第三章 天上配信者と極貧アイドル、そして特定班の恐怖
狩りの獲物はトップゴッドチューバー!? 理系社畜の合理的罠にかかった金髪の「変なもの」を大収穫です
ポポロ村での古代兵器迎撃戦から数日。
村の日常は、驚くほど平穏なホワイト・スローライフへと戻っていた。崩壊したアスファルトは数時間で修復され、物流も、経理も、ルナキンのドリンクバーも、すべてが完璧な最適化を維持している。
「ふぅ。朝の配水システムのチェックも異常なし。今日も定時退社が約束された、素晴らしい一日になりそうね」
私は役場のCIO(最高情報責任者)として、タブレット端末を片手に満足げに頷いていた。
すると、役場の扉がトントンと軽く叩かれ、ウサギの耳をピンと立てたキャルル村長がひょっこりと顔を出した。
「おはよ、エミリアちゃん! あのね、今日の午前中、少し時間ある? 一緒にポポロ山へ『狩り』に行かない?」
「狩り、ですか?」
「うん! この間、エミリアちゃんが教えてくれた『効率的な配合飼料と自動トラップ』のおかげで、野生のトライバード(三徳鳥)がめちゃくちゃかかりやすくなってるのね。食材のストックを増やしておきたいから、手伝ってほしくって!」
トライバードといえば、肉も卵も羽も糞(肥料)もすべてが使い物になる極めて優秀な魔獣だ。
前世でアウトドアの経験など皆無の私だが、現代の「データに基づいた野生動物の誘引ロジック」を応用したトラップなら、確実に成果を出せる自信がある。
「いいですね。食費のコストカットおよび自給自足率の向上という観点から、非常に合理的なタスクです。行きましょう」
「やった! じゃあ、すぐに出発しよっ!」
私がタブレットをバッグにしまい、出発の準備をしていると、リビングの隅から何やら不気味な呪詛のような呟きが聞こえてきた。
「おかしい……おかしいわよ……」
「……ん?」
振り返るとそこには、紫の芋ジャージを着た極貧人魚姫・リーザが、体育座りをして自分の膝を抱え、床に何本もの線を引きながらブツブツと狂気を発している姿があった。
「どうしたのですか、リーザさん。そんなに地面に線を描いて」
私の声に、リーザはバッと顔を上げた。その碧眼には、尋常ではない量のクマと、絶望の涙が浮かんでいた。
「エミリアお姉さん……聞いてよ。私の太客だった『石油王』さんからのスパチャ(お賽銭)が、昨日の夜からピタッと止まってるの……!」
「石油王、ですか?」
「そう! いつも私の配信を見て『最高だ!』って言って、高額な銀貨をポンポン投げてくれた謎のセレブリスナー! その人が急に音信不通になっちゃって……! このままだと、私の今月の食費予算が完全破綻して、また『タローソンの裏口で野良犬と幕の内弁当を争う日々』に逆戻りしちゃうのよぉぉっ!!」
リーザは自分の頭をガシガシと掻きむしりながら、床の上でワンワンと泣き叫んだ。
前世の推し活文化における「ドルオタのリアタイ離れ」に直面した地下アイドルのリアルすぎる悲哀である。
「……何か、分からないけれど、すごく忙しそうですね」
私は冷静に分析した。
「貴方が石油王を失ったのは痛手でしょうけれど、だからといって私たちが野生のトライバードの狩りに行くスケジュールを変更する理由にはなりません。私たちは、私たちの経済活動(食料調達)を進めますからね」
「ひどいっ! 私が雑草サラダ生活に戻るかもしれないのに、お肉の話をするなんて悪魔だわ!」
「合理的な生存戦略と言いなさい。――キャルル、行きましょう」
「うん! リーザちゃん、お留守番よろしくねー!」
私たちは発狂する極貧人魚姫をリビングに放置し、爽やかな朝のポポロ山へと足を踏み出せた。
***
ポポロ山の中腹。
そこは豊かな木々と陽薬草が群生する、見事な自然の宝庫だった。
「わあ、空気美味しいね、エミリアちゃん!」
「ええ。マイナスイオン濃度が都市部の300%増しです。呼吸をするだけで肺の浄化が行われている感覚ですね」
私たちは、私が事前に設計・プロデュースした『自動餌付け式・ボックス型落とし穴トラップ』の周辺へと到着した。
トラップの周りには、トライバードが大好物とする「ハニーかぼちゃのペースト」と「米麦草の発酵粒」が絶妙な配合でばら撒かれている。
「さて、私のロジックが正しければ、もうすでに何羽か引っかかっているはずですが……」
私が木々の陰からそっとトラップの様子を覗き込むと、仕掛けられた巨大なオリ(木製・ドワーフ補強仕様)の内部で、何かが盛大に暴れていた。
バサバサバサッ!! ガタガタガタッ!!
「おっ! かかった、かかったよエミリアちゃん!」
キャルルがウサギの耳をぴこぴこさせながら、嬉しそうにパタパタと駆け寄る。
オリの隙間からは、真っ白で美しい羽毛がチラリと見えていた。
「素晴らしいわ。トライバードなら、肉も最高ですが、羽毛を使って冬用の高級クッションも作れます。投資対効果(ROI)としては文句なしの収穫ですね」
私はドヤ顔でオリの扉へと近づき、留め具をガチャリと外した。
「さあ、おとなしく私のインベントリ(回収箱)におさまりなさい――っと」
ガバッ! とオリの扉を開けた瞬間。
「――ふぇぇぇ〜ん!! 助けてぇぇぇ!! ここ狭いし暗いし、お腹空いたよぉぉ〜! お母さぁぁぁん!!」
「「……は?」」
オリの中から飛び出してきたのは、トライバードの肉でも羽でもなかった。
頭にフワフワとした小さな白い翼(天使の羽)を生やし、フリルたっぷりの可愛らしいミニドレスを着た、金髪ツインテールの少女だった。
彼女は両手で自分の頭を抱え込み、地面にペタリと座り込んで大泣きしている。
「な、なにこれ……?」
私が呆然と呟くと、少女はびくっと肩を震わせ、涙目の可愛い瞳で私たちを見上げた。
「ふぇ……? 鳥、じゃないの……?」
「こっちのセリフよ! 貴方、いったい誰ですか!?」
私が問い詰めると、少女は慌てて地面から立ち上がり、自分のドレスの裾をパンパンと払って、ツンと胸を張ってみせた。
「き、聞いて驚かないでよね! 私は、月給2億円を稼ぎ出す、天界一の超人気トップゴッドチューバー! キュララ・アルセルラ様よ!!」
「「きゅらら……?」」
見れば、彼女の手に握りしめられていたのは、神界の特製アイテムである『エンジェルすまーとふぉん(配信カメラモード起動中)』だった。
画面のチャット欄には、今この瞬間も「今の美少女誰!?」「トラップにかかった天使ワロタwww」「草」といったコメントが爆速で流れている。
「私ね、今日の配信企画で『ポポロ山の深部に眠る伝説の魔獣を激写する突撃レポート』をやろうとして山に入ったの! そしたら、すっごく良い匂いのする美味しそうなご飯(トラップの餌)が落ちてたから、『わあ、ラッキー♡ 試食コーナーだ!』って思って食べたら、この箱にスポンって閉じ込められちゃって……!」
キュララは半べそをかきながら、自分の不手際をペラペラと自白した。
つまり彼女は、野生の野獣ではなく、ネット配信の「撮れ高」を求めて山に迷い込み、私の仕掛けた餌に釣られて自らネズミ捕りに引っかかったアホの子……いや、トップインフルエンサーである。
「……キャルル」
「なに、エミリアちゃん」
「私たち、今日のお昼ご飯を狙って罠を仕掛けたはずなのに、なんだかすごく『変なもの』を獲ってしまいましたね」
「うーん、でもすっごく可愛いし、お肉にはならなそうだけど……どうする?」
私が頭を抱えていると、目の前の金髪ツインテール――キュララは、私の着ている服や役場のバッジを見て、パァァッと目を輝かせた。
「あ! ねぇねぇ、アナタたち、この村の人でしょ!? 私、お腹ペコペコなの! すっごく美味しいお寿司とか、ピザとかが食べたいなぁ! リスナーのみんな、デリバリーしてぇ〜♡」
彼女がスマホに向かって甘い声でねだると、数秒後、チャット欄が「おkwww」「ルナ・イーツで高級寿司送ったわ」というコメントで埋め尽くされた。
「……なんだか、ものすごく現代的で、かつ治安の悪いトラブルの気配がします」
私は額に手を当て、深く深いため息をついた。
平和なポポロ村のホワイト・スローライフに、またしても計算不能な『天界からの厄介な爆弾(月給2億)』が投下されてしまった瞬間だった。
読んでいただきありがとうございます。
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