贖罪:ユステリア・オブ・ランカスター
こちら番外編です。
アイリーンではなくレティオールを選んだユステリア・オブ・ランカスターの話です。
何故、彼はアイリーンを断罪しようとしたのかを描きます。
誤字脱字や感想をお待ちしております。
内務大臣のトリスタンが起こした冤罪事件から7年の時が流れた。
私は妻であるレティオールと共に王家の別荘であるエオスに隠遁していた。
すでに長子であるタルミナールに王位を移譲しており後は静かに余生を過ごすのみとなっていた。
それは私たち夫婦が望んだものだった。
しかし、私たちにはある罪を死を迎えるまで背負い続けねばならない。
罪を償い続けた元婚約者であり悪役令嬢を再び断罪しようとした。
いや、それだけではない。
私は妻であり聖女であったレティオールを庇おうとしたあまり現実から逃げ続けたことを。
私がレティオールと出会ったのは、高等学院の時であった。
この頃、私にはすでに婚約者がいた。
アイリーン・ダンマルタン。
彼女は名門伯爵家ダンマルタンの令嬢であり、王家にとっても相応しい婚約者であった。
アイリーンは王家から望まれて私の婚約者となった。
父である王はアイリーンを王妃にすることで、後に私が王になった際にダンマルタン家が後ろ盾になることを望んでいた。
その一方で父はアイリーンに期待していた。
王妃教育も問題なく高等学校の成績も優秀な彼女は次期王である私にはもったいないほどの女性であったのだ。
それがどれほどのプレッシャーだったのか、当時の私は周囲の期待に圧し潰される思いがあった。
そんな時だった。
私の前に聖女に選ばれたレティオールである。
私は彼女に心奪われた。
レティオールは自分の意思を強く持つアイリーンと違い、女性のか弱い部分を醸し出す〈男が守りたくなる〉女性であった。
私は積極的にレティオールに関わるようになった。
レティオールは最初は私に立場を明確にして遠慮していたが、やがて私の優しさに心を許してくれた。
その結果、私とレティオールは恋に落ちた。
一方でアイリーンへの興味は全くと言っていいほど消えうせていた。
それがいけなかった。
当然、私とレティオールの関係が学院内に広まると彼女に嫉妬した貴族令嬢たちから苛めを受けるようになった。
そればかりか、アイリーンが聖女のレティオールに嫉妬する貴族令嬢たちにありもしない嘘を吹き込まれてしまった。
その結果がアイリーンも令嬢たちと共にレティオールを苛めてしまったのだ。
私がその事実に気付いた時には事態は完全に手遅れになっていた。
その日、私は父に呼び出されるとアイリーンがレティオールに苛めを起こしている事態を教えられた。
あのアイリーンがまさか・・・と思う私は動揺してしまった。
父はそんな私に対してこう告げた。
「お前は婚約者を守ることができなかったな。いくら聖女が現れたと言っても、このような事態になるまで捨て置くとは愚かなことをした」
私が父に責められるのは当然だった。
そう、レティオールと出会って以降、アイリーンとのお茶会や食事会を欠席していた。
アイリーンへの誕生日プレゼントも渡さなかった。
それが彼女への裏切り行為だと理解していても、私の愛情はレティオールのみにしか注がれなかった。
だが、この結果は最悪なものだとすぐに理解した。
「アイリーンはガニメデで禁足となる」
「ガニメデ・・・僻地ではないですか!!」
私は思わず大声で叫んでしまった。
ガニメデは国のカルタゴ国の国境近くにある小さな町だ。
その近くには魔獣が住んでいると聞いている。
そんなところに世間を知らない令嬢であるアイリーンが流される。
それはあまりにも酷い。
だが、父はその原因はすべて私にあるのだと言い放った。
「そうさせたのはお前自身だ!お前はアイリーンを傷つけた上に狂わせてしまった。アイリーンは王妃になるため、毎日王妃教育を受けていた。それがどのような意味がわからないのか」
私はその時、アイリーンの立場が非常にまずいものであると知る。
すでに王妃教育を受けているアイリーンは王家の裏側を知っているからだ。
「本来ならアイリーンには毒杯を賜ることになる。だが、私や王妃がそれを許さなかった。アイリーンは聖女を傷つけた他に何もやっていないからだ」
「・・・それは温情ですか?」
「いや、お前への戒めだ」
そう言うと父は私を殴りつけた。
その勢いに私は後ずさりする。
「お前を王太子から外したかった。だが、王太子はお前しかいない。アイリーンがお前に何をした?お前のために幼い頃から頑張ってきたんだぞ。それをレティオールと呼ばれる聖女に心奪われた上にアイリーンを追い詰めてしまったのだぞ」
私はようやく自分が犯した罪を認識した。
私がアイリーンを罪人にしてしまったのだ。
「・・・申し訳ありません」
「謝るのは誰にもできる。だが、アイリーンにはお前たちのせいで悪役令嬢と言う忌み嫌われる名称がついてしまった」
「お、お前たちと言うのは?」
「お前の側近候補の者たちが手の者を使って王都中にアイリーンの話を流したのだ!!」
その話を聞いた時、私はその場に崩れ落ちてしまった。
そんなことをすればアイリーンは永遠に汚名を着せられ続けられてしまう。
のちにその噂を積極的に流したのがトリスタンだと知ったが、彼が実はレティオールに片想いをしているとは知る由もなかった。
「諦めよ。アイリーンは私が裁く。お前はこれ以上は関わるな」
アイリーンは父の手で裁きを下された。
父も王家として聖女を害したことに対して、裁きをしなければならなかったのだ。
結果としてアイリーンはガニメデへ流罪となった。
だが、私や父の予想に反してアイリーンの家は崩壊した。
アイリーンの両親は爵位を返上すると、残された小さな領地で流行り病によって続けざまに亡くなってしまった。
アイリーンの兄は一介の兵士として国境の最前線に自ら進んで志願すると蛮族との戦いで戦死した。
そんなことになるとは私も父も思いもしなかったのだろう。
父が王位を返上することを私に告げた。
父はアイリーンを心配しながら、私に彼女のことを忘れるように伝えて隠居した。
これ以上、アイリーンをどう助けようと無意味だと父は言いたかったのだろう。
こうして私は王となった。
だが、私はその後もアイリーンに目を背け続けた。
その一方で、トリスタンはアイリーンを監視し続けていた。
トリスタンは相変わらずアイリーンを恨んでいた。
その恨みが消えるまで10年以上もかかるとは・・・人の恨みとは恐ろしいものだと知ったのはアイリーンの二回目の断罪の時だ。
私はトリスタンのことを知りながらも、レティオールとの間に子を儲けて王家の安泰を図った。
だが、運命とは皮肉なものだ。
アイリーンへの二度目の断罪が私たちに影響を及ぼすとは思いもしなかった。
ある日、トリスタンよりレティオールの力が弱まっていると知らされた。
私はその事実を信じられなかった。
聖女とは永遠に力が続くのではなかったのか?
いや、それよりも大切なことがある。
レティオールの立場だ。
レティオールには後ろ盾は教会以外になかった。
聖女である限り、レティオールは安泰である。
だが、レティオールの力が失われてしまったと貴族階級に知られると彼女への風当たりが強くなってしまう。
それだけはなんとしても避けたかった。
結局、私はトリスタンの話を聞き流した。
また、私は逃げてしまったのだ。
トリスタンはその後も私にレティオールの件を注進し続けたが、私は何もしなかった。
私はレティオールを失うのが怖かったのだ。
レティオールの力が完全に失われた時、ついにトリスタンが暴走した。
トリスタンはガニメデにいるアイリーンに謂れなき罪を被せて彼女を断罪しようと拘束した。
そして、トリスタンは私にとんでもないことを告げてきた。
アイリーンがレティオールに呪いをかけたのだと。
私は半分はその話を信じなかったが、半分は信じるに値すると思った。
アイリーンが悪役令嬢なのが理由ではない。
つまり、私はトリスタンの忠告から目を背けることを優先した。
これが私の最大の罪だった。
トリスタンはアイリーンを王都へ連行した。
そして、私やレティオールの前でアイリーンへの断罪を開始した。
久々に見るアイリーンは老いを重ねていた。
レティオールとは比べ物にならないほどその美貌は衰えていた。
右頬が赤く腫れ上がっているのは、トリスタンか衛兵が彼女を殴ったのだろう。
その両手も遠くから見ても皺が漂っている。
なにより膝折礼も出来ないアイリーンに令嬢だった頃の姿はどこにも見えなかった。
そんな彼女の姿を見ると私は彼女がレティオールに呪いをかけたのではと信じ始めていた。
だが、アイリーンはすべてを否定した。
途中、トリスタンに殴られても頑なに拒み続けた。
段々と私もアイリーンの頑なな態度に冷ややかになっていった。
・・・早く罪を認めれば良いものを。
私もそう思い始めていた時、カルタゴ国の使者が私の前に現れた。
カルタゴ国の使者は現王の弟君であった。
彼の名はフェルテス・フォン・ロートリンゲン殿。
現王の手紙を持って現れたフェルテス殿は断罪中のアイリーンに駆け寄ると彼女を抱き締めた。
その姿を見て私は嫉妬のようなものを感じた。
アイリーンは私のものだった。
それなのにこの男は何故、アイリーンを介抱するのだ。
アイリーンもアイリーンだ。
男に身を委ねていることを恥じてはいない。
私はトリスタンとは別に嫉妬を覚えてしまった。
そんな私に対して、フェルテス殿がとんでもないことを話し出した。
「ユステリア王よ、この者はアイリーン嬢を攫おうとしたので、俺が止めに入ったのだが何故か俺も襲われたので少し懲らしめてやった」
「トリスタンよ、それは本当か!?」
私はトリスタンに尋ねるが、彼は何も答えることができなかった。
しかし、フェルテス殿の話は終わらない。
「私たちは愛し合っております」
「まさか、このような罪人を?」
トリスタンが声を震わせながらフェルテス殿に尋ねる。
「黙れ。お前に彼女を責める資格はない」
フェルテス殿はトリスタンを一喝すると、アイリーンとの関係性を話した。
「ユステリア王、彼女はすでに20年もの間、罪を償い続けております。医療行為もその一環です。俺はその様子を10年、彼女の側で見続けていた」
「10年も・・・」
私やレティオールの知らない事実がそこにはあった。
「しかし、彼女は王妃様に呪いをかけたはずです!」
トリスタンが叫ぶが、フェルテス殿は冷やかな目で彼を見つめていた。
そこにはアイリーンが呪いをかけていないと確証があったのだろう。
「トリスタンと申したな。お前は何故、王妃殿に呪いをかけたと思うのだ?」
「そ、それはアイリーンが治癒の力を得たからで・・・」
「そう思うのなら貴殿に尋ねる。アイリーンは治癒の力をいつ得たのか知っているのか?」
「それはわかりませんがごく最近では・・・」
「まさか、この1年ほどとか言うのではないだろうな?」
「違うのか?」
私は思わず身を乗り出した。
トリスタンは1年ほど前にアイリーンが治癒の力を得たと報告していたからだ。
「ええ。アイリーンは5年前から治癒の力を使っている」
「馬鹿な!?」
その場にいる全員がこの事実を知り驚いた。
そして、トリスタンが嘘をついたことを知った。
レティオールを見ると彼女はショックを受けていた。
さらに事態は悪化する。
ここでトリスタンがフェルテス殿に無礼を働いてしまった。
トリスタンが衛兵を使って強引に奪ったアイリーンのハーネスリングがフェルテス殿のものだったのだ。
フェルテス殿はその事をアイリーンから聞くと、怒りのあまりトリスタンを一方的に殴りつけた。
私には止める余裕などなかった。
これはまさに外交問題になってしまう。
私はすぐにフェルテス殿に謝罪した。
だが、フェルテス殿は私たちに新たなる事実を突き付けた。
「王妃様は聖女として20年あまり多くの人々を治癒してきました。しかし、私たちには老いと言う時間が存在します。老いはどんなに力があろうとも己の体に宿す命を削り取ってしまうものなのです。それは魔力も同じです」
「そう、それこそが魔力の源となるもの、つまりは生命だ。そこで王妃殿に尋ねる。あなたは20年の間、1日にどれだけの人々を治癒してきましたか?」
フェルテス殿はレティオールに尋ねる。
「公務がなければ1日に100人ほどです」
「疫病や戦闘が起こればもっと多くの人々を治癒しますか?」
「ええ、もちろんです」
「それは素晴らしいことです。ですが、それだけの人数をほぼ毎日のように治癒すればどうなっていくか誰もが想像できるはずだ」
そこで私は気付いてしまった。
「まさか・・・」
「そうです。原因は魔力の枯渇です」
その内容にレティオールは口元を押さえる。
レティオールは初めて自分がそのような状態にあったのだと知ったのだ。
「俺は皆に聞きたい。何故、誰も王妃殿の魔力量を心配しなかったのか?誰の目から見ても王妃殿の魔力が尽き果てることは考えられたはずだ。だが、ここにいる皆がそのことに全く気にかけないで平気でいた。それが慢心だと知らずにだ」
そう言うとフェルテス殿はトリスタンを指差して彼がその事実を知っていたと糾弾した。
そればかりか、アイリーンが治癒の力を使える人数がレティオールに及ばないことも教えた。
「それなら私の魔力を奪うほどではないとわかるではないですか!トリスタン様、何故、その話を私たちに伝えなかったのですか?」
レティオールは初めてトリスタンを責めた。
レティオールもアイリーンが無罪だと確信したのだろう。
だが、私はこの場でもトリスタンの忠告の話を出そうとしなかった。
怖かったのだ。
レティオールに責められることを。
トリスタンは何度も私に忠告した。
レティオールの魔力を診断せよと。
だが、私はその事実から目を背けてしまった。
その結果が今にある。
私はトリスタンに目を向ける。
トリスタンは自分が糾弾され続けたため、精神的に危うい状態になっていた、
目は充血し、息も荒い。
私がトリスタンを衛兵の手で謁見の間から連れ出そうとした。
だが、彼の暴走の方が早かった。
トリスタンは隠し持っていた短剣でアイリーンに襲い掛かった。
しかし、トリスタンはフェルテス殿に殴り飛ばされ意識を失った。
・・・もう終わりだ。
私はその場で呆然とするしかなかった。
半年後、私はトリスタンに裁きを下した。
僻地フォボスへの流罪を決めた。
彼の家族には罰を与えなかった。
私とレティオールの温情であった。
もちろん、貴族院からの反対はあったが私は強引に押し通した。
これが私の最後の仕事になると思いながら私は判決を下したのだ。
私は裁判の場でトリスタンの忠告の話を出さなかった。
あくまでレティオールを守ることに徹した。
だが、私は責任を取るためにすでに王位を退くことを決めていた。
レティオールも私の気持ちに賛同してくれていた。
結局、今回も私は現実から目を背けて逃げてしまったのだ。
判決後、トリスタンは私に何か言いたげだったが無言のまま退出した。
そして、裁判の場にはアイリーンはいなかった。
私はすでにフェルテス殿の圧力に屈して、悪役令嬢の罪を許していた。
だが、アイリーンから何も返信がなかった。
そればかりかまるで私の存在がなかったかのようにガニメデでの医療活動を続けていた。
近くにはフェルテス殿がおり、アイリーンの活動を手助けしていると。
その話を聞いた時、私の胸の中に虚しさが残った。
もう・・・アイリーンは私のことを見てくれないのだと。
それから7年が経った。
私たちは静かに余生を送っていた。
息子のタルミナールは私たちの過ちを知ると、聖女に頼らずに医療行為が行えるよう制度を整えた。
聖女に関しても王家との婚姻を自由意志で決めさせる法律も作った。
この上なく当たり前のことを息子は行ったのだ。
一方で私はフェルテス殿にレティオールの力を治療できないか密かに手紙を送った。
だが、フェルテス殿からは手助けできないと返信をもらった。
当然のことだと私は思った。
トリスタンの忠告を無視しただけでない。
心のどこかでアイリーンが呪いをかけたと思い込んでいたのだ。
愛する者を傷つけられたフェルテス殿が許せるはずもなかった。
結局、息子の手でレティオールの治療は行われた。
レティオールへの根気強い治療が続いたが魔力はなかなか回復しなかった。
最終的にはレティオールも魔力が戻らないことが自分への天罰だと思い治療を諦めた。
老いの影響で私の足腰が弱り始めた年、私はその場でつまずいてしまった。
右手に擦り傷ができた時、レティオールが私を介抱してくれた。
すると彼女の両手に緑色に光が輝いた。
そして、私の右手の傷が消えた。
「あ、あなた・・・」
そう、レティオールは無意識のうちに私の傷を治したのだ。
それはまさに奇跡だった。
「私たちの罪は償われたのでしょうか?」
レティオールが自分の手を見ながら静かに呟く。
「わからないな。だが、もし近くで怪我をしている人がいれば助けられるかもしれないね」
「そうですね」
私の言葉にレティオールが微笑む。
アイリーンはどのような気持ちで人々に治癒の魔法を使っていたのだろう。
もしかしたら、レティオールが思う気持ちであったのかもしれない。
そして、フェルテス殿が優しく見つめるアイリーンの姿を想像すると彼の気持ちが少しだけわかった気がした。
私はレティオールを抱き締める。
「一緒に償い続けよう」
それが私たちに与えられた断罪なのだから・・・。




