第四十二話 韋駄天の進撃
激突は、真昼の太陽が海をぎらぎらと照らし出す中で始まった。
前回の比ではない密度の火矢と焙烙玉が空を覆う。
陶隆房の軍勢の前に、河野勢と来島村上は次第に防線を下げざるを得なくなっていた。
肉の焦げる臭いと爆炎が海を支配しようとした。
「皆の衆! これより敵の主力へ切り込みます! 私に遅れることなく突き進みなさい! 我らには大山積大神がついています!!」
「応! 振り落とされるなよ、野郎ども!!」
番頭たちが皆を鼓舞する。
鶴姫の乗る本陣の関船は、あえて敵の最も分厚い正面中央へと強行突撃を敢行した。
「大三島水軍が突っ込んで来るぞ! 皆殺しだ!」
「あの紅い衣の女を狙え!」
「大内の山猿ども! 一匹たりとも生きては帰さんぞ!」
「死にさらせぇ、これでもくらいやがれ!!」
両軍の怒号が嵐のように飛び交う。
燃えるような紅い衣を翻し、甲板で大薙刀を猛然と振るう鶴姫。大内軍の主力は、その圧倒的な気迫と「大山積大神の申し子」の姿に目を奪われ、彼女を確実に仕留めんと一斉に中央へ殺到し始める。大三島の本陣が、敵の全火力を引きつける巨大な囮となったのだ。
これこそが、安成の描いた乾坤一擲の戦術の幕開けだった。
「鶴が敵の目を引きつけたぞ! 今だ、合図を送れ! 各番頭、韋駄天小早で手筈通りに敵を翻弄しろ!」
前線で指揮を執る安成の鋭い大声が、伝令の法螺貝を通じて海原に響き渡る。
「おらおらおらぁッ! 鈍重な大内の船が、俺たちの足についてこれるかよ!」
銀次が率いる韋駄天小早が、矢よりも速く大内の側翼へと突撃した。
源爺が巧みに舵を操り、軍勢の鼻先へ肉薄する。波を蹴り、攻撃し、驚異的な速度で急旋回を繰り返す小早の動きは、まさに海の韋駄天そのものだった。
「新太! 狙いを定める暇なんてねえ、とにかく放て! ぶち込んだら即、反転だ!」
「く、来るな! 来るなぁーッ!」
新太が泣き出しそうな顔で導火線に火をつけ、焙烙玉を敵の艪床へ正確に投げ込む。凄まじい爆発とともに安宅船の艪がへし折れ、次々と回頭不能に陥っていく。
「よし、引くぞ! 喜平、新太、手を緩めるな!」
「おうよ! 焦れて追ってきやがれ、大内の山猿ども!」
喜平の韋駄天小早が激しく波を蹴り、一撃離脱を執拗に繰り返す。一撃を加えては霧のように引く神速の小早に、大内軍の側翼の将たちは激昂した。
「小癪な羽虫どもめ、叩き潰せ!」と、鉄壁だったはずの包囲陣形を自ら崩し、韋駄天小早を追撃しようと包囲の外へ突き進んでしまう。釣られた敵の陣形は、みるみると北へ間伸びしていった。
「新太ァ、左の敵が完全に浮いたぞ! そこへ潜り込め!」
銀次の的確な指示が次々と飛び、新太の韋駄天小早が伸びきった敵の隙間へと滑り込む。
焙烙を投げ入れ、挑発してまわる。
「大内ってのも大したことねぇなぁ。大内義隆は戦場にも出て来ん臆病者じゃ、臆病者の山猿ども、かかってこいやぁ!」
「我が主を愚弄しおって、許さんぞ! 追え! このままでは誉れある大内家の名折れぞ!」
「小癪な! 奴らを逃がすな! 沈めて海の藻屑としてしまえ! 」
大内軍の指揮系統に、明らかな焦燥感が混ざり始めた。
鶴姫が中央で敵主力をガッチリと繋ぎとめ、安成の策のもとで番頭たちが一撃離脱を繰り返した結果、陶隆房の誇る大軍勢の鉄壁の陣形は、北側の内と外から完全にバラバラに解体されつつあった。戦況はにわかに大三島優勢へと傾き始める。
この鮮やかな戦況の暗転を、北側の海域から凝視していた因島・能島村上水軍の将たちの目が、鋭く見開かれた。
「大三島の奴ら……何だぁ、あの飛び抜けて速ぇ小早は! 大内の船を手玉に取ってやがる……」
「おい! 大内の陣形が完全に崩れたぞ! 大内を叩く絶好の好機ぞ!」
「これ以上遅れりゃ、奴らに手柄をそっくり持ってかれちまう!」
ついに、因島、能島の村上水軍が重い腰を上げて動いた。
北の水平線から、因島、能島村上水軍の船団が、大内の崩れた横腹へと一斉に突撃を開始したのだ。
「全軍突撃! 大内の退路を断て!」
「狙うは総大将、陶隆房の首じゃ。一番の手柄を上げるのは我らじゃ!」
挟撃の罠へと変わる宮浦の海。大内勢の陣形が完全に崩壊し始め、戦火の海は完全に瀬戸内連合軍の圧倒的優勢へと塗り替えられていった。
「よし、流れは完全にこちらへ傾きました! 妙林、庄助、権左、手を緩めるな! 陶隆房の首を獲りに行きますよ!」
鶴姫は激しい歓声の中で大薙刀を掲げ、さらに敵の本陣を追い詰めんと、自ら船の舳先で鼓舞し続けた。




