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第二章 「キャメロット」

 右手を胸に当てる。胸から青い光があふれてきた。光が十分に満ちるのを待ち、右腕を横に払い「輝化」を宣言する。

「輝け!」

 光が、ルーティを包み込む。青い輝きの中で変化が始まった。

 胸から四肢に向かって、軽装の青い騎士甲冑が着装される。

 包み込んでいた輝きが二つに割れた。一つは右手に。もう一つは左の腰当に。右手の光は、ルーティのつかむ仕草で長く伸び、先端に青く透明な石がついた杖に変わった。左腰の光は、六本の杭に変化する。それぞれが杖と似た形状をしていて、腰当のプレートにマウントされた。

 ルーティが、ステージ真横にあるベンチエリアの床を、杖の石突でコンと突く。すると、騎士甲冑の上にサーコートが現れ、青い光が微細な粒子となって弾けた。背中まで伸びた髪とともにサーコートがはたはたと揺れる。

 アリーナに、男性MCの声が響きわたる。

「この時間を利用して、視聴者のみなさんに『アイドルの基本情報』をお届けします!

 アイドルの力の源、アイドル・アドミレーション。これは一人ひとり独自の色を持っていて、心に存在する「聖杯」と呼ばれる特殊な領域から湧き出ていることはご存知ですよね?

 え? じゃあ心はどこに在るのかって? それは残念ながらまだわかっていません。

 ただ、聖杯については研究が進んでいます。脳の前部帯状回と呼ばれる部分。そこにある『巨大紡錘神経細胞』が聖杯の機能を担っているのではないか、と言われています。アドミレーション刺激に対して、ニューロンネットワークが有意な反応を示しているそうですよ。

 ちょっと難しいですが、ついて来てくださいね~?

 さて、そのアドミレーションを聖杯に留めて励起させ、『輝化』と呼ばれる状態にしたあと、これを発現すれば、『アスタリウム』という、宝石にも金属にも似た美しくて硬い鉱物になります。これを自らのイメージで成形し、イドラと戦う武器や防具に変えたものを、それぞれ『輝化武具』、『輝化防具』と呼ぶんですが……

 そう! これ、いわゆる『変身』ってやつです! みんなの憧れですね!」

 ルーティ以外の三人も輝化を終えていた。キャメロットの四人が纏う防具はゴシック式で統一されているが、それぞれに個性があった。武具も四者四様だ。

 ――まばゆい黄色は、ナタリー。

 分厚いプレートで覆われた輝化防具はとても重そうに見える。しかし、それを纏う彼女はいつもと同じ涼しい顔だ。輝化武具である両腕のガントレットは、手甲から前腕まで連なっており、大小さまざまなプレートが複数装着されている。

 ――鮮やかな紅色は、クレア。

 華美な装飾のない甲冑は、現代の変身ヒーローがまとうプロテクタのようだ。フルフェイスのヘルムをかぶっており、顔は半透明の紅いバイザーで覆われていた。輝化武具の長槍は、クレアの身長とほぼ同じぐらいの長さで、穂先の刃が三方に広がる十字の形をしている。

 ――瑞々しい橙色は、リン。

 腰当と靴の甲冑に付いた翼の飾りが特徴的な、ルーティと同じくらい軽装の輝化防具だ。輝化武具は投げ槍で、クレアの槍のだいたい半分くらいの長さがあり、ここにも翼の意匠が施されている。

