EP 7
営業妨害には鉄拳制裁を! 気弱な氷剣士の『優しい暴力(超握力)』に小悪党が泣き叫ぶ!
昨晩の『スパチャライブ』の大成功を受け、ポポロ村の広場は、すっかりリーザの特設ステージとして定着しつつあった。
今日のライブは、夕暮れ時の少し落ち着いた時間帯。
みかん箱の上に立つリーザは、昨夜の狂乱するようなアップテンポの曲ではなく、しっとりとしたバラードを歌い上げていた。
「ふふっ。いいわね。アップテンポでテンションをブチ上げるだけじゃなく、こうして『聴かせる曲』で顧客のロイヤルティ(忠誠度)を高める。アイドルの基本戦略を完全にマスターしているわ」
私はPAミキサーを操作しながら、満足げに頷いた。
広場に集まった村人たちは、誰もが静かに目を閉じ、リーザの透き通るような歌声に聴き入っている。日々の農作業の疲れや、国境警備のプレッシャーが、彼女の人魚姫としての魔法によって優しく癒されていく。
『私が運命、私が物語になって、すべてを奪って宇宙一幸せにするのよ』
昨晩、リーザが語ったあの強欲なアイドル哲学。
彼女は今、宣言通りに村人たちの『時間』と『心』を完全に奪い、癒しという極上のリターンを提供していた。
(素晴らしいビジネスモデルだわ。これなら継続的な収益も安定して見込めるし、村のGDPはさらに――)
私が頭の中で利益計算をしていた、その時だった。
ガシャァァァァンッ!!
突如、広場の後方で鈍い破壊音が響き渡った。
静まり返っていた空間が、一気にざわめきに変わる。
「ああっ!? 私のスピーカーが!!」
私は思わずミキサーの席から立ち上がった。
【ネット通販】で取り寄せたばかりの、重厚なポータブルPAスピーカー。その一つが、何者かによって乱暴に蹴り倒され、地面に転がっていたのだ。
「けっ! なーにがアイドルだ! 気色悪い歌を歌ってんじゃねえよ!」
スピーカーを蹴り倒した張本人が、下品な笑い声を上げながら広場の中央へと歩み出てきた。
ボロボロの革鎧を着込み、腰には粗悪な剣を下げた、見るからに質の悪いゴロツキ(小悪党)である。
「なんだテメェら、こんなガキの歌でニヤニヤしやがって! つまんねえ村だな! おい、そこの小娘! もっと俺が楽しめるような踊りでも見せろや!」
小悪党はみかん箱の上のリーザに向かって、ツバを吐き捨てた。
リーザはマイクを握りしめたまま、碧眼を鋭く細めてゴロツキを睨みつけている。彼女は決して怯えてはいなかったが、ステージの進行は完全にストップしてしまった。
(……おかしいわね。ただの酔っ払い? いや、ポポロ村の自警団の警戒網を抜けて、こんな典型的なゴロツキが単独で入り込んでくるなんて)
私は瞬時に違和感を覚えた。
まるで『誰かに雇われて、わざと嫌がらせをしに来た(炎上させに来た)』ような、不自然なほどテンプレ通りの悪党ムーブだ。
だが、背後関係がどうであれ、私の目の前で起きた事実は一つしかない。
「――そこまでになさい、この不法侵入者」
私はミキサー卓から離れ、コツン、コツンとヒールを鳴らしながら、小悪党の正面へと歩み出た。
「あぁ? なんだテメェは。お高く止まったねーちゃんが、俺に説教でも――」
パァァァァァンッ!!!
小悪党のセリフが終わるより早く、私の右平手打ち(ビンタ)が、奴の薄汚い頬を強烈に弾き飛ばした。
「なっ……!?」
「いいですか? 貴方が今蹴り倒したあのスピーカーは、前世の通貨換算で約15万円。さらに、このライブの平均スパチャ収益から算出される『営業妨害による逸失利益』は、1分間あたり金貨2枚に上ります」
私は冷酷な事務員の眼差しで、頬を押さえて呆然とする小悪党を見下ろした。
「器物損壊、ならびに威力業務妨害。ただちに賠償金を支払いなさい。払えないなら、マグローザ漁船(タコ部屋)行きのチケットを手配しますよ」
「こ、このアマ……! 調子に乗りやがって!!」
私の理詰めの冷や水が、逆に奴の導火線に火をつけたらしい。
小悪党は顔を真っ赤にして激昂し、腰の剣を抜くことも忘れ、丸太のような太い腕を振り上げて私に殴りかかってきた。
(しまった、ロジックが通じない完全な単細胞……!)
私が咄嗟に防御姿勢を取ろうとした、その瞬間。
ガシッ!!
