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第五章 「苛立ち」

「このお洋服は、ユウが使うの!」

「ちがうよ。今日はわたしが使う番。ユウの番は、昨日」

 ブルーム寮のリビングで、ルーティはユウと言い争っていた。原因は、おままごとの人形に着せる衣装の取り合いだ。

「昨日、ユウは遊べなかったんだもん。だから今日使うの!」

「一日ごとに交代って、みんなの約束だよ」

「だって」ユウの瞳に涙が溜まる。「昨日は、お母さんのところに行ってたから……」

「関係ないよ」

 ユウの瞳が決壊した。

「ふぇええ、ああぁぁ――」

「泣いたって、しょうがないよ」

「ルーティは、ひとりだから、毎日遊べるよ。だから、ユウが使うの!」

 イライラを我慢していたルーティだったが、今の言葉にかっとなった。

「ひとりじゃないよ! わたしにはリアがいる。リアが妹だもん!」

 涙にまみれたユウの顔がしかめられる。

「リアって……リアちゃんのこと? 二人のお父さんとお母さんは同じなの?」

「…………ちがうよ」

「えっ、なんで?」ユウが首をかしげる。彼女の涙は引いていた。「ちがうのに、家族なの?」

「それは……」

「お父さんとお母さんが同じじゃないと家族じゃないんだよ? みんな、そうだよ?」

「だって……」

「それって変だよ? リアちゃんが、そう言ったの? うそ、つかれたんじゃない?」

「……っ」顔を伏せ、歯をくいしばる。「だって……」

 ルーティは人形を放り出して、リビングを飛び出す。

 来客対応をしていた職員の脇を通り過ぎて、中庭にある大きな木の陰でうずくまった。

「うぅ……っく、うっふぅぅ……」

 声を必死に抑えながら、あふれてくる涙を何度も拭う。

「お姉ちゃん!? 大丈夫?」

 顔を上げると、目を見開き、息を切らしたリアがそこにいた。

「リア……」

「お姉ちゃんが、泣いてたように見えたから」

 彼女と彼女の声が、いつものようにルーティの心を温かくする。

 リアは膝をつき、心配そうに顔を覗きこむ。そんな彼女に触れようとするが、突き刺さったままのユウの言葉が心をえぐった。痛くて、伸ばした手が止まる。

「……リアとわたしは……家族、だよね?」

「お姉ちゃん?」

「……家族で、いいの?」

「うん。家族だよ」リアがルーティの手を取る。「ルーティがお姉ちゃんで、あたしが妹。二人だけの家族。そう決めたの」

 ル―ティは、リアの手をつかんで、ぐいと引き寄せ、抱きとめる。

 腕の中の温かさと心の温かさが、同じになった。ルーティは声をつまらせてむせび泣く。

「リア。わたしと、ずっといっしょに居て?」

「うん。あたしも同じ気持ち。ずーっといっしょに居よう」

 リアの手が、ルーティの頭をやさしく撫でる。

 ふと、抱いていたリアの温かさが遠のいていく。現実が迫ってきた。

 ――リア? 今も、いっしょにいるよね?


「ルーティ!!」

 ナタリーの急き立てるような呼び声で目を覚ます。

「イドラが!」

 クレアの声で状況を再認識した。

 キャメロットの四人は、黒色の怪物、イドラとの戦闘〈ライブ〉中だった。

「ザ・インダクション」の遠征から帰還後すぐに出動要請があり、イドラ災害が発生した街に臨場していた。現在はライブの終盤。ナタリーたち三人が追い詰めたイドラをルーティの魔法でとどめを刺す。そんな手はずだった。

「その間合いは危険ですっ!」

 リンが投げ槍を振りかぶる。

 ル―ティが聖杯連結で三人に伝える。

(問題ないから)

 迫ってくるのは、人間と同じ大きさの、蜘蛛の形をしたイドラだ。腹部の突端から黒い糸を噴き出しつつ、四対の歩脚を巧みに動かしている。八つの目の下にある上顎の牙がとても鋭い。

 イドラの形は多種多様だ。

 黒色のイドラ・アドミレーションが凝り固まり、杯に似た「疑似聖杯」と呼ばれる核が出来上がって実体化する際、周囲の環境に適応するように形を変える。動物型、鳥型、虫型、植物型など、現存する生物と同様の姿になったり、アドミレーション内に残る人間の記憶の残滓をもとにして、妖怪型、精霊型、亜人型など、自然界には存在しない姿になったりする。