「――まもなく、アイドルたちの輝化が完了します!」

 MCの声が、開幕が近いことを告げる。キャメロットの四人を見守るマーリンが声を上げた。

「そろそろ、ですね」ナタリーたち三人の顔がひきしまる。ルーティもマーリンの言葉に集中する。「みなさんで力を合わせて、この先の未来を臨みましょう」

「はいっ!」四人の返事が重なる。つづけて、ナタリーが右手を突き出した。

 ルーティはナタリーに近づき、右手を伸ばして彼女のそれに重ねる。クレアも同じように右手を乗せ、リンの右手が一番上となった。

「さあ、行こう!」

 ナタリーのかけ声に合わせて、クレア、リン、ルーティは鬨の声を上げた。

「『ザ・インダクション』二日目第二試合、キャメロットと那由多のライブを開始します!」

 MCの開演宣言に観客が沸き立つ。観客席にいるときとは桁違いに、びりびりと空気が震え、歓声に圧されている。いつになってもこの感覚は落ち着かない。

「両ユニットともに予選では好成績を収めてこの本戦にやってきました――」

「ルーティ、もしかして緊張してる?」ナタリーが耳元で言った。「なんか震えてない?」

「べ、べつに。これは興奮してるだけ」

「大丈夫」ナタリーがルーティの手をぎゅっと握る。「僕たちなら勝てるよ」

 優しい声音に、思わず彼女の方を振り向く。小癪な笑顔があった。MCの声が重なる。

「――それでは、はじめにキャメロットの入場です!」

「ふ、ふん。ほら、行くわよ!」

 四人が順にステージに上がる。中央で一列に並ぶと、MCがキャメロットを紹介する。

「アヴァロン・プロダクションの『キャメロット』は、チームワークで輝くユニットです。

 盾役として相手の機先を制するナタリー。白兵戦において脅威の継戦能力を誇るクレア。遊撃手としてステージを駆けまわるリン。そして、後衛から特殊な輝化によって発現する『魔法』で相手を一掃するルーティ。

 彼女たち四人の団結は千変万化! 今日も、彼女たちのステージから目が離せません!」

 さらに高まる歓声にあおられて、気分が高揚する。

「つづいて、那由多の入場です!」

 ステージの反対側から、三つの人影が現れる。彼女たち三人が輝化した姿は、マンガやアニメで触れてきた「サムライ・ガール」そのものだった。

「まずは、ランク2nd、小松伊奈!」

 歓声に負けず、「よろしくお願いします!」と声を張り上げ、律儀にお辞儀をする。昨日と同じ、彼女の清々しい笑顔がそこにあった。

 白い着物に薄墨の袴をはき、空色の羽織をまとってピンと背筋を伸ばしている。ひっつめにした髪はリボン代わりのハチマキで結ばれている。

 目を引くのは、なんといっても腰に差した刀だ。鍔のない合口拵で、羽織やハチマキと同じ、空を固めたような色をしている。

「ランク2nd、成田甲斐!」

 臙脂色の和弓を左腰で抱え、滑るような歩き方で前に出てきたのは、自身も一本の弓のように背が高い、黒髪ショートボブの少女だ。

 臙脂の着物に黒の袴をまとい、胸当てをつけている。手には親指、人差し指、中指の三本を包む弓掛と呼ばれるグローブをつけていた。

 きりっと引き締まった表情だけでなく、立ち居振る舞いがとても凛々しい。ぴたっと立ち止まると、両脚を軽く開いてステージを踏みしめる。

「最後は、ランク4th、細川環!」

 艶やかな女性が、ゆっくりとステージ中央に進み出る。

 白地に紫や銀の刺繍が入った豪奢な打掛をまとい、たすきで袖をたくし上げて大胆に着くずしていた。

 姫カットの黒髪ロングストレートと、ふくよかな胸元の雪のように真っ白な肌とのコントラストがまぶしい。その姿は、東洋の「花魁」と呼ばれた女性のようだ。

 彼女が肩にかついでいるのは、長さ二メートルほどある三日月型の白い刃を持つ薙刀だ。柄には金属の板を巻いた蛭巻が施され、刀身と同じく月光のように輝いている。

 MCが、那由多の紹介をはじめる。

「那由多……。そう、彼女たち三人は、ヤマト・プロダクション所属『那由多四十七士』の元メンバーです。彼女たちのプロデューサーがイドラ化によって亡くなり、その仇を討とうと立ち上がったアイドルたちが全滅した事件。覚えている方もいらっしゃるでしょう。

 今日、彼女たちが世界の舞台に帰ってきました!

 ユニットを率いるのは、那由多四十七士、上位七人の実力者『七剣星』の一人だった細川環。ここまでの予選は、彼女の力のみと言っても過言ではない試合内容で勝ち上がってきました。そのため、小松伊奈と成田甲斐の実力はほとんどわかっていません。本戦の実力者を相手に、どのようなライブを見せるのか。那由多の三人からも目が離せません!」

(ルーティ、どう思う?)

 脳内に、ナタリーの声が反響する。「聖杯連結」で、心に直接、声が届いている。

 聖杯を持つもの同士でテレパシーのように会話できる力だ。連結の態様は、そのアイドルの資質に依存し、長けているものであれば、相手の記憶を読むこともできるようだ。

(どうって……那由多の三人のこと?)

(うん。四対三のライブを承諾してる。細川環が4thでも、明らかに不利じゃない?)

(彼女の実力が、わたしたちの想像をはるかに超えているか……)

(実力を見せていないっていう、小松伊奈と成田甲斐に秘密があるのかも)

(それなら――)

 ルーティは、聖杯連結でユニット全体に話しかける。

(――みんな、聞いて。那由多の切り札が披露される前にたたみかけよう。ナタリーは甲斐、クレアは伊奈、リンは環。それぞれの相手に貼りついて。わたしは全体管制をしながら、みんなを援護する。局所的に二対一の状況を作って各個撃破よ)

(はいっ!)(了解、です)

 リンとクレアの応答のあと、ナタリーも応える。

(ルーティの戦術、信じてる)

 アリーナに、試合開始を予告するブザーが鳴り響く。

(みんな、よろしく!)

 静寂。その間隙を待っていたかのように、MCの熱狂を煽る声が開幕を告げた。

「キャメロット対那由多! 戦闘開始〈ライブ・スタート〉!」

「最初から」リンの周囲に四本の槍が現れた。手に持つものと同じ形だ。「飛ばしますっ!」

 右腕を振り下ろし、那由多の三人に向けて槍を放つ。その槍に従うように周囲の四本も同じ方向に射出された。

 リンは五本の軌跡を確認することなく、前傾して腰を落とし、決意を込めて宣言する。

「ドライブっ!」彼女の脚に橙色の粒子が集まる。

 一歩踏み出しただけで、普通の人間ではありえないほど爆発的に加速する。

 一瞬でトップスピードとなったリンが、投げ槍を回避した那由多の陣形中央を駆け抜ける。MCの声がアリーナに広がる。

「もう一つのアスタリウムの恩恵『輝化技能』。それはアイドル固有の特殊能力! 輝化の最後に飛び散る、微細なアスタリウムの結晶。この粒子に秘められたアドミレーションを解放して、アイドルは特別な力を発揮します!

 ちなみに、白のアイドルの輝化技能は『コンクエストスキル』、黒のアイドルのものは『パラノイアスキル』と呼び――おぉっと! 飛び上がったリンが、翼を広げたっ!」

 那由多の背後に回り込んだリンが二対の翼を羽ばたかせる。腰当と靴にある翼の意匠、そこから出力されるアドミレーションの翼だ。

 滞空したリンが反転して槍を構える。彼女の槍はアドミレーションがつづく限り何本でも輝化できる。再び五本の槍を放った。

「散開!」

 環の号令。伊奈がクレアの方へ突撃し、甲斐がナタリーの方へ移動する。その場に残った環は、薙刀を大振りして、リンの槍を薙ぎ払う。

「あんたの相手は、うちや」

「望むところですっ!」

 環の艶めかしい声とリンの爽やかな声がぶつかり合う。リンは言葉どおりの勢いのまま、輝化した槍を両手に持ち、翼をたたんで環に向かって突進した。

「ふふっ、元気な子や」

 悠然と笑みさえ浮かべる環は、軽々とリンの突撃を受け止め、はじく。そして、容赦なく薙刀の石突で突き飛ばした。

 翼を広げて制動をかけるリン。ステージに着地し、間髪入れずドライブを発動する。それを待ち構えていたように、環の口から艶っぽい言葉が漏れた。

「朧雲」

 環の周囲が白くけむる。打掛を翻らせて、彼女が左手を突き出すと、リンとのあいだにある空間に向かってボウリング大に固められた雲が十数個放たれた。

 リンが槍を一本投擲する。白い球に接触した直後、投げ槍とともに炸裂した。

(さしずめ雲の機雷ね。援護を――)

(大丈夫です。ルーティさんは、ナタリーさんとクレア先輩の方をっ!)

 ルーティの協力を辞したリンは、トップスピードのまま機雷原に突入した。

 二対の翼を広げる。減速。しかし、速度を代償にして機動力を上げた。迫る機雷をサイドステップで避ける。翼を細かく調整して、慣性を前に進むベクトルに変換する。

「元気な子は、嫌いやあらへんで」

 そう言って待ち受ける環のふところに、投げ槍を抱えたリンが飛び込む。ぎしぃっ! とアスタリウムが激しくこすれ合う。

 環は、薙刀の柄で槍の切っ先を防いでいた。彼女の口もとは涼しいままだ。

「せやけど、うちの相手つとめるには、まだまだやなぁ」

 雲が集束し、巨大な左手の形になる。飛び退こうとしていたリンを左から突き飛ばした。ステージに叩きつけられ、弾みで転がっていく。

「リン!」

 ルーティは、たまらず環に向けて青い光弾を放つ。青の輝きに阻まれて環の動きが止まる。

「ぐっ! うぅ……問題、ありませんっ」リンが起き上がる。歯を食いしばって、再び前傾して腰を落とした。「もう一度っ!」

 橙色の残像を残して、閃光のようにリンが飛び出す。

 その場所に、もつれるようにやって来たのは、クレアと伊奈だった。

 真剣なまなざしの伊奈が、刀を振り上げて一歩踏み込む。合口拵だった彼女の刀に鍔が現れていた。鞘から抜くと、柄と刀身の間からアドミレーションの鍔が輝化されるようだ。

「やぁぁっ!」伊奈の元気な声が、クレアに向かっていく。

 普段の気弱なクレアなら、伊奈に圧倒されて道を譲ってしまうだろう。しかし、輝化した彼女は人が変わり、目の前のライブに集中するタフな戦士となる。

 紅のプロテクタを装着した全身に、同じ色のアスタリウム粒子が吸収される。フルフェイスのヘルムにあるバイザーがさらに紅く輝いた。

 伊奈の刀が空を切る。クレアが紙一重の距離で避けたのだ。つづけざまに刀が縦に、横に行き交うが、そのどれもが舞い踊るクレアには届かない。

 ――クレアのコンクエストスキル「フライト」だ。

 アドミレーションで全身を賦活し、反射神経を強化して、相手の攻撃を絶対回避する。クレアが言うには、眼前の相手に意識を集中すると、動きのすべてが手に取るようにわかるらしい。

 このスキルと類まれな身体能力によって、白兵戦だけなら彼女は同年代のアイドルで一、二を争う実力を持っている。さらに、那由多の国では、槍術は剣術の三倍の段に匹敵すると聞いたことがある。こちらの戦局はクレアの優勢で揺るがないだろう。

 クレアのダンスが回避から攻撃に変わる。

 長槍のするどく重い突きが、伊奈を少しずつ追い詰める。刀でさばき切れなかった槍が全身をかすめる。伊奈は防戦一方だ。

 背中まで垂れた髪とリボン代わりのハチマキを振り乱して、しなやかな若木のごとく機敏に反応する。まっすぐクレアを見つめ、両眉をぎゅっと寄せた顔に玉のような汗が噴き出ている。

「ふっ!」

 クレアの渾身の突きが伊奈を襲う。刀で払いのけようとするが、力と速さがともに不足していたようだ。槍が、伊奈の左肩に突き刺さる。「うぐっ!」と痛みを呑み込んで、唇をかみしめた彼女は、クレアから間合いを取る。刺さった箇所に右手を当てる。

 その様子を見たルーティはおかしなことに気づいた。

 羽織の左肩がまるで血に塗られたように紅くなっている。

 ――わたしたちはアイドルなのに、どうして……

 アイドルは、輝化によって身体が賦活されるため、滅多にけがをしないし、そもそもアドミレーションによる攻撃では身体が傷つくことはない。

 例えば、輝化武具で斬られたとき、その傷と同等の痛みを感じるが、身体は無傷のままだ。

 しかし、代償があった。それらのダメージはすべて聖杯が肩代わりすることになるのだ。

 聖杯の傷や変形に伴いアドミレーションが減少し、ダメージが積み重なって尽きてしまうと、聖杯が壊れ、人格崩壊や記憶喪失、イドラ化による死の危険がある。

 アイドルは、心を賭けて戦っているのだ。

 羽織の肩に広がる紅色は、まるで水に落した染料のようにじわじわと全体へ広がっていく。伊奈は刀を持ち直し、羽織の裾を翻して、再びクレアと対峙した。

 ライブの開始前、彼女の羽織や刀が空色だったことを覚えている。しかし、今の色を表現するなら、夕焼け。同じ空でも太陽が沈みゆく西の空だ。

 これは何かの予兆だろうか、それを検討しようとしたとき、「うわぁっ!」とすっとんきょうな声が聞こえてきた。ナタリーだ。

 声の方に振り向くと、彼女が仰向けで倒れていた。甲斐がそこから飛び退いて間合いを取り、無防備なナタリーに向けて弓を構え、弦を引く。

「ちょっとっ! なんでそんなにピンチなの!?」

 右手の杖を振り上げ、甲斐に向ける。先端の石から青い光球が現れ、やがて冷気をぎゅっと凝縮したものに変わる。特殊な輝化による『魔法』だ。

「早く盾を展開して!」

 細氷をまとった冷気球が杖先から離れ、甲斐の眼前で爆ぜる。ナタリーへの射線上に大きな氷塊を生み出した。しかし、弦を引き絞った彼女は動じていない。

「わかってる、よっ!」

 跳ね起きたナタリーは、右手を前に突き出す。

 手甲の一部だった大小さまざまなプレートが分離し、彼女の前面に展開する。それらの板をつなぎ合わせ、覆うように黄色のアドミレーションで生成された障壁も重なる。

 甲斐は、ナタリーとの間にある氷塊や障壁など気にする素振りを見せず、矢を放った。

 矢が氷塊を突く。割れ砕けて破片が散る。しかし、矢の勢いは変わらない。

 ナタリーの障壁に突き刺さった。甲高く、くぐもった音がする。

 黄色の障壁をえぐった臙脂の矢は、役目を終えてアドミレーションに戻る。

 少しヒヤッとしたが、ナタリーのコンクエストスキル「プロテクト」の防御力は信頼できる。

「何があったのよ!」

 ルーティはナタリーの元へ向かう。

「攻撃があたらないんだ!」

 ナタリーが拳を握って甲斐に向かっていく。

 ――あたらないって、そんなわけが……

 甲斐の武具は、ロングボウ。速射・射程・威力すべてに秀でている。だからこそ、防御と近接格闘に優れた彼女に任せたのだ。

 鍛えられた体幹でステージを踏みしめ、ナタリーが拳を繰り出す。

 弓をアドミレーションに分解して「輝化解除」し、身軽になった彼女は、ステップを踏み、身体をさばいて、ナタリーの拳を的確に避ける。

 ナタリーが甲斐の懐に潜り込む。クレアでなければ回避できない位置とタイミング。しかし、甲斐はあえて踏み込み、ナタリーの拳と腕にそっと手を添える。

「うわっ」先ほどと同じ調子はずれな声を出すナタリー。

 甲斐は、拳の勢いを利用してナタリーの身体を宙に浮かせてひっくり返し、そのままステージに叩きつける。そして、再び間合いを取って、輝化した弓に矢をつがえ、弦を引く。

 ――合気道か。

 合理的な身体の運用・体さばきで、相手の力と争わずに攻撃を無力化し、制する体術だ。

 甲斐の追撃を防ぐため、アドミレーションの光弾を放つ。弦を引くのを止めた甲斐は、光弾を避けるために大きく後退した。

 ルーティは、起き上がったナタリーに告げる。

「甲斐を追いかけて! 彼女を自由にさせたら一方的にマトにされるよ!」

 ナタリーがうなづいて、両腕の手甲に半身を覆う障壁を生成する。間もなく臙脂の矢が風を切り、ナタリーに向かって一直線に飛んできた。右腕の盾で受け止め、矢の勢いを抑え込む。

 ナタリーが甲斐の方へ向かおうとするが、ほどなく次の矢が飛来した。

「ぐっ!」

 黄色の障壁は臙脂の矢を問題なく防いでいる。しかし、甲斐に近づけない。

 ルーティは、左手でこめかみに触れる。脳裏に青い輝きが溢れる。光が収まったとき、困難を乗り越える考えが残されていた。ナタリーに聖杯連結で呼びかける。

(わたしが矢を受け止める。その隙に甲斐に接近して)

(了解。けど、彼女の体術にどう対処すれば……)

(あなたの壁なら、動きを妨害できるでしょ)

(……なるほど。やってみる!)

 甲斐の臙脂の矢が三度放たれる。ルーティが杖を掲げると、青い輝きが集束する。光弾よりもアドミレーション密度を高めた光の矢を臙脂の矢に向かって放つ。

「ナタリー、今!」

 互いの矢が衝突する。臙脂の矢の勢いが勝り、青の矢が砕けた瞬間、内包したアドミレーションが冷気と化し、臙脂の矢を氷結させた。勢いが殺されて矢が落ちる。

「さっすが、ルーティ!」ナタリーが甲斐に迫る。

 甲斐は弓射をあきらめて、弓を輝化解除した。合気道の構えをとって待ち受ける。

「今度は負けないぞ!」

 ナタリーはもう一度、甲斐に近接戦闘を仕掛ける。しかし、先ほどの攻防と同じように黄色の拳は空を切るばかり。焦れたような声を上げた彼女は、拳を大きく振りかぶる。

 その動きに反応して、甲斐が拳を絡めとろうとすると、彼女の背後に黄色の障壁が現れた。突然の障害物に、ここまで落ち着き払って感情を見せなかった彼女が初めて声を上げる。

「くっ!」

 今なら攻撃が届く。ナタリーの拳が、勢いそのまま甲斐に吸い込まれていく。

 ――これで四対二。次は……

「そない簡単には、いかへんよ」雲で形成された左腕が突然現れ、ナタリーを突き飛ばす。

 ルーティが声の方を見やる。そこには豪奢な打掛を翻して左腕を振り抜いた環がいた。

「あぶないなぁ」そう言った環に、橙色の奔流が襲い掛かる。「あらら、こっちもかい」

 環に投げ槍が直撃した。リンがステージに舞い降りて、すかさず残り四本の槍も放つ。

「ルーティさん! ナタリーさんのところへっ!」

「わかった」

 一本目の槍を雲の左手で防いでいた環が、今度は雲の機雷を散布する。彼女を狙う四つの輝きすべてが誘爆した。爆風の中、環はリンに艶然と微笑み返す。

「あせったらあかんよ。リン? ゆっくり、楽しもか」

「よけいなお世話ですっ!」

 リンがドライブを発動し、環の懐に突撃する。衝突の勢いはすさまじかったようだ。薙刀で受け止めた環だったが、リンの勢いに負けて、ステージの向こうへ弾き飛ばされた。

 ――ナタリーは……

 起き上がろうとする彼女の近くで、クレアと伊奈が、槍と刀の剣戟をつづけている。伊奈の羽織と刀は、クレアと同じ鮮紅色に染まり切っていた。

(動ける? ナタリー)

(問題、ないよ!)

 甲斐が弓を輝化した。足を扇形に開く。彼女を繭で包むように臙脂色のアドミレーションが展開する。静かでゆったりとした動作。矢を右手で抱えるように持った。

(まだ狙われてる! 気を付けて!)

(わかっ――)

「ナタリーさん!!」離れたルーティにも聞こえるほどの大音声。

(伊奈が、ナタリーさんの方に!)

 クレアの声が告げる。やがて、伊奈がナタリーと向き合った。

「あなたもこちらへ!」

 ナタリーは一歩後ずさり、伊奈の刀身が放つ輝きを視界に入れたようだ。

(すみません! 伊奈のマークを、つづけます!)

 クレアがそう言いながら、再び伊奈に食らいつく。槍のアドバンテージを同じように発揮して、ナタリーのそばから伊奈を引きはがす。

 甲斐は矢をつがえて弦に手をかける。的を見据えて、両手を頭の上まで静かに持ち上げる。

(早く、プロテクトを!)

 しかし、ナタリーは、離れていく伊奈を見つめている。そして、そちらへ駆け出した。

(なにしてるの!? あんたの相手は甲斐よ!)

(わ、わかってる! わかってるんだけど……体が、勝手に!)

 ――伊奈に何かされた?

 ルーティは、コンクエストスキルを発動する。

 脳に作用させて、五感の情報収集能力と脳の情報処理能力を高める「コンセントレイト」。

 各アイドルの状態、アドミレーションの流れ、戦況、これまでの経験。これらをインプットして、戦力の推測・分析や最適な戦術の構築、戦況のシミュレーションを行うことができる。

 刹那の瞬間で、たどり着いた思考は、

 ――伊奈のスキルはタウント。挑発した相手を自分に引きつける。

 頭上に持ち上げた甲斐の両手が弓と弦を引き分ける。張り詰めた弓の張力などまったく感じさせない所作で、射撃の準備が完了した。

 ――あの型は「射法八節」と呼ばれるもの。照準は、ナタリー。

 ルーティが甲斐の射線を遮る。

 ここまでに励起していたアドミレーションを解放する。周囲に無数の青い光弾が現れた。杖の先を甲斐に向け、すべての光弾に、放たれる矢と次いで甲斐を狙うように命じる。

 甲斐が矢を放った。いつの間にか放たれていたという感覚。あまりにも自然体だった。

 ルーティも一瞬遅れて、甲斐に向かって光弾の群れを解き放つ。

 連続で射出される光弾が風を切る。臙脂の矢が十数の蒼い輝きで撃ち落とされ、矢を放った姿勢のまま、まっすぐナタリーを見つめる甲斐に、残りの光弾がふりそそぐ。

 ――これで、どう!

 ステージに着弾して、霧散した青いアドミレーションのモヤが晴れていく。

 その奥には、臙脂の着物に身を包んだ少女。弓を脇で抱えるようにして悠然と立っている。

 ――無傷……か。

 ルーティがさらに観察すると、甲斐の身体を中心とした臙脂色の輪が二つ現れていた。それぞれのリングに沿って、矢羽根の形をした青い輝きが十個ずつほど、ぐるぐると周回している。

「きゃあっ!」リンの悲鳴だ。

 彼女が突き飛ばされていた。振り抜いた薙刀をかつぎ直して、環が号令する。

「ほな、はじめよか。伊奈!」

「はい!」

 鍔迫り合いをしていた伊奈が飛び退く。鮮紅色の羽織とハチマキを翻して、クレアと間合いを取った。毅然とした態度の彼女に、視線が向く。

 伊奈は、深紅に染まった刀を掲げ、鍔近くの刀身に左手を添えた。

 返り血を拭うように、その手を切っ先まで滑らすと、刀と羽織、そしてハチマキから鮮紅色のアドミレーションが飛び出した。

 紅い輝きが、伊奈の左手に集まる。彼女がそれをにぎると、反りのない短刀の形になった。

「いきます!」

 伊奈のまっすぐな眼差しがクレアを射抜く。


【登場人物紹介】

■アヴァロン・プロダクション

〈キャメロット〉

 ルーティ・ブルーム

   [青色/杖/魔法使い/ランク3rd]

   十八歳。主人公。情報処理能力を高めて、戦術を立案する。

 リン・トライスト

   [橙色/投げ槍/遊撃手/ランク2nd]

   十六歳。高速移動して、舞台を縦横無尽に駆ける。

 ナタリー・セレネス

   [黄色/手甲/盾役/ランク3rd]

   十八歳。障壁を展開して、ユニット全体の防御を担う。

 クレア・アトロン

   [深紅色/長槍/白兵戦担当/ランク2nd]

   十七歳。高い回避能力を駆使した白兵戦が得意。

〈プロデューサー〉

 マーリン・カウンセル

   キャメロットの担当プロデューサー。


■ISCI(国際対イドラ現象機関)

〈那由多〉

 小松 伊奈

   [空色/刀/侍/ランク2nd]

   十七歳。相手の意識を引き付けて、ヘイト操作を行う。

 成田 甲斐

   [臙脂色/和弓/長弓兵/ランク2nd]

   十八歳。遠距離攻撃を絡めとり、自身の攻撃手段に変える。

 細川 環

   [白色/薙刀/行動阻害役/ランク4th]

   二十二歳。汎用性に富んだ粒子を操り、舞台を掌握する。


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