きか去勢か選べ!
王太子の非合理的な婚約破棄イベントと、氷血公爵による至近距離でのコンプライアンス違反から一夜が明けた。
「よし、荷造り完了っと」
実家である男爵邸の自室で、私は額の汗を拭った。
私の目の前には、【ネット通販】スキルで購入した『超軽量・防刃仕様アウトドア用大型バックパック(大容量80L)』と、『真空圧縮袋』によって極限まで体積を減らされた衣類やサバイバルキットが完璧なテトリス状にパッキングされている。
王宮は昨晩の私のプレゼン(損害賠償請求)のせいで、今頃財務局がひっくり返るような大騒ぎになっているだろう。
あの氷血公爵も、私が張ったトラ柄のバリケードテープの前でしばらくフリーズしていたはずだ。
「この王都はインフラもトップの頭脳も限界よ。さっさとド田舎に引きこもって、スローライフを満喫しながら【ネット通販】で物販ビジネスでも始めよう」
そう決意し、バックパックを背負おうとしたその時だった。
――ポォォォン……!
突如、部屋の窓枠が黄金色の光に包まれた。
警戒して身構える私の前に現れたのは、手のひらに乗るほどの小さな生き物だった。
ふさふさとした黄金色の毛並み。
つぶらで大きな黒曜石のような瞳。
そして、背中で優雅に揺れる九つの尻尾。
(キツネ……? しかも九尾? 乙女ゲー特有の、ヒロインに懐くマスコットキャラ的な聖獣ってやつかしら)
「きゅ〜んっ♡」
黄金の小狐は、愛くるしい鳴き声を上げると、窓枠からポーンと跳躍し、真っ直ぐに私の胸元へと飛び込んできた。
「おっと。可愛いけど、急に飛び込んでくるのは危ない――」
ふんわりと柔らかい毛並み。確かに、モフモフの極みである。前世で社畜として荒みきっていた私の心に、一瞬だけアニマルセラピーのような癒しが訪れた。
「きゅん! きゅんきゅぅ〜ん♡」
小狐は私の胸の谷間に顔をグリグリと押し付け、甘えるようにすり寄ってくる。
まあ、動物だし仕方ないか。そう思って頭を撫でようとした、次の瞬間。
(……ん?)
違和感。
私の胸元に顔を埋めている小狐の、下半身。
それが、奇妙なリズムを刻んで動いていた。
カクッ、カクッ、カクッ。
モゾモゾ、カクカクカク。
(…………は?)
私は自身の目を疑った。
こいつ、私の胸に顔を埋めたまま、リズミカルに腰を振っている。
ただ甘えているのではない。明らかに、オスとしての本能……いや、もっと生々しく卑猥な動きで、腰をカクカクさせているのだ。
そういえば、昨夜シャワーを浴びている時、脱衣所の方で物音がした。
すりガラス越しに見えた小さな影。お気に入りのレースの下着が入ったランドリーバスケットに顔を突っ込んで、モゾモゾと嗅ぎ回っていたような……。
「…………」
私はスッと真顔になり、小狐の首根っこ(頸部)をガシッと掴んで、自分の胸から物理的に引き剥がした。
腕を真っ直ぐに伸ばし、空中でブラブラと揺れる小狐と、冷徹に目を合わせる。
「きゅ、きゅん……?」
小狐は首を傾げ、「どうしたの? ぼく可愛い聖獣だよ?」とでも言いたげなあざとい表情を作った。
私は、半透明のUI(ブラウザ画面)を空中に展開した。
「【ネット通販】起動」
検索窓に入力するキーワードは二つ。
一つは『動物用去勢器具セット(ステンレス鋼・完全滅菌済・獣医師推奨)』。
もう一つは『害獣捕獲用ステンレスケージ(保健所持ち込み用サイズ)』。
――ポンッ。ポンッ。
空中に現れたのは、ギラリと冷たい光を放つ医療用メスと、ガチャンと重々しい音を立てる鉄の檻。
「ひっ!?」
小狐の口から、可愛らしい「きゅん」ではなく、明らかに中年のオッサンが肝を冷やしたような「ひっ!?」という濁った悲鳴が漏れた。
「さて、そこのモフモフ。私をただのファンタジー世界のチョロい令嬢だと思ったら大間違いよ。前世で理系メーカーの品質管理を叩き込まれた私から言わせてもらえば、貴方の行動は完全なる『品質不良』ならびに『深刻なコンプライアンス違反』です」
私は右手に医療用メスを握りしめ、チャキッと刃先を鳴らした。
「出会い頭に女性の胸元へ飛び込み、あろうことか腰を振る(カクカクする)。さらには昨晩、私の脱いだ下着の匂いを嗅いでいましたね? 貴方、中身は可愛い聖獣じゃなくて、ただのスケベな中年親父でしょ」
「きゅ、きゅぅぅ〜ん……!(ち、違うよぉ! ぼくはただ甘えてただけで……!)」
必死に短い手足をバタバタさせて子狐アピールをするが、私の目は誤魔化せない。
「弁明は不要です。我が国(日本)の法律および私のマイルールにおいて、同意なきセクシャルハラスメントを行う害獣には、二つの選択肢しか与えられません」
私はメスの刃先を、ブラブラ揺れる小狐の股間付近へとゆっくり近づけた。
「選択肢その一。このケージに入れられ、自治体の保健所(動物管理センター)へドナドナされる。ファンタジー世界に保健所があるかは知らないけど、最悪、スライムの餌場に放り込みます」
「キュピィィィッ!?」
「選択肢その二。今ここで、私がこの滅菌済みのメスを使って、貴方のその『煩悩の源(テストステロン分泌器官)』を物理的に切除(去勢)し、安全な去勢済みペットとして飼いならす。麻酔はないけど、まあ我慢しなさい。理系だから解剖の授業は得意だったのよ」
私がニコリともせずにメスを股間に突きつけると、小狐は顔面を蒼白(毛皮の下だが明らかに青ざめている)にさせ、ブルブルブルブルブル!と猛烈な勢いで首を横に振った。
そして、両手で自らの股間を必死に隠し、ポロポロと涙を流しながら土下座のポーズ(空中)をとった。
「降伏、という理解でよろしいですか?」
コクリ、コクリ。
小狐は、今度こそ中年のオッサンのような悲哀に満ちた顔で、深く頷いた。
「よろしい。今日から貴方の名前は『コン太』です。私の所有物(労働資産)として、コンプライアンスを遵守し、一切のセクハラ行為を禁じます。もし次、私の下着に顔を突っ込んだり、変な腰の振り方をしたら……分かってますね?」
チャキッ。
私が再びメスを鳴らすと、コン太は「ヒィン……ッ」と情けない声を出し、直立不動で敬礼のポーズをとった。よし、完全な主従関係(労使関係)が成立したわね。
「さて、優秀な労働力も手に入ったことだし」
私は【ネット通販】で『犬用お散歩バックパック(中型犬用・積載量5kg)』を購入し、それをコン太の背中にガッチリと装着した。
そこへ、私の化粧水やらモバイルバッテリーやら、重たい小物を次々と詰め込んでいく。
「きゅ、きゅぅ……(おもい……)」
「労働の対価として、あとでビーフジャーキーくらいは買ってあげるわ。さあ、行くわよコン太。こんな非常識なストーカー公爵やアホ王太子がいる王都なんて、今日限りでオサラバよ!」
私はメスを空間に片付け、悲壮な顔で荷物を背負う元・聖獣(中身親父)を連れて、清々しい朝日の中、男爵邸の裏口からこっそりと旅立ったのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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