 その中でも特殊なのが、人間の姿をして言葉を理解する「人型イドラ」と、神話に登場する伝説上の存在を再現したような「神話型イドラ」だ。どちらのイドラも、遭遇率はあまり高くないが、知性を持っているため、他のイドラよりも圧倒的な脅威となる。

 リンの言うとおり、思いのほか間合いを詰められていた。

 ――だったら、これだ。

 構えていた杖を下ろし、代わりに左腰の杭を六本放った。宙を機敏に動きながら、内蔵していたアドミレーションを一斉に解放する。

 輝きが水に変質して、杭にまとわりつき凍りついた。その形は、ルーティが思い描く刀だ。

 ――舞え。

 六振りの氷刀が迫りくる蜘蛛のイドラに殺到する。それぞれの刀が乱舞する。

 黒い蜘蛛は身を翻して斬撃を回避する。しかし、囲まれてしまってはそれもつづかない。

 八本ある足を次々と切断し、糸を放出する腹の先を切り落とす。

 ――最後は……

 氷の刀身を一斉に砕いた後、五本の杭を引き戻し、残った一本を黒蜘蛛の背中に向かって落下させる。かちかち、と牙を寂しく鳴らしていたイドラの身体に杭が突き立つ。

「まだ動いてる! 気を付けて!」

 ナタリーがせっつく。たしかに、斬り落とされた箇所からイドラ・アドミレーションが噴き出している。欠けた身体を再生しようとしているのだろう。

(もう、終わったよ)

 蜘蛛の足が実体化をはじめる。ぐぐっ、とイドラが立ち上がろうとするが、まるで電撃を受けたときのように黒い身体が激しく痙攣する。

 ぴくりとも動かなくなった蜘蛛のイドラは、他のイドラと同じく、灰色の砂となって崩れた。体内に埋まっていた疑似聖杯が垣間見える。それはすでに数十の破片に砕かれた状態だった。

 ――できた。わたしにもできる。那由多の戦い方が……

 イドラの弱点は疑似聖杯だ。これを破壊すれば、イドラは身体を維持することができない。

 通常であれば、ダメージを与えつづけることで浮き上がってくる疑似聖杯を狙う。しかし、今のように、打ちこんだ杭から聖杯連結を経由して、アドミレーションを疑似聖杯に直接叩きこむことで、内部から疑似聖杯を砕くことができた。

 輝化を解除して、思いふけっていると、同じ制服姿のナタリーたちが駆け寄ってきた。

「ルーティ、さん……大丈夫ですか?」

 クレアとリンが、いつもより一歩離れたところから歯切れの悪い声をかける。

「……うん」

 リアのことを聞いてから、三人は、ルーティを腫れ物のように扱いはじめた。そうされるたびに、なぜか腹立たしい気持ちになる。

 リアに悪いことがあったと、まだ信じていないし、アイドルとして、イドラの脅威から人類を守る責務を個人的な感情でないがしろにするつもりはない。

 特に、ナタリーだ。まっすぐ目を合わせて、でも遠慮がちに言った。

「疲れてるんだよ。休んだほうがいい」

 気持ちを逆撫でされて神経がたかぶる。しかし、平静を装って穏やかに言葉にした。

「問題ないって」

 三人の顔が不自然に固まる。そのぎこちなさにイライラを隠しきれなかったことを悟る。

「ご、ごめん、なさい……」

 うつむいたクレアの小さな声が聞こえたが、罪悪感から目を背ける。

 ナタリーが、クレアの肩をぽんとたたく。

「僕もつかれたよ。フェスから戻ってすぐだもん。さっさと帰ってシャワー浴びよ!」

 プロペラが空気を切り裂く騒々しい音が聞こえてきた。ルーティたちを送迎する輸送機が、飛び立つ準備を開始したようだ。

(ナタリーの言うとおりです。後処理の手配は済んだので、みなさん帰還しましょう)

