EP 10
祝勝会はルナキンのドリンクバーで! 計算不能な胸の鼓動と、神界で舌打ちする炎上神の影
「ポポロ村の平和と、スパチャライブの大成功に――カンパーーーイ!!」
カチンッ! と、グラスが弾ける軽快な音が響く。
古代兵器『死蟷螂』の襲来という未曾有の危機から数時間後。私たちポポロ村の防衛メンバー(+居候)は、村のメインストリートに輝く24時間営業のオアシス、『ルナミスキング(通称・ルナキン)』のボックス席に陣取っていた。
「ぷはぁっ! ひと仕事終えた後のメロンソーダは最高やで!」
猫耳財務官のニャングルが、ドリンクバーのグラスを煽ってオヤジ臭い息を吐く。
テーブルの上には、山盛りのフライドポテト、ピザ、そしてロックバイソンの特大ハンバーグが所狭しと並べられていた。
「ん〜〜〜っ! 美味ひぃぃぃぃっ!!」
紫ジャージのアイドル・リーザは、顔をケチャップまみれにしながら、両手でポテトとピザを同時に口に押し込んでいる。死蟷螂の魔力防壁を【貧乏神】のスキルで丸ごと吸い尽くした彼女は、カロリー(資産)の消費が激しかったのか、凄まじい食欲を見せていた。
「エミリアちゃん、はい、あーん♡」
「あ、自分で食べられますから、キャルル村長。フォークを私の口にねじ込むのはやめてください」
隣に座るキャルル村長からの、ヤンデレ特有の『過剰な給仕(物理圧)』を躱しつつ、私はドリンクバーのウーロン茶を啜った。
「それにしても、あの死蟷螂の残骸……見事なものだったわ」
私はタブレット端末を開き、事後処理のデータを確認する。
真っ二つに両断され、絶対零度で凍結された古代兵器のパーツは、すでに役場の裏手に回収されていた。
「あれだけの古代技術の結晶よ。装甲材や魔力駆動炉のコアを帝都の研究所やゴルド商会に売り払えば、数千万単位の特別利益(スクラップ売却益)が見込めるわ。結果的に、村のGDPをさらに押し上げる大黒字になったわね」
私が電卓アプリを叩きながらほくそ笑むと、向かいの席に座っていた青年が、オドオドと手を挙げた。
「あ、あの……。僕、やりすぎちゃったでしょうか……。もっと綺麗に無力化できれば、高く売れたんじゃ……」
タローマンの作業着を着た銀青色の髪の青年、クラウスだ。
彼は、自分が放った『絶対零度・一閃』が商品の価値を下げてしまったのではないかと、本気で申し訳なさそうに眉を下げていた。
「…………」
私は、彼のその顔を見て、ピタリとタブレットを操作する手を止めた。
数時間前。逃げ遅れた子供たちと私を守るため、迷うことなく巨大な鎌の前に立ち塞がり、圧倒的な力で古代兵器を粉砕した『蒼氷の騎士』。
それが今は、グラスに入ったホットミルクを両手で持ちながら、小動物のようにペコペコしている。
(……このギャップは、ずるい。ずるすぎるわ)
私はコホン、とわざとらしく咳払いをした。
「クラウス君。貴方の働きは防衛アセットとして完璧でした。マイナス査定など一切ありません。……ですが、一つだけ、CIOとして言及しておかなければならないことがあります」
「ひぃっ! は、はい! なんでしょうか!」
クラウスが背筋をピンと伸ばす。
「貴方のあの行動についてです。自身より遥かに巨大な質量兵器(死蟷螂)に対し、単身で盾になるという戦術。……ROI(投資対効果)の観点から言えば、最悪の判断です」
私は努めて冷徹な、いつもの事務員のトーンを作って言い放った。
「もし氷の盾が破られていれば、貴方は命を落としていたかもしれない。貴方ほどの高度な冷凍技術を持つ労働資産を失うことは、村にとって甚大な経済的損失です。これからは、もっと自分の命(価値)を最優先に計算して立ち回りなさい」
理詰めのお説教。
自己犠牲などという非合理な行動は、私のビジネスロジックでは許容できない。だから、これはあくまで『上司としての正当な業務指導』なのだ。
だが、クラウスは私の言葉を聞いて、困ったように頬を掻いた後、ふにゃりと――この上なく優しく、純粋な笑顔を浮かべた。
「すみません、エミリアさん。でも……計算なんて、できないですよ」
「え?」
「だって、エミリアさんが怪我をしたら、僕、すごく悲しいですから。……エミリアさんが無事で、みんなが笑ってご飯を食べられている。それだけで、僕の命をかける理由としては、十分すぎるくらい『黒字』なんです」
ドクンッ!!
