第027話 大胆不敵な一号の救出
ここに来て以来、おっさんは奴隷剣闘士として牢屋にいたみんなを勇気づけた。
時に励まし、時に励まされ。
活気づいた剣闘士は快進撃を続ける。
おっさんがやって来てから殉職者は出なかった。
その事態を支配人である吸血鬼は奇跡と言っていた。
「ちょうじょうちょうじょう、君達が奮起する姿にギャラリーもエキサイトしている。次は俺にやらせてくれと言う問い合わせが絶えないぐらいに、連中は殺気を抑えきれない様子だよ」
その話を聞いた向かいの女性剣闘士は返り討ちにしてやると意気込む。
支配人の吸血鬼は彼女の返事に微笑んでいた。
「行っておいで、そしてその言葉を真実にしなさい」
おっさんも二人に声援を送ると、支配人は例の日記に筆を走らせた。
やらせている内容は酷薄だけど、あの支配人も憎めない所がある。
そして今日もまた剣闘士の快進撃は止まらない。
女性剣闘士二人は敵の返り血を浴びてどろっどろになって帰って来た。
「ふぅ、これじゃあお嫁にいけない」
「汚されちゃった」
うんうん、鼻血ものですな、それで。
「今日の戦果はなんだった?」
「クモ系モンスターの撚糸と、長剣の欠けた金属と、ゴブリンの牙かな」
おっさん、こうやって日々剣闘士の戦利品を貰い。
牢屋の中にクラフトしたものを隠していた。
どうやって隠しているかと言うと、それは剣闘士が持ち帰った砂とトカゲの皮でクラフトしたインビジブルマントという、初めてオーガ山を横断したさいに使った不可視のマントで隠している。
女性剣闘士は手のひらを差し出して、おっさんにタオルを要求した。
あいよ、と言って渡すと。
「じゃあ向こう向いててね」
浴びた返り血をタオルでぬぐうため、おっさんに目を閉じろと要請する。
そこでおっさんは何のためにあるのかわからないレシピ、謎の光を初めて使った。
「これで誰にも見られることはないぞ」
「あ、悪いね」
同室のライオットは堂々と音楽を聴いていた。
隣の牢屋からは映画の音が聞こえ。
遠くの牢屋ではミリアも愛読していた漫画に笑う声もあがる。
おっさんはここに来た当初の暗澹たる光景と見比べて、今じゃ怪訝としている。
支配人の目に隠れてみんな思い思いに過ごしているな。
同室で壁に寝そべって音楽を聴きながらライオットは寝入っていた。
気の優しいおっさんは風邪をひかないよう毛布を掛ける。
「……シャル、俺がいくまで、我慢するん、だぞ」
寝言ですか? シャルとは? まぁいいさ。
恐らくこうしていれば、直におっさんの仲間が助けに来る。
見捨てられることは視野に入れてない、いや、あえて考えない!
おっさんの処世術の一つである。
今日の所はおっさんも寝るとしよう。
◇ ◇ ◇
目が覚めた、乾いた喉を潤そうと隠した炭酸ジュースを手に取る。
プシュー、とした炭酸が抜ける音をあげて、ごくごくと飲む。
次第に意識が覚醒しきって、おっさんは牢屋の変化に気づいた。
ライオットがいなくなっているのだ。
「……なぁ、ライオットがいないんだけど」
と向かいの牢屋の二人に聞く。
「ん? いや、知らないな」
念のため他の牢屋の剣闘士にも聞いたけど、みんな知らない様子だ。
支配人がやって来る足音がした。
石畳の地面を硬い足裏で打ち付ける音が律動的に近づいてくる。
映画を見ていた隣の剣闘士はすぐに隠し。
他も委縮するように私物を隠す。
支配人が直に顔を窺わせると、彼は見知った顔を連れていた。
一号――赤い髪が特徴的で、おっさんの守護役筆頭のホムンクルス。
お互いに他人の振りを決め込む。
「ぴーぷぷぴぃうぴー」
すると支配人が口を開いた。
「諸君、このたびライオットの現役を退く申し出を受理し、新しい奴隷を見繕った。私や幾戦の死線を乗り越えた君達も納得し辛いと思うが、昨今の諸君の活躍をかんがみて特別にライオットの申し出を受け入れることにした。皆、ライオットの卒業を拍手で祝ってやって欲しい」
支配人の乾いた拍手が牢屋に響くなか、奴隷剣闘士の一人は「ふざけんなよ」と落胆していた。
おっさんは支配人にふとした疑問を投げる。
「それで、ライオットはどこに行ったのですか?」
「なんでも奥方を探しに行くと言って、地平線の向こう側に消えたそうだ」
支配人はライオットの行く末をそう述べると、一号をおっさんの牢屋に入れた。
「新しい仲間だ、例のごとく歓迎してやって欲しい。以上だ」
支配人が立ち去ったのを見計らって、向かいの女剣闘士が一号にこう言う。
「ようイケメンさん、ここの慣例にのっとって名前とお前の過去でも聞かせてくれないか」
一号は彼女の言葉を無視しておっさんに熱視線を送っている。
異様な雰囲気を感じた女剣闘士は「何するつもりだ手前」と喧嘩を売っていた。
「そのおっさんはここの救世主なんだよ、下手な真似してみろ、ぶっ殺すぞ」
一号はその台詞に不敵にほほ笑み、おっさんの前で片膝つくのだった。
「さすがで御座います才蔵様、貴方ほどのお人であればこのような展開も不思議ではございません」