「……え?」
私の顔面を粉砕するはずだった小悪党の拳は、私の鼻先わずか数センチのところで、ピタリと停止していた。
「や、やめてください……。暴力は、いけません」
震える、けれどどこか澄んだ声。
私の前に立ち塞がるように割り込んできたのは、タローマンのカーキ色の作業着を着た銀青色の髪の青年――クラウスだった。
彼は、オドオドと申し訳なさそうな顔をしながら、小悪党の振り下ろした右腕の手首を、左手でガッチリと掴んで止めていた。
「あぁ!? なんだテメェは! ひ弱そうなツラしやがって、俺の邪魔をするならテメェからブッ殺して――」
小悪党が腕を振り払おうとする。
だが、クラウスに掴まれた腕は、まるで万力で固定されたかのように、ピクリとも動かない。
「女性に手を上げるなんて……絶対に、ダメです」
クラウスが、少しだけ悲しそうに眉を下げた。
その瞬間。
ミリッ……ミリミリミリッ!!
「……っ!? ぎ、ぎゃあああああああああっ!?」
突如、小悪党が鼓膜を破るような絶叫を上げた。
クラウスが掴んでいる手首から、骨が軋む嫌な音が広場に響き渡る。
「い、いてぇ!! 腕が、腕が折れる!! 離せ、離せェェッ!!」
「分かって……くれましたか? 暴力は、いけませんよ?」
「ヒィィィィッ!! わ、分かった! 分かったから離してくれぇぇ!!」
クラウスは「ひぃっ、すみません!」とビクビク怯えながらも、その手は一切緩めず、むしろ小悪党が暴れるたびに無意識にギュウウッと握力を増している。
帝国最強の元将軍から受けた地獄のスパルタ教育の賜物。彼の基礎身体能力(腕力)は、魔力を使わずとも常軌を逸していたのだ。
「お前が暴力してんだよ!! 悪魔! 人殺しィィィ!! 覚えてやがれええええ!!」
クラウスがようやく手を離すと、小悪党はへし折れんばかりに腫れ上がった右手首を抱え、涙と鼻水を撒き散らしながら、村の外へと脱兎のごとく逃げ出していった。
広場に、静寂が戻る。
「あ、あわわわ……っ」
残されたクラウスは、自分の手を見て真っ青になっていた。
「ど、どうしよう! 僕、また力加減を間違えて……っ! あんなに強く握るつもりじゃなかったのに、エミリアさんが殴られそうになったら、体が勝手に……! ご、ごめんなさい、野蛮なマネをしてしまって……!」
クラウスは、泣きそうな顔で私に向かって何度も何度も頭を下げている。
圧倒的な暴力で敵を撃退しておきながら、本人は「人を傷つけてしまった」という罪悪感に苛まれているのだ。
「…………」
私は、ペコペコと謝る彼の広い背中と、今も微かに震えている彼の手を見つめていた。
ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ!
私の胸の奥で、またしても激しい警報が鳴り響く。
王太子の身勝手な振る舞いや、氷血公爵の距離感ゼロのストーカー行為には、微塵も動かなかった私の心。
それが今、この不器用で、気弱で、けれど私を守るためなら一切の迷いなく『修羅の力』を振るってくれるこの青年に、完全に狂わされようとしていた。
(ダメよ、エミリア! こんなの、ただの吊り橋効果よ! 私はロジカルな女なんだから、こんなベタな『守ってもらってキュン』なんて、絶対に認めるわけには……!)
「エ、エミリアさん……? 顔が、すごく赤いですけど……お怪我はありませんか?」
クラウスが心配そうに、私の顔を覗き込んでくる。
その翠の瞳には、打算も下心も、1ミクロンのノイズすら混じっていない。純度100%の、私への思いやりだけだ。
「っ……! な、なんでもないわ! 私は無傷よ! それより、機材の点検を急がないと!」
私は真っ赤になった顔を隠すように、逃げるようにPAミキサーの方へと背を向けた。
あんな純粋な顔で見つめられたら、私の防毒マスク(心の壁)なんて一瞬で溶かされてしまう。
「ああっ! エミリアお姉さん、顔真っ赤だー! クラウスに助けてもらって、ドキドキしてるんでしょー!」
みかん箱の上から、リーザがニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべてからかってくる。
「ち、違うわよ! これは怒りで血圧が上がっているだけです!」
私が慌てて否定すると、広場に集まっていた村人たちからもドッと温かい笑い声が上がった。
幸い、蹴られたスピーカーは頑丈なタフネス仕様だったため、機能に問題はなかった。
だが、この時の私たちは、ただのチンピラの嫌がらせを退けて「一件落着」だと安堵していた。
逃げ去ったあの小悪党が。
村のすぐ外れにある古代遺跡へと向かい、炎上神ワイズから授かった『邪悪なアイテム』を使って、ポポロ村に未曾有の危機を呼び覚まそうとしていることなど、知る由もなかったのだ。
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