EP 6
死甲虫機襲来! 蒼氷の騎士の怒りと、無駄に長すぎる『3分間の変身バンク』の罠
ポポロ村へと続く主要街道は、異様な静寂に包まれていた。
普段ならゴルド商会の荷馬車や、ルナ・イーツの配達員たちが行き交うはずの道には、人の気配がまったくない。ギリルクの張った見えない空間結界によって、物流が完全に遮断されているのだ。
「……来ます」
街道の入り口に先回りしていたクラウスが、低く、冷たい声で呟いた。
彼の手には、普段の農作業で使っている無骨な短剣が握られている。だが、その翠の瞳に宿る光は、農夫のそれではない。守るべき者のために己の命を燃やす、蒼氷の騎士の眼差しだ。
ズズズズズッ……!!
地響きを立てて、街道の奥から『それ』は姿を現した。
体長は優に4メートルを超える。巨大なカブトムシのようなシルエットだが、全身を覆う外骨格は、鈍く黒光りする超硬度の魔力金属で構成されている。
古代大戦の遺物、死蟲王サルバロスの生み出した殺戮兵器。
『死甲虫機』だ。
『ギジジジジジッ……!!』
無機質な駆動音を鳴らしながら、死甲虫機がその巨大な角を振り立てた。
前回の死蟷螂機がスピードと切断力に特化していたとすれば、こちらは純粋な『質量と絶対防御』に特化した重戦車である。
「やっぱり来たね。エミリアちゃんの読み通り、テレポートで手駒を送り込んできたんだ」
クラウスの隣に並び立ったキャルルが、ダブルトンファーをクルリと回して構えた。
彼女のウサギの耳は怒りでピンと逆立ち、タローマン特注の安全靴にはすでに微かな紫電がバチバチと走っている。
「子供たちを人質に取り、村の生活を脅かす卑劣な真似……。罪なき者に理不尽な行いは、絶対にさせません。誰も、傷つけさせない!」
パキッ……パキパキパキッ!
クラウスが短剣を振るうと、大気中の水分が瞬時に絶対零度で凍結し、刀身3メートルにも及ぶ美しき青氷のロングソードへと変貌した。
『ギィィィィンッ!!』
死甲虫機が、その巨体からは想像もつかないスピードで突進してきた。
まるでダンプカーがアクセル全開で突っ込んでくるような圧倒的な質量兵器。まともに轢かれれば、人間の体などミンチ肉に変わる。
「キャルルさん、下がって!」
「クラウス君こそ、無理しないでよ!」
クラウスは一切退くことなく、氷のロングソードを上段から一気に振り下ろした。
ガァァァァァァァァンッ!!!!
氷の刃と、死甲虫機の超硬度装甲が激突し、凄まじい衝撃波が吹き荒れる。
だが、あの死蟷螂機を一刀両断した『絶対零度・一閃』が、分厚い魔力装甲に阻まれ、数センチしか食い込んでいない。
「くっ……! 硬い……!」
「月影流――破衝撃!!」
クラウスの剣が弾かれた隙を突き、キャルルが死甲虫機の側面に回り込み、闘気を極限まで込めたトンファーを叩き込んだ。
ドゴォォォン! と鈍い音が響き、巨大な甲虫の体がわずかに横にスライドする。
しかし、装甲にヒビ一つ入らない。
「うそっ!? 私の全力の打撃が通らないなんて!」
キャルルが驚愕に目を見開く。
純粋な物理防御力において、この死甲虫機は過去最強クラスの硬度を誇っていた。
「なるほど、見事な装甲ね。モース硬度と魔力耐性が完全にカンストしているわ」
「エミリアちゃん!」
少し離れた後方から、タブレット端末を片手に歩み寄ってきた私を見て、キャルルが安堵の声を上げた。
私の後ろには、紫ジャージのリーザと、金髪ツインテールのキュララも続いている。
「ギリルクの奴も考えているわね。自分は安全圏に引きこもり、物理・魔法の両方に極めて高い耐性を持つ重装甲兵器を歩兵として送り込んでくる。時間を稼いで、私たちが音を上げるのを待つ気でしょうね」
私が冷静に分析していると、隣にいたキュララが突然、自撮り棒にセットしたエンジェルすまーとふぉんを高く掲げた。
「みんなー! 大事件だよぉ! なんかポポロ村に、すっごくデカくて悪いカブトムシの化け物が出現しちゃったの!!」
『うわ、マジか!』
『ネクロビートルじゃん! 古代兵器だぞ逃げろ!』
『キュララちゃん危ない!(赤スパ5万)』
戦場だというのに、キュララはいつものテンションで生配信をスタートさせてしまった。
チャット欄の爆速の勢いを見て、彼女は「ニヤリ」とトップインフルエンサー特有の笑みを浮かべた。
「ふふんっ! これ、絶対バズる! 撮れ高キタァァァッ!!」
キュララはスマホを自立式のアーム(魔法具)で空中に固定させると、カメラの真正面、つまり死甲虫機と私たちの間に堂々と立ち塞がった。
「キュララさん! 何をしているの、危ないわよ!」
私が制止しようとするが、彼女は聞く耳を持たない。
「リスナーのみんな、安心してね! この悪い化け物は、天界のエンジェル・キュララちゃんが、愛と正義の力でやっつけちゃうんだから!」
キュララは両手を胸の前で交差させ、ウインクをしながら天高らかに叫んだ。
「行くわよっ! ホーリー・メイクアップ!!」
ピカァァァァァァァァァッ!!
その瞬間、キュララの全身から、目を開けていられないほどの眩い黄金の光が溢れ出した。
と同時に、どこからともなく『オーケストラが奏でるような壮大なBGM』が戦場に鳴り響き始めたのだ。
「な、なにこれ!? まぶしっ!」
リーザが目を覆う。
光の中で、キュララの着ていたフリフリのミニドレスが、魔法の糸が解けるようにスルスルと消え去り、彼女の美しい素肌がシルエットとなって浮かび上がる。
そして、キラキラと輝く光の粒子が、足元から順に、重厚かつ煌びやかな『黄金の聖騎士の鎧』へと形を変えていく。
つま先を覆うサバトン。
美しい曲線を描くレガースとガントレット。
そして最後に、背中の純白の翼が大きく広がり、聖なるマントがバサァッ! と翻る。
……ここまでは良かった。
問題は、この『変身バンク』の演出が、アニメや特撮のようにお約束の『時間停止』を伴うものではなく、「リアルタイムで物理的に進行している」という事実だった。
「愛と……正義の……黄金聖騎士……!」
キュララがスローモーションのように腕を動かし、一つ一つのパーツを装着するたびにポーズを決めている。
その間にも、BGMはジャーン! チャラララーン! と無駄に壮大なメロディを奏で続けている。
「……あの、キュララさん?」
私は、ストップウォッチ(タブレットの機能)の秒針を見つめながら、冷や汗を流した。
「変身のプロセスが冗長すぎます。すでに開始から『2分』が経過していますが、まだ右腕のガントレットの装着演出が終わっていませんよ?」
「もうちょっと待ってぇ〜♡ 今、一番可愛いポーズ決めてるところだからぁ!」
光の中で、キュララがウィンクをしながらクルリとターンを決めている。
そう、彼女の変身は、完全に『撮れ高と視聴者のスクショ用』に特化して最適化されており、実戦におけるスピード(合理性)を一切無視した、無駄の極みとも言える儀式だったのだ。
『キシャァァァァッ!!』
当然だが、敵である死甲虫機が、そんなのんびりとした変身を待ってくれるはずがない。
光り輝くキュララを「最大の脅威(またはただの目障りな光)」と認識したのか、死甲虫機はクラウスとキャルルを無視して、キュララに向かって突進を開始した。
「危ないっ!! 結界!!」
クラウスが慌ててキュララの前に飛び出し、分厚い氷の盾を展開する。
ガガァァァンッ! と凄まじい衝撃音が響き、クラウスが「くっ……!」と歯を食いしばって巨体の突進をギリギリで受け止めた。
「ちょっと! 変身中に攻撃してくるなんて、空気読めない化け物ね!」
光の中で、キュララがプンスカと怒っている。
「空気を読まないのは貴方の方よ! なぜ実戦で3分間も無防備な状態を晒すの! リスク管理が完全なゼロじゃない!」
私は叫びながら、頭を抱えた。
「早く! 早くしなさいよこの手羽先天使! 私の出番(お賽銭没収タイム)が来ないじゃないの!!」
リーザも、段ボール製のお賽銭箱型掃除機を構えながら地団駄を踏んでいる。
「待ってってばぁ! あと30秒で終わるからぁ! チャラララ〜ン♪」
依然として、キュララはスローモーションで変身を続けている。
だが、クラウスの氷の盾にも、ついにピキピキと亀裂が走り始めていた。
このままでは、変身が終わる前に、私たち全員が死甲虫機に轢き殺されてスクラップにされてしまう。
(……ダメね。この非合理的な時間的ロス、これ以上は許容できないわ)
私は、深ぁぁぁい絶望のため息をついた。
魔法少女の変身など、待ってはいられない。
理系社畜の私は、徹底的な効率主義者なのだ。
「エミリアさん、盾が……持ちませ、ん!」
クラウスが悲痛な声を上げる。
「大丈夫よ、クラウス君。私が、もっと『直接的』なソリューション(解決策)を提示するわ」
私は、光り輝く変身エフェクトの中でクルクルと回っているキュララの懐(インベントリ用の異空間ポーチ)に、ズボッと右手を突っ込んだ。
「えっ? ひゃんっ!? エミリアちゃん、どこ触って……!」
「武器、借りるわよ!!」
私が彼女のポーチから強奪したのは、魔法の杖でも、聖なる剣でもなかった。
無骨な鉄の筒。
先端に、円錐形のいかつい弾頭が装着された、地球の旧式兵器。
対戦車用携行ロケット弾――『RPG-7』である。
(キュララが普段の配信で使っている近代兵器の模造品(実弾入り)。これなら、あの超装甲をぶち抜ける……!)
私はRPG-7を肩に担ぎ、光学サイトを覗き込んで、死甲虫機の装甲の『関節の継ぎ目』へと照準を定めた。
魔法少女のお約束? そんなものは知ったことではない。
ここからは、科学と物理法則の暴力が支配する、理系ヒロインの独壇場である。
読んでいただきありがとうございます。
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