バス停にて
ほんとうの気持ちをことばにあらわせない性分の湯村とちがい、水島は誰とでも親しい口を利ける男だ。帰りのバスを待つ湯村のところへ、自転車のハンドルを押しながら近づいてきた。
「星野さんは、いいの?」
「まだ教室にいる。彼女、サークルにはいってるから、帰りは別々なんだ」
「そっか」
「いいもなにも、いっしょに帰る約束もしてないし」
「星野さんは、水島が誘えば断らないと思うよ」
「その話はいいよ。おれは、さっきのつづきを云いに来たんだ」
ガチャンッと、自転車を停めてとなりにならぶ水島は、しばらく沈黙した。教室でなにかを云いかけたのはたしかにつき、湯村は耳だけかたむけた。やがて、水島はいつもより声を低めて語りだした。
「おれさ、告白されたんだ」
「……そう、よかったね(星野さんに?)」
「よかったかどうかは、最後まで聞いてから判断しろよ。相手は男なんだぜ」
「男……?」
「ああ、全然知らないやつ。玄関でラブレターをよこされて、今もここにあるけど……、こういうのは、ひとに見せるもんじゃないよな」
水島の間口の広さに驚いたが、男女ともに気心を許せる人物であることは湯村も納得した。水島は、わずかなやりとりで相手の信用をえる達人だ。しかも、簡単には裏切らない。リュックのポケットをさぐるふりをするだけで、実際のラブレターは(たとえ友人の湯村であっても)見せなかった。
「……どうするの、返事」
「それなんだけど、湯村に相談があって」
「ぼくに?」
「悪いけど、男とはつきあえない。だから、断ろうと思うんだ」
水島のことばを受け、血の気が引いてゆくのがわかった。急ぐわけでもないのに、早くバスがこないか、車道へ身を乗りだした。
「そんなにまえにでたら危ないぞ」
湯村の上膊をつかむ水島は、「やっぱり、こんな話きかされたくないよな。ごめん」と、ひとこと詫びた。もとの位置へ引きもどされた湯村は、「そんなことない」と首をふったが、自転車のペダルに足をかけ、「またな」と走りだす。水島はもっと相談したかったはずなのに、湯村が動揺したことで早々に切りあげた。
「み、水島、待って……!」
自転車のスピードに追いつけるほど、俊敏ではない。バス停から動けない湯村は、あわてて携帯電話を手にしたが、指が慄えてうまく文字を打てなかった。
「どうしよう、水島……、水島……」
もともと人づきあいは不得手だが、水島にたいして、あまりにも無力すぎる。彼がラブレターの件で困っていることは明白につき、友人としての義務を果たそうと思った湯村は、到着したバスを見送り、教室へもどった。女子学生の話し声が聞こえる。星野の姿を見つけると、はじめてじぶんのほうから歩み寄った。
「ちょっと、いいかな」
「あれ、湯村くんじゃない。帰ったんじゃなかったの」
「水島の家を知りたくて……」
「水島くんの? たしか、本町の郵便局の近くだって聞いたけど、住所までは知らないわ」
「わかった。ありがとう」
「え? まさかさがすつもり?」
「うん。ぼくは、行かないと」
気ぜわしく教室をあとにすると、女子学生の笑い声が廊下までひびいた。「なにあれ、必死じゃん」「あのふたりって、あやしい関係なの?」「いやいや、どう見ても水島くんはノーマルでしょ」「湯村くんって、そっち側なのかなぁ」「そっちって?」「受け身って感じ」「たしかに、云えてる。前髪が長くてわかりにくいけど、かわいい顔してるもんね~」
大学のある地域にくわしくない湯村は、携帯電話で本町の郵便局を検索すると(もう指の慄えはとまっている)、地図を表示して向かった。表札や庭の自転車に目を配りながら歩いていると、運よく、コンビニの駐車場に水島のものと同じ自転車を発見した。追いついたと思い、横断歩道の信号待ちをしていると、うしろから手のなかに指がすべりこんできた。
「うわ!?」
その感触に驚いて反射的にふりはらうと、「過剰反応だな」と茶化された。
「鷹尾さん」
「おまえ、こんなところで、なにやってるんだ?」
図面ケースを肩がけにしてたたずむ鷹尾は、今朝も木立ちの途中で顔をあわせていたが、湯村の記憶はぼんやりとして、あいまいだった。
「あなたこそ、授業にはでないくせに、どうして大学にくるんですか」
「いきなりだな」
「鷹尾さんだって、いつもいきなりです」
「そのほうが愉しめるだろ」
「な、なにを……?」
「湯村がうろたえる姿とか」
「そういうのは、もう充分です」
信号の色が青に変わったので、横断歩道へ向きなおると、うしろ抱きにされて赤面した。西陽は翳っていたが、視野はまだ明るい。通行人だけでなく、コンビニの自動ドアからでてきた水島に、湯村と鷹尾のようすは見て取れた。
「は、はなして……!」
「さわぐと、よけいに目立つぞ」
トートバッグをふって抵抗すると、さらにきつく抱きしめられた。耳もとに感じる鷹尾の息づかいが、湯村の全身を熱くする。反応するまえに、なんとか鷹尾の腕をはらいのけた。
「どこへ行く」
「バス停です」
「ここまできてあきらめるのか」
鷹尾のせりふは、これまでの経緯を見ていたかのようで、湯村はムキになって云い返した。
「ぼくは最低な友人だ。彼が悩んでいても、なんの力にもなれない。こんなところまできて、それがやっとわかった」
陽気にふるまういっぽうで、水島は困っていた。大学では誰よりも近くにいて、気づくことができなかった湯村は、鷹尾に八つ当たりをした。
「お子さまだな」
「どうせ、ぼくは子どもだ。あなたみたいに、器用には生きられない」
「湯村は、おれのなにを知っているんだよ」
「さあ、なにも知りません。失礼します」
✦つづく




