最愛の妹
この作品に興味を持ってくださり誠にありがとうございます。こちらは第四章でございます。
これまでとは違い、文章を短く区切ることでテンポを重視してみました。(実際効果があるかはわかりません。)
それでは物語の世界に行ってらっしゃいませ。
ビクっ!!冷たい手でミユが私の腕にしがみついた。同時に私の体に感じたこともない震えが生じる。腕から伝わり、全身を震え上がらせる。私の腕にきつくしがみつく彼女に、恐る恐る目を向けた。
「離れないで…そばにいて…(ミユ)」
彼女はひどく怯え、絶対に放すまいと私の腕に強くしがみついた。その姿はとても普段のミユからは想像もつかないものだった。何が起こっているのか全く分からない。今度はサキとレナがいたずらをしているのか…なんてそんなことは一切思わなかった。
怯えるミユに歩幅を合わせながら、慎重に一歩を踏み出したその時、明らかに何かを踏んづけた感触が私の足に伝わってくる。決して固くはない。柔らかく、弾力を感じられる。
(ひぃっ!!)
声も喉を通らない。ミユの震えか私の震えか、もうどちらかわからない。私の脈と同時にミユの脈が速くなるのを感じる。
光を足元に向けると、そこには食べ物が散乱していた。私は肉を踏んだのだ。全く焼けていない真っ赤な肉。踏んだ場所から肉汁のようなものが出ている。
(焼けて…ない?…)
あれだけ食欲をそそられた肉も、今となっては吐き気がする。すると小さな音がテントから聞こえた。
「今何か聞こえた?(私)」
「何も…(ミユ)」
サキとレナがいないか確認するため、私とミユはテントに向かうが、まるで私の腕に重りが付いているかのようだ。
「ミユ大丈夫?(私)」
「う、うん…(ミユ)」
ミユは目をつぶったまま、私に合わせて足を動かしているだけだった。大きく深呼吸をし、テントの入り口に手をかける。スゥーっと息を吐き、テントの入り口を開けた。足元を照らしながら、自分の上半身をテントの中へ入れる。真っ先に目に入ったのは、私たちの荷物だ。
来た時と同じように置いてある。すると放り投げてあった私のリュックに自然と目が行く。そこでは相棒が、無表情にじっと暗闇を見つめていた。
「だれもいない…なんで…(私)」
そう思ったのもつかの間、相棒のそばにあった私のスマホに手を伸ばす。突如としてまぶしい画面が私の目を覆う。四人で大学で撮ったホーム画面の写真が、より一層まぶしさを際立たせる。目を細めながら見たその画面に対し、自分の目を疑わずにはいられなかった。私のスマホは、圏外だった…。
頭が真っ白になり、膝から崩れ落ちた。
「なんで…なんで…なんで...(私)」
スマホの重さで手が地面にストンと落ちた。何もかも全部がわからない。ただその場で、私はただの抜け殻のようだった。
お腹の底からグーっと音が鳴る。同時に吐き気がした。もはや自分の体がよくわからない。
(なんで…なんで…)
そんな私の体が、なぜだか勝手に右腕を挙げた。揺れている、いや、震えているのか。次第に体も揺れ始める。誰かが必死に、私に何かを訴えかけているようだ。ふと右腕を見ると、ミユが必死に私の右腕を、いや私の体を持ち上げようとしている。
私は視線を彼女の顔に向ける。しかし彼女の視線は私ではなくテントの中に向けられていた。そのときの彼女の表情が、私の脳裏にしっかりと焼き付けられた瞬間、
「あ゛ぁ、あ゛ぁ、あ゛ぁぁぁぁ!!(ミユ)」
耳に入ってきたのは、とても人語とは言えない別の何かで、本能的に私は立ち上がった。
「ミユ?どうしたの?大丈夫?具合が悪いの?(私)」
ミユの視線はずっとテントの中に向けられている。締め付けられた喉から無理やり声を出すかのように、ミユは言った。
「あ゛ぁぁぁ、ま゛え、ま…え…(ミユ)」
「へ?(私)」
ミユの視線は依然としてテントの中に向けられている。私の腕に彼女の指が痛いくらいに食い込む。震えが全身に伝わる。ミユがいったい何を見たのか。振り向く前に懐中電灯の光をテントの奥へと向けた。するとミユは目をつぶって私の体に顔を押し付ける。
彼女の心臓の音が私の体にそのまま伝わり、バクバクと振動する。ゆっくり、そーっと私はテントのほうへと視線を向けた。光に照らされ、明るくなったテント。しかしどうしても、奥の暗闇が明るくならない。
(なんで暗いの...暗い…いや…黒い…)
「ミユ!!さがって!!(私)」
考えなんてない。
本能的に体が動く。
生物としての本能が、ここにいてはいけないと言っている。
「フシュ―、ゴゴゴゴゴゴ!!(???)」
「ミユ!!走って!!早く!!(私)」
ミユを強引に引っ張りながら、慌ててテントから離れる。
暗闇の中、自分の方向感覚だけを頼りに、山道へと走る。
その音に反応するかのように、テントの中から、何かが大きく動く音がした。テントから距離を取り、とにかくミユを引っ張りながら走り続ける。
気が付くとそこはすでに上り坂だった。しかし私の足は動き続ける。私は目の前の暗闇を照らそうとしたが、手元に懐中電灯はなかった。
振り返ると、テントの内部が今も照らされている。そこから視線をずらすことはできなかった。遠目で見ても、テントの中で何かが動いているのがわかる。そして…
ドゴーーーン!!!!
テントが吹き飛んだ。宙を舞った荷物が次々と落ちてくる。地面に叩きつけられた荷物が、大きな音を立てながら地面を揺らす。
ドドドドドドドドド!!!!
押しつぶされた懐中電灯は二度とその場を照らさなかった。
すべてが消えた、私の視界から。
すべてが聞こえる、私の耳で。
すべてを感じる、私の肌で。
足の震え、心臓の鼓動、乱れる呼吸そして、強く握られた右腕の痛み、それらすべてを。
離れているにも関わらず、地面から私の足に振動が伝わってくる。
ドス、ドス、ドス、ドス...
いや、そんなに離れていないのかもしれない。私はさらに山道を登っていく。下りたくても、戻れるわけがない。"あれ"から逃げたいという一心で、私の足はひたすらに山道を踏み越えていく。
しかし右腕の痛みが強くなっている。
「ミユ、いったん、いい?(私)」
「ナオ、待って…おいていかないでよ…(ミユ)」
低く弱弱しい声が、彼女の震えを私に伝える。
「そばにいて…一人じゃ怖いよ(ミユ)」
「おいてなんて行かないよ。でもこの山道は、一人ずつ進まないと…(私)」
左手で彼女の手をそっとおろす。するとスゥーっと右腕の圧迫感がなくなり、痛みが引いた。暗闇に向かって慎重に一歩を踏み出す。
グッ!!
服が後ろに引っ張られた。
服を伝って体が震え始める。
「行かないで、ねぇ、お願い!!(ミユ)」
急に甲高く焦っているかのようなその声とともに、彼女の両手が私の服に食らいつき、今にも布を引きちぎりそうだ。
引っ張られた服が私の首でつっかえる
「う゛っ(私)」
声が漏れる。体が後ろへ傾くと同時に、背中側に冷たい風、いや空気の塊のようなものがあるのを感じる。
(ミユ?どうしたの?…)
前方から吹いてきた冷たい風が、私の顔を自然と後ろに振り向かせる。暗闇の中、うっすらと彼女の姿を見た。彼女の瞳が、私の顔をじっと見つめている。その瞳に私の視線が釘付けになる。彼女は全く息が上がっていない...。
「ミユ?大丈夫だから。一人になんてならないから。ね?(私)」
彼女のほうを向き、私はそっと話しかける。しかし妙に落ち着いた雰囲気の彼女を前に、気づけば後ずさりをしていた。
彼女の口角が上がっている...。
「じゃあ、ずっと一緒にいてくれるよね?離れたら、ミユ寂しくて…死んじゃうかも…(ミユ)」
笑っている…のか…?頬の筋肉がぴくぴくと引きつっている。少なくとも目は全く笑っていない。獲物を見つけたときの獣のように、じっと私を見つめている。
彼女の声がだんだんと解けていくのを感じた。ミユがさらに近づいてくる。私の体は自然と彼女との距離を保とうとしている。
「ずっと、ずっと、そばにいて…(ミユ)」
彼女の冷たい息を感じた。
「う、うん。わかったから...ミユ?大丈夫だから、いったん落ち着いて?ね?(私)」
目の前の暗闇からミユが私に何度も声をかけてくる。こんな状況では誰だって怖い。ミユだって、私だって。彼女に引き付けられるように、私は彼女のほうへと歩み寄る。そこには相変わらずの彼女がいた...。
いや違う!!
思わず私は目の前の「それ」を手で突き放した。
触れた瞬間、体中が凍えるような感触があった。
(ひぃっ!!)
バッと「それ」から手を離すと、まるで真冬の中何時間もそこに立っていたかのように、自分の手がぶるぶると震えていた。
手が凍てつくようだった。
全く重さを感じなかった「それ」は、ゴロゴロと斜面を転がり、闇の中に消えた。
(私、今、あ゛ぁぁぁ、ミユ?、あ゛ぁぁぁ、私…)
思わず両手で頭を覆う。その震えと凍てつくような冷たさが、あっという間に全身に広がった。
心臓が混乱し、明らかに異常な速さで血液を送り出している。
その勢いに体が必死に耐えている。
限界を迎えた体が、胃の奥からすべてを外に押し戻そうとし、それを全身で抑えようとする矛盾が私を襲う。
乾ききった喉を、逆流した胃酸が完全に破壊したそのときだった。
「お゛、お゛ぇぇぇぇぇぇ、う゛、う゛、はぁ、はぁ…う゛、お゛ぇぇぇ、お゛ぇぇぇぇ....(私)」
抑えられるはずがなかった。
「お゛ぇぇぇぇぇぇ、はぁ、はぁ…う゛、お゛、お゛ぇぇぇぇぇぇ、はぁ、はぁ…(私)」
止まらない。
私の体が、完全に壊れた。
気持ち程度に口元に添えた私の左手は、ただ私の口内を圧迫しただけだった。
胸を押さえた右手は、暴走した心臓を抑えられるわけがなかった。
いっそ、自分の心臓を止めたいと思ったそのときだった。
バクバクバクバクッドッ!!
「ナオー、(???)」
「う゛ぐっ!!(私)」
止められなかった勢いが、一瞬にして消された。
吐き出す直前ですべてが止まった。
そのまま下を向いていると、ゆっくりと流れ落ちる。
心臓が止まったかと思った。
久しぶりに聞いた。いつもどおりの彼女の声。彼女が大学で私を見つけたとき、お昼ご飯に誘うとき、課題が難しくて、私に教えてほしいとき、トイレに誘うとき、いつも、いつも、私が聞き続けた、彼女の声...。
私には姉妹が一人もいない。ミユと出会ってからだろうか、妹が欲しくなった。彼女は甘えるのが上手だ。私を怒らせるのも上手だ。小柄な見た目も相まって、本当に、本当に、ほんっとうに!!かわいかった……。
心臓が落ち着きを取り戻したかと思えば、視界は涙で覆われていた。肺が勝手に、一生懸命呼吸を整えようとしている。でも今だけは、今だけは、私は彼女との思い出の中で、ただただ泣いていたかった...。
読んでいただきまして、誠にありがとうございます。
感想やアドバイス、お待ちしております。また、応援してくださる方は、高評価もお願いいたします。
第五章も投稿予定ですので、お楽しみに!!