「…………っ!!」
私の心臓が、今日一番の巨大なバグ(跳躍)を起こした。
ダメだ。論破できない。
私の張り巡らせた「費用対効果」「労働資産」といった小難しい言葉の防壁を、彼の『純度100%の好意と優しさ』が、一切の抵抗を許さずにすり抜けて、胸の奥に直撃したのだ。
「エ、エミリアちゃん? どうしたの、顔が真っ赤だよ!?」
キャルルが驚いて私の顔を覗き込む。
「っ……!! あ、暑い! なんだか急に、ルナキンの空調が効かなくなってきたみたいね!」
私はガタッ! と勢いよく席を立ち上がった。
「き、今日の打ち上げの経費は、村の特別防衛費から落としておいてください! 私、あの……クラウス君の絶対零度の冷気を近くで浴びすぎたせいで、自律神経がおかしくなってるの! スアイさんの魔導サウナに行って、ととのえてきます!!」
「えっ? ええっ!? エミリアさん! ぼ、僕のせいで体調不良に!? すみません、今すぐアイシングを……!」
「貴方に近づかれたら余計に心拍数がバグるのよ! ばか!!」
私はクラウスの差し出した手を振り切り(というか照れ隠しで逃げ出し)、ルナキンの入り口へ向かって猛ダッシュした。
「あははっ! エミリアお姉さん、ツンデレだー!」
背後からリーザの無邪気なからかいの声と、ニャングルの「お嬢があんなに取り乱すなんて珍しいな」という呆れ声が聞こえてくる。
夜のポポロ村の涼しい風を浴びながら、私は真っ赤になった顔を両手で覆った。
インフラが整い、定時退社が保証された、完璧なホワイト・スローライフ。
だが、私の心の中には、ブラック企業以上に私を振り回す『感情』という名の厄介な案件が、完全に居座ってしまったようだった。
***
一方その頃。
ポポロ村の平和な夜景から遥か遠く離れた、次元の果て。
真っ白で無機質な空間――『神界』の一角で、苛立たしい舌打ちの音が響いていた。
「チッ……。マジかよ。あの古代のオモチャ、一撃でスクラップにされちまったのか」
空中に浮かぶ無数のホログラムモニター。
そこには、ポポロ村でクラウスが死蟷螂を『絶対零度・一閃』で両断した瞬間の映像が、何度もリプレイ再生されていた。
モニターを睨みつけているのは、派手なストリートファッションに身を包んだ、軽薄そうな金髪の青年。
『炎上神』ワイズ。
かつてこの世界に「数字(PV)至上主義」の概念を持ち込み、人々の争いや悲劇を『最高のエンタメ』として消費する、神界きってのトラブルメーカーである。
「あーあ、せっかくドワーフの地下遺跡から引っ張り出して、いい感じの『パニック配信(炎上)』が撮れると思ったのによ。あの銀髪のヒョロ男、熱力学バグってんじゃねえか。萎えるわー」
ワイズは手に持っていたポップコーンを、忌々しそうに空間に投げ捨てた。
「それに、あのメガネの女。あいつ、太郎の作った近代インフラ(ポポロ村)のシステムを完璧に使いこなしやがって。あいつがいる限り、あの村で中途半端な炎上を起こしても、すぐに鎮火(論破)されちまう」
ワイズはニヤリと、三日月のように口角を吊り上げた。
「……ま、いいか。なら次は、もっと『数字の取れるデカい企画(絶望)』を用意してやるよ。太郎が遺したチートの残滓……『ナンバーズ』でもけしかけてみるか?」
炎上神の悪意に満ちた呟きは、神界の虚空へと溶けていく。
エミリアの理系社畜としてのロジックと、クラウスの蒼氷の剣、そしてポポロ村の仲間たち。
彼らの平和なホワイト・スローライフを脅かす、次なる『コンプライアンス違反の強敵』の影が、すぐそこまで迫っていた。
(第2章:極貧アイドルと蒼氷の騎士、そして死蟲の影・完)
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