EP 2
月給2億vs年収数千円! 奪われた太客と、ルナ・イーツ配達員の異常な気配に理系社畜が戦慄する
トライバード用の罠で「月給2億円のトップゴッドチューバー」を捕獲(?)してしまった私たちは、とりあえず彼女をポポロ村の村長宅へと連れ帰ることにした。
「わぁぁっ! すっごく広くて綺麗なお家! 木の温もりがあって、なんだか配信の背景にピッタリね!」
村長宅(5LDK)のリビングに入るなり、金髪ツインテールの天使・キュララはパタパタと飛び回り、勝手にソファにダイブしてくつろぎ始めた。
「エミリアちゃん、どうしよう。なんだかすごく懐っこい子犬を拾ってきちゃった気分だよ……」
「飼い主が数千万人規模でついている厄介な子犬ですけどね。面倒事は御免ですよ」
私とキャルルがヒソヒソと話していると、部屋の隅で体育座りをしていた紫芋ジャージの少女――リーザが、どんよりとした目を向けてきた。
「キャルル……お肉、獲れたの……? 私、もうお腹と背中がくっつきそうなんだけど……」
「あ、ごめんねリーザちゃん。お肉の代わりに、空から降ってきた天使ちゃんを連れてきちゃったの」
キャルルの言葉に、リーザが「は?」と顔を上げた。
その視線の先で、キュララはエンジェルすまーとふぉんを片手に、さっそく生配信をスタートさせていた。
「みんなー! やほやほー! 罠に引っかかっちゃったドジっ子キュララちゃんだよぉ☆ 今ね、すっごく親切なお姉さんたちのお家に保護してもらってるの!」
キュララがカメラに向かってウインクを飛ばすと、スマホから『チャリーン!』『ピロリーン!』という景気のいい電子音が立て続けに鳴り響いた。
「あーっ! 『石油王』さん、赤スパ(高額お賽銭)ありがとーっ! え? 『さっきのお寿司の出前、もうすぐルナ・イーツで届くよ』だって!? わぁい、石油王さん大好きぃぃっ♡」
ピタッ。
その言葉を聞いた瞬間、リーザの動きが完全に停止した。
「……え?」
リーザはギリギィィッ……! と首の骨が鳴るほどの勢いでキュララの方を振り向いた。
「い、いま……なんて言ったの? 『石油王』さんからの、赤スパ……? お寿司の、出前……?」
「うんっ! 私の配信のすっごい太客さんなの! 毎日美味しいデリバリーを奢ってくれるんだぁ☆」
「あ、あああ……あああああああっ!!」
リーザが、血を吐くような絶叫を上げた。
彼女は紫の芋ジャージを翻し、猛然とキュララに掴みかかった。
「お前かあああ!! 私の太客(石油王さん)を奪った泥棒猫(手羽先)はぁぁぁっ!!」
「きゃああっ!? な、なにこのジャージの貧乏魚!!」
「石油王さんは私のパトロンだったのよ! アンタのせいで今月もやししか買えないのよぉぉぉ!!」
リビングで巻き起こる、底辺地下アイドル(年収数千円)とトップ配信者(月給2億円)の、醜くも生々しい資本主義の修羅場。
リーザが「私のお寿司ぃぃ!」と泣き叫びながらキュララの羽をむしろうとし、キュララが「やめてぇ! 配信に映っちゃう!」と逃げ回る。
「……キャルル、止めてきなさい。村長宅の家具が破壊されたら減価償却費(経費)が狂います」
「うん、わかった。ほら二人とも、暴れないの!」
キャルルが二人の首根っこをひょいっと掴み、物理的膂力で強制的に引き離した。
その時だった。
『ピンポーン』
村長宅の玄関のチャイムが鳴った。
「あ、来たわ! お寿司!」
キュララが目を輝かせる。私は「私が対応します」とため息をつきながら、玄関の扉を開けた。
「ちわーっす。ルナ・イーツですぅ。特上握り盛り合わせ、お届けに上がりましたわ」
そこに立っていたのは、くたびれたサンバイザーを被り、背中に四角い保温バッグを背負った、コテコテの関西弁を話す青年だった。
年齢は20代後半くらいだろうか。だらしなくシャツを着崩しており、首からは業務用の魔導通信石をぶら下げている。
「ご苦労様です。おいくらですか?」
「あ、お代はアプリで決済済みやから、受け取るだけでええで。ほな、これ」
