EP 8
古代兵器『死蟷螂』の襲来! 逃げ惑う村人を守るため、気弱な青年が熱力学無視の『蒼氷の騎士』へと覚醒します
ライブの熱狂も冷めやらぬ、ポポロ村の夕暮れ。
広場では機材の片付けが進んでいたが、私の心臓はいまだに自律神経のバグ(不整脈)を引きずっていた。
「……はぁ。深呼吸、深呼吸よ。私はCIO。利益を生まない動悸なんて、ただのノイズなんだから」
私は自分に言い聞かせながら、丸めたPAケーブルをインベントリに収納していた。
その時だった。
ズズズズズズッ……!!
突如、足元のアスファルトが激しく揺れた。
地震? いや、違う。村の外れ――かつてドワーフの地下帝国ドンガンへと通じていたという、古い遺跡の方角から、空気を切り裂くような異様な金属音が響き渡ったのだ。
『キシャァァァァァァァァッ!!!』
「な、なんだあの鳴き声は!?」
「村の外からだ! 何か、巨大な化け物がこっちに来るぞ!!」
広場に残っていた村人たちが、恐怖に顔を引き攣らせて悲鳴を上げた。
地鳴りは次第に大きくなり、やがて村の入り口の防壁(物理バリケード)を紙クズのように吹き飛ばして、そいつは姿を現した。
「……嘘でしょ。あれ、生物じゃないわ」
私は目を疑った。
体長5メートルを超える、巨大なカマキリのようなシルエット。しかし、その外骨格は鈍く光る金属と腐肉が混ざり合ったような異質な装甲で覆われ、両腕には家屋をも一刀両断できそうな巨大な鉄の鎌が備わっている。
死蟲王サルバロスの遺物にして、最悪の生体機械兵器。
『死蟷螂機』だ。
「ギャハハハハハッ!! 見ろよこのバケモンを! すげぇ力だ!!」
死蟷螂の背後に隠れるようにして、村の中へ入ってきた男がいた。
先ほどクラウスに腕をミシミシに砕かれ、泣き叫びながら逃げていったあの小悪党だ。彼は腫れ上がった右手首を庇いながら、左手でどす黒い光を放つオーブの欠片を握りしめていた。
「あの胡散臭ぇ黒服の兄ちゃん(炎上神ワイズ)が言った通りだ! 遺跡の祭壇にこの石を叩きつけたら、最高のおもちゃが目を覚ましたぜぇ! おい、さっき俺の腕をやりやがったヒョロ男! それからビンタした生意気な女! 出てきやがれ、皆殺しにしてやる!!」
完全に逆恨みによるバイオテロである。
こんな小悪党に古代兵器の封印を解かせるなど、裏で糸を引いている黒幕の悪意と『炎上(PV)目的のヤラセ感』が透けて見える。
『キシャァァァァッ!』
死蟷螂が巨大な鎌を振り下ろす。
ズガァァァンッ!! という轟音と共に、タローソンの隣にあった頑丈なレンガ造りの倉庫が、まるで豆腐のように真っ二つに両断された。
「きゃあああああっ!」
「逃げろ! 殺されるぞ!!」
「落ち着いて! パニックにならないで!!」
私は絶叫しながら、空中にUIを展開した。
「【ネット通販】起動! 対戦車用携行ロケット弾(RPG)! 早く!!」
検索窓に打ち込むが、相手はただの魔物ではない。機械の耐久力と昆虫の反射神経を併せ持つ古代兵器だ。私が兵器を錬成し、ロックオンするよりも早く、死蟷螂の凶刃が村人たちへと向けられた。
「ヒィィッ……!」
逃げ遅れた村の子供たちと、それを庇うお爺さんが、地面にへたり込んでいる。
死蟷螂が、無慈悲にその巨大な鎌を振り上げた。
(間に合わない……っ!!)
私が絶望に目を見開いた、次の瞬間だった。
「――っ、はぁぁぁっ!!」
突風が吹き抜けた。
タローマンのカーキ色の作業着を着た銀青色の髪の青年が、逃げ遅れた子供たちの前に、文字通り『瞬間移動』のようなスピードで滑り込んできたのだ。
「クラウス!?」
「ギャハハハ! 出てきたな腕折り野郎! そのままそいつらごと、真っ二つになりやがれええ!!」
小悪党が狂喜の叫びを上げる。
死蟷螂の鋼鉄の鎌が、凄まじい風圧を伴ってクラウスの頭上へと振り下ろされる。
だが、クラウスはいつものように「ひぃっ!」と怯えることはなかった。
その翠の瞳から、一切の迷いと怯えが消え去っていたのだ。
極限まで冷たく、澄み切った武人の眼差し。
彼は腰に提げていた、あの無骨な『野菜収穫用の短剣』を抜き放った。
パキッ……パキパキパキパキッ!!!
