贖罪:レティオール・オブ・ランカスター
番外編の最後となります。
聖女で王妃となったレティオール・オブ・ランカスターのお話です。
人によっては酷い女と思うかもしれません。
誤字脱字や感想をお待ちしております。
あの出来事から7年目の春を迎えた。
王家の保養地であるエオスに私たち夫婦はこの地に身を埋めていた。
思い返せば、私は聖女として王妃として人々のために奉仕活動を行っていた。
それが私の務めだと信じていたからだ。
でも、私は大きな過ちを犯したことを今でも忘れてはいなかった。
アイリーン・ダンマルタン様。
アイリーン様は名門伯爵家ダンマルタンの令嬢であり、夫であるユステリア様の元婚約者であった。
アイリーン様は幼い頃から王妃教育を受けながらこの国のために夫との婚姻を義務として果たそうとしていた。
一方で私は教会より聖女としての神託を受けるまではごく普通の小さな貴族であった。
そう、私とアイリーン様の立場は状相の違うものであった。
私は平民とさほど変わらない小さな身分の家柄であったが、教会の神託により聖女に選ばれたことで高等学校に通うことになってしまった。
やがて、私がこの場所で夫となるユステリア様と出会うことになる。
ユステリア様、いえ夫と言うべきでしょう。
夫との出会いはほんの些細なことだった。
偶然にも夫は聖女である私を中庭で見かけた。
本来なら別の日に私は王家の方々と会う予定であった。
私は高等学校に通うために教会の方々と共に校舎の見学に伺った時、夫は私の姿を見かけるとその場で心奪われたと言う。
のちに私も王家との謁見の時に、夫と顔を合わせた際に私も夫に興味を抱いた。
アイリーン様はその場にいなかった。
アイリーン様は体調不良であった。
もしこの時にアイリーン様に会っていたら私は過ちを犯さなかったと思う。
私が学院に通い出すと、夫は毎日のように会いに来てくれた。
夫は周囲の者たちに聖女である私を守る義務があると理由付けていたが、本音は私に会いたいだけであった。
夫の隣にはトリスタン・バラメーダ様もいらっしゃった。
トリスタン様は夫の側近候補として常に夫の側にいた。
彼も私には興味があるようで、夫がいない時には色々と話を聞いてくれた。
後にトリスタン様が私に好意を抱いていたと知れば、私は彼とそこまで積極的に関わることはしなかったと思う。
だが、私は学院の一部の令嬢たちから苛めを受け始めた時期であり、私は夫だけでなくトリスタン様にも相談をしてしまった。
そして、私に苛めをしていた令嬢たちがアイリーン様に悪い噂を吹き込んだ時、事態は急変した。
アイリーン様が彼女たちの苛めに加わったのだ。
私はかの令嬢たちよりも酷いアイリーン様の苛めに耐え切れず夫に訴え出た。
夫はすぐに事の次第を調べて、私を救おうとしてくれた。
そして、夫は父である王を介せずにアイリーン様を断罪してしまった。
そのことがやがて私たちに暗い影を落とすことになるとは露知らずに。
一度目の断罪の日、アイリーン様は悪役令嬢として私たちの前で罪を認めた。
夫は王にアイリーンの罪を告発した。
その時の私はこれで苛めがなくなると安堵していた。
ただ、邪な気持ちもあった。
このまま夫と結ばれるかもしれないと。
私は心の奥底で私好みに結果が出ることを望んだ。
そして、王はアイリーン様の流刑を発表した。
夫は喜びを隠せず、その日のうちに私に婚姻を申し込んだ。
私も素直に夫からのプロポーズを受け入れた。
しかし、私たちの婚姻に貴族院から反対の声は上がった。
聖女と言えど、私は王妃教育を受けていない。
アイリーン様は幼い頃から王妃教育を受けていた。
この長い年月を聖女である私が短い期間で学べるはずはない。
それが貴族院の反対の理由であった。
だが、王は夫の結婚後も王妃教育を続けさせることで貴族院の反対を押し切った。
私は王に感謝した。
王は私たちを認めてくれているのだと思っていた。
だが、王は私のことなど聖女である以外は認めていなかった。
王はアイリーン様を娘のように可愛がっていたのだ。
王から見れば私の方が息子を奪った悪役令嬢でしかなかった。
王は夫に対しても失望していた。
アイリーン様を勝手に裁いた上、その後のことをまったく考えていなかった。
王はやもなく自分の手でアイリーン様を裁くことにしたが、心の中では私や夫に対して恨みを抱いていたのかもしれない。
私はあくまで王家の体裁を整えるための手段でしかなかった。
アイリーン様が流刑になってから数年後。
私は王から「幸せか?」と問われた。
私は素直に「はい」と答えた。
私としては夫のために王妃教育をしながら、聖女としても多くの人々の奉仕活動に専念していた。
なにより、アイリーン様が流刑後に夫と結ばれたことが今でも嬉しかった。
そんな私の心のうちを王は知っていたと思う。
王は私にこう告げた。
「お前は自分の幸せを願うあまり、他人を傷つけたことを理解していない。そうなると・・・ユステリアも同罪か」
その意味を知るのは私はアイリーン様が流刑され夫が正式に王に即位した時だった。
私たちの側には内務大臣となったトリスタン様が付き従っていた。
その日、トリスタン様が私の前で信じられない事を告げた。
「そう言えば、あの悪役令嬢の両親は流行り病で亡くなりましたよ。兄君も蛮族との戦いで戦死しました」
トリスタン様は嬉しそうに話した。
「これであの悪役令嬢もここには戻ることはないでしょう」
トリスタン様の話を聞いた私は無意識に吐き気を催した。
それは私が妊娠した前触れであったが、もっと別の意味を兼ねていた。
そう、私はそこでアイリーン様が置かれた立場をようやく知った。
いや、王が何故、私にあの話をしたのかようやく理解できた。
私は自分の幸せを求めるあまり、アイリーン様やその家族を追い込んでしまったのだ。
私はこのことを誰にも話すことはできなかった。
夫は王位の引き継ぎのため忙しく、トリスタン様はあの態度を見て恐ろしくなってしまった。
私は自分の気持ちを王妃教育と奉仕活動で背けることにした。
私にはそれしか方法がなかったし、妊娠してしまった限りはこの子を産まなければならないと思っていた。
しかし、私が聖女であれぞ神様は私に天罰を下した。
私は無事に息子を出産し、続けざまに王妃教育も終わった頃、私の治癒の力が失われ始めたのだ。
私はその理由がアイリーン様であると思い始めていた。
王が言うように私はアイリーン様の家族を破滅させてしまった。
アイリーン様は私や夫を恨んでいてもおかしくはなかった。
実際は私の魔力が枯渇し始めているだけだったのに・・・。
だが、その思わねば私の心は持たなかっただろう。
しかし、私は表立ってアイリーン様が原因だと言わなかった。
いや、言えなかった。
トリスタン様のあの時の笑顔が恐ろしかった。
夫も私の力が失われていっていることに対して口を出さなかった。
夫もどうすれば良いかわからなかったのだろう。
夫は私の力がしばらく復活するだろうと軽い気持ちでいたと思う。
私の主治医も魔力に関しては無知であり、この国自体が聖女の魔力が枯渇するなど考えていなかった。
「お前は自分の幸せを願うあまり、他人を傷つけたことを理解していない」
あの時の前王の言葉が私の中で思い出される。
私の力は年々、弱まっていった。
そのたびにトリスタン様は夫に注進していたようだが、夫は最後まで動くことはなかった。
夫は聖女以外に立場のない私を守ることだけを考えていたが力が元に戻る方法を探すことはしなかった。
やはり・・・私に天罰が下ってしまったと言うしかなかった。
私の魔力が完全に枯渇した日。
私は医師からも完全に見放された。
このままでは私がいつ真実を知った貴族院から糾弾を受けるか時間の問題になる。
夫はその対応のためトリスタン様と話し込むことが多くなった。
そんな時、トリスタン様が私や夫に今回の魔力がなくなった原因がアイリーン様にあると話したのだ。
トリスタン様にとってはそれしか理由が浮かばなかったようだ。
夫も私も最初は信じなかった。
さすがに20年も経った今になって、私たちに復讐するだろうか。
復讐するならその前に動いているはずだ。
普通に考えれば皆がそう思うことだ。
だが、トリスタン様の熱弁に私たちはアイリーン様が犯人だと傾き出し、最終的にはアイリーン様を断罪することになった。
トリスタン様が事実の確認のガニメデに向かった。
その後、戻ってきたトリスタン様はすぐに騎士団を使いアイリーン様の捕縛を命じた。
「あの女は呪いをかけています」
トリスタン様は夫に伝えたので、夫もアイリーン様の捕縛を認めた。
一週間後、アイリーン様が王都に連行されて私たちの前に引き摺り出された。
謁見の間で私たちはアイリーン様と20年振りに再会した。
アイリーン様は王都にいる私たちよりも老いを迎えていた。
その手も皺が多く、なにより膝折礼を行えない女性になっていた。
私は今のアイリーン様を見て、惨めだと思ってしまった。
あの20年前の素晴らしき令嬢の面影は今はない。
そして、夫が私を選んだことが正しかったのだと勝手に思い込んでいた。
アイリーン様の右頬が赤くなっていたが、トリスタン様は殴ったことさえ気付かなった。
アイリーン様への二度目の断罪劇が始まった。
トリスタン様がアイリーン様に罪の所在を明らかにするために彼女を糾弾する。
トリスタン様はとにかくアイリーン様が私に呪いをかけたと言い続けた。
だが、アイリーン様は罪を認めなかった。
その態度が不遜だと思ったトリスタン様が怒りながら、証拠の品だと言うアイリーン様のハーネスリングを強引に奪った。
私もこの品が呪いのものだと思っていた。
どこかの雑貨屋で売っていそうなハーネスリングを守ろうとするアイリーン様を見ると、何故そんなものにこだわるのか私は理解できなかった。
やはり、ハーネスリングは呪いの品なのだろうと私は思った。
だが、アイリーン様は私に呪いなどかけていなかった。
少しでも信じた私が愚かだった。
私は亡き王の言葉を思い出す。
「お前は自分の幸せを願うあまり、他人を傷つけたことを理解していない」
今になってその言葉が私の胸を締め付ける。
そして、私たちについに大いなる罰が与えられる時がやってきた。
私たちの前にカルタゴ国の現王の弟君であるフェルテス・フォン・ロートリンゲン様が現れたのだ。
フェルテス様は傷ついたアイリーン様を抱き締めた。
その時の夫の顔が曇ったのを私は見逃さなかった。
私も夫とは違うが、何故、フェルテス様がアイリーン様を介抱するのか理解できなかった。
目の前にいるのが私に呪いをかけた人なのに。
しかし、そんな私たちに対してフェルテス様はアイリーン様が呪いをかけていない理由を話す。
「アイリーンは5年前から治癒の力を使っている」
私はその話を聞くと驚くしかなかった。
トリスタン様は私に呪いをかけたのはここ1年ほどではと話していた。
だが、アイリーン様は5年前から治癒の力を使っていた。
もしこの話が本当なら、アイリーン様は私に呪いなどかける必要などない。
今ある力で治癒の力を使っているだけになる。
これは私でもわかることだ。
私はトリスタン様に視線を向ける。
トリスタン様はフェルテス様の指摘に動揺が隠せないようだった。
その様子はあの自信に満ちた彼の姿はそこにはなかった。
するとフェルテス様があることに気付いた。
「お前、それはどうした?何故、お前がそのリングを持っている?」
「・・・これはその女が持っていた呪いのリングだ」
「呪いだと?」
「そうだ!そうに決まっている!!」
「ふざけるな!!」
その瞬間、フェルテス様がトリスタン様を殴り飛ばした。
そして、そのリングは彼がアイリーン様に渡したものだと話した。
嗚呼・・・なんてことだ。
この時、私たちはカルタゴ国へ無礼を働いたことになってしまった。
続けざまにフェルテス様から告げられたのはトリスタン様の策謀だった。
トリスタン様はアイリーン様の罪を軽くすることを条件に私の代わりに奉仕活動をさせようとした。
だが、アイリーン様の力が使える人数が少ないとすると私に呪いをかけたと冤罪で嵌めようとした。
そして、私の魔力が枯渇したことを隠していたことを。
それが真実だと突き付けられたトリスタン様は冷静さを完全に失ってしまった。
そして、トリスタン様は暴挙に出た。
トリスタン様はアイリーン様に襲い掛かったのだ。
だが、アイリーン様の隣にいるフェルテス様がトリスタン様から身を守った。
トリスタン様は殴られたまま気を失った。
この瞬間、私たちは神に見放された。
半年後、トリスタン様の判決はアイリーン様と同じ流罪だった。
唯一違うとすればユステリア様の特別な計らいにより家族が守られたことだろう。
だが、それは貴族院からの大きな反発を起こした。
アイリーン様の父君との昔からの知り合いもまだ存命している上、アイリーン様の家族の成れの果てを知っている彼らにとっては許してはならないものだった。
トリスタン様の脅しに屈していたあの令嬢たちの家も今回の件で反発を起こしていた。
そのためユステリア様は退位を発表し、隠遁生活を送ると宣言された。
こうすることでしかユステリア様は私を守れなかった。
その後も私たちへの反発は続いた。
ユステリア様はアイリーン様の罪を20年振りに許し、カルタゴ国へ謝罪の使者を送った。
アイリーン様は私たちの謝罪を受け入れてくれたが、私たちの謝罪の手紙には返信をしなかった。
アイリーン様にとっては私たちはもはや過去の存在だった。
私はそのことが悲しかった。
私は夫を奪った女だ。
だが、アイリーン様には私も夫も必要がなかった。
アイリーン様の側にはフェルテス様がいらっしゃる。
もはやアイリーン様はその先を見据えていたのだ。
私たちは隠遁生活に入った。
私は治癒の力が使えなくなっていたが、治癒院で看護師として活動を始めた。
周囲の誰も私のことを聖女と言わなくなった。
私は黙々と看護師として勤め続けた。
夫は隠遁生活後、すぐに体調を崩してしまい外に出れなくなってしまった。
夫は言う。
「私が不甲斐ないばかりにすまない」
私は夫を責めることはしなかった。
そして、7年後。
私は散歩中に転んでしまった夫を介抱した時だった。
夫の右手に擦り傷ができたのを確認した私は無意識のうちに治癒の力を使った。
すると夫の傷は一瞬にして治ったのだ。
私たちは驚いた。
まさか私の治癒の力が復活するなんて・・・。
「あ、あなた・・・」
私は自分の手を見ながら夫に尋ねる。
「私たちの罪は償われたのでしょうか?」
「わからないな。だが、もし近くで怪我をしている人がいれば助けられるかもしれないね」
これは罪を償う本当の第一歩かもしれない。
私は自分の愚かさを改めて知ると、アイリーン様とその家族のことを思い謝罪する。
簡単に許されるのは思っていない。
でも、少しでもアイリーン様のように人々を助けることが大切なのだと思うと私の贖罪の旅はこれからなのだと知る。
「そうですね」
私は微笑むと夫は私を抱き締めてくれた。
「一緒に償い続けよう」
それが私たちに与えられた断罪なのだから・・・。
これでこの物語は終わりとなります。
断罪に関わった人々は今後、永遠に償うことになります。
彼らには人の醜い部分があるからこそ、犯した罪を知ることができたと思っています。
今回、この作品を読んで頂きましてありがとうございます。
今回は悪役令嬢の再生と描きながら人の醜悪を描くことで
断罪劇を別視線で描くことも目標としました。
暗い雰囲気の作品でしたが今後も様々なテーマを考えながら
作品を提供できればと思っております。




