EP 5
芋ジャージアイドルの狂乱ライブ開幕! 人魚姫のバフと『ポンポコ節』で村の経済が爆発します
夕闇が迫るポポロ村の広場。
仕事を終えた農家のおじさんたちや、非番の自警団員、さらには噂を聞きつけてやってきた近隣の国境警備兵たちが、物珍しそうに集まっていた。
「おいおい、なんだありゃ」
「アイドルのライブって聞いたが……紫の芋ジャージに、緑の健康サンダル?」
「しかも乗ってるの、みかん箱じゃねえか。罰ゲームか何かか?」
観衆の間に、戸惑いと嘲笑が入り交じった空気が流れる。
無理もない。乙女ゲームの世界において、歌姫といえば豪奢なドレスに身を包み、バルコニーから優雅に歌い上げるのが常識だ。みかん箱の上に立つ紫ジャージの美少女など、シュールを通り越してただの不審者である。
だが、PA(音響)ミキサーの前に立つ私は、PCの画面を見つめながら口角を上げていた。
(いいわ。その『侮り』こそが、最大のマーケティング・フックになる。期待値が底辺だからこそ、ギャップが爆発的な熱狂を生むのよ)
私はミキサーのフェーダーをスッと押し上げ、マイクのボリュームを最大にセットした。
「みんなーっ! 集まってくれてありがとう! 宇宙一のスーパーアイドル、リーザだよっ☆」
巨大なスピーカーから、ノイズ一つないクリアで透き通るような美声が響き渡る。
【ネット通販】で取り寄せた最新鋭のPAシステムが、彼女の持つ天性の声帯を120%に増幅していた。
「今日はね、毎日畑仕事や警備で疲れ切ってるおじさんたちに、とっておきの歌をプレゼントしちゃうぞっ!」
リーザはウインクを飛ばすと、おもむろにジャージのポケットから『五円玉』を取り出した。
「えっ? おい、あの子、何を……」
「鼻の穴に、硬貨を詰めたぞ!?」
ざわめく観衆。
リーザは大きく息を吸い込み、マイクに向かって己の腹を両手でポンポコと叩き始めた。
「ミュージック、スタートッ!」
私がPCからカラオケ音源を再生する。
軽快でコミカルな三味線と太鼓のビートに乗せて、リーザが満面の笑みで歌い(?)始めた。
『♪た、た、たぬきのお腹は ポンポコポンポン!』
『♪月よ〜月で〜頭は ハーゲハゲでピーカピカ〜!』
「ぶっ!?」
「な、なんだあの歌!」
『♪お尻はツールツル〜 ターマターマはマ〜ルマル〜!』
「ソレ! ヨイヨイ!!」と合いの手を入れながら、リーザは鼻の穴に詰めた五円玉を『フンッ!』と勢いよく発射した。
五円玉は放物線を描き、最前列でポカンとしていた農家のおじさんのハゲ頭に見事命中してカーン! と小気味よい音を立てた。
「痛っ!? な、なんちゅう特技だ!」
「ブハハハハハッ!! 腹太鼓叩きながら鼻から小銭飛ばしやがったぞ!!」
「最高じゃねえか嬢ちゃん! 面白いぜ!!」
先ほどまでの嘲笑が、一瞬にして爆発的な大爆笑へと変わった。
『ハゲたぬきのポンポコ節』。
帝都の公園で、酔っ払ったおじさんたちから炊き出しの列で伝授されたという、宴会芸の極みである。
(掴みは完璧ね。ターゲット層である中高年男性の『心のガード(警戒心)』を、見栄も外聞もない下品なギャグで一気にこじ開けたわ)
広場の空気が完全に温まり、観衆の目がみかん箱の上の少女に釘付けになる。
その熱気を肌で感じ取ったリーザは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「みんな、笑ってくれてありがとー! それじゃあここからが、アイドル・リーザの本番だよっ! みんなの疲れ、ぜーんぶ私が吹っ飛ばしてあげる!!」
私はPCを操作し、次のトラックを再生した。
アップテンポで激しい、電子音が唸りを上げるイントロ。
リーザの表情から、先ほどまでの宴会芸の道化の顔が消え去った。
その碧眼に、ある種の『強欲』と『支配』の炎が灯る。
『ガンガンガン! アタマガガン! 視界が回るよ 39度!』
『インフルエンザ大魔王 やっつけろ!』
医療・社畜救済曲『インフル・バスター ~お薬の時間よ~』である。
リーザがマイクを握りしめ、サビの高音を張り上げた瞬間――。
広場の空間が、深海のような淡いエメラルドグリーンの光に包まれた。
(……来たわね。人魚姫の、本気の魔力が!)