配達員の青年は、ドサッと巨大な寿司桶を私に手渡した。
「……あれ?」
寿司桶を受け取った瞬間、私の理系脳――いや、前世で幾度となくデリバリーアプリの到着時間を計算してきた社畜としての勘が、強烈な『エラー』を弾き出した。
(おかしい。絶対におかしいわ)
私は目の前の配達員を上から下まで素早く観察した。
一つ。
ここポポロ村は、ルナミス帝国との国境の緩衝地帯だ。最も近い帝都の高級寿司店からでも、魔導バイクをフルスロットルで飛ばして『最低40分』はかかる距離にある。
しかし、キュララが配信で「今頼んでくれたの!?」と言ってから、まだ『3分』しか経過していない。
二つ。
玄関の外の道。魔導バイクのエンジン音はおろか、タイヤの跡すら一切ない。彼はまるで、空間の座標を完全に無視して『突然そこに現れた』かのようなのだ。
三つ。
彼が首から下げている通信石。その裏側に、ほんの一瞬だが、絶対的な強者だけが持つ『龍の紋章(始祖の刻印)』のようなオーラが微かに見えた気がした。
「あの、貴方……。どうやってこの時間で、この村まで?」
私が眼鏡の奥から鋭い視線を向けると、配達員の青年は「ん?」ととぼけた顔をした。
「なんやねん姉ちゃん、ルナ・イーツの配達スピード舐めたらアカンで。ワテら配達員は、時間を『早送り』するくらいチャチャッと走るんが仕事やからな。……ほな、またのご利用お待ちしてまっせ!」
青年はヒラヒラと手を振ると、くるりと背を向けた。
そして、彼が一歩を踏み出した瞬間――。
フッ、と。
まるでビデオのコマ送り(スキップ)のように、彼の姿が空間から完全に消失したのである。
「…………っ!?」
私は玄関先で絶句した。
光学迷彩でも、高速移動でもない。今のは明らかに『時間軸』そのものをすっ飛ばしたような挙動だった。
ただのフードデリバリーの配達員が、空間と時間を超越する能力を持っている?
そんなデタラメな存在、神か、それに匹敵する超常の化け物しかあり得ない。
「エミリアちゃーん! 早く早く! キュララちゃんがお寿司開けちゃうよ!」
「リーザ、待て! お前は手ぇ洗ってからや!」
リビングの方から、キャルルとリーザ、キュララの騒がしい声が聞こえてくる。
私は慌てて玄関の扉を閉め、寿司桶を抱えたままリビングへと戻った。
「あ、エミリアちゃん! ほら見て、大トロだよ! キラキラしてる!」
キャルルが満面の笑みで私を迎える。
その横で、キュララが「いただきまーす♡」とカメラ目線でお寿司を頬張り、リーザが「私にも寄越せぇぇ!」とヨダレを垂らしながら突撃を試みている。
「ねえ、キャルル。さっきの配達員さん、すごく奇妙じゃなかったかしら? 何か圧倒的な覇気というか、人間じゃないような気配が……」
「そう? 普通の眠そうなお兄さんだったじゃない。それよりお寿司食べよ! 鮮度が落ちちゃう!」
キャルルは全く気にした様子もなく、大トロを口に放り込んで「ん〜っ!」と幸せそうな顔をしている。
(……考えすぎ、なのかしら。ただの凄腕の配達員……なわけないわよね)
ポポロ村には、ヤンデレの月兎族村長に、COP無限大の氷魔法剣士、全財産を没収する極貧人魚姫と、すでに規格外の連中がうろついている。
そこにさらに『時空を操る配達員』まで現れるとなれば、私の想定する「完璧なインフラ」の定義が根本から覆されてしまう。
「あーもう! ロジックが追いつかないわ! こうなったら、私も高級寿司を胃袋に詰め込んで、脳にブドウ糖を行き渡らせるしかないわね!」
私は己の動揺を誤魔化すように、割り箸を割って大トロに手を伸ばした。
だが、この時の私はまだ知らなかったのだ。
この『月給2億のトップ配信者』と『年収数千円の極貧アイドル』の奇妙な同居生活が、やがて村全体を揺るがす「炎上事件」と、犯罪組織ナンバーズとの情報戦へ発展していくことになろうとは。
読んでいただきありがとうございます。
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