EP 4
みかん箱から宇宙へ! 極貧アイドルの収益化プロジェクト、理系プロデューサー爆誕!
「……ふぅぅ。よし、仕事よ。私は役場のCIO、仕事に生きる女……!」
ポポロ村役場に戻った私は、濃いめに淹れたポポロ・コーヒーをガブ飲みしながら、PCのモニターを血走った目で見つめていた。
数時間前に冷凍倉庫で感じた、クラウスに対するあの『計算不能な動悸』。
あれは間違いなく、サウナの入りすぎによる自律神経のバグ、もしくはカフェイン中毒による不整脈である。絶対にそうだ。恋だとか、そんな非合理的な感情であるはずがない。
「私は資本主義の悪魔。損得勘定の化身。自己犠牲男なんて、投資対象としては最悪なんだから……!」
キーボードをターンッ! と強打して己に言い聞かせていると、バンッ! と役場の扉が勢いよく開いた。
「エミリアお姉さーん! ライブやるよ! ライブ!」
「……は?」
飛び込んできたのは、紫色の芋ジャージに緑の健康サンダルを履いた極貧人魚姫、リーザだった。
彼女はずるずると、どこから拾ってきたのか薄汚れた『木箱(どう見てもみかん箱)』を引きずっている。
「ちょっとリーザさん。ここは神聖な職場ですよ。ライブって何の話ですか?」
「だって私、宇宙一のスーパーアイドルだもん! この村の人たちにも、私の歌で笑顔と元気を届けなきゃって思って! この木箱をステージにして、広場でゲリラライブを決行するわ!」
リーザはみかん箱をポンと叩き、ビシッと謎のポーズを決めた。
私は深いため息をつき、PCのモニターから視線を外した。
「……あのね、リーザさん。貴方のその『善意』は素晴らしいけれど、ビジネスモデル(収益化の仕組み)はどうなっているの?」
「びじねす……? 笑顔がいっぱいになれば、それでハッピーじゃない!」
「笑顔でハンバーグは買えませんよ」
「っ!?」
ハンバーグという単語を出した瞬間、リーザの碧眼が絶望に見開かれた。
「貴方はポポロ村の『非常勤・戦略防衛アセット』として登録されましたが、平時は自分で稼いでもらう必要があります。ただみかん箱の上で歌うだけでは、1円の利益も生まないどころか、村の広場を不法占拠するただの迷惑行為です」
「そ、そんなぁ……。じゃあ、私はアイドルになれないの……? またパンの耳とタンポポの生活に……うぅっ」
ボロボロと涙をこぼし、みかん箱に突っ伏して泣き始めるリーザ。
その姿を見て、私はふと、ある考えに行き着いた。
(……ちょうどいいわ。あの動悸を忘れるために、何か没頭できる巨大なタスクが欲しかったところよ)
私は立ち上がり、メガネ(ダテ)のブリッジを中指でクイッと押し上げた。
「泣くのはおやめなさい、リーザさん。貴方が『宇宙一のスーパーアイドル』になるというのなら、私が役場CIOの権限において、貴方を全面的にプロデュース(収益化)してあげます」
「えっ……? エミリアお姉さん、プロデューサーになってくれるの!?」
「ええ。前世のマーケティング知識と、私の【ネット通販】スキルをフル稼働させて、この村に『アイドル経済圏』を構築します」
私は空中に半透明のUIを展開し、検索窓に次々とキーワードを打ち込んだ。
『ポータブルPAシステム(バッテリー内蔵・大出力スピーカー・マイクセット)』
『業務用ケミカルライト(大閃光・オレンジ色・100本セット)』
『折りたたみ式プラダン(プラスチック段ボール)集金箱』
――ポンッ! ポンッ! ポンッ!
役場の床に、黒くて重厚なスピーカーセットと、ワイヤレスマイク、そして大量のサイリウム(ペンライト)が入った段ボールが出現した。
「わぁぁっ!? なになにこれ!? 魔法の道具!?」
「これはPAシステム。貴方の声を村中に響かせるための音響機材よ。そしてこれが……アイドルビジネスにおける錬金術の要、『ペンライト』です」
私はオレンジ色のケミカルライトをポキッと折り、眩い光を放つそれをリーザに持たせた。
「き、綺麗……! 星の光みたい……!」
「いいですか、リーザさん。アイドルの収益化は『フリーミアムモデル』が基本です。ライブの観覧自体は無料にして集客のハードルを限界まで下げる。そして、熱狂したファンに対して、このペンライトを1本『銅貨3枚(約300円)』で販売するのです。原価は1本数十円ですから、利益率は脅威の80%超えです」
「は、はちじゅっぱーせんと……!」
「さらに、ここに集金箱――いわゆる『お賽銭箱』を設置します」
私はプラダンを組み立て、簡易的なお賽銭箱を作った。
リーザが持つ【お賽銭箱型掃除機】は、相手の全財産を『虚空(神の予算)』に消し去ってしまう最悪のデバフ兵器だ。だからこそ、平時のライブでは物理的な集金箱を用意し、直接的なチップ(投げ銭)を受け取るシステムを構築する。
「前世の言葉で言えば『スーパーチャット(スパチャ)』です。ファンが貴方の歌に感動し、その対価として直接現金を投げ込む。これが『Love & Money』の精神。愛(応援)を可視化する究極のエコシステムです!」
「スパチャ……! なんだかよく分からないけど、すっごく強そう! 私、これならハンバーグ食べられる!?」
「ええ、貴方のパフォーマンス次第では、毎食ハンバーグの上に目玉焼きとチーズを乗せることだって可能です」
「やるぅぅぅ!! 私、絶対無敵のスパチャアイドルになるぅぅぅ!!」
リーザの瞳に、強欲という名の猛烈な炎が宿った。
純粋なアイドルの夢と、極貧サバイバルで培われたハングリー精神が、私のロジカルなマーケティングと完璧に融合した瞬間だった。
「ニャングルさん! 広場の使用許可と、物販の売上管理をお願いします!」
「お、おう……。お嬢の商魂、ワイらゴルド商会の人間よりエグいで……。分かった、屋台の手配もかけとくわ!」
奥で呆れていたニャングルも、利益の匂いを嗅ぎつけて算盤を弾き始めた。
夕刻。
ポポロ村の広場には、仕事を終えた村の農家や自警団員たち、さらには噂を聞きつけた近隣の国境警備兵(非番)までもが集まり始めていた。
広場の中央には、補強された『みかん箱』がポツンと置かれている。
その横には私がセッティングした巨大なスピーカー。そして、物販ブースではニャングルが「光る魔法の棒、一本銅貨3枚やでー!」とペンライトを飛ぶように売っていた。
「……さあ、リーザさん。準備はいい?」
みかん箱の裏で待機するリーザに、私はワイヤレスマイクを手渡した。
彼女の紫の芋ジャージはそのまま(衣装代をケチったわけではなく、この泥臭さこそが共感を呼ぶフックになるという私の計算だ)だが、その表情はすでに、みかん箱に乗る地下アイドルなどではなく、宇宙を支配する女王のそれだった。
「うん! 私、やってみせる! みんなの時間も、心も、五円玉も、全部奪い尽くして宇宙一幸せにしてあげる!」
「その意気よ。まずは村のおじさんたちの心を掴む『あの曲』から入って、一気に場を温めなさい」
「了解っ☆」
リーザはマイクをギュッと握りしめ、タンッ! と軽やかにみかん箱の上へと飛び乗った。
マイクのスイッチが入り、スピーカーからノイズレスなクリアな音声が広場に響き渡る。
「ポポロ村のみんなーっ! 今日は集まってくれてありがとう! 宇宙一のスーパーアイドル、リーザだよっ☆」
広場に集まった村人たちが、一斉にざわめいた。
理系社畜プロデューサーと極貧人魚姫が仕掛ける、異世界初の『近代アイドル・スパチャライブ』が、今まさに幕を開けようとしていた。
(よし、これでクラウスのことは完全に頭から追い出せたわ。今は利益(数字)のことだけを考えるのよ……!)
私はPAミキサーのツマミを調整しながら、不自然なほどに仕事へと意識を集中させていた。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