『今だ! 必殺! タミフルパーンチ! コウ・セイ・ザイ! ビーム!(キラッ☆)』
リーザの声波に乗って、物理的な治癒魔力が広場全体に降り注ぐ。
その瞬間、観衆たちの体に劇的な変化が起きた。
「お、おい……嘘だろ。朝から痛かった腰の痛みが……消えた!?」
「なんだこのみなぎる力は! 徹夜明けの警備任務で限界だったのに、今なら魔導戦車を素手で持ち上げられそうだぞ!!」
「肩こりが! 目の疲れが! 視力が3.0くらいに上がった気がする!!」
どよめきが、熱狂へと変わる。
人魚姫の歌声による極大ステータスアップと、疲労の完全回復。
それは、毎日過酷な肉体労働に耐えている村人たちにとって、まさに『神の救済』に等しい快感だった。
「す、すげえええええ!! リーザちゃああああん!!」
「最高だ! アンタ最高だよ!!」
熱狂が臨界点に達した、まさにそのタイミング。
私は物販ブースのニャングルに向けて、ピシッと指を差した。
「さあ! 皆さん! リーザちゃんの歌の力、感じてくれたかな!?」
ニャングルが黄金の算盤を放り投げ、箱いっぱいのオレンジ色のケミカルライト(大閃光)を掲げた。
「この光る魔法の棒! これを振って、リーザちゃんにもっともっと愛を届けたんかーっ!? 今ならなんと、一本たったの『銅貨3枚』の出血大サービスやでェェェッ!!」
「買う!!」
「俺に3本くれ!!」
「両手に持つから10本だ!!」
ドワァァァァッ! と、物販ブースに男たちが殺到した。
体力が全回復し、脳内にエンドルフィンがドバドバ分泌されている彼らの財布の紐など、もはや存在しないに等しい。
「おおおっ! まいど! まいどありぃぃぃっ!」
ニャングルが狂喜乱舞しながら、原価数十円のペンライトを次々とさばいていく。
バキッ、バキッ、と広場のあちこちでオレンジ色の光が折られ、夜の闇に眩い光の海が生まれた。
「みんな、ありがとーっ! もっともっと、私に愛をちょうだい!!」
リーザがみかん箱の上でジャンプし、観衆を煽る。
ペンライトの光の海の中、最前列の農家のおじさんが、涙を流しながら私が設置したプラダン製の『お賽銭箱(集金箱)』に飛びついた。
「リーザちゃん! 俺の愛を受け取ってくれえええっ!」
チャリン、チャリーン!
ジャララララララッ!!
それを皮切りに、狂乱した村人たちが次々と硬貨を箱に投げ入れ始めた。
銅貨だけでなく、銀貨、中には高額な金貨まで飛んでいる。
「うおおお! これが……これがスパチャか!!」
「俺の全財産、全部お前に預けたぜえええ!!」
「リーザ様ァァァァァ!!」
お賽銭箱は一瞬にして溢れかえり、広場にはお金がぶつかり合う豪快な音が響き渡る。
「……す、すげえ。なんちゅう集金システムや。村の経済が……物理的にブン回っとる……!」
ペンライトを完売させたニャングルが、溢れるお賽銭箱を抱え込みながら、恐怖と歓喜の入り交じった顔で震えていた。
「ふふっ。これが『フリーミアムモデル』の行き着く先、エンタメによる極限の経済効果よ」
私はPAミキサーのツマミを微調整しながら、満足げに頷いた。
原価はネット通販で揃えた機材とペンライトの数百円。
対して、この一夜で回収した利益は、おそらくポポロ村の1ヶ月分の税収に匹敵するだろう。ROI(投資対効果)としては完璧を通り越して異常値だ。
みかん箱の上で、紫ジャージの美少女が汗を輝かせながら歌っている。
観衆の『時間』と『お金』を完全に奪い尽くし、その代わりに最高の多幸感を与える。まさに彼女の言う通り、アイドルという名の強欲なモンスターだ。
(……素晴らしいわ。これで私の仕事は完璧。あの変な動悸(クラウスの件)も、利益の計算で完全に上書きできたはず……)
私はそう自分に言い聞かせた。
だが。
ふと、熱狂するオレンジ色の光の海の中、少し後ろの方で、控えめにペンライトを振っている青年の姿が目に入った。
タローマンの作業着。銀青色の髪。
クラウスだ。
彼は前に出ることもなく、狂乱するおじさんたちに混ざることもなく、ただ優しげな微笑みを浮かべて、静かにリズムに乗っていた。
ドクンッ。
(っ……!? また!?)
私は慌てて視線をモニターに戻し、ミキサーのフェーダーを無駄にガチャガチャと動かした。
(違う! これは重低音のスピーカーの振動が、私の心臓に共鳴しているだけ! 物理現象よ! 私の心は、売上データと利益率にしか反応しないんだから!!)
理系社畜の強固なロジックが、たった一人の青年の微笑みによって音を立てて崩れかけている。
ライブは大成功を収めたが、私自身の『心の決算』は、激しい赤字を抱えたまま、熱狂の夜は更けていくのだった。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