大気中の水分が、爆発的な勢いで結晶化していく。
私の理系脳が再び警報を鳴らす。周囲の熱量が局所的に奪われ、短剣の刃先を中心に『絶対零度』の冷気が渦を巻いて収束していく。COP(エネルギー消費効率)無限大の、物理法則を無視した熱交換現象。
瞬きする間に、無骨な短剣は、刀身3メートルにも及ぶ『美しき青氷のロングソード』へと変貌を遂げていた。
「『永久凍土の盾』!」
クラウスが左手を天にかざすと、子供たちを覆い隠すように、分厚く強固な多重氷晶結界が展開された。
ガガァァァァァァァァンッ!!!!
死蟷螂の凶悪な鎌が氷の盾に激突し、火花と氷の破片が激しく飛び散る。
だが、盾はピクリとも揺るがない。魔導戦車の装甲すら紙切れにする一撃を、クラウスは涼しい顔で――いや、静かなる怒りを秘めた顔で完全に防ぎ切ったのだ。
「な、なんだとォ!?」
小悪党の笑い声が、驚愕の悲鳴に変わる。
「……僕の腕が未熟なばかりに、貴方を逃がしてしまった。そのせいで、この村の大切な人たちを危険に晒してしまった」
結界の向こう側で、クラウスが静かに口を開いた。
その声には、いつものオドオドした気弱な響きは微塵もなかった。
あるのは、己の命を鴻毛の軽きに置き、守るべき者の盾となる『究極の騎士道』を体現する者の、揺るぎない覚悟だけだ。
クラウスは氷のロングソードを構え直し、死蟷螂と、その後ろで震える小悪党を冷徹に見据えた。
「理不尽に罪なき人々を襲うなど……絶対に、許しません!」
ドクンッ!!!
私の心臓が、今日一番の巨大なバグ(跳躍)を起こした。
ダメだ。これはズルい。
普段は「争いはやめましょうよぅ……」と涙目でペコペコしている気弱な青年が、自分以外の誰かが傷つけられそうになった瞬間、一切の躊躇なく剣を抜き、圧倒的な強者としての本性を現す。
その恐ろしいまでのギャップ。
そして、どれほど強大な力を持っていようとも、それを決して己の利益や虚栄心のためには使わない、その純粋すぎる高潔さ。
「……あんなの、惚れない方が無理じゃない……っ」
私は顔を真っ赤にして、持っていたロケットランチャー(通販)を取り落としそうになった。
私のロジカルな防壁は、あの『蒼氷の騎士』の前では完全に崩壊していた。
『キシャァァァァァァァッ!!』
攻撃を防がれた死蟷螂が、怒り狂ったように再び両腕の鎌を振り上げ、全身の魔力駆動炉をフル回転させる。
古代兵器の魔力装甲は極めて硬い。いかにクラウスの剣が鋭くとも、あの分厚い外骨格を真っ向から両断するのは骨が折れるはずだ。
「クラウス君一人に、いい格好はさせないわよ!」
突如、私の横から凄まじい風圧が吹き抜けた。
見れば、ダブルトンファーを構えたキャルル村長が、安全靴に紫電の雷光を纏わせながら駆け出している。
「村の防衛(とエミリアちゃんのご飯の平和)は、村長の義務なんだから! いくよ、リーザ!」
「まかせて! アイドルの力、見せてあげる!」
みかん箱の上に立っていたリーザが、ジャージの袖をまくり上げながら、段ボール製の『お賽銭箱型掃除機』を構えて死蟷螂へと照準を定めた。
「エミリアさん! 下がっていてください!」
「下がらないわよ! 私だって、この村のCIOなんだから!」
私はロケットランチャーをインベントリにしまい、代わりにタブレット端末を開いて死蟷螂の装甲の脆弱性をスキャンし始めた。
小悪党の逆恨みから始まった古代兵器の襲来。
だが、彼らは相手を間違えたのだ。
ここから先は、ポポロ村が誇る『最強の防衛アセット(ヤンデレ村長・極貧人魚姫・気弱な氷剣士・理系社畜)』による、容赦ない殲滅戦の始まりである。
読んでいただきありがとうございます。
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