第十一章 「あいまいな喪失」
「おかえりなさい! ルーティさん! 甲斐さん!」
那由多が逗留している離れ家の引き戸をがらがらと開けると、奥から伊奈が飛び出してきた。
「……ただいま。心配かけて、ごめんなさい」
「無事でなによりです!」
「環さんは帰ってきた?」
となりにいる甲斐が尋ねた矢先、伊奈が声を上げる。
「あっ! 帰ってきましたよ。おかえりなさい!」
振り返ると、旅館の母屋からここまでの道を、和服セーラーに艶やかな羽織をまとった環が歩いてきた。道を明るく照らすのは、晴れた夜空に浮かぶ上限の月だ。
「はぁ、さぶいさぶい……伊奈、早よあたたまらして」
「あの……すみませんでした」
ルーティが環に向かって頭を下げる。
「まぁ、お互いさまってことやな。今度うちが酔いつぶれてるとこを見たら、助けてな」
環の言葉を理解できず、甲斐に目で問う。
「お酒の飲みすぎで……」甲斐が、はぁ、とため息をつく。「道で寝てたことが……」
「えぇ……」
「そんなんよりも~帰ってきてくれて一安心やわ。冷えてきたし早よ中入ろ」
話題を受け流すように、環が素知らぬ笑顔で玄関に上がる。
「温かいもの用意していますよ!」
奥から漂ってくる甘い匂いに誘われる。今日はほとんど何も口にしていなかったので、お腹が、きゅう、とうずいた。
居間へ入ると、天井の照明が消されており、カーテンを開け放った窓から月明りが差し込んでいた。居間の一角だけ壁面の暖色系の灯りがともっている。そこの床は、四角く切り抜かれて灰が敷き詰められていた。囲炉裏という設備だ。
囲炉裏の周りが、温かい灯りに囲われて夜の空間に浮かんでいるようだ。
「へえ、雰囲気ええなぁ」
「さぁ、囲炉裏で温まってくださいね!」
四人それぞれが四辺に分かれて座る。ルーティは、伊奈のそばにある鍋を見て尋ねた。
「それは、なに?」
「これは」伊奈が、熾火を覆うように置いた五徳の上に鍋をのせ、ふたを外す。「おしるこです。あったまりますよ! すぐに用意しますね」
そして、「おもちは一人一個ずつです」と焼き網に白い餅を四つ並べた。
伊奈が、おたまで焦げ付かないように鍋をかき混ぜる。とろみのある煮汁の中で、小豆がゆっくりと踊る。ふつふつと湧くようすは、暗赤色の溶岩のようだ。濃厚な甘い匂いが鼻腔を満たす。そこに香ばしい匂いも加わった。白い餅の端が、ゆっくりときつね色に変わっていく。
おしるこがお椀によそわれ、焼いた餅が真ん中に浮かぶ。湯気をあげるお椀を二つ、伊奈から受け取り、一つを甲斐に渡す。対面にいる環は、伊奈から直接受け取った。
「あったかいうちに、いただこか」
環の言葉に、甲斐がうなずき、伊奈が「はい!」と声を上げる。
「いただきます」
ルーティも手を合わせ、箸を取った。四人が同時におしるこをすする。
とろりとした優しい甘さと温かさが喉をとおり、お腹へ落ちる。飢えと寒さが満たされる。脳とお腹がしびれるように心地よい。ほっ、と吐息が漏れる。
「はあ~」あ、に濁点が付くぐらいのため息を漏らしたのは環だ。「活きかえる~」
彼女に、三人の視線があつまる。注目を一身にあびて環がたじろぐ。
「え、なに?」
伊奈が噴き出して「おじさんみたいですよ!」と言うと、甲斐もルーティも失笑した。
「そないに? まぁ、しゃあないなぁ。こんだけ甘いおしるこが悪い」
「なんですか、それ。でも、なんかわかります。おいしいです」
ルーティは、焼き目に煮汁が吸い込んだ餅を口に運ぶ。噛みしめるたびに小豆の甘さと餅の甘さが一体となり、さらなる幸せを感じた。
四人は、しばらく黙々と箸を動かし、静かにおしること向き合った。
やがて、甲斐がお椀と箸をきちりとおく。お茶を一口飲んだあと、ルーティと目が合った。彼女の表情が「話すね」と言っている。しっかりと目を合わせて、うなずく。
甲斐が、環と伊奈に切り出した。
「これから、みんなで話したいことがあるの」
環と伊奈がうなずき、同じようにお椀と箸をおく。環が確認する。
「どんな話なん?」
「ルーティが、義妹のリアさんが亡くなったことを受けとめられず苦しんでる」
環と伊奈、二人ともが承知済み、という感じでもう一度うなずく。甲斐がつづける。
「私たちも、暁月さんや同志を亡くした。だから、何か話せることがあるかもしれない。私たちは、大切な人との別れをどうやって受け止めようとしているのか? それをみんなで確認し合えたら……ルーティの気づきにならないかな?」
伊奈の笑顔が、ぱっ、と明るく咲きほころぶ。
「いいと思います! 話しましょう!」
「そやなぁ」環が何かを思い浮かべるように、遠い目をしてつづける。「このへんで振り返ってみるんも、ええかもしれへんな」
変わらず、温かくて静かな灯りが、四人を優しく包みこんでいる。
環が口をひらいた。
「那由多四十七士は、どんなイドラ災害にも対応できるユニットを自由に編成できるように、ヤマト・プロダクションのアイドル全員を結集したプロジェクトチームやった」
ルーティは、甲斐の記憶を思い出す。あのときは十三名。そして、あの討ち入りのきっかけとなった事件で、十名が行方不明もしくはイドラ化している。つまり、総勢二十三名だ
「プロデューサーは暁月拓望。伊智の担当プロデューサーだったんやけど、大抜擢されたんや」
「複数ユニットの合同チームだったから、最初は、いろんな軋轢があった」
甲斐の言葉に、環がうなずく。
「千歳や美鶴たちとはなんべんもぶつかったなぁ」
「でも、プロデューサーと、さまざまな困難を乗り越えて、団結することができました!」
「暁月さんはどんな人だったの?」ふとルーティが訊いた。
「そうですね……不思議な人だったと思います! プロデューサーがいるだけでチームのみんなと話しやすくなるっていうか……壁を感じなくなるというか……」
「失敗して悩んだり、悲しんだり、少し頼りないところはあったけど、高潔で、心のすべてで信じることができる。そんな人」
でも、と甲斐がつづける。
「ある日、プロデューサーが遠征先でイドラ化された、という知らせがあった」
「どうしても信じられへんかった。せやけど……黒いまだら模様の拓望さんの遺体と向き合うて初めて、逃げられへん現実なんやって思い知った」
伊奈と甲斐がつづく。
「悲しいはずなのに、怒りが湧いてきて……」
「みんなの怒りが集まって形を持ったのが、あの『仇討ち』だったと思う」
圧倒的な力をふるった鎧武者、イドラ化して同士討ちするアイドル。黒のアイドルとなった千歳、美鶴、琥珀。満足げに那由多四十七士を見下ろしたヴィヴィアン。自ら聖杯を壊して命を絶った伊智。そして、生き延びた環、甲斐、伊奈。
ルーティも、甲斐の記憶を通して、その現場に臨場していた。彼女たちの決意と悲劇を目の当たりにし、甲斐の無念が心に刻まれている。
環がお茶をすする。熾火をじっと見つめて、ため息をつくように言葉が漏れた。
「あのあと、うちらは生き残ってしもた。あのとき、伊智に殺されてたほうが楽やった、そう思うぐらい、怒りと憎しみ、そして悲しみを持て余して動けんようになってた」
ルーティが思わず尋ねる。
「それでも、今こうしてアイドルとして活動できているのは、なぜなんですか?」
環は湯呑みをことりと置いた。
「ライブの後処理で、仇討ちを公にせんわけにはいかんようになった。無断でライブを敢行し、たくさんのアイドルをイドラ化させて、黒のアイドルにしてもうた。最大級の懲戒ものや」
「その責任を取るために、ヤマト・プロダクションは取り潰しになりました……」
伊奈の言葉を、甲斐が補足する。
「残された候補生やプロデューサーたちは、別の場所でキャリアをつづけているよ」
「甲斐たちは? どうなったの?」
「生き残った私たちは、ISCI直属のアイドルとなった。担当プロデューサーはジュリア。有名な人だから知ってるよね」
ルーティはうなずく。
ジュリア・ヴィジレイト。元トップアイドル。現在は一線を退いて、ISCIの要職に就き、各国のプロダクションを統括しながら、世界中のアイドルたちを導いている。現役のときは、類まれな聖杯連結力を駆使して、チームを率いる戦術指揮官的なアイドルだったらしい。
「彼女が、悲しみと徒労感で抜け殻のようになった私たちを拾ってくれた。彼女の恩義に報いなくてはならない。そう思っていても、動き出す気力もなくなった私たちは、与えられた部屋に引きこもっていたの」
「でも、ある日突然」伊奈が言葉を引き継ぐ。「ジュリアさんが部屋を訪れて――」
暗く空気が淀んだ部屋に、自信に満ちた靴音が鳴る。
三人の肩が叩かれ、名前を呼ばれた。顔を上げる。部屋にやってきたのはジュリアだった。
ジュリアが点灯した照明の元、ロングヘアの女性が、堂々たる態度で部屋の真ん中に立つ。すらりと長い脚に、パンツスタイルのレディーススーツがよく似合っていた。
彼女が声を張り上げる。威厳に満ちた声が、耳に、そして聖杯に届いた。
「君たちに指令書を渡しにきた」
三人の胡乱な瞳など意に介さず、ジュリアがつづける。
「指令。三人組ユニット『那由多』として、元七剣星の五人と、ノヴム・オルガヌム所属のヴィヴィアン、以上六名の黒のアイドルを捜索・捕縛せよ」
「那由多……」三人の瞳に輝きが灯る。
「この目的のためなら自由に世界をめぐってよいし、ライブも自由に行って良い。ただし、対象の六人以外の黒のアイドルとライブをするときは必ず報告すること」
泣きはらした目を丸くして、見つめ合う三人に、ジュリアがつづけた。
「君たち自身のことも含めて、状況に変化があればいつでも私を呼ぶように。仮のプロデューサーとして、今回の任務はもちろん、君たちのキャリアを全面的にバックアップしよう」
重たいまぶたを持ち上げて見上げた彼女は、大きくてまぶしかった。自信に満ちた切れ長の瞳は、疑う隙もなくまっすぐ三人に向いている。
ジュリアが、ゆっくりと優しくうなずく。さらにつづけた。
「今、発した指令に期間はない。終わりだけでなく、始まりもだ。君たちが立ち上がるのを待っている。よろしく頼むぞ」
「――その指令を受けて、私たちは活動を再開したんです!」
環が遠い目をして語る。
「初めは、もうライブなんてできひんと思うてたんやけど、世界のあちこちで起こるイドラ災害を前にしたら、輝化せんわけにはいかへんかった。そんで、なんべんかイドラを退治するうちにだんだんと怒りが戻ってきて……前とおんなじ炎が、心の中で点火されたんや。
その炎に追われるように、ヴィヴィアンと千歳たちの行方を必死に探したんやけど……旅をつづけながら、絶え間なく薪をくべつづけるんは……ほんま、しんどかったわ。
なんでか言うたらな、ISCI直属のアイドルとして世界各地でいろんな人らと交流して、ライブの準備や後処理やら主にプロデューサーが行っとったことはもちろん、うちらが異国でも毎日を健康に過ごせるように気ぃ配ったりとか……炎を燃やしつづけながら、ただ普通に毎日を生きること。それをつづけるんが、大変やったんよ」
灰に埋もれた熾火を見つめながら、甲斐が「そうですね」とぽつりとつぶやき、つづける。
「ただひたすら仇を追う。でも、それだけではいずれそれさえもできなくなってしまう。旅をつづけて想いを遂げるためには、世界と現実に向き合わないといけない。そんなときに『炎』は邪魔になる。だから……この囲炉裏のような場所を心の中に作ったのかもしれない」
伊奈も、ぽんと手をたたき、晴れやかな顔で言った。
「私も似た感覚があります! 復讐に駆られる私と、それを横に置いてみんなと向き合えるいつもの私。どちらの私もそこにいていいよ、と言ってあげられる。今はそんな感じです!」
「うちもな、同じように心を整えてるんやと思う。うまいこと言われへんくて、すまんな」
環の言葉に、ルーティはうなずき、「あの……」と口をひらいた。
「三人の心にある炎が突然暴れ出すときは? もし暴れ出したら、どうするんですか?」
那由多の三人がうつむき、静寂が訪れた。囲炉裏の炭が端から少しずつ白くなっていく。
「あるよ」甲斐が口をひらいた。「あのライブの最後の光景を何度も夢に見たり、ライブのときに目の前がその光景で塗りつぶされて動けなくなったりとかする」
「悲しさや怒りで我を忘れて、心と体が思い通りにならないときがあります」
伊奈の、彼女らしくない沈んだ声に不安になる。しかし、杞憂だった。
「でも! そんなときは、そのままにしないで、まっすぐ向き合うことにしています。環さんや甲斐さん、ジュリアさんに相談して、ゆっくりでもいいから炎に打ち克つ。そう心に決めているんです!」
「炎は……消せるんでしょうか?」
ルーティの更なる問いかけに、環が答えた。
「一生付き合うんか、いつのまにか消えてまうんか、捨てられるんか、逆に支配されてまうんか……今は、わからへんな。せやけど、怖がらんと向き合いつづけたら、炎を灯りに変えられる。そんなふうに思えるようになってきたんよ」
「炎を、灯りに……」
「それか、その炭のように、何かを温められるようになったら、ええなぁって思う」
環の柔らかい微笑みに、じわりと胸が熱くなった。
「すごく、素敵です」
「ジュリアさんの任務をやり遂げる。まずはそれだけ考える。千歳ら五人を取り戻して、ヴィヴィアンとの決着をつけたら……みんなが臨んだあの仇討ちに一区切りがつくはず」
伊奈がうなずき、甲斐が言葉を継ぐ。
「そのときその場所で、何を見て何を思うのか。しっかりと向き合うよ」
三人がとてもまぶしく見えた。思わずこぶしをにぎる。
「わたしも……三人みたいに強くなりたい。大切な人がいなくなった世界でも『炎』に焼かれないように強く生きたい」
甲斐が、ルーティの言葉を受けとった。
「リアさんとどう向き合うか、みんなで話してみよう」
甲斐はもちろん環も伊奈も、ルーティと向き合って、しっかりとうなずく。
「リアさんはどんな人だったの?」
「リアは……」甲斐の問い掛けに、どう話しはじめればよいか迷う。
「なんでも大丈夫ですよ。ルーティさんやリアさんのことならどんなことでも知りたいです」
「ひとつ言葉にしてみたら、その言葉と自分の気持ちを比較できるやろ。言葉を連ねてだんだん近づいていったらええ。せやから、最初の一歩は心の思うままに……」
囲炉裏に残された熾火の、赤みがかった橙色を見つめていると、リアの髪色を思い出した。彼女の笑顔が脳裏をよぎる。突き動かされるように言葉が現れた。
「リアは……大切な家族でした」涙をこらえて、言葉を継ぐ。「わたしは、物心ついてすぐイドラ災害に遭って、家族をすべて失いました。それで、ISCI管轄の児童養護施設ブルーム寮に預けられました」
「リアさんもそこに?」
甲斐の言葉にうなずく。
「さみしくて泣いていたわたしに、家族になろうって声を掛けてくれて……同い年だけど誕生日が早いからって、お姉ちゃんと呼んでくれました」
三人がルーティの言葉にうなずく。真摯な眼差しに勇気をもらった。
「わたしたちの関係を『間違いだ』っていう人はいました。でも、リアは『そう決めたから』って信じていました。だから、わたしも覚悟したんです」
「リアさんはつよくて勇気があるね」
甲斐が、思わずといった感じで声を上げた。
「うん」ルーティが胸に手を置く。「リアのつよさと勇気に、何度も助けてもらった。わたしがアイドルになる決意ができたのも、彼女のおかげ」
「そうだったんだ」
「でも、彼女は身体にリスクを抱えていて、わたしが寮を卒業したころから入退院を繰り返して……あのフェスの日に病状が急変して――」
ルーティは一つ深呼吸をする。
「――亡くなりました」
ひゅう、とどこからか冷たい風が届き、首筋をなぞる。心と体が冷めていく。
「わたし、信じられなくて……だって、普通に通話した翌日なんて……突然すぎて……」
「お葬式には……?」
伊奈がそろそろと尋ねる。ルーティは首を振った。
「偶然が重なって……参列できなかった」ふとよぎるものがあり、再び首を振る。「ううん、違う。しなかった」
「しなかった……?」
「だって……彼女の死に目に会えなかったから。わたしにとっては、どこか遠くに行ってしまったことと同じだった。もし、ライブで気絶したり、大嵐がやってきたりがなかったとしても、わたしは参列しなかったと思う」
伊奈が胸に手を当てる。苦しそうに顔を歪める。
「ルーティさん、とてもつらそうです」
「……そう、だったのかもしれない」ルーティは顔を伏せてつづける。
「キャメロットのみんなが、腫れ物に触れるように接してくるのが嫌だった。心がいっぱいでちゃんと眠れなくて、なにもかも気に障って、仕方なかった」
「心が疲れていた?」
甲斐の言葉に、ルーティがうなずく。
「だから、だったのかな。ブルーム寮へ里帰りしたら……リアが迎えてくれたの。おかしいなんて思わなかった。ただ嬉しくて、ほっとして……」
ルーティの突飛な話に、環たち三人は態度を変えず、じっと次の言葉を待っていた。
「それから、リアとの最後の時間を奪った甲斐たちに復讐するために空港に向かった。コンクエストスキルの暴走でみんなを襲ってしまって……本当にごめんなさい」
「うちらも復讐を望んでる身やさかい、誰かに復讐されるんも覚悟してる。気にせんといて」
環の言葉に、伊奈と甲斐もうなずく。甲斐が口をひらいた。
「今日、『リアさんがまた現れた』って言ったよね。空港のときと同じだった?」
「力が暴走したりすることはなかった。でも……リアが『あたしのことを忘れたらいなくなるって』責めてきて……」
「忘れたらって……リアさんは大切な義妹やろ。そんなんあるわけないんとちがう?」
「わたしもそう思っています。リアをはなしたくない、ずっと一緒にいたいって。でも、心の中のリアは、それが信じられないみたいで……」
「なんで信じられへんのやろ? ルーティの心ん中におるはずやのに」
「わたしが、リアといっしょに居ることに違和感を覚えたから、だと思います」
「どんな違和感なん?」
「心の中のリアは、わたしの妄想だから、そんな彼女を大事にしてもいいのかなって……」
「……なかなか難しそうや。もうちょっと、聴かせてもらってええ?」
環の明け透けな態度は、どんなに込み入ったことでも心のままに話せる、そう思わせてくれた。ルーティは安心して心の内を探る。
「わたしは生きていて、リアは亡くなった。わたしには、生きている大切な人がいる。キャメロットや那由多のみんな。これから出会うかもしれない、わたしを想ってくれる人たち。
でも、わたしは……リアとの時間を大切にしていた。亡くなったリアとどれだけ対話したって、彼女の新たな一面とは出会えない。それなのに、みんなを知る機会を不意にしていた。
生きているみんなを大切にしなきゃって思うんです。だけど……わたしにとってリアは本当に大切な家族だから……どちらかを大切にすれば、どちらかを見捨ててしまいそうで……そう思ったら身動きが取れなくなって……リアと向き合うのが苦しいんです」
心の深い場所にあった感情を表しきって一息つく。唐突に甲斐が「あのね」と口にした。
「生きているルーティやあなたの大切な人たちを肯定することは、亡くなったリアさんを否定することじゃない。こんなに悩んでいるルーティなら、どちらもちゃんと大事にできるよ」
真っすぐな言葉と視線に射抜かれる。甲斐の気持ちがしっかり伝わってきた。「ありがとう」と気持ちを返して、応える。
「それでも、どうしたって生きている人を大切にしてしまう。そうするうちに、リアを想う気持ちがすり減って、ついには……。それが恐いの。わたしはリアを忘れたらいけないから」
「それは、たった一人の家族だから?」
「そう。わたしとリアは、血縁とか書類とかそういうはっきりした証拠がない家族。ちゃんと想いつづけないと、バラバラになっちゃう。それに……」
ルーティは、再び心の深い場所へ潜り、気持ちをすくい上げる。
「わたしは、リアに償いをしなければならないの」
「償いって……」伊奈が会話を継いだ。「いったい何があったんですか?」
「リアと家族になったあと、彼女の両親がブルーム寮に迎えに来たの。でも、寮の前で彼らが言い争いをして、それがリアへの虐待のことで……わたし、とても怖くて、物陰で聞いていることしかできなかった。でも、あのとき何か行動できていたら。リアの両親の諍いを止められたかもしれない。そうすれば、リアは『本当の家族』との幸せな時間を……」
「大人同士のケンカに、子どもが何かすることなんてできませんよ……」
「怖かったからだけじゃなくて、違う気持ちもあって……」
「違う気持ち……?」
「こんな人たちでも……家族がいるリアがうらやましかった、とか、わたしの家族〈リア〉を取られたくない、とか……理由はもうわからない。でも、あのときリアの両親がブルーム寮に来なかったのは、わたしが何もできなかったせい、だと思う」
「そんな……でも」伊奈が悲痛な面持ちでルーティをまっすぐ見つめる。「ルーティさんのせいなんかじゃ…………」
「それに……」ルーティがつづける。「リアの体調が悪くなって、好きなことが自由にできなくなったのに、わたしはアイドルになって、リアをブルーム寮に置き去りにした。彼女は『応援するよ』って言ってくれたけど……わたしのことをきっと妬んでいたと思う」
伊奈が瞳に涙を浮かべて、悔しそうに言った。
「……それが、ルーティさんの償いたい罪、なんですか?」
「わたしは、どうすればリアに許してもらえるのかな?」
甲斐が割って入ってきた。
「どうして、とかはちゃんと言えないけど、今の話はルーティのせいじゃない。考えすぎ」
「それを、信じることができないよ……」
甲斐も伊奈も苦しそうな顔で言葉を探している。
「なあ、ルーティ?」環が慈愛に満ちた声で問いかける。
「もし、リアさんと、ちゃんとお別れができて、あんたの言うた罪も許してもろてたとしたら……今のあんたは、どないなってたと思うん?」
「きっと……今と同じくリアの死を悲しんでいると思います。でも、こんなに苦しくなかったかもしれません。根拠なんてぜんぜんないですけど……」
「あんなぁ」と環が語りはじめた。「ルーティにとって、リアさんを亡くしたことは、『あいまいなまま』なんかもしれへんね。もう目の前にはおらへんのに、ちゃんと『さようなら』言えてへんさかい、心では、その人がまだ傍におるって思うてしまう……」
「あいまい……」
「ルーティが『さようなら』や『ごめんなさい』をリアさんにちゃんと伝えて、あいまいやのうなったら……リアさんの喪失を受けとめる時間がようやくはじまるんやと思う。そないしたら、あんたが抱えてる苦しみもちょっとは軽うなるかもしれへん」
環が真剣なまなざしでルーティを見つめる。
「うちが考えたことなんやけど……ルーティはどう思う?」
死に目に会えなかった。告別式にも行かなかった。亡くなったなんて、信じたくなかった。
ブルーム寮へ帰って、リアが眠る共同墓地を訪れたときにはもう、あの幼いリアがずっと傍にいた。だから、別れを告げたり、懺悔したりなんて考えられなかった。
環の言うとおり、リアの喪失を見ないふりしていたのは確かだった。
「今の苦しみが軽くなるかわからないけど、ちゃんと伝えたい。伝えるべきだと思います」
「ほんなら、リアさんをよう感じられる場所で、ルーティの心の中のリアさんとゆっくり語り合える時間、作らなあかんね」
「あの、ルーティさん! 私も考えました」伊奈が大きな声を上げる。
「キャメロットのみなさんやマーリンさんにも、リアさんが大切な家族だと知ってもらうのはどうでしょうか? 『今のルーティさんがいるのは、リアさんがいてくれたから』って、皆さんがわかっていたら、リアさんとの絆はなくならないと思うんです!」
伊奈の言葉に、改めて気づいた。
――わたしがリアを失ってどれだけ悲しいか、みんながわからないのは当たり前なんだ。
真剣な瞳で、そう訴える伊奈にうなずいた。
「そう、だね。わたしは何も話してこなかった。リアとの絆は誰にもわからないって、ずっと心に閉じ込めていた。だから、失うのがこわいんだ。リアのことをはなして、みんなにわかってもらえば、リアもみんなも大切にできる」
「ルーティ、何か気づいたの?」
「うん」
甲斐の問い掛けに応えたとき、左腕に誰かが触れた。
何の気なしに、そちらへ振り向く。驚きのあまり、ひっ、と喉が鳴った。
すぐそばに幼いリアが座っていた。じっ、とルーティのことを見つめている。
(やめてよ、お姉ちゃん。さよならなんて言わないで。さよならしたら、あたし、消えちゃうかもしれないよ? それでいいの?)
(それは……)
助けが欲しくて、相談したくて、ルーティは那由多の三人の方に顔を向ける。すると、なぜか三人ともにこちらを見つめていた。いや、はっきりと表現するなら、三人は驚いた顔をして、となりに座るリアを凝視していた。
「ルーティ? 今、聖杯連結で話しているのが、リアさんなの?」
「甲斐、もしかして……」
「うん。聞こえている。そして、見えている」
環も伊奈も、あまりの出来事に呆然としているようだ。
「どうして……」
対話をして、互いの心の深いところを感じられるようになり、ついにリアの姿や声も共有できるようになった。そういうことなのだろうか?
「い、今まで、ルーティさんの語るリアさんは、聖杯の中にある思い出のような存在だと思っていましたが……そうじゃなかったんですね」
伊奈の言葉に応答する。
「ブルーム寮で出会ったのが彼女。わたしが作り出した幻影。だから、伊奈のイメージでで合っていると思う」
環がリアから視線を逸らさず、緊張した声音で言った。
「自身の思い出を現出させたり、動画を視聴するように再現したりするんは、相当な聖杯連結力がいるんよ。せやから、今、うちらが見てるリアさんは……」
「実際に、そこにいる……? リアが!?」
環がゆっくりと首を振る。
「ルーティ、落ち着き。あんたのとなりにおるリアさん、うちは、イドラやって認識してる」
「えっ……」
甲斐と伊奈の反応を確認する。二人とも重々しくうなずいた。
となりの存在に視線を移す。黙りこくっていた幼いリアが、すぅっと姿を消した。
「消えました……」
伊奈の一言で同じものを見ていたことを確信する。
「リアが、イドラ……?」
「今のをきっちり説明できるわけやない。けど……空港の展望デッキでルーティを捕らえたとき、あんたの聖杯にイドラの気配を感じたんを思い出したわ」
「その気配が、リアということですか?」
「ルーティには辛いことかもしれへんけど……今のリアさんのこと調べてみいひん? 彼女に別れを告げて、懺悔をして、ちゃんと悲しめるように……あんたの心と身体を診とくべきやわ。もしかしたら、あんたが抱えてる苦しさの直接的な原因なんかもしれへん」
あまりの出来事に動悸がおさまらない。手の震えも止まらない。
しかし、甲斐が手を優しく握ってくれた。人肌が心地よい。思考がようやく追い付いてきた。
「そう、ですね。リアの名を騙るイドラだったら許せないし、もし、わたしが創り出したリアだったら、『さようなら』を伝えるチャンスかもしれない」
「イドラかもしれへん、てなると、急いだ方がええな。明日の早朝、試してみよか」
「ルーティ、無理そうだったら、やめてもいいんだよ」
甲斐の言葉に、ゆっくりとかぶりを振る。
「大丈夫」そして、決意を込めて首肯した。
「わたしの中の彼女が誰なのか……確かめるよ」
【登場人物紹介】
■アヴァロン・プロダクション
〈キャメロット〉
ルーティ・ブルーム
[青色/杖/魔法使い/ランク3rd]
十八歳。主人公。情報処理能力を高めて、戦術を立案する。
■ISCI(国際対イドラ現象機関)
〈那由多〉
小松 伊奈
[空色/刀/侍/ランク2nd]
十七歳。相手の意識を引き付けて、ヘイト操作を行う。
成田 甲斐
[臙脂色/和弓/長弓兵/ランク2nd]
十八歳。遠距離攻撃を絡めとり、自身の攻撃手段に変える。
細川 環
[白色/薙刀/行動阻害役/ランク4th]
二十二歳。汎用性に富んだ粒子を操り、舞台を掌握する。
〈プロデューサー〉
ジュリア・ヴィジレイト
ISCIの要職にある。那由多の担当プロデューサーを兼務。
■ヤマト・プロダクション
〈プロデューサー〉
暁月 拓望
那由多四十七士の担当プロデューサー。
■その他
リア・ブルーム
ルーティの義理の妹。児童養護施設「ブルーム寮」で暮らす。




