EP 6
ファンの時間と全財産を奪い尽くす! 極貧人魚姫の強欲なアイドル哲学に、理系社畜は深く共感する
ポポロ村広場での『異世界初・スパチャライブ』は、文字通り熱狂の渦の中で幕を閉じた。
ライブ終了後、私たちは回収したお賽銭箱とペンライトの売上を抱え、キャルル村長の自宅へと凱旋した。
「いっやぁ〜! まいどあり! ほんまにまいどありやでぇ!!」
リビングの巨大なダイニングテーブルに、ジャララララッ! とお賽銭箱の中身がぶちまけられる。
大量の銅貨、銀貨、そして数枚の金貨。
猫耳財務官のニャングルは、黄金の算盤を弾くのも忘れて、札束(この世界では硬貨だが)のプールにダイブせんばかりの勢いで金貨に頬擦りをしている。
「すごい……! さすが私のエミリアちゃんだね! たった一夜で村の税収が一気に潤っちゃった!」
キャルル村長は、ウサギの耳をピョコピョコと揺らしながら、私の腕にギュウウッとしがみついてくる。
「ええ、原価率とフリーミアムモデルの勝利です。これでしばらくは、村の財政も安泰でしょう」
私はキャルルのヤンデレハグ(腕の骨がミシミシ鳴る)を片腕で受け流しつつ、テーブルの向こう側を見た。
「ん〜〜〜っ! 美味ひぃぃぃぃ!!」
今日の主役である紫芋ジャージのアイドル、リーザ・シーラン・リヴァイアサン。
彼女は今、約束通り『目玉焼きとダブルチーズが乗った特大ハンバーグプレート』を、涙と鼻水を流しながら凄まじい勢いで胃袋に流し込んでいた。パンの耳とタンポポで命を繋いでいた彼女にとって、これはまさに天上界の神々の食事だろう。
「ゆっくり食べていいのよ、リーザさん。誰も取らないから」
私が【ネット通販】で取り寄せた高級ウーロン茶を差し出すと、リーザはゴクゴクと一気飲みして「ぷはぁっ!」と満足げな息を吐いた。
「エミリアお姉さん、ほんとにほんとにありがとう! 私、こんなに美味しいお肉食べたの、王宮を出てから初めてだよぉ!」
満面の笑みを浮かべるリーザ。
ニャングルとキャルルが「売上の集計と帳簿付けをする」と言って別室(書斎)へ移動し、リビングには私とリーザの二人だけが残された。
温かいハーブティーを口に運びながら、私はふと、ずっと気になっていた疑問を口にした。
「ねえ、リーザさん。貴方はどうして、そこまで『歌うこと(アイドル)』が好きなの?」
「え?」
「貴方は海中国家シーランの王女様でしょう? 黙って実家に戻れば、こんな極貧生活をしなくても、暖かいベッドで美味しいものが毎日食べられるはずよ。それなのに、王族の身分もプライドも捨てて、みかん箱に乗ってまで歌に固執する理由が分からないわ」
理系社畜の視点から言えば、彼女の行動はリスクとリターンが全く見合っていない。
だが、リーザはハンバーグの皿を置き、とても真剣な、そして少しだけ大人びた表情で私を見つめ返した。
「エミリアお姉さん。私がステージに立って歌うとね、ファン達の『時間』を奪うことができるの」
「……時間を、奪う?」
「うん」
リーザは自分の胸に両手を当て、碧眼の奥に、ただの純真さではない『ある種の狂気』にも似た執着の炎を揺らめかせた。
「みんな、お仕事や生活で辛いこと、考えなきゃいけないことがたくさんあるはずでしょ? 今日のおじさんたちだって、腰が痛かったり、明日の畑仕事が不安だったり。でもね、私が歌っているその瞬間だけは、全部忘れて、私だけを見てくれるの」
彼女の言葉に、私はハッとした。
「だから、私は……ファン達の『世界』そのものになりたいの。彼らの視線も、お金も、心も、時間も、何もかもを全部奪い尽くして……その代わり、彼らの人生に『宇宙一の幸せな時間』を味わわせてあげるんだ」
リーザは両手を広げ、まるですべてを抱きしめるように微笑んだ。
「私は運命。私は物語。だから貴方達の全てをちょうだい♡ Love & Money!! ……これが、私のアイドルの流儀だよ!」
「…………っ」
私は、言葉を失っていた。
ただの天然でアホの子だと思っていた彼女の奥底にあったのは、底知れない『強欲』だ。
だが、それは決して利己的なだけの悪意ではない。
相手の時間と金を根こそぎ奪う代わりに、確かな価値(多幸感と癒し)を提供する。
それは資本主義における『究極の等価交換』であり、最高のエンターテインメント・ビジネスの真髄そのものだ。
「……ふふっ。あははははっ!」
私は思わず、肩を揺らして笑い出してしまった。
「エ、エミリアお姉さん? 私、変なこと言った……?」
「いいえ! 素晴らしいわ、リーザさん! 貴方は真のエンターテイナーにして、最高のビジネスパーソンよ!」
私はリーザの手をガシッと握りしめた。
「見返りを求めずに自己犠牲を払うような生き方より、貴方のその強欲さの方が、よっぽど合理的で美しいわ。奪うなら与える。与えるなら奪う。その完璧なトレードオフの哲学、理系社畜として心の底から共感したわ!」
「ほ、ほんと!? えへへっ、エミリアお姉さんに褒められちゃった!」
リーザが嬉しそうに笑う。
私は彼女の手を握りながら、脳裏に一人の青年の姿を浮かべていた。
(……それに比べて、あの男はなんなのよ)
今日のライブの最中、広場の隅で控えめにペンライトを振っていた、銀青色の髪の青年――クラウス。
リーザのように「奪う」こともしない。
私のように「対価(給料)」を求めることもしない。
ただひたすらに、自分が傷つくことも厭わず、他者のために無償の優しさを提供し続ける、究極の自己犠牲。
『エミリアさんが無事でよかったです。僕の怪我なんて、かすり傷ですから』
いつか彼が言いそうなそんなセリフを想像しただけで、またしても私の胸の奥がドクンッと不規則な鼓動を刻む。
(ああ、もう! 腹立たしいわね。あんなコスパ最悪で破綻した生き方、私のビジネスロジックで言えば絶対に許容できないはずなのに!)
完全に理解不能だ。
リーザの『強欲な等価交換』には100%の共感と賛辞を送れるのに。
クラウスの『無償の愛』に対しては、ロジックが通じず、ただ心臓のバグ(トゥンク)を誤魔化すことしかできない。
「……エミリアお姉さん? 顔、赤いよ? 熱でもあるの?」
「な、なんでもないわ! さあ、冷めないうちにハンバーグの続きを食べなさい! 明日もライブの残務処理でこき使ってあげるからね!」
私は顔の熱を隠すように、少し早口で言い放った。
リーザは「わーい! 明日はウインナーも食べたいな!」と無邪気に笑っている。
こうして、理系社畜の私と極貧人魚姫の間に、単なる『プロデューサーとアイドル』という枠を超えた、奇妙で強固な絆が結ばれた。
ポポロ村の夜は、平和で、暖かくて、そして少しだけ私の心をかき乱す。
この完璧なホワイト・スローライフがずっと続けばいいのに。
だが、この世界の『神々(運営)』は、私たちの平穏をそう長くは許してくれないらしい。
ポポロ村の静寂の裏側で。
ライブの熱狂に乗じて村に侵入しようとする、不穏な『悪意』の影が忍び寄りつつあることに、私たちはまだ気づいていなかった。
読んでいただきありがとうございます。
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