 マーリンが輸送機のそばから聖杯連結で呼びかける。

「さ、帰ろう!」

 ナタリーたち三人が連れ立って輸送機に向かう。

 イドラの為れの果てを一瞥する。風に流された灰が宙に舞い、周囲の空間に溶けていく。

 ――疲れてなんかない。

 ル―ティが、遅れて輸送機に乗り込む。

 マーリンと三人、そしてルーティを乗せた機体が離陸した。


 輸送機が遠征先だった街の境界を越える。

 全寮制のアイドル養成機関・アヴァロン・プロダクション到着まで、三十分ほどだろう。

 ル―ティは、ナタリーたちから少し離れた席に座り、ぼんやりと外の景色を眺めている。

 端末の電子音が鳴った。リンが声を上げる。

「那由多のみなさんが明日、こちらにいらっしゃるみたいですよっ」

「予定どおり、ですね」

「美味しいお店とかオススメの場所、教えてあげるって約束してたね」

 クレアとナタリーも同じメッセージを確認しているようだった。

 三人は、ライブ後に那由多の三人と仲良くなり、連絡先を交換したらしい。

 黒い感情がじわじわと広がっていく。

 リアからの二度目の着信。あれは、甲斐の矢を胸に受けた直後だった。

 ――リアの最後の言葉を奪ったのは、那由多じゃないか。

 そんな人たちと交流するなんて信じられない。

 ナタリーたちへの苛立ちが怒りに変わる。

 この感情が決して聖杯連結に漏れないように、念入りに蓋をした。

 リンとナタリーが、ルーティのことなどお構いなしに那由多のことを話しつづける。

「メンバーの手掛かりが見つかるといいですねっ」

「黒のアイドルとなった元・七剣星のメンバーか……」

「これまでに会ったことは、ないですよね」

「メンバーの奪還と仇討ちか。大変な使命だ……」

 ――仇討ち……

 シート付きのホルダーにある飲みものを取ろうとする。

 左腕に巻いていた腕時計がアームレストに触れた。こつ、とかすかに音が鳴る。

 ふと、そちらに視線を移す。腕時計がビーズのブレスレットに見えた。

 ――リアが作ってくれた……

 心をひっかくような痛みに思わずうめく。

 ――わたしの仇は……

 ル―ティは、両手で顔を覆った。日常のすべてが苦しい。何でもなかったことや、安心できていたこと。何もかもが黒くなっていく。


 輸送機が人里から離れた山間を進む。突然、視界が開けた。

 アヴァロン・プロダクションの上空に到着したのだ。

 山の奥地を切りひらいた広大な敷地に、講義棟、宿舎棟、運動場、体育館、輸送機の発着場、カフェ併設の食堂など、アイドルが訓練しながら教育を受けるための施設がそろっている。

 輸送機は、宿舎等の奥にある発着場へ向かう。

 運動場では、八つの輝きが、ちかちかと瞬いていた。訓練生による四対四の模擬ライブだろう。障害物を配置して実戦演習を行っているようだ。講義棟と宿舎棟を結ぶ、露天の渡り廊下には、空を仰ぎ見る制服姿の訓練生がいた。

 いつもどおりで見慣れた景色のはずなのに、今のルーティにとっては、別のもののようだ。

 無事に着陸し、ナタリーたち三人とマーリン、そしてルーティが発着場に降り立つ。

「今日はここで解散としましょう。急がないので、出動の報告書をよろしくお願いしますね」

 マーリンの言葉に、ナタリーが手を挙げた。

「報告書は、僕が書きます」そう言って、ナタリーがちらり、とルーティを見た。

 イライラがおさまらない。ルーティは顔を背けて言った。

「大丈夫。いつもわたしが書いているから」

「でも……」

「あなたが書くよりわたしが書いた方が早く終わるの。余計な気づかいはいらない」

「……っ、そんな言い方は!」

 語気を荒げるナタリーをさえぎって、マーリンが口をはさむ。

「ナタリー、ありがとうございます。今回は、ルーティに頼みましょう」

「…………はい」

 クレアとリンは落ち着きなく、言い争う二人の顔を交互にうかがっている。

 ナタリーの返事を確認したマーリンが、今度はルーティに話しかけた。

「ル―ティ。休暇の申請が認可されました。確認したいことがあるので、すぐそこの待機所で話せますか?」

「わかりました」

「ありがとうございます」そう言って、マーリンは再びナタリーに向き直った。

「ナタリー」彼女はまだ口をへの字に曲げてむくれていた。「ルーティの話が終わったら、こちらから声を掛けるので、私の部屋に来ていただけますか?」

「……了解です」

 マーリンが四人に向けて、にこりと微笑む。

「さあ、解散です。しっかり、休んでくださいね」

 クレアとリンが「おつかれさまでした」と告げ、発着場を後にする。

 ナタリーは、悲しそうな顔で、じっとルーティを見ていた。見ないふりをしていると、ため息をついて発着場から出ていく。

「……ルーティ、こちらへ」

「はい」

 マーリンの後をついていく。

「静かに、話せそうですね」

 待機所の中を確認したマーリンにつづいて、ルーティも入る。自動販売機と三人掛けのベンチが二つ置かれている小さな部屋だ。全面がガラス張りになっていて、発着場の様子がよく見えた。降りたばかりの輸送機が格納庫に運ばれていく。

 ル―ティは立ったまま、ガラス越しの光景をぼうっと眺めていた。

「そんなに長くならないので、このまま話しましょうか」

 そう言って、マーリンが隣に立つ。彼と向き合い、「はい」と応える。丸眼鏡が柔和な顔立ちをさらに穏やかに見せる。しかし、今のルーティにとっては、それも不愉快だった。

 マーリンが端末を操作しながら、言った。

「今、認可済みの申請書をルーティに回しました。確認をお願いします」

 端末への通知をタップして、内容を確認する。

「……はい。希望どおりです」

「確認したいことなんですが……」

「はい」

「『今日から二日後』なのは、なぜですか?」

「それは、休暇の間に遅れてしまうことを、あらかじめやっておく時間です」

「そう、なんですね……もっと早くてもいいんですよ? 例えば、明日からとか」

 ル―ティは、想定外の言葉に少し拍子抜けする。

「わたしはアイドルです。私情を優先するわけにはいきません。今の申請のままで十分です」

「……休暇の期間も、三日だけでなく、リアさんとの時間をゆっくり過ごすために――」

「今のままで十分です!」

 ル―ティは、マーリンの言葉をさえぎった。両手をぎゅっとにぎりしめる。想像を超える甘い言葉の数々に不審が募る。我慢できずに声に出してしまった。

「……これって、アイドルとしての責任感が試されてますか?」

 言い終えて、とっさに顔を伏せた。マーリンを怒らせてしまっただろうか。

 これまで彼が怒ったところを見たことがない。いらいらしたり、不機嫌だったりするところもだ。初めてマーリンにそんな顔をさせてしまったかもしれない。おそるおそる、顔を上げる。

「いいえ。そんな意図はありません。リアさんを大切に思うルーティを支えたいだけです」マーリンは穏やかな顔でまっすぐ見つめてくれた。「それに、アイドルの責任感であれば、試すまでもありません。ルーティは最高レベルです」

「言い過ぎでした……すみません。でも、本当に今の申請のままで大丈夫です」

「わかりました」マーリンが端末をしまって笑顔を見せる「でも、無理はしないでくださいね。必要なことがあったら、遠慮なく言ってください」

「ありがとうございます。わたし、戻ります」

 マーリンを怒らせずに済んだことに安堵し、ルーティは待機所を後にする。

 ――まずは、飛行機とホテルの手配。それから、休暇中のレッスンと課題を……


 二日後。

 すっかり日が暮れて、空には星が瞬いていた。

 ル―ティは、講義棟から宿舎棟の自分の部屋へ向かって、早足で歩く。

 ――遅くなっちゃった。

 プロダクションは、イドラと戦うための技術を磨くだけの訓練所ではなかった。

 義務教育はもちろん、アイドルとイドラに関する専門知識やアイドルたちのセカンドキャリアを意識したその他の専門教育などを学ぶことができる学校や大学のような場所でもある。

 ル―ティは、今日の講義がすべて終わったあと、資料室にこもって、休暇中に行われる講義の課題に取り組んでいた。

 いろんな課題とにらめっこしたせいか、目がしょぼしょぼしている。頭もしびれている感じがして、疲れていることがはっきりとわかった。

 この二日間、やることがあふれていた。だから、余計なことを考える暇がなくて、逆に穏やかで充実した時間でもあった。今は忙しくしていた方が、心が楽なのかもしれない。

 ――残りの課題は、部屋でやらないと……

 明日、ようやくリアと会える。その想いで胸がいっぱいだった。

 しかし、もう一つ課題を見つけてしまった。廊下の先にあるルーティの部屋の前に、ナタリーが立っている。扉の前で、じっとして腕を組んでいた。

 ――待っているのは、わたし……なんだろうな。

 この二日間、キャメロットの三人との交流はなかった。ルーティが特別なスケジュールで行動していたからでもあるが、三人の方からの接触もなかった。

 気まずさ、わずらわしさが勝って、ナタリーと顔を合わせづらい。

 この気持ちは、プロダクションに入所したばかりの頃に似ている。あのときは、今同じユニットで戦っているのが信じられないくらい、すごく仲が悪かった。

 避けられないとあきらめて、自室に向かう。ナタリーが気づいた。ルーティから声を掛ける。

「なにか用?」

 自分でもはっきりわかるくらいの鋭いとげをまとった言葉に、ナタリーが身をすくめる。貼り付けたような笑顔がこわばった。

「ルーティ……」彼女は、ぎゅっと目を閉じ、何かを追い払うように頭を二、三度振る。「おつかれ! これ、差し入れだよ」

 一瞬前の雰囲気が吹き飛び、いつものナタリーがそこにいた。彼女が突き出した紙袋にはプロダクションの敷地内にあるカフェ「グラール」のロゴが入っている。受け取ると、ふわん、とバターのやさしくて甘い香りが漂ってきた。彼女の心地よい声がつづく。

「ごめん。変な感じだよね。前までどんなふうに話してたんだろう? 上手くいかないね」

「そう、だね……」

「リンとクレアも、どうしようって思ってるよ、たぶん」

「そっか……」

「僕の用なんだけど!」ナタリーの顔がきりっと引き締まる。「ルーティの里帰りについて行きたいんだ!」

 ほんの一瞬だけ、心に温かさを感じたが、それはすぐに怒りに変わった。

「キャメロットはどうするの……」

「えっ?」

「誰がイドラを退治するのよ! わたしが、迷惑をかけないようにしてるのに……ナタリーまで抜けてしまったら、台無しじゃない!」

 浴びせられる強い言葉にナタリーは怯まなかった。まっすぐルーティと向き合ったまま。胸に手を当てて応えた。

「実はね、ルーティに同行することをマーリンに相談して、許可をもらったんだ。飛行機とか宿は、もう予約済みで……」

「えっ?」

「キャメロットは、リンとクレアだけでも大丈夫だよ! それに、アイドルの責務はルーティの故郷でも果たすことができる。もし、必要なら迎えに行くって、マーリンも言ってくれてる」

「それでも!」

「僕は、ルーティといっしょにいたいんだ」

「よけいなお世話よ。わたしは一人になりたいの!」

 とげを隠しもせず、ナタリーに言葉をぶつける。しかし、彼女はさらに一歩近づく。

「心配なんだ」

「ナタリー……」

「身勝手、だよね」ナタリーの声が小さくなる。「心配に思っているのは自分で、それが落ちつかないからって、こんなふうに……」

 何も言い返せずにいると、「でも」と言って、ナタリーがつづける。

「ルーティのことをわかりたい。だから、僕もリアさんのことを知りたい。リアさんがルーティにとってどんな人だったか、教えてよ」

 ――仲良くなったときといっしょだ。強引で、まっすぐで。ナタリーらしい。

「……わかった」顔を伏せて、承諾した。「ついて来ても、いいよ」

「ありがとう、ルーティ」ナタリーが、ほっ、と息をつく。「それじゃあ、また明日」

「うん」

 ルーティは踵を返して部屋の扉を開ける。

「おやすみ!」

 背中越しにナタリーの元気な声が聞こえてくる。ルーティも、おやすみ、とつぶやく。きっと彼女には聞こえていないだろう。

 部屋に入ると、暗闇に包まれた。右手に持った紙袋からの甘い香りに気づく。

 ――ナタリーは、大切な親友。

 玄関に置いた、支度を終えた旅行鞄が目に入る。ブルーム寮のみんなから卒業のお祝いとしてもらったものだ。

 ――けれど……今はリアのことを大切にしないとダメなの……

 また黒いものが心に溜まっていく。

 やっぱり、苦しい。苦しくて痛い。ブルーム寮に帰れば、なくなるだろうか。

 ナタリーからもらった紙袋を冷蔵庫に押しやる。

 残りの課題に取り組むため、机に向かった。


【登場人物紹介】

■アヴァロン・プロダクション

〈キャメロット〉

 ルーティ・ブルーム

   [青色/杖/魔法使い/ランク3rd]

   十八歳。主人公。情報処理能力を高めて、戦術を立案する。

 リン・トライスト

   [橙色/投げ槍/遊撃手/ランク2nd]

   十六歳。高速移動して、舞台を縦横無尽に駆ける。

 ナタリー・セレネス

   [黄色/手甲/盾役/ランク3rd]

   十八歳。障壁を展開して、ユニット全体の防御を担う。

 クレア・アトロン

   [深紅色/長槍/白兵戦担当/ランク2nd]

   十七歳。高い回避能力を駆使した白兵戦が得意。

〈プロデューサー〉

 マーリン・カウンセル

   キャメロットの担当プロデューサー。


■その他

 リア・ブルーム

   ルーティの義理の妹。児童養護施設「ブルーム寮」で暮らす。


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