EP 5
物流完全ストップ!? 悪徳商人の卑劣な脅迫状と、気弱な氷剣士の翠の瞳に宿る静かなる殺意
「……被害状況の報告を」
ポポロ村役場の対策本部(ただの会議室だが、私が名付けた)。
私はデスクに広げた村の流通マップを睨みつけながら、鋭い声で尋ねた。
「あかんで、お嬢。王都へ続く主要街道、ルナミス帝国方面への山道、さらにはアバロン魔皇国への裏ルートまで、全部ストップや」
猫耳財務官のニャングルが、黄金の算盤を弾く手を止めて忌々しそうに吐き捨てた。
「ゴルド商会の定期便だけやない。ルナ・イーツの配達員も、周辺の行商人たちも、村の手前数キロの地点で『見えない壁』に弾かれるみたいに引き返してきとる。物理的なバリケードやない。なんや、空間そのものが歪められとるみたいな……タチの悪い魔法やで」
「空間の歪み……」
私は腕を組み、タブレット端末に表示された経済損失の数値を睨んだ。
ポポロ村の最大の武器は、クラウス君の氷魔法を活かした『コールドチェーン(低温物流)』による特産品の輸出だ。月見大根や太陽芋、そして農家のおばちゃんたちが作る3カ国向けの弁当。これらが村を出られないとなれば、数日で莫大な在庫ロス(廃棄)が発生する。
「ただの山賊やゴロツキの仕業じゃないわね。ゴルド商会の流通網すらピンポイントで麻痺させるなんて、大規模な空間転移魔法か、それに類する広域結界を張れる『組織的な犯罪』よ」
「せや。しかも、このタイミングでこんなモンが届いたわ」
ニャングルがデスクの上に、一本の矢を投げ出した。
矢には、羊皮紙の手紙がくくりつけられていた。数分前、役場の入り口の柱に突き刺さっていたものだという。
私はゴム手袋をはめて手紙を開き、そこに書かれた文面を読み上げた。
『親愛なるポポロ村の皆様へ。
突然の流通停止、さぞお困りのことでしょう。
私は、新時代の理を創る組織【ナンバーズ】のNo.3、ギリルクと申します。
単刀直入に申し上げましょう。ポポロ村の誇る冷凍物流の利権、および村の収益の8割を我々ナンバーズに上納しなさい。
さもなくば、村の流通は永遠に閉ざされます。
ああ、自警団や帝国軍に頼ろうなどと思わないことです。
現在、私の手元には、隣村からポポロ村へお使いに来ていた数名の『可愛らしい子供たち』がお客様として滞在しております。
期限は明日の正午。良いお返事をお待ちしておりますよ』
「……っ!!」
手紙を読み終えた瞬間、バンッ!! とテーブルが叩かれた。
キャルル村長だ。彼女の愛らしい顔から表情が消え去り、ウサギの耳が怒りで逆立っている。
「許さない。私の村を、私のエミリアちゃんの作った仕組みを壊すだけでも万死に値するのに……罪のない子供たちを人質に取るなんて……!」
キャルルの足元の床が、彼女の無意識の闘気によってミシミシとひび割れ始めていた。ヤンデレ村長の逆鱗に完全に触れた形だ。
「キャルル、落ち着きなさい。村長が感情的になってはダメよ」
私は冷徹に言い放ち、タブレットの画面を切り替えた。
「相手は『ナンバーズ』を名乗る犯罪組織のNo.3、ギリルク。前世の知識と私のインテリジェンス(検索能力)で調べたところ、裏社会で急成長している悪徳商人ね。彼自身のユニークスキルは【テレポート】。空間を跳躍し、物資や人員を自在に配置できる。今回の物流封鎖も、彼の能力によるものと考えて間違いないわ」
「テレポート……。厄介な能力やな。直接乗り込もうにも、座標が分からんことには手出しできへんで」
ニャングルが舌打ちをする。
「ええ。相手は自分を安全圏に置いた上で、物流というインフラの首根っこを掴み、子供の命を盾に交渉を迫っている。……絵に描いたような卑劣なマフィアの手口ね」
私は深くため息をつき、眼鏡のブリッジを押し上げた。
「エミリアちゃん……どうするの? 利益の8割なんて渡したら、村は干上がっちゃう。でも、子供たちの命が……」
キャルルが不安そうに私を見る。
私は即座に、一切の迷いなく答えた。
「要求は呑みません。テロリストとの交渉は一切しない。それが危機管理の鉄則です」
「で、でも!」
「一度でも要求を呑めば、彼らは味を占め、二度、三度と際限なく搾取を繰り返します。それは結果的に、村全体の破滅(死)を意味する。……それにね、キャルル」
私は冷たい笑みを浮かべた。
「私の構築したサプライチェーンを私物化し、不当な利益を得ようとするダニは、コンプライアンス(法令遵守)の観点から徹底的に駆除しなければならないの。合法・非合法は問わない。奴らのビジネスモデルごと、完膚なきまでに叩き潰してやるわ」
理系社畜としての私のプライドが、どす黒い怒りとなって静かに燃え上がっていた。
だが。
この会議室の中で、私やキャルル以上に、誰よりも『深い怒り』を抱いている人物がいた。
「……あの。少し、よろしいでしょうか」
部屋の隅で、ずっと黙って控えていた青年。
タローマンの作業着を着た、ポポロ村の非常勤警備員にして最強の氷魔法剣士、クラウスだ。
「クラウス君? どうしたの?」
私が振り返ると、彼はいつものようにオドオドとした態度で、申し訳なさと不安が入り交じったような表情を浮かべていた。
……いや、違った。
彼の翠の瞳の奥。
普段は温厚で、誰に対してもペコペコと頭を下げる気弱な青年の瞳の奥底に、まるで絶対零度の氷河のような、静かで、底知れない『殺意』が灯っていたのだ。
「……子供たちを、人質に……」
クラウスの声は、微かに震えていた。
だがそれは、恐怖によるものではない。抑えきれない怒りを、必死に理性で縛り付けている震えだった。
「僕の給料で、孤児院の子供たちにお菓子を買っていくと、みんなすごく喜んでくれるんです。……小さくて、温かくて、守らなきゃいけない命なんです。それを、自分たちの儲けのために、道具のように扱うなんて……」
ギリッ、と。
彼が握りしめた拳から、大気中の水分が急速に凍結し、パキパキと白い冷気が漏れ出していた。
「エミリアさん。相手の居場所は、分かりますか?」
「……ギリルク本人の現在位置は不明よ。テレポートでどこかの安全なアジトに隠れているはず。でも、村を封鎖している結界の基点、あるいは奴の『手駒』が、村の外れの街道に配置されている可能性が高いわ」
「分かりました」
クラウスは深く頭を下げた。
「僕が行きます。村の皆さんと、子供たちは……僕が必ず守りますから」
それだけを言い残し、クラウスは踵を返して会議室を出て行った。
彼の背中は、いつもの頼りない猫背ではなく、紛れもない『蒼氷の騎士』の威風を放っていた。
「……行っちゃった。エミリアちゃん、クラウス君一人で大丈夫かな?」
キャルルが心配そうに呟く。
私はタブレットの電源を落とし、スッと立ち上がった。
「彼一人に責任を丸投げするようなブラックなマネはしないわ。キャルル、ニャングルさん。私たちも出るわよ。リーザさんとキュララさんも叩き起こして戦線に投入します。村の総力を挙げて、この悪ふざけを終わらせるわ」
「おっしゃ! ワイの算盤も火ぃ噴くで!」
「私も行く! エミリアちゃんのためなら、何人でも蹴り飛ばすよ!」
村のインフラを脅かす犯罪結社ナンバーズ。
奴らは致命的なミスを犯した。
利益のために子供を人質に取るという行為が、ポポロ村に潜む『規格外のバグキャラたち』の逆鱗に、まとめて触れてしまったということに。
そして数十分後。
ワイズの手引きにより、ギリルクが手駒としてポポロ村に解き放った古代兵器『死甲虫機』が襲来する。
だが、その絶望的な装甲すら、私たちの理系ロジックと魔法少女(?)の前では、ただの笑い話に変わる運命にあった。
読んでいただきありがとうございます。
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