EP 4
突撃ルナ・イーツ! 配達員(始祖竜)の冷凍ブレスと、時空をバグらせる逃走劇に理系社畜のロジックが崩壊する
「みんなー! やほやほー! 天界から舞い降りた君のエンジェル、キュララちゃんだよぉ☆」
ポポロ村のメインストリート。
さんさんと太陽が降り注ぐ昼下がり、金髪ツインテールのトップゴッドチューバー・キュララは、自撮り棒にセットしたエンジェルすまーとふぉんに向かって、いつものあざといウインクを飛ばしていた。
「今日の企画はね、昨日の大食い配信で発覚した『謎すぎるルナ・イーツ配達員』への突撃インタビューだよ! なんとあのお兄さん、コーラを一瞬で凍らせる謎のチート魔法を使えちゃうの! 一体何者なのか、キュララが特ダネを抜いちゃいまーす!」
『うおおお! 特ダネキタコレ!』
『ルナ・イーツの配達員って猛者多いよなww』
『キュララちゃん気をつけてね!(赤スパ3万)』
チャット欄が期待と興奮で埋め尽くされる中、私は少し離れた場所から、腕を組んでその様子を眺めていた。
役場のCIOとして、村の物流インフラに関わる不審人物を放置するわけにはいかない。「万が一の事態に備えた法的・物理的ストッパー」として、私もこの突撃配信に同行することになったのだ。
「で? キュララさん。その不審な配達員の現在位置は掴めているの?」
「ふふん! 抜かりはないわよ、エミリアちゃん! リスナーの特定班にお願いして、ルナ・イーツの配達員用GPSデータをハッキング……じゃなくて、ちょっとだけ『情報提供』してもらったの!」
(コンプライアンス的に真っ黒じゃないの……!)
トップ配信者の情報網(と特定班の恐ろしさ)に慄きつつ、私たちはキュララの案内に従って、タローソン・ポポロ村支店の裏手へと回り込んだ。
そこには、従業員用の休憩スペースとして置かれたベンチがあった。
そして、そのベンチに深々と腰掛け、ルナ・イーツの四角い保温バッグを横に置いてサボって……いや、休憩している、くたびれたサンバイザーの青年がいた。
「あー、クソ暑いわぁ。今日のポポロ村、異常気象ちゃうか? 汗だくやで……」
コテコテの関西弁で独り言を呟きながら、青年はタローソンで買ったと思われるコーラのペットボトルを顔の高さに持ち上げた。
「なんやこれ、もうすっかりヌルなっとるやん。しゃあないなぁ」
青年――配達員のロードは、周囲に誰もいない(と思っている)のを確認すると、ペットボトルの側面に口を近づけ、ふーっ、と軽く息を吹きかけた。
ピキピキピキッ……!
その瞬間、常温だったコーラのペットボトルが、内部の液体ごと瞬時に白く霜を吹き、キンキンに冷えた『完全な冷却状態』へと移行した。
ロードは満足げに頷き、ボトルのキャップを開けて「ぷはぁっ!」とコーラを喉に流し込んでいる。
「……っ!! 今よ、エミリアちゃん!」
「ちょっと、キュララさん!?」
私の制止を振り切り、キュララはスマホを構えたままベンチへと飛び出した。
「突撃ぃぃーっ! そこのルナ・イーツのお兄さん! 今の魔法、バッチリ配信に映っちゃったよぉ☆」
「ぶふぉっ!?」
いきなり現れた美少女にカメラを向けられ、ロードは盛大にコーラを噴き出した。
「な、なんやねん急に!? 配信!? ワ、ワテはただのしがない配達員やがな! 勘弁してえな!」
ロードは慌ててサンバイザーを目深に被り直し、顔を隠そうとするが、キュララは容赦なくカメラをずいっと近づけた。
「隠しても無駄だよぉ! さっきの『冷凍ブレス』、絶対ただの人間じゃないよね!? もしかして、お忍びで仕事してるS級冒険者さん? それとも魔王軍の幹部さん!?」
キュララの矢継ぎ早の質問に、ロードは「チッ」と微かに舌打ちをし、だるそうに首を掻いた。
「アホくさ……。ただの冷凍ブレスやがな。ワテ、人間の姿に偽装しとるけど、ホントは『ジオ・リザード(走竜)』の賢竜種なんや。賢竜なら、人間化してちょっと氷の息吹くくらい、誰でもできるやろ?」
ジオ・リザード。
それはアナステシア世界において、竜騎士が騎乗する「走りに特化した竜」であり、中には人語を解し、炎や氷のブレスを吐く高位の『賢竜』と呼ばれる個体が存在する。
確かに、賢竜が人化の魔法を使っているとすれば、一応の筋は通る。
『なんだ、ただの賢竜かよww』
『竜がウーバーやってんのかよ世知辛いなww』
『時給いくら?』
チャット欄のリスナーたちも、その説明であっさりと納得してしまっている。
だが、私の理系脳だけは、先ほど彼が起こした現象の『異常性』に激しい警報を鳴らし続けていた。
「……待ちなさい」
私はキュララの横に並び立ち、冷徹な事務員の眼差しでロードを睨みつけた。
「貴方、ジオ・リザードの賢竜だと名乗りましたね。なら、その冷却現象の『熱力学的な矛盾』をどう説明するつもり?」
「……は? 熱力学?」
ロードが胡散臭そうな目を私に向ける。
「ええ。ポポロ村には、大気中のエンタルピー(熱量)を強制収束させ、極限の冷気(絶対零度)を生み出す天才氷魔法剣士(クラウス君)がいます。彼の氷魔法は、対象の水分を強制的に『結晶化(凍結)』させる物理現象です」
私はロードが持っているコーラのペットボトルを指差した。
「でも、貴方のコーラは違った。ペットボトルの表面についていた結露(水滴)が、凍るのではなく『消えた(引っ込んだ)』のよ。さらに、コーラの内部に氷の結晶は一つもできていないのに、液体全体の温度だけが均一に下がっていた」
私の指摘に、ロードの目がサンバイザーの奥でピクリと動いた。
「……つまり、貴方はコーラから熱を奪った(冷やした)のではないわ。ペットボトルの状態を、買う前の『冷蔵庫で冷やされていた時間(過去)』へと強制的に巻き戻した(リセットした)のよ!!」
そう。彼が使ったのは氷魔法などではない。
対象の時間を巻き戻すという、神の領域にすら踏み込む『時間操作』だ。
私のロジカルな解析を聞いて、キュララが「えっ? 時間を巻き戻した!? なにそれ、すっごーい!」とはしゃぎ出し、チャット欄も『マジかよ!』『時をかける配達員ww』と再び沸き立ち始めた。
「…………」
ロードは無言のまま、手に持っていたコーラをじっと見つめた。
そして、深くため息をつくと、ボリボリと頭を掻いた。
「……チッ。最近の村役場の事務員は、めんどくさい理屈をこね回すんやなぁ。そんなんじゃ、男にモテへんで、姉ちゃん」
「セクハラ発言として村のコンプライアンス委員会に報告しますよ」
「勘弁してえな。……まぁええわ。ワテは面倒事は御免なんや。せやから、覇権争い(古代大戦)とかもアホらしくなって、こうしてフリーランスの配達員やってんのに」
ロードがボソッと呟いた「古代大戦」という単語に、私は耳を疑った。
それは、天使・魔族・竜人族が覇権を争い、歴史の闇に消えたとされる神話時代の出来事のはずだ。
「じゃあ! 配達の時間押してるから、ワテはこれで失礼するわ! ほなな!」
ロードが慌てて立ち上がり、背中の保温バッグを背負い直す。
「待ちなさい! 貴方の正体を、村のインフラ管理者としてもう少し詳しくヒアリング……!」
私が手を伸ばそうとした、その瞬間だった。
――シュガッ!!
「……え?」
私の目の前から、ロードの姿が消えた。
いや、消えたのではない。彼が『一歩を踏み出した』瞬間、まるで監視カメラの映像を32倍速で早送り(ファストフォワード)したかのように、彼の輪郭がブレて、物理法則を無視した超スピードで路地の奥へとすっ飛んでいったのだ。
「あ……あわわ……」
残されたのは、不自然に巻き上がった砂埃と、キュララの配信画面に映る「誰もいない路地」だけ。
「行っちゃった……。な、なんだったのあのお兄さん? 配信のフレームレートが追いつかなかったんだけど!」
キュララがスマホを振り回しながらプンスカと怒っている。
「……空間移動じゃないわ。彼自身の『主観時間』だけを極限まで早送りして、相対的に超高速移動を実現しているのね。完全に物理法則のバグよ」
私は震える手で眼鏡の位置を直した。
時間を巻き戻し、時間を早送りする竜。
あんな存在が、なぜルナ・イーツの配達員として時給数百円(同粒換算)で働いているのか。アナステシア世界のパワーバランスはどうなっているのだ。
(とはいえ、彼に村を害する意志はないみたいね。配達業務自体は真面目にこなしているし、彼を敵に回すのはROI(投資対効果)が悪すぎるわ……)
私はひとまず、あのふざけた関西弁の配達員の件は「観察対象」として保留することにした。
だが。
ポポロ村の物流に迫る真の危機は、あの配達員などではなかった。
「……ん? エミリアちゃん、役場から魔導通信石に連絡入ってるよ?」
キュララが不思議そうに私のバッグを指差す。
私は通信石を取り出し、耳に当てた。
『あ、お嬢か! ワイや、ニャングルや! えらいこっちゃ!』
通信石の向こうから、財務官ニャングルの悲鳴のような声が響いた。
『ポポロ村に繋がる主要街道が、全部封鎖されとる! ルナ・イーツも、ゴルド商会の定期便も、全部ストップや! どこぞのアホが、村の物流網を完全に止めやがったんや!!』
「……なんですって?」
私の声が、一瞬で『理系社畜のCIO』のそれに変わる。
時間を操る謎の配達員は、あくまでイレギュラーな存在に過ぎない。
だが、村の『物流と経済』を物理的に停止させる行為は、私の構築したホワイト・インフラに対する明確な「宣戦布告」である。
私は通信石を握りしめ、冷たい声で指示を出した。
「すぐに役場に戻ります。代替ルートの算出と、在庫の確認を。……私たちの利益を侵害する不届き者には、資本主義の地獄を見せてあげます」
犯罪結社ナンバーズの暗躍。
そして、ワイズの手引きによる最悪の古代兵器の襲来が、すぐそこまで迫っていた。
読んでいただきありがとうございます。